第二百五十一話 レジスタンスに入団してみた。
「はーん、生贄三千人…ねぇ。そりゃまた随分とアコギな真似をするもんだな。リュシオーンの糞爺…いや、セレニエレの糞ガキの入れ知恵か?」
俺謹製のコテージパイをたらふく堪能してご満悦になったレメディは、すっかり俺たちに対する警戒を解き(それでいいのか?)、俺からの説明を聞いて苦々しげな表情を見せた。
「それって、水天使と火天使の名前だよな、確か。そいつらが天界を牛耳ってるって考えていいのか?」
「そいつらって言うか、牛耳ってるのはリュシオーンだよ。セレニエレは奴の腰巾着っつーかなんつーか。けど、ロクでもないことは大抵この二人の仕業と考えていい。地天使ジオラディアは奴らの言う事には文句一つ言いやがらねーし」
「……詳しいんだな」
スラスラと中央殿の、それも最高位天使たちについて出て来たレメディの知識が、ちょっと意外。こう言ったら失礼かもだけど、お世辞にもレメディは高位の貴族には見えない。庶民臭が半端ないのだ。
天使たちは須らく高貴なものだ、と思っている地上界の民は知らないことだが、尖兵として使い捨てられる大多数の平民は皆、こんなものだったりする。
ただし、彼女の口の悪さはそれを差し引いても少々目に余るが。ここにヒルダがいなくて良かった。こんな言葉遣いを真似されたら堪ったものじゃない。
「あー、まぁこっちにもそれなりにツテがあるってことよ。で、お前らは」
「風天使は?」
別に他意があってのことじゃない。ただ、さっきの話で風天使の名前だけが出てなかったので、何となく聞いてみただけの話なのだ。
しかし。
「…………あー…風天使については…あんまり詳しいことは知らねーんだ」
言い淀んだレメディの言葉の前の沈黙に隠されたものがそれほど軽いものではないのだと、馬鹿正直な彼女の表情が語っていた。
「で、お前らはそんな命令には従えねぇっつーことで、それを阻止しようと天界にまで上がって来たってのか」
俺の問いと疑問の表情を有耶無耶に誤魔化し、レメディは続けようとする。
まぁいいさ。ここは気付かなかったフリをしておいてやろう。
「ま、そんなところ。とは言っても何をどうすればいいのか途方に暮れてたところにイラリオと会ってさ、上手くいけば利害の一致ってことで手を組めるんじゃないかと思って」
「……なるほどねぇ、もしこいつと会わなかったら、どうするつもりだったんだよ」
「とりあえず、人の多いところに行って情報収集しようかなーって」
俺の返事に、レメディは呆れた顔になった。
「本気かよ?んな余所者…しかも廉族がノコノコ中央に行ったって、不審者扱いされるだけだぞ?」
「え……そうなの?」
「中央殿の治安維持体制を舐めない方がいいぜ」
……そうだったのか。とにかく人口の多いところに行けば、目立たず行動出来るとばかり思っていたんだけど……天界ってのは俺の想像以上に管理社会だったりするのか。
「けどレメディ、ここにいるアリアは廉族じゃない」
横で黙って聞いていたイラリオが口を挟んできた。
「さっき聞いたよ。けど、竜族たって天界じゃ余所者だからな。つーか寧ろ廉族より警戒されるっつの」
「しかし彼女は、ただの竜族じゃない」
イラリオは、レメディにアリアの素性を話した。
創世神の最期の息吹を浴びた個体だということ。そしてそれにより悠久の時間と世界の行く末を見守るという使命を手に入れたということ。
そして、遥か昔に絶えた天空竜の最後の生き残りだということ。
説明を聞いたレメディは、しばらく固まっていた。初めてアリアの件を知ったときのイラリオと同じ反応だ。
それだけ、天使たちにとって創世神の存在は大きい。
いや…天使族だけでなく、魔族を除く全生命体にとって…なんだけど、それでも天使たちの創世神に対する思い入れは、ちょっと常軌を逸している傾向がある。
彼女がいなくなって二千年も経って、それでもなおこの世界の民は彼女のことを愛し続けている。
そのことについては胸中穏やかじゃなかったりするが、それを今さら吐き出しても詮無いこと。
けど、愛されている彼女がいなくなって、憎まれている俺が世界に残っているという現実は皮肉なものである。
「創世神の、最期の息吹…最後の祝福……だと?」
あ、レメディが硬直時間から復活した。
「バカな……それが本当なら、リュシオーンたちが黙っていねーぞ。絶対手に入れようとするに決まってる」
「ほう、このワタシの価値が分かるとは、そのリュシ某とやらも見どころがあるではないか」
……最高位天使に向かって見どころが…とか、流石アリアさんは豪気である。
「とにかく、そんなわけだから彼女は俺たちにとっても貴重なんだ。それに、中央殿の走狗を倒した実力と言い、協力してもらったら心強いことこの上ない」
「……確かに、そんなヤバい竜を野放しにするわけにはいかねーよな」
なんだかイラリオとレメディの台詞(と思惑)が食い違っているような気もしなくはないが、とりあえず受け容れてもらえたってことで良しとしよう。
「言っておくが、まだお前らを完全に信用したわけじゃねーからな。妙な真似しやがったら、首叩っ斬るぞ?」
「しないって。……つか怖いな」
レメディの表情が、あまり冗談に見えない。
「今日からお前らは、アタシら“黎明の楔”の一員だ。目的達成まで、役に立ってもらうぜ」
「あ…ああ、よろしく」
差し出してきたレメディの手を握り返したら、ものすごい力で握りしめられてしまった。ちょっと痛い。
牽制の意味も込めた握手…なんだろうか。
「なにはともあれ、テメーには期待してるぜ、飯炊き係」
「……へ?」
なんか、不本意な呼ばれ方されたんだけど。
「夕飯も楽しみにしてるからな。そうそう、今ここにいるのは総勢二十人で、揃いも揃って大食いだから、覚悟しとけよ?」
……あらら?もしかして俺、正式に飯炊き係として採用されちゃった?
いや、そりゃあ胃袋を掴んで懐に潜り込んでやろうと思ったのは事実だけどさ。
「良かったではないかリュート。貴様の試験はこれで合格というわけだな?」
形態はどうであれ結果が良ければそれで良し、なアリアは俺の内心なんてどうでもいいだろうし、
「当然ですわ。我が愛しい君が他者に認められないはずありませんもの」
形態も結果もどうでもいいマナファリアは、多分深く考えずに(何故か)彼女自身が胸を張って断言した。
飯炊き係…ねぇ。そりゃ今までも散々同じようなことやってたし、今さら料理を作るのには抵抗も何もないけどさ。
……魔王たる俺が、天使族の飯炊き係…かぁ。
ギーヴレイが知ったら、怒髪天で天界を滅ぼそうとするんだろうな。
いや…ギーヴレイだけじゃなくて、他の武王たちも同じか。
ま……いいけどね、別に。どうせある程度長くここに滞在するのだろうし、だったら自分で飯を作ったほうが快適に暮らせるってもんだ。
調味料やスパイス類はたらふく持参してるし、天界独自の食材なんてものがあれば面白そう。
臣下たちには、バレないようにすれば大丈夫。
結局、他でもない俺自身が、結果オーライなのであった。
アリアの設定がかなり濃ゆいです。ほんとは別の話の主人公用のだったんだけど……ま、いっか。




