第二百四十八話 フラグとはある種の言霊である。
イラリオの先導で俺たちが辿り着いたのは、中規模の都市だった。
第一印象としては、「ごちゃ混ぜ」。
雑多な街並みに、雑多な住民。無計画に開発が進められたのか、曲がりくねった路地が多く、区画割がかなり適当である。
貧しいようには見えないが、セレブな雰囲気も皆無。奇妙な活気のあるその都市は、確かにレジスタンスが隠れるには適しているように見えた。
これまた無計画に建て増しされたせいでまるで迷路のようになっている建物の間の細い路地を、イラリオはすいすいと歩いて行く。はぐれないように気を付けないと、迷子間違いなしだ。
しばらく進んでからイラリオが足を止めたので、ようやく拠点に着いたのかと思ったのだが、
「…もう一度、確認しておきたい」
真剣な面持ちで、イラリオは俺たちを振り返った。
「お前たちは、俺たちに協力してくれるんだな?」
今までの流れからそれははっきりしているだろうと思うのだが、それでも改めて確認しておきたい気持ちは分かる。なし崩しに、なんとなくで、部外者を自分たちの陣営に招き入れるというのはリスクが大きすぎるのだ。
「ああ、そのつもりだ」
「……理由と、目的を聞かせてもらえるか?」
……やっぱり、そうだよな。それが一番重要だよな。
何の理由もなく、天界の上層部と喧嘩している彼らに協力するなんて、そんなおかしな話あるもんか。
「俺たちに、恩を売ると言っていたな」
イラリオの視線はアリアに。
……もう、アリアの奴が余計なことを言うから、説明がめんどくさいじゃないか。
さて……どうするか。どこまで話すか。
アリアとマナファリアの視線は、俺に向いている。二人とも、俺が答えを出すのを待っているのだ。
…………よし、決めた。
道中もずっと考えていたのだが、ここは一つ、ある程度は正直に話してしまうとしよう。
腹を括ると、俺はイラリオに話し始める。
「えっと…最初に会ったときに話した経緯ってのは、実は嘘なんだ」
「…気付いたら天界に来ていた、というあたりか」
「そうそう。その時は、まさかこんなことになるとは思ってなかったから…」
こんなことになると分かっていたら、最初からもう少し考えて行動してたんだけどさ。
「では、何の目的で、どうやって天界へ来たのだ?」
「まずは目的だけど。言っとくけど、これは口外しないでほしい」
俺の要望にイラリオが無言で頷いたのを確認すると、俺は続ける。
「俺たちは、地上界の宗教組織から派遣されてきた」
「地上界の……ルーディア聖教とかいう…?」
おお、イラリオも知ってたか。意外とネームバリューあるんだな。
…まあ、地上界最大(と言うかほとんど唯一)の宗教だし、創世神を祀っているのだから当然か。
「そうそう。……つい最近、天使が一人、地上界に降臨したって知ってる?」
次の俺の問いかけに、イラリオは驚いた顔をして首を振った。
下っ端役人であるイラリオが知らないということは、やはり生贄云々は上層部の判断か。
「その天使は、ルーディア聖教の教皇たちの前に現れると、来たる魔界との戦のために、生贄を数千人ほど捧げろと要求してきた」
「なっ……生贄だと?それも、千人単位で!?」
その驚きようから、イラリオは極々まともな神経と常識の持ち主だと確認出来た。
ここで、数千の生贄なんて、その程度がどうした?とか言われてしまったら話が先に進まないところだった。
「そう。天界は、幻獣べへモスを大量に召喚しようとしている。それに必要な生贄と依り代を、地上界に供出させるつもりなんだと」
イラリオの驚愕は、さらに大きくなる。
「べへモス……伝承で聞いたことはある。非常に強力かつ恐ろしい性質をもつ幻獣で、魔族だけではなく、多くの天使族や廉族まで食い荒らしたと……」
イラリオの認識は正しい。実際、二千年前の大戦において魔族はべへモスにかなりの痛手を食わされたが、天界・地上界側にもそれと変わらないくらいの被害が出た。
一度起動したべへモスは、喰い尽くすという一点のみを遂行し続ける。任意の命令など、設定出来ない。
召喚した天使でさえもその暴食を止めることは出来ず、べへモスが目に映る全てを喰い尽くすのを待つしかないのだ。
要するに、とても強力だが諸刃の剣…というわけ。
「そう、そのべへモス。…んで、その天使は、生贄を用意しないなら地上界を敵と見なして滅ぼすってさ。これ、どう思う?俺たち廉族からしたら、理不尽もいいとこなんだけど」
「…ああ、それは……そうだろう。いくらなんでも、やり過ぎだ」
支配者層ではないイラリオは、俺に同調してくれた。それが、お人好しな彼の性質ゆえのものなのか、それとも一般的な天使族の意見なのか、是非とも知りたいところだ。
「で、俺の上司は準備期間という体で、なんとか半年の猶予をもらった。けど、天界の求めに応じるわけにはいかないんだよ。だから、俺たちはべへモス召喚を阻むために、天界へ遣わされたんだ」
これ、全部本当のことである。
俺が魔王であるという(ある意味一番重大な)事実を隠しているということを除き、俺は何一つ嘘をついていない。
「…そうか、お前たちはルーディア聖教の者だったのか。…しかし、べへモス召喚を阻止するなどと…それは本気か?お前たち廉族が、中央殿の決定をどうやって覆すつもりだ?」
「だから、お前らなんじゃないか」
「………?」
「別に、中央殿が正式に計画中止を明言しなくてもいいんだよ。なんだかんだで、べへモス召喚なんてやってる場合じゃなくなれば、それでいい」
イラリオの表情が、事態を理解したようにすっきりしたものになった。
「なるほど……中央殿の解体を目指す俺たちとは、利害が一致するというわけか」
「そういうこと。べへモス召喚を決定したのは、多分中央殿かそれに近い上層部だろうから、そいつらがなくなってしまえば、計画は中止されるはず」
イラリオの呟きに、しれっと答えた俺だったのだが、どさくさで彼らの最終目的を聞かされて内心ではちょっと吃驚。
中央殿の解体て……それ、完全なクーデターだよね?
果たして、彼らにそれが可能なのだろうか。
勿論、そんなことは口に出さない。ついでに、魔王である俺がいれば決して不可能ではないということも、口には出さない。
少し心配なのは、彼らが半年どころか数年数十年のスパンで活動を考えている場合なのだが……襲撃してきた覆面の連中といい、イラリオたちにもあまり時間は残されていないような気がする。
「…そうか……納得した。お前たちもまた、中央殿の理不尽な仕打ちに立ち上がることを選んだ者たちなのだな」
力強く頷くと、イラリオは改めて俺たちに向かい、
「ならば、同じ目的、同じ敵を持つ者同士、俺たち“黎明の楔”はお前たちを迎え入れよう。しばらくの間、お前たちの力を貸してほしい」
間違いなく彼がアテにしているのはアリアなのだが…もしかしたらマナファリアもなのかもしれないが…俺は代表して彼が差し出してきた手を握り返した。
「お安いご用だ。ま、大船に乗った気分でいてくれ」
……ん、あれ?そう言えば、前に魔族の末裔であるソニアに同じようなことを言って、「泥船じゃなきゃいいんだけど」とか言われたんだっけ。
で、結局泥船だったわけだけど……
なんか、盛大にフラグを立ててしまったかもしれない?
昨日まで夏休みだったんですけどね。仕事始まっちゃいました。
あーーーーー、一生ゴロゴロして生きていきたい………。




