第二百四十五話 意外な才能その2
アリアがあんまりにも自然体で近付くもんだから、初めのうち、襲撃者も被襲撃者も、その存在に特に気を払う様子はなかった。
が、流石に斬り結んでいる真っ最中に間に割り込まれ、ようやく闖入者に気付く。
「なんだ貴様は!?」
「お、お前……どうしてここに?」
前者は襲撃者である覆面の、後者は劣勢ながらも踏ん張っているイラリオの台詞である。
覆面は、妙なのが現れたが排除すればいいだろう、と考えているに違いない。それほど慌てたりはせず、一応は距離を置いて、アリアの動きに注視する。
驚いていたのはイラリオで、そりゃ牢にぶち込んでおいたのだから当然なのだが、アリアがまるで自分を守るかのように立ちはだかっていること自体が信じられないようだ。
「ふむ、楽しそうなことをしているではないか。ワタシも混ぜるがいい」
言葉どおり楽しそうに舌なめずりをするアリア。美女がこういう仕草をすると、ちょっと凄みが出て怖い。
因みに俺は、マナファリアもいることだし、影で彼女を庇いつつ大人しくしている。のだが、俺に守られていると思った(間違いじゃないんだけど…)マナファリアが、またもや勘違いを暴走させて頬を染め悶えている。誰かどうにかしてくれ。
混ぜるがいい、と言ったアリアではあるが、イラリオに背を向け覆面に対峙しているので、誰に味方するつもりなのかは一目瞭然。
「…ふん、反乱分子どもの仲間か。しかし貴様一人増えたところで、何が出来る?」
嘲るように言い捨てる覆面の襲撃者。戦いの様子やその態度を見ると、それなりの位階にいる天使なのだろう。
明らかに侮られているアリアはしかし、気を悪くした様子はない。こっちはこっちで、自分の力に絶対の自信を持っているのだ。
……つい最近、俺にボロ負けしたくせに。
「何が…とな。ふむふむ良かろう、見せてやろう」
言い終わると同時に、アリアから紫電が迸った。
彼女の十八番、極位術式レベルの特殊攻撃である。
音というより衝撃に近い空気の震えと、目を灼かんばかりの閃光。
敵は悲鳴を上げることも出来ずに雷に打たれ、俺の背後のマナファリアは悲鳴を上げることも出来ずに俺にしがみついた。
室内で炎を吐き散らさないあたりは考えたつもりかもしれないが、これだって似たようなものだろう。
どうやら指向性はあるようで、その雷は覆面たちだけを狙って襲い掛かったのだが、とばっちりで部屋中が真っ黒こげになってしまった。
一瞬でこの場を制圧してしまったアリアは、得意げに胸を張ってこちらを見遣る。その表情は、どうだワタシは只の引き籠もりではないのだぞ、と語っているかのようで…
「どうだ、ワタシも只の引き籠もりではないのだ!」
……口にも出した。
別に俺は何も言ったことないのだが、どうやら千年単位で引き籠っていたことに関して、思うところがあるらしい。
「あー、はいはい。スゴイじゃないか」
どうやら覆面さんは全員沈黙したようなので、俺とマナファリアも部屋の中へ。
「む、なんだその言い方は。言っておくが、あの時は貴様に後れを取ったが本来ならば…」
「分かった分かった、スゴイって言ってるじゃん」
「むむ、言い方が気に喰わん!貴様はどうもワタシを見くびっているフシが…」
「だから、分かったって。なんなら今度、リベンジマッチに付き合うぞ?」
「……い、いや、そこまでは…言っておらぬ」
もう、なんだよ意地っ張りめ。
「お……お前たち。なんでここに……どうやって牢から出た?それに…何故俺たちを助けたりした?」
むくれるアリアとあしらう俺の遣り取りをしばらく呆けたように見ていたイラリオとその仲間たちだったが、ようやく我に返って質問をぶつけてきた。
「あー、えっと……牢屋は…ね。その、一度やってみたかったんだよ脱獄」
「脱獄!?」
「いやいやゴメン。ちょっと出来心で…」
考えてみたら(って考えなくても)出来心でやっていいことじゃないけどね。
脱獄、ダメ、絶対。
「い、いや…しかし、ひとまずは礼を言わなくてはならないか…。理由は知らんが、お前のおかげで助かった」
イラリオは、アリアに向き直って頭を下げる。いきなりのことで頭の整理もついてないだろうに、なかなかに律儀さんである。
「いや何、礼には及ばんよ。貴様らに恩を売っておこうと思っただけだからな!」
……アリアさん、それ言ったらダメなやつ。
「……恩を、売る…………?」
イラリオ、一瞬ポカンとしてから、
「は、ははは。面白い御仁だ」
なんか、ウケた。
「しかし、いいのか?恩を売ると言っても、事情も分からずにだなんて、随分と思い切りがいいんだな」
「まあ、我々にも事情とやらがあるのだよ」
なんか、すっかり和やかムード。
それは、いいんだけど……
「なあ、イラリオ。そんなことより、早くここを出た方がいい。奴らの援軍だってすぐに来るだろう」
無事だった番兵の一人が、イラリオにそう進言した。まだ緊張は取れていない。
と言うことは、まだ安心は出来ない…ということ。
「賛成だ。俺たちも、アンタらの事情ってのを聞かせてもらいたいし、とりあえずここから離れようぜ」
俺も同意し、イラリオの方へ歩み寄る。
「話はそれからだ。何処か、行くアテとかはあるのか?」
「なくは…ない、が……」
俺の質問に、一瞬躊躇するイラリオ。
その理由は簡単で、
「おい、イラリオ。部外者に情報を与えるのは……」
彼の仲間の危惧どおり、まだ味方とは決まっていない俺たちに、拠点の場所をおいそれと教えるわけにはいかない…ということだ。
覆面は、彼らを「反乱分子」と呼んでいた。
それが事実か誤解かは知らないが、少なくとも覆面たちの勢力がイラリオたちをそう捉えていることは確かで。
最初は、覆面たちがテロリストか何かだと思ったのだが、どうもそうではなさそうだ。
けど、制服着てる番兵が反乱分子ってのも、変な感じがする……。
とりあえず、そこのところを詳しく聞いて、あわよくば利用させてもらうことにしよう。
「とにかく、ここでグズグズしているのは良くない。ひとまずは安全なところへ行こう」
「あ、ああ……そうだな」
俺の提案に、戸惑いつつも頷いたイラリオは、他の仲間たちにも声をかける。
「すぐにここを離れるぞ、動ける者はそうでない者に手を貸せ。各自散開し、地点205に集合だ」
合図と共に、彼の仲間の兵士たちが動き出す。かなり深手の者もいるが、死者はいなさそうだ。
それぞれがバラバラに逃げて、決められた集合地点へ向かうのだろう。
そしてイラリオは、俺たちと一緒に行動することに決めたようだ。
「まだお前らを完全に信用したわけじゃないが……」
「いいよいいよ、それは仕方ないし。話は後にして、俺たちも行こう」
戸惑いを隠せないイラリオを急かすと、俺たちも外へと足を向けた。
その時。
「止まれ、反乱分子ども!」
背後で、俺たちを呼び止める怒声がした。それに続いて、か細い悲鳴が。
怒声は、イラリオとやり合っていた覆面のもの、そして悲鳴の主は……マナファリア。
いつの間にやら起き上がっていた覆面が、マナファリアを背後から抑えつけて、人質にしていた。
「くそ…舐めやがって、下層民どもが……」
屈辱に染まった声で呻く覆面。アリアの雷で、その覆面は半分以上ボロボロでほとんど顔が見えているし、身体中から煙も燻っている。
かなりのダメージを受けたはずなのに、意外と足取りがしっかりしている。
「ほう……耐性持ちか」
アリアが感心するように言った。
雷撃耐性を持つと言っても、極位術式並みの攻撃を至近距離で受けて立っていられるあたり、相当のレベルと思われる。
が、今問題なのはそこじゃなくて。
「リュ…リュートさま……」
……ほら。
マナファリアの、あの表情。
殺気丸出しの天使に羽交い絞めにされている状況で、彼女の表情に恐怖はない。
おかしいでしょ、それ人質の顔じゃないよね。なんで期待に顔輝かせちゃったりしてるわけ?
少しくらい立場を考えようよ。あと、空気も読んで欲しい。
背後にいる覆面にはマナファリアの顔が見えてないからいいけど、もし見えてたら激昂するよ?舐めとんのか!って激オコだよ?
「リュートさま、どうしましょう、私、悪漢に捕らわれてしまいましたわ!」
……なんで棒読みかなー…。
つか、どう見ても俺の助けをアテにしてるだろ。
………なんか、面白くない。
そりゃ、同行を許したのは俺だよ?
けど、なんで姫巫女の面倒まで見なきゃならないのさ。
アルセリアたちみたいに自分たちの力で切り抜けようとしているならまだしも、最初から俺の力をアテにされるのは、あまり気分が良くない。
だから、まあ、その、少し意地悪をしたくなってしまったわけだ。
勿論、ささやかな嫌がらせ程度で、ちゃんと助けてやるつもりではあったんだよ?
だけど、こんな展開になるだなんて。
「マナファリア。俺は、弱者の理屈が嫌いだ。弱ければ助けてもらって当然、弱ければ何をしなくても許される、面倒で大変なことは強者に任せてしまえばいい……そんなのは、弱さを隠れ蓑にした傲慢だ」
淡々と告げる俺に、マナファリアはキョトンとした顔になる。
世間知らずの彼女に、俺の言いたいことは伝わるだろうか。少し心配だが、構わず続ける。
「俺が好きなのは、強かろうが弱かろうが、常に自分の出来ることを探して、それを実行しようとする奴だ…分かるな?」
この状況で「分かるな?」と言われたところで、彼女に何が出来ると言うのだろう。その点では、俺の言葉は彼女にとって非常に冷酷に聞こえているはずで。
それなのに。
「はい、分かりました!」
満面の笑みで、はっきりと答えたマナファリアは、即座に行動に出た。
俺とアリアが制止する暇もなく、彼女の腕が一瞬、僅かにそして鋭く動く。
あまりに早すぎて追いきれなかったが、その右肘が覆面の鳩尾を打ったということは何とか分かった。
急所である鳩尾…と言っても、相手は天使。彼女は非力な廉族。
無駄な足搔き程度の、可愛らしい抵抗に過ぎないと思われた。
だが、彼女のささやかな一撃を胸に喰らった覆面はなんと、声を上げることもなくその場に崩れ落ちたのだった。
その場にいる全員が、何が起こったのか理解出来なかった。
どさりと覆面が床に落ちる音がして、何食わぬ顔でマナファリアが俺のところにやってきて、
「これでよろしいですか、リュートさま?」
無邪気に尋ねてきたところで、ようやく我に返る。
「え……えええええ!?何、今の何?お前、今一体何やったんだよ!?」
なんで、軽く小突いた程度で、高位生命体が撃沈するわけ?
そりゃ鳩尾だから、ちょっとくらい「うっ」ってなるかもしれないけど、「うっ」ってなったくらいで天使が倒されちゃうはずないでしょ?
俺の剣幕に、マナファリアはまたしてもキョトン。
「ええと……護身術です!」
「護身術?護身術で天使を倒しちまうのかお前は!?」
それ、護身術のレベルじゃない!
俺は、倒れた覆面に近付いて様子を見る。
倒れた直後は痙攣していたようだったが、今はもう動いていない。
身体だけじゃなくて、心臓も…動いていない。
……ちょっと待ってくださいマナファリアさん。
ルーディア聖教の姫巫女ってのは、護身術で天使を殺せる人たちなんですか?
何処の戦巫女だよそれ!
「あの、以前にグリード猊下のご紹介で先生を呼んでいただいて、少しばかり稽古を受けたことがあったのです。姫巫女と言えども…姫巫女だからこそ、いざというときには自分の身を守るだけの力は必要だ…とのことで」
……いや、言ってることは分かるけど……。
「…で、これはどういう技なんだ?大した威力には見えなかったんだが…」
僅かながら魔力も感知出来たが、子供のお仕置き程度のものだ。天使の心臓を止めるような痛打には思えない。
「ええと、私も詳しい原理は知らないのですけど、心臓の拍動の狭間……ちょうど、心臓が弛緩しきる寸前にその真上に衝撃を加えると、簡単に心臓を止めることが出来ると先生は仰ってましたわ」
…………。
…………それ……もしかして、心臓震盪?心室細動を……意図的に、起こさせて……………?
……絶対、「簡単に」じゃない!
それ、マジもんの無音暗殺術じゃん!?
「魔力は、補助的に使用しているだけですわ。先生が仰るには、強大な魔力や腕力がなくとも、技術とタイミングで相手の虚を突くことが出来れば、格上の相手を仕留めることも可能だ…とのことです」
「し……仕留めるて」
「ですから、私のような非力な者にはうってつけの術なのです。他にも、ペーパーナイフや釣り糸、縫い針などを利用した護身術もいくつか教えていただきました」
誰だよ、んな物騒な暗殺技術を姫巫女に教え込むのは!
「なぁ…その、先生って……?」
グリードの紹介と言うし、なんかやり口に心当たりがあったし、もしかしてと思ったが……
「はい、“七翼の騎士”の所属で、ラディウスさまと仰る方でした」
……やっぱりアンタか、先輩。
色々と、言いたいことは山ほどある。
が、今はそれどころではなかった。
限定条件下とは言え、意外過ぎる姫巫女の戦闘力に驚くあまり状況を忘れそうになった俺たちだったが、その後すぐに思い直し、あれこれツッコむのは後回しにして、取り急ぎこの場を離れることにした。
イラリオの、俺たちを見る目がますます胡散臭そうに変化したのは、言うまでもない。
このマナファリアって、いまいち見せ場を作りにくいんですよね、脳内お花畑だし。
なのでこういう機会があったらじゃんじゃん活躍させてあげたいと思います。
けど、リュートとのフラグは立ちません。




