第二十三話 敗走の魔王
荒廃した世界で、我は忌まわしき半身と対峙していた。
これで、何百年目であろうか。戦いは、拮抗状態を保ちながらも、徐々に形勢が傾きつつあった。
我らの、劣勢へと。
忌々しいことに、創世神の領域である地上では、我の力は大きく削がれてしまう。無理もない。ここは、この場の理は、奴が構築したものなのだから。
或いは、世界ごと破壊してしまえばそのバランスを崩すことも出来たかもしれない。全てを無に帰して。まっさらな状態で、奴と対峙するならば。
我らは等しきものなのだから。
だが、地上界で戦う以上、我の力は奴の力によって阻まれてしまう。
“星霊核”からの霊素は、そのほとんどが奴に流れ込んでしまっていた。
だが、我は、負けるわけにはいかない。
我には、目的が……
目的など、あったのだろうか。
理由など、あったのだろうか。
今となっては分からない。
初めからなかったのか、忘れてしまったのか。
だがそれでも、我が“魔王”である以上、敗北を認めるわけにはいかないのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
結論から言おう。
俺は、負けた。
この俺が、創世神亡き今この世界で唯一神格を頂くこの俺が、
天界・地上界連合軍相手に一歩も引かず数百年の時を戦い続けたこの俺が、
負けた。負けて、逃げだした。
日付が変わって何時間経った頃か、俺は、三人娘の部屋を抜け出してきたのだった。
いや、分かってる。俺だって、分かってる。
据え膳食らう度胸はなくても、せめて意地を見せてあの場に留まるべきだった、と。
だけどさぁ。桜庭柳人は、人間なんだよ?健全な、青少年なんだよ?自室のベッドの下に、恥ずかしい雑誌の一冊や二冊、や三冊や四冊……隠してたりする、男子高生なんだよ?
学校で悪友たちと、どんな美女が好みとか、そんな話題で盛り上がっちゃうような、そんな健全な青少年なんだよ!?
あ、そう言えば、俺の理想って今思うとエルリアーシェみたいなタイプばっかりだったな…。
いやいやいや、そうじゃなくて。
熟睡している三人娘(どうしてあの状況で眠れるのか…)を起こさないように、そーっと部屋を抜け出した俺は今、夜風を浴びている。
自室(連中の隣の部屋を取ってある)に戻って休むことも考えたが、ひとまずは頭を冷やしたい。
幸い、宿の裏庭はちょっとしたテラスの様になっていて、俺は腰かけて一息つくことが出来た。
今は、午前二時か三時か……さっきの様子からすると、あいつらは今日あたりヒュドラ討伐へ向かうのだろう。
本当に、大丈夫だろうか。
いや、大丈夫に決まってる。あいつらは、腐っても勇者。ヒュドラ相手に後れを取るようなら、いくらなんでも魔王城まで乗り込んできたりしない。
ただ……なんだかなー。あいつら、戦い以前のところで、妙に危なっかしいんだよなー。
うーん。これも何かの縁だ、ヒュドラ討伐までは、付き合ってやるかな。勿論、手出しをするつもりはない。そこまでする資格もない。
だから、一緒に行って見守るだけだ。あいつらのことだから、山で遭難してもおかしくないし。
それで、戦いを見届けたら、それでサヨナラ、だ。あまり長く一緒にいると、お互いの為にならない。
次は、何処へ行こうか。ケルセーあたりは、面白そうだったな。時間がなかったから、あまりよく見て回れなかったけど、人の行き来も盛んだったし、未知の出会いがありそうだ。
やっぱり、繁栄には人の流れが必要なんだよな。交易路を通って様々な人と物品が街に流れ込み、また街から流れ出ていく。
そうしながら街は少しずつ富を蓄え、人も増え、経済が回りだす。
経済学とかは門外漢だけど、そういうものだろう。確か地球上の文明だって、川があって人が集まるところから始まり、シルクロード沿いには多くの都市が発展したとか、国営放送のドキュメンタリーで見た記憶がある。
人が訪れないところには、何も生まれないし、生まれたとしても育つことがない。
…………あれ?なんか、ひっかかる。
……………………なんだろう。自分で考えたことに、違和感があるなんて。
ううーむ。分からん。分からないから、まあいいか。きっとここ最近、色々考えることが多すぎたせいで、頭が疲れているんだろう。
よし。これが終わったら、ケルセーに行ってちょっとばかり豪勢な宿を取って、惰眠を貪ろう。で、こっちの世界の料理も堪能してやる。
何か珍しいものでもあれば、ギーヴレイにお土産でも買っていってやろうかな。
旅を続けていれば、いつか勇者たちと再会することもあるのだろうか。もともとは、修練のために諸国漫遊して魔獣討伐をしていた、という話だし。
その時には、また飯を作ってやろう。何がいいだろうか。どうもアルセリアは肉至上主義で、ベアトリクスはどちらかと言うと魚の方を好むようだ。ヒルダは……多分、何でも喜んで食べそうだ。
旅路は長くなりそうだから、その間にあいつらの気に入りそうなメニューを考えておくとしよう。
重ね重ね言いますが、リュートはヘタレではありません。紳士なだけなんです。




