第二百四十三話 意外な才能その1
「おい、魔王よ」
「あのさ、ここでその呼び方やめろっつったろ」
「そんなことはどうでもいい」
…いやいやいや、どうでもよくない。つか、多分一番重要なことだ。
こいつは、第二次天地大戦でも起こしたがってるのか。
俺たちは、詰所の地下の牢屋に放り込まれていた。
見た感じは粗末だが、間違いなく魔導結界が施されている。
そりゃ、廉族二人は別として、竜種最強の天空竜をただの牢屋に閉じ込めておく馬鹿はいないだろう。
まあ、空間を弄ってる様子はないから、転移であれば問題なく外に出れるけど…気取られるからあんまりやりたくないな。
相手が廉族ならいくらでも誤魔化せることでも、天使族ともなればそうもいかない。
なんか色々と、やりにくいったらもう。
「マナファリア、体調は問題ないか?」
不本意だが、一応は非力な彼女を心配してみる。
強力な結界というのは、中にいるだけで影響を受けるものだ。
俺やアリアなら何の問題もないが、ただの人間でしかないマナファリアには堪えるかもしれない。
「ご心配、ありがとうございます。しかし、リュートさまのお傍にいられるのであれば、私はいつでも絶好調ですわ」
相変わらずの調子で断言するマナファリアだが、強がりだということは見え見えだ。こんなところで根性を見せてどうする。
「それで、まお…ではなく、リュート…よ。貴様、これからどうするつもりだ?」
アリアは、狭苦しいところに閉じ込められているのがお気に召さないようだ。
今までずっと、狭苦しいところに引き籠ってたくせに……
いや、だからこそ…か。
「うーん…気になるのは、あいつらに俺たちをどうこうしようっていう感じがないってことなんだよなー」
俺たちがここに放り込まれて、ほぼ丸一日が経とうとしている。
彼らは、俺たちに危害を与えることはなかったし、食事や水もきちんと運んでくるし、こう…扱いに困ってはいるが殺すつもりはない…みたいな。
そもそも、どうしてここに閉じ込められることになったのかも分からない。
いや……直接の原因は分かっている。アリアの境遇だ。
彼らは、アリアが創世神に近い存在だと知って、いきなりこんな所業に出たのだ。
けど、その理由がよく分からない。
だってそれじゃまるで、彼らが創世神を崇拝していないみたい…じゃないか。
そんなこと、ありえるのか?天使族に?
さっきのイラリオが顔を見せてくれたら問いただしてみようと思ったのだが、彼は一向に姿を見せない。と言うか、誰も来ない。見張りすらいない。
逃げられることはないだろうとタカをくくっているのかもしれないが、それでも見張りくらい置いておこうよ。
ここは牢屋で、見張りがいないとなったら………
やってみたくなるじゃないか、脱獄。
俺は、ポケットから小さな箱を取り出した。
イラリオたちは、簡単な所持品検査はやったが武器以外を取り上げることはしなかったのだ。
まあ…魔導反応でもあれば、没収されてたんだろうけど。
「…なんだそれは?」
アリアが覗き込んで、首を傾げる。
それは、魔導具でも何でもない、ただの金具。
ただし……とても便利な金具なのである。
「ん?これは、ギーヴ…部下が持たせてくれた便利セットの一つ。この中には…」
俺は、小箱から針金のようなものを二本、取り出した。真っすぐなのと、先っちょが鉤みたいに曲がってるやつ。
ふっふっふー。一度やってみたかったんだよね、錠前破り。
なんで魔王たる俺の持ち物にこんなものが含まれてるのか謎で堪らないが、ギーヴレイの奴、俺が興味を持ちそうなことの全てを網羅してたりするのだろうか。ちょっと怖い。
「とりあえず、一旦ここを出て、奴らの様子を見てみようぜ?」
大人しく待ってるのも性に合わない。陰からこっそり覗いて、連中の狙いを探ってやる。
俺は、頑丈そうな錠の鍵穴に、針金を挿し込んでみた。
カチャカチャ。カチャ、カチャ。カチャチャカチャカチャカカカカカガチャンガチャン。
……なんだよこれ。全っ然開かないじゃん。
漫画とかだと、簡単に開いてたのに。
そんなに複雑な構造には見えない古臭い錠なのに、いくらガチャガチャやってもウンともスンとも言わない。
えー、なんでだよー。
開きやがれこいつ、生意気な!この俺を誰だと思ってる、魔王だぞ?神格を頂く存在だぞ?その魔王がピッキングしてやろうってんだから、ありがたく開きやがれ!
……くそう、ダメだ。ムキになってガチャガチャさせても、何も起こらない。
見かねたアリアが、手を出してきた。
「何をしている。そんなもので錠が開くのか?」
「…そのはず…なんだけど………」
「ふむ。ならばむくれていないで、ワタシに貸してみろ」
そして俺の真似をしてカチャカチャ。
「……………」
やっぱり、開かない。
「開かないではないか。そもそも、こんな針で牢の錠が開くはずなかろう」
「いや、そんなことはない!だってギーヴレイが持たせてくれたんだぞ!あいつの判断に、間違いがあるはずない!!」
「……よく分からんが、貴様はその者のことを信じすぎではないか……?」
「何を言う!ギーヴレイに任せればなんだって上手くいくんだからな!」
「………そうかそうか、悪かった」
…急に、アリアの視線が生暖かくなった。
「もう、これはきっとアレだ、錠前破り対策の魔導とかが掛けられてるんだ。そうだ、そうに違いない!」
だから、いくらカチャカチャしてもダメなんだよ。きっと同じ魔導具じゃなきゃ。
これが普通の錠だったら、今頃簡単に………
「開きましたわ、リュートさま」
そう、こんな風に簡単に…………
…………え?
ご機嫌な声に振り返ると、いつの間にか針金を手にしたマナファリアが満面の笑みで。
その向こうには、開け放たれた錠前が………
「あ……開いた…?」
「貴様が、開けたのか…?」
唖然とする俺とアリア。
対するマナファリアは、
「はい、これは、何と言う遊戯なのですか?」
などと、無邪気に尋ねてくるのであった。
その1、ということは、まだ他にもありそうです…。




