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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
262/492

第二百五十六話 聞き役に徹するって、難しい。



 「だーからぁ!そうじゃないってば!!」


 叱責の声。声の主は、アルセリア。叱られている相手は、士天使シグルキアス。


 「もう、何度言ったら分かるんですか?人の話は最後まで聞く!途中で遮らない!相手が言いたい内容をきちんと受け止める!自分のことばっかり話さない!!」

 「そ…そんなことを言われても………難しいな」

 「そんな調子じゃ、ミシェイラ嬢の心を射止めるなんて永遠に不可能ですよ!」


 雇い主であるシグルキアスと、召使いであるアルセリアの立場は今や、完全に逆転している。が、これには事情があったりするのだ。


 ……しょーもない事情が。



 




 「何はともあれ、まずは会話ですね」


 助言を求められたアルセリアは、シグルキアスに自分の思うところを告げた。

 そしてそれは、人間関係におけるほとんど全ての場合の基本である。知的生命体である以上、天使族もまた同様だろう。



 「会話?僕と彼女はもう、何度も会話をしているけど…」

 「あんなの会話なんて呼べません」


 首を傾げたシグルキアスに、アルセリアはビシ!と言い捨てた。


 先ほどのテラスでの遣り取り。 

 一方的にシグルキアスが喋り続けるばかりで(しかも自慢話…)、ミシェイラは相槌しか打っていない。あんなのは、会話でも何でもなく只のスピーチだ。しかも限りなく下らない中身の。

 

 

 「いいですか?会話っていうのは、「私はあなたに関心があります、あなたのことが知りたいです」って気持ちでするものなんです」

 「そんなことは分かってるよ。僕は、彼女のことを知りたいと思ってる」

 「……そうは思えないんですけど」


 シグルキアスに、疑わし気な目を向けるアルセリア。あの会話もどきのトークから、彼女のことを知りたいという気持ちを感じ取ることは出来なかった。


 「率直に言わせてもらいますけど、旦那様は彼女に自分のことを知ってもらいたいだけなんで」

 「そ、そんなことはない!」

 「人の話は最後まで聞く!!!」

 「は、はいーーー!」


 突如鬼の形相になったアルセリアに一喝され、震え上がるシグルキアスは、とてもではないが高位天使には見えなかった。


 「それが良い証拠です。相手の話を最後まで聞かないってのは、「お前の話なんて最後まで聞く価値がない」って言ってるのと同じなんです。旦那様、私の言葉なんか初めから聞く気ないでしょ?」

 「そ……そんなことは、あり…ません」

 「だったら、ちゃんと聞いてください。反論があるなら、私が言い終わってから。…いいですか?」


 項垂れる家主にすさまじい勢いで言葉をぶつけるアルセリアは、勇者というよりどちらかというと世話好きのおばちゃんである。


 「で、話を戻しますけど、旦那様は、自分のことばっかりで、彼女のことなんてどうでもいいって態度で示してるんですよ」

 「だ…だから、誓ってそんなことは………」

 「例え貴方がどう思っていようと、相手はそう受け止めるんです。そして、そういう態度を取られたら、彼女が自分のことを話そうという気持ちを隠してしまうのは当然でしょ?」


 シグルキアスと同席していたミシェイラには、辟易とした様子はあったが、彼に対する憎悪や嫌悪ほどの感情は見られなかった。


 敵意を持っているわけではないのだ。ならば、彼にも挽回する余地はあるというもの。


 ……尤もそれも、彼自身の振舞い次第なのだが。



 「旦那様は、外見だけはピカ一なんですし、性格的なものはいきなり治すことは不可能だし、出来ることと言えば、彼女と親しくなりたいという気持ちを彼女に分かってもらうことだけだと思うんです」

 「……君、結構容赦ないよね…」


 すっかりアルセリアのペースに巻き込まれたシグルキアスであるが、彼女は魔王さえもその強引さで振り回してしまう剛の者なので、一介の天使に過ぎない彼がそれに抗うのは不可能なことだった。


 「と、いうことで、実践訓練といきましょう」

 「……実戦?」

 「私がミシェイラ嬢役をやりますので、旦那様は会話を試みてください。言っときますけど、さっきみたいのはナシですからね」

 「…わ、分かった。やってみよう……」



 こうして、天使と獣人の即興恋人風コントが繰り広げられることとなったのである。








 「や、やあミシェイラさま、ようこそお越しくださいました!」

 「お招きいただき、光栄です、シグルキアスさま」


 ここまでは、定番の遣り取り。この時点での問題は何もない。

 問題は、この後だ。


 「お父上はご壮健ですかな?最近ご無沙汰しておりまして」

 「おかげさまで、元気にしております」

 「先日の舞踏会は」

 「はいストーーーップ!!」

 「へ、え、何?」


 ここで最初の指導が入る。


 「なんでそこで、すぐに次の話題にいくんですか!?」

 「え、いや…彼女の父君とは昔仕事を一緒にしたことがあって、その近況を尋ねるのは当然の…」

 「そこはいいんです。じゃなくて、なんでそのまま話を変えちゃうんですか!」

 「だ、だって……共通の話題というのは両者の垣根を」

 「そうだけど、そうじゃないでしょ!!」


 実はアルセリアもシグルキアスの言葉を途中で遮りまくりなのだが、二人ともそれには気付いていない。

 否、シグルキアスは気付いているのだろうが、ビビって指摘出来ないでいるだけかもしれない。


 「お父さんのことを聞いたんだったら、ミシェイラ嬢のことも聞かなきゃダメ!これじゃ、興味があるのはお父さんだけだって言ってるようなものじゃないですか!」

 「そ……そうなのか…?」

 「そうなんです!だから、例えば久しぶりに会う相手だったら、近頃どう過ごしてたのか聞くとか、しょっちゅう会ってる相手だったら、天気とかニュースとか他愛もない話題で相手の意見とか体調を聞くの!」

 「わ…分かった、やってみよう」


 戸惑いながらも、シグルキアスは従おうとする。いくら自分から助言を求めたとは言え、召使い…しかも廉族の…にここまでズケズケと言われて怒り出さないあたり、もしかしたら意外と良識人だったりするのかもしれない。



 そんなこんなで、二人はコント…もとい、シミュレーションを繰り返した。

 少し気を抜くと、シグルキアスはすぐに自分のことばかりを話し出し、ミシェイラ(アルセリア)の反応を無視してしまう。しかも、会話の膨らませ方も全くなっていない。

 ただ自分が話したい内容を連ねるだけで、せっかく話を盛り上げられそうな場面なのにいきなり違う話題を持ち出して、それを台無しにしてしまうことも幾度か。


 

 「違う!もっと彼女の気持ちに寄り添って!」

 「なんで彼女がそう答えたのか分かってますか!?」

 「笑いを取りたいなら自慢じゃなくて失敗話で!」

 「はっきり言って自慢は要りません!どうしても入れたいなら、10の話題のうち1に留める!それも謙遜か自虐と必ずセットで!」

 「そこは言わなくても察する!」

 「言葉だけじゃなくて、仕草や目線にも注意して!僅かなサインも見逃しちゃ駄目です!」

 「返事が薄っぺらい!彼女の言ってることをしっかりと吟味して、そこから彼女の求める言葉を返す!」

 「いいですか、貴方の話なんてクソの価値もないんです!大事なのは、彼女に気持ちよく話してもらうこと。貴方はただ聞き役に徹してればいいんです!」

 「だからと言って、適当な相槌はナシ!!」



 この場にリュートがいたならば、いくらなんでも理不尽だとシグルキアスの肩を持つことだろう。いや、リュートでなくとも、世間一般の男性ならば同じはず。


 言わなくても察しろ、欲しい言葉だけを返せ、相手に気持ちよく話してもらうことだけを考えろ。


 言われている方からしてみれば、実に無理難題である。

 と言うか、巧妙な詐欺の手口と似てなくもない。もっともこの世界にデート商法なんて(多分)ないので、アルセリアもシグルキアスもその点は気にしていないが。



 「はいそこ!髪の毛をベタベタ触らない!それだけでナルシスト認定されますよ!」

 「カップが空になったからってすかさずおかわりを勧めるのはNG!一呼吸置いて!相手を焦らさない!!」

 「なんか全体的に忙しない!もっと余裕と落ち着きを!」



 いつの間にやらレクチャーは、会話以外にも及んでいる。が、会話だけで誤魔化せる程この雇い主のアクは弱くないのだ。








 いつしかとっぷりと日も暮れて。


 「…では、()()()()()()()ここまでにしておきましょう」

 「あ……ああ。手間をかけたね。……って、「今日のところは」!?」


 疲弊しきったシグルキアスは、アルセリアの言葉に耳を疑う。

 が、アルセリアは至極当然のように、


 「基本事項はお伝えしました。後は、これらを滞りなく、違和感なく、さりげなーく実践出来るかどうかです。それには、場数を踏むしかないでしょう?と言うことで、明日もロープレやりますからね」

 「………………」

 「返事は?」

 「は…はい!」 



 




 「……ねぇ、エルにゃん」

 「なんでしょう。…と言うか、そのエルにゃんって…」

 「あの二人、何やってるのかな」

 「…………さて」


 やや離れたところで、アルセリアとシグルキアスの特訓を見物していた庭師と猫が、のんびりと雑草むしりをしながら話していた。


 「どう見ても、貴族の世間知らず我儘ボンボンと、スパルタ家庭教師にしか見えないんだけど」

 「……概ね、それで合ってるんじゃないですか?」

 「…合ってるかな?」

 「…合ってますね」

 「………だったら、それでいっか」


 そうして庭師と猫は、ツッコミ不在の生温かい目で奇妙な特訓風景を見守っていたのであった。




聞き上手な人って、素敵ですよね。自分は口から先に生まれた系ですが…。

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