第二百四十九話 おなかま大作戦
フラグ回収は、大切なことである。
そう、一般的に「フラグ」と称されているものは、言い換えればジンクスであり、兆しであり、則ち運命である。
従うにせよ、抗うにせよ、決して蔑ろにされるべきものではない。
……とかなんとか、グダグダ言っていて申し訳ない。
が、今まで俺が変に首を突っ込むと、状況が望みの反対方面へと方向転換してしまうことが多かったもんだから、今回も少しばかり不安になっているだけなのだ。
こういうときは、アリアの能天気さだとかマナファリアのお気楽さ(あれ、同じことか?)を見習うべきだよな、うん。
…………なんて、自分に言い聞かせてたりしたんだけど。
「おいコラ、イラリオてめーどういうつもりだ、あぁ?ドタマかち割られてーのか?」
隣室から届く凶悪な声と言葉に、ちょっと自信がなくなってきた。
迷路のような路地を抜け、無作為に連結された建物の間を抜け、階段を上ったり下りたり。イラリオが俺たちを連れて来たのは、街の奥の奥の奥、ひときわ雑多な空気を醸し出す、半地下の空間だった。
その中の一つの建物に俺たちを案内すると、イラリオはそこにいる同胞に事のあらましを報告しにいったのだが。
「ま、待ってくれレメディ、少しはこっちの話も…」
「んなもんは十分聞いたよ!オレが言いてぇのは、よりによってなんで余分なお荷物をぞろぞろ連れてきやがったのかってことだ」
さっきから、威勢の良い女性の声が、イラリオを追い詰めているのが聞こえてきてる。
「だから、説明したじゃないか」
「てめーの説明じゃ分からねーんだよ!」
………なんだか、イラリオがすごく理不尽な目に遭っているような気がする……。
「…のう、リュート。我らは、もしかしたらあまり歓迎されてはおらんのか?」
アリアは、俺と同じ考えのようだ。
「うーん……なんかそんな感じの口振りだよなー」
まあ、彼らが統制の取れた組織であるならば、間者の可能性の有無に関わらず不用意に外部の者を自陣に招き入れることは歓迎されざる行為だ。
その点、イラリオを問い詰める女性の言い分も分かるのだが……。
「そんなはずありませんわ。尊き御身をありがたがらない生命など、この世界に存在いたしませんもの」
「……マナファリア。ここでそういうこと言うの、一切禁止な」
「かしこまりましたわ、リュートさま」
無邪気なマナファリアの、不用心な発言が怖い。
しかも、俺に窘められて即座に首肯するのもちょっと怖い。こいつには、自分というものがないのか。
けど…ここまで来たのに追い出されたら、どうしよう。
或いは、またもや監禁されたり…だとか。
なんとか、彼らと穏便にやっていく方法はないものか。
悶々としていると、俺たちの部屋の扉が開いた。
そこに立っていたのは、なにやらしょぼくれたイラリオと、一人の女性。
濃茶の髪に、菫色の瞳。細身ではあるが筋肉の発達した体躯に、隙の無い物腰。艶やかさや可憐さはない代わりに、精悍な野性味を感じる。顔立ちは整ってなくもないが、前面に押し出されているのは美醜ではなく気迫。
燃え盛る炎、或いは迸る稲妻。
そんな印象を受ける、猛々しい女性だった。
そしておそらく…いや、間違いなく、彼女がイラリオを追い詰めていた声の持ち主だろう。
「…テメーらが、地上界から昇って来たっていう廉族か」
俺たちのことを上から下から値踏みするように睨め付けて、その女性…イラリオはレメディと呼んでいた…は、警戒と侮蔑たっぷりの調子で言った。
となると黙っていないのがアリアで、
「…竜族であるこのワタシを、廉族呼ばわりとは聞き捨てならんな」
……売られた喧嘩を律儀に買い受けるんじゃない、話が面倒臭くなるだろ。
レメディは、そんなアリアの迎え撃つ気満々な態度に僅かに眉を顰めるが、それ以上言及はしなかった。その代わり、
「言っておくが、オレたちがやってるのはおままごとじゃねーんだ。テメーらに周りをウロチョロされると、足手まといなんだよ」
購入特典として、さらに挑発を追加してくれた。
「……ほう、このワタシが足手まとい…とな?天使族というのは、かくも愚鈍な頭脳の持ち主だったか」
「言ってくれるねぇ…トカゲの分際で」
アリアとレメディの間に、火花が飛び散る。
血気盛んの程度としては、この二人は肩を並べるようだ。
「おい、レメディ、いい加減にしてくれ」
「アリア、早まるなよ」
イラリオと俺が、同時にそれぞれの連れを窘めた。
こんなところで喧嘩されたって、両者ともに何の得にもならない。
彼らも、俺たちも、それどころじゃないんだから。
「とにかくレメディ、彼らは俺たちの命の恩人で、利害も一致してる。足手まといにはならないって、さっき説明しただろ?」
レメディの肩に手を置いて制止しようとするイラリオ。俺もまた、アリアに「余計なことはするんじゃねーぞ」的視線を送っていた。
「…ふん、それは聞いたよ。なんでもそこのトカゲは、中央殿の刺客をほとんど一撃で沈めちまったんだろ?で、そっちのひ弱そうな小娘は、大人しそうな顔して凶悪な術の持ち主だってな」
レメディたちの、マナファリアに対する認識がやたらと剣呑だったりするのが気になるが、概ね事実である。
「ああ、こいつらの実力は俺が保証する。互いに協力しあえば、目的だって…」
「で、そこの兄さんはどうなんだよ?」
イラリオを遮って、レメディはいきなり俺を指差した。
「トカゲと小娘は、まぁ認めてやるよ。で、こいつは何が出来るんだ?まさか只のヒモとか言うんじゃねーよなぁ?」
「い、いや……それは……」
口ごもるイラリオ。頼むから少しくらい擁護してくれよ。…っつっても、さっきの戦闘で俺は何もしてないから、彼が何も言えないのは仕方ないかもしれない。
黙りこくってしまったイラリオを無視し、レメディは俺に向き直った。
「なぁ色男。テメーは見てくれ以外に何を持ってる?それを示してもらわないことにゃ、テメーの待遇は保証できねーぜ」
「……示す…?」
「簡単な話だ。テメーに何が出来るのか見せてくれりゃいい。魔導か?レア職能か?それとも天恵持ちか?生半可な力じゃ、天使相手に通用すると思うなよ」
…えー、何それ。俺だけ入団テストですか?
ってそれ、ちょっと困るんだけど…………。
力を見せろと言われても……【断罪の鐘】でもぶっ放してみる?いっぺん見たから、多分再現出来ると思うけど……それか、同じ極位の【天破来戟】あたり…?
……いやいやいやいや、辺り一面荒野に変えてどうする。
アリアとマナファリアは、平然としている。まさか俺が入団テストに落ちるとは疑いもしていないのだろう。
イラリオは、無言ではあるがその表情で、「お前も何か隠し持ってるんだろ?」と語っている。
うーん……俺としては、別にいいんだけどさぁ。けど、レメディに認めてもらえるような力の示し方すると、彼女らの損害が半端ないんですけど。
そもそも、彼女らは身を潜めてるんだよね、ここ、隠れ家なんだよね?
派手にぶっ放して、中央殿の追手に見つかったら元も子もないじゃん。
「どうした、地上界から乗り込んできたんだ、さぞ自信があるんだろ?」
「んーーー…そりゃ、なくもないけど……」
………あ、そうだ。
「ま、荒事も苦手じゃないけどさ、他にも特技はあるんだぜ?」
何も、戦うばかりが能ではない。
生命体である以上、敵を滅するよりも己を維持する方が優先だ。
生命の維持……腹が減ってはなんとやら…ってね。
「特技だと?テメー、誤魔化そうったって……」
「まぁまぁ。俺に何が出来るか示せって言ったのは、そっちだろ?示してやるから、少し待ってな」
俺が力を示した場合、ほとんどの者は恐怖か畏敬を見せる。
が、俺が手料理を振舞った場合、ほとんどの者は笑顔と感嘆を見せてくれる。
別に彼らに戦力を提供してやるのはやぶさかではないが、ここは一つ、彼らの胃袋を掴みにいくとしますか。
同じ釜の飯を食う間柄になれば、大抵の警戒は消える。
名付けて、同釜大作戦!




