第二百五十話 変身
「へー、なんだか変な感じ」
姿見の前で色々なポーズをつけながら、アルセリアは感嘆まじりの声で言った。
尤も、それがアルセリア=セルデンであるという事実には、説明されなければ誰も気付かないだろう。
今の彼女は、彼女であって彼女ではない。
生来のストロベリーブロンドは、黒のメッシュが一房入った純白に、そして頭には白黒縞のモフモフのケモ耳。瞳は、金。顔立ちも、体格すらも本来の面影はない。
今のアルセリア=セルデンは、長身の虎型獣人だった。
なお、気になる身体のメリハリは現在の方がはっきりしている。変化した自分の姿を目にしたアルセリアが一番最初に確認したのはその胸の揺れ具合だった…ということには触れないでやってほしい。
「アルシー、その姿も似合いますね」
似合うも何も完全に変身しているわけだから無意味な言葉なのだが、本気とも冗談ともつかないベアトリクスの誉め言葉である。
当のベアトリクスは、エルフである。金髪に緑の眼。ベアトリクスの上品な笑みは、一族の中でもさぞ高位にいるのだろうと周囲の者に思わせる迫力を持っている。
「……アルシー…しっぽ」
ヒルダが、アルセリアのお尻からゆらゆらしている尻尾に目を付けた。間違いなく、モフりたがっている。
そんなヒルダは、背中に純白の翼を持つ少年天使にされていた。青銀の髪に、灰色の瞳、背丈は元々とほぼ同じ。
「あの、なんだか私にだけ悪意があったりしませんか、サファニール殿」
不満そうに零したエルネストは、アルセリアの肩の上。何の偶然か、いつぞやとよく似た黒猫になっている。言葉が通じるのは、存在そのものを猫に変えたわけではないからだろう。
彼女たちは、サファニールの権能により、認識上の存在を変化させているのだ。
これを看破出来るのは、“認識”においてサファニールを凌駕する者のみ。則ち、現在の天界で彼女らの正体がバレることはない。
「……いいなぁ、みんな面白そうで」
一人だけ変わらぬ剣の姿のままなクォルスフィアは、面白くなさそうだ。
剣と人の姿を行き来する彼女の場合、その度に権能が解除されてしまうので仕方ない。
「これで、中央殿の目は誤魔化せるはず。しかし、絶対ということはない。迂闊な行動を取れば、どこで四皇天使に勘づかれるか分からぬ」
見慣れぬ自分の姿に浮かれるアルセリアたちに、サファニールが釘を刺した。
押し切られるように彼女たちの行動を許可したのだが、それでも何をしても自由だと言うわけにはいかない。
「いいか、汝らに出来るのは、情報収集くらいだ。決して深入りはするでない。中央殿は、汝らが思っているよりも狡猾だぞ」
心配性な央天使に、アルセリアはあっけらかんと笑ってみせた。
「分かってるって、そんなに心配しないで。余計なことを言わずに、自然な態度でフラフラしてればいいんでしょ?」
「……いや、フラフラというわけでは…」
分かっていると言いつつ分かっていなさそうなアルセリアの本性の一端を垣間見たような気がして、サファニールは胸中に不安が湧き上がってくるのを止めることが出来なかった。
「はぁい、注目ぅ」
安定のウザっぷりで、ヴォーノが登場した。
何やら、自信に満ちた表情をしている。
「ご希望どおり、皆さんの潜入先をご用意いたしましたわぁん」
大したことではないような口ぶりで言う。だが、それがどれだけ困難なことだったか、危険を伴うことだったか…特に廉族であるヴォーノには…、分からない面々ではない。
「それは本当か、ヴォーノ」
サファニールでさえ驚愕を隠せず、再確認。
「モチのロンですわよん。アタクシ今回、ちょーっとばかり頑張ってしまいましたわん」
「……このオジサン、小物臭ハンパないけど、実は凄い人…?」
「まあ…ここにいる時点で只者ではないと思うけどさ」
アルセリアとクォルスフィアの呟きに、喜色満面で頷くヴォーノはそれでも、ただのチョビ髭で小太りでウザい中年にしか見えない。
「いやぁ、人は見かけによらない…とは本当なのですね」
にこやかに失礼なことを言うエルネストである。
「けど、これで一歩前進ですね」
「………早くお兄ちゃんに会いたい」
「それはもう少し我慢ですよ、ヒルダ」
方針が定まって安心した表情のベアトリクスが、不平顔のヒルダを諭す。
一刻も早く地上界に戻り自分たちの無事を伝えたいというのは全員の総意ではあったが、思いのほかヴォーノが有能でとんでもないツテを提供してくれたため、先に情報収集にあたるべきとの結論に達したのだ。
「でもでも皆さん、くれぐれもご無理はなさらないで下さいねぇん。相手は、高位中の高位の御方なんですからぁん」
先に簡単な説明を受けてはいたが、改めてヴォーノに(緊張感のない口調だが)言われて気を引き締める五人。
だが、
「分かってる。けどこんなところでいつまでも足止め喰らってるわけにはいかないしね。覚悟を決めるとしますか」
決意に満ちた、それでいて明るいアルセリアの言葉に、四人の仲間たちも力強く頷くのであった。




