第二百四十二話 事件は現場で起こってるんじゃない、取り調べ室で起こっているんだ!
俺とマナファリアを乗せたアリアが降り立ったのは、大陸の端っこ。具体的にどのあたりの地域になるのかは、土地勘どころか地図すらないのでまるで分からない。
が、とりあえず俺たちは、人口の多い場所へ行くことにした。
天界でも、魔王復活は重く受け止められているはず。だからこその幻獣召喚なのだから。
とは言え、一般市民が上層部の動きを把握しているとは思えない。そこのところは魔界も地上界も同じで、政に直接触れる機会のない平民たちには、自分たちの生活の裏で蠢く陰謀だとか思惑だとかに関して知る術がないのだ。
いきなり人口密集地に竜が現れても騒ぎになりそうだったので、大陸の端っこの港町でアリアは人型へと戻り、俺たちはそこから徒歩で移動することにした。
まずは、情報収集である。
「随分と寂れた町だなー」
俺たちが歩いているのは、主要道と思しき広めの通り。だが、人影はなく立ち並ぶ石造りの建物は風雨に晒されてボロボロ、中には空き家っぽい廃屋もチラホラ見える。
「天界というのは、みなこのような感じなのか?」
天界どころか、地上界のこともほとんど知らないであろうアリアが俺に尋ねてきた。が、
「いや…そんなことはないと思う……けど」
俺だって、天界のことは詳しくない。
けど、前に見た街はもっと賑やかだったような気がする…。
「……ここが、天使さまたちのお住まいなのですか?」
マナファリアも、無邪気に質問。
比較対象を知らない彼女ですら、この光景は意外なものなのだろう。
「どうだろうな。天界には他の種族も多く住んでるから…」
もしかしたら、天使族以外の集落なのかも。
「…天界に、天使さま以外の種族がいる…のですか?」
またまた、マナファリアの質問。
彼女の認識は、地上界の大多数の人々の認識と重なる。
天界は、光に溢れた清浄な地であり、神に近い尊き者のみが住むことを許される。そこでは一切の苦はなく、民は平穏と安寧の時を過ごすことが出来る……と。
だが、そんなのはただの思い込みである。天界のイメージ戦略ですらない。
創世神を祀り上げた地上界の廉族たちが、勝手に拵えた幻だ。
「そりゃいるって。天使族は、自分たちの役に立つ者が大大好きだからな。徳が高いとか魂が清らかだとか色んな理由で、聖者・聖人と呼ばれるようなのを連れてきては住まわせてるんだよ」
それは二千年前の話だが、今もそう変わっているわけではないだろう。
そして、そうやって天界へ昇ることが許された者たちがどのように暮らしているのかは、知らない。
「多分、数だけなら天使族よりもそれ以外の種族を合わせた方が多いんじゃないかな」
なお、これらの情報は全てギーヴレイから教わったことである。
俺は今まで天界のことなんて興味も持たなかった…と言うか持ちたくなかった…のだが、この際それではいけない、己の敵を知ることは大切なことだ、と諭されてしまったのだ。
話しながら歩いていると、井戸のところで第一村人発見。
背中に翼はない。……と言うことは、廉族だろうか。
それは、小柄な老婆だった。
正直言って、聖者として連れてこられた人間には見えない。
粗末な服に、痩せこけた身体。覇気のない表情。
まるで、虐げられ打ちのめされた弱者のようで。
「あの……少し、いいですか…?」
近付いてくる俺たちに気付いてはいただろうに、何ら反応を見せない老婆にこちらから話しかけてみる。
声を掛けられて初めて、老婆はこちらを見た。
尤も、声を掛けられたから見ただけであって、そうでなければ俺たちを無視して歩き去っていただろう。
そのくらい、無関心な眼差し。
「……見ない顔だね。何の用だい?」
つっけんどんな口調に、この老婆からは期待しているほど情報を得られないだろうと直感。だが、必要最低限だけでも聞いておかないと。
「えっと……ここから一番近い、大きな都市って何処にありますか?」
我ながら奇妙な質問だと思ったが、老婆もまた同じことを考えたようだ。その表情が、訝し気なものから疑わし気なものへと変化する。
「……そんなことも知らないのか?あんたら、何処から来た?」
……そうなりますよねー、普通。
さて、地上界から来たって正直に話しても大丈夫なのかな、これ。
一瞬、どう説明しようか迷ったところへ、第二村人が近付いてきた。
ただし、老婆よりもさらに険しい表情で。
「お前たち、見ない顔だが何者だ。此処で何をしている?」
第一声も、警戒心たっぷりに。
それは、精悍な顔つきの若者だった。
かっちりした制服に、腰にはサーベル。そして背中には翼。
どこからどう見ても、天使である。
しかも…格好からして、兵隊っぽい…?
うーん…もう少し人の多いところだったら自然に溶け込めると思ったんだけど、流石にこれだけ人口の少ないところだと、見慣れぬ風体の俺たちは悪目立ちしてしまったようだ。
「どうする、魔王よ」
アリアがこっそり俺に耳打ちしてきた。が、天界でその呼び方は絶っ対にやめてほしい……。
「どうするって……ひとまず様子を見るしか…」
「おい、何をコソコソとしている?」
あ、余計に怒らせた。
いや……怒りと言うより、警戒かな。
「えっと、俺たちは……その、えーっと……」
やばいやばい。いきなり見咎められるとは思ってなかったから、言い訳とか考えてなかった。適当な天使の名前をでっち上げて、そいつに連れてきてもらったって嘘は通じるかな?
その天使の身元を証明するものは?とか聞かれたらヤバいかも。
「…怪しいな。一緒に来てもらおうか」
一人狼狽える俺の様子に疑念を抱いたのか、その若者は俺たちを連行することにしたようだ。
なお、アリアは呑気に平然としている。マナファリアは、状況を一切考慮せずご機嫌で俺にひっついたまま。
……人選間違えたかも……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺たちは、集落の奥にある建物…多分、番兵の詰所みたいなところ…に連れていかれた。
そして、殺風景な取調室に放り込まれる。
それでも、三人一緒にというところから、それほど凶悪な相手だとは思われていないのだろう。
「さて、まずは名前を聞かせてもらおうか」
俺たちを椅子に座らせ、自身もその向かいに座り、その若者は俺たちに名乗りを求めた。
最初に名乗ったのは、アリア。
「我が名はアリア・ラハード、竜族だ」
……なーんて、種族まで言っちゃうもんだから、
「…マナファリア、と申します。ルーディア聖教会にて姫巫女に任ぜられております、人間種ですわ」
とか、世間知らずの暴走娘まで馬鹿正直に答えてしまう。
そうしたら、俺だって正直に答えるしかなくなってしまうじゃないか。
「リュート=サクラーヴァ。……えっと、人間種…です」
……いやいや勿論、正直に魔王ヴェルギリウス=イーディアだなんて答えるはずないだろ。
流石に俺もそこまで馬鹿じゃない。
「……ほう、竜種に、人間種…か。ここへ来たのは最近のことか?」
「あ……はい」
ここは、下手な嘘はやめておく。つくなら最低限の方が、ボロが出にくいからな。
「お前たちの呼び主は?何処の何という者だ?」
……来たよこの質問。
こいつは、当然のこととして俺たちが地上界から招かれた者だと思い込んでいる。
それ以外の例がないのだから、無理もない。確かに廉族は“門”の技術を持っているが、自分たちから天界へ昇るだなんてことはまず考えないし、竜族は“門”技術を持っていない。
ならば、俺たちを招聘した天使がいる……はずで。
けど、いない者を説明することも出来ない。
「ええと…それが、よく分からないんですよ」
仕方なく、即興で誤魔化すことにする。
「分からない…だと?どういうことだ」
その場しのぎの嘘ってのは、早々に看破されるものである。どう取り繕っても、矛盾や不自然な点が出てきてしまうからだ。
だから、余分な説明でボロを出さないように、説明しなくてもいい状況を作り上げてやる。
ありがたいことに、アリアは自分に尋ねられたこと以外に答える気はないようで、マナファリアは元より発言するつもりがなさそう。
こいつらが余計なことを言い出すと、状況がどんどん悪化していきそうだし。
「なんだかよく分からないうちに、周りの景色がぐにゃーってなったかと思ったら、気を失ってしまって…。で、気付いたら此処にいたんですけど……何なんですかね、一体?」
首を傾げながら逆質問。
それを答えさせることで、こいつ自身にそれが正答なのだと思い込ませちゃる。
「ふむ…時空に裂け目が生じたのか…稀にしか見られぬ現象だが……しかしそれに巻き込まれて無事でいられるとは……」
眉間に皺を寄せてブツブツ言いながら考え込む天使。
どうやら、俺の真っ赤な嘘を疑っている様子はない。
ちょっと罪悪感……。
「……ちょっと待てい。貴様に言っておきたいことがある」
げげげ、いきなり何を言い出すつもりだ、アリア?
俺の嘘が気に入らなかったのか?生真面目なこいつとしては、正直に話さないと気が済まない?
慌てて止めようとしたのだが、それは杞憂だったようで。
「…随分と不遜な竜だな。言いたいこととは何だ?」
「他者に名を尋ねておいて、己は名乗らぬというのは不躾ではないか」
……どうやら、礼儀的なことを気にしていたようだ。
つか、余計なことをして相手を怒らせないでほしいんだけど……
しかし、天使はアリアのその態度に気分を害することはなかったようだ。
それどころか、
「そうか、それは失礼した。私はイラリオ。東方辺境警備隊の所属だ」
と、大真面目に答えてくれちゃったわけである。
多分、こいつ……ただのお人好しだ。
「さて、問題はお前たちの処遇なのだが……残念なことに、すぐに地上界へと戻してやることは難しい」
「それは…どうしてですか?」
話の流れ上そう尋ねてみるが、こちらとしてはすぐに地上界に戻されたらたまったものじゃない。
こいつが時空転移術の持ち主じゃなくて助かった。
「他時空界へ渡る術を持っているのは、一握りの高位天使の方々だけだ。こんな田舎では…な」
「それなら、もっと都会に行けばいいと?」
ついでに、大都市への行き方も聞き出してやろう。
「あ、ああ。だが、高貴な方々が、地上界の民の願いをお聞き入れ下さるかどうかは……」
「それは、行ってから考えます。道を教えていただけますか?」
なんだか、すごくスムーズに話が進みそうだ。
最初に会った天使が単純なお人好しだったってのは、とても運がいい。
「別にそれは構わないが……お前は、廉族だろう?歩いて行くつもりか?かなりの距離になるが……」
「問題はない。このワタシがいる。このような大陸など、一っ飛びで越えてみせよう」
口を挟んできたのはアリア。
なんだかドヤ顔なのは、ご愛敬。多分、飛行中に俺があんまりはしゃぐもんだから、少々得意になっているのだ。
「ああ、お前は竜種だったな。…と言うことは飛行に特化した種か」
「うむ。天空竜である!」
さらに得意げに胸を張るアリア。
その瞬間、イラリオの様子が変わった。
「天空竜……だと?馬鹿な、それは遥か昔に絶滅したはずの種だ…!」
「な……それは真か!?」
何故か一番驚くアリア。
…ってそうか、ずっと地下の神殿奥で引き籠ってたから、知らなかったのか。
「おい待て。何故自分の一族のことなのに、お前が驚くのだ?それに、どうやって今まで生き延びた?」
何も知らないイラリオが訝しがるのも無理はないが、
「止むをえまい。ワタシは、創世神の最期の息吹を浴びた存在。世界の行く末を見届けるという御神の命のために、長い長い永劫のときを一人過ごしてきたのだ。その間の外界のことなど知る由もあるまい」
…アリアの奴、全部馬鹿正直に打ち明けてしまった。
この勢いで俺の正体にまで言及しなかったことだけは、褒めてやるけど。
自分が、どれだけ爆弾発言したのか、絶対に分かってないに違いない。
「創世神の……最期の息吹…………!?」
そう言ったきり、硬直するイラリオ。
アリアが絶滅したはずの天空竜の末裔だとか、そんなことよりもそっちの方が重要なようだ。
うーん……まずいなぁ。
天使族にとって、竜族はどちらかと言うとライバルみたいなもの。地上界の生物でありながら、自分たちに匹敵する力を有する強大な存在。
別に崇拝する対象とかそういうわけではないのだけども……
創世神の最期の息吹を浴びた存在…なんて言ったら、流石に看過するわけにはいかないだろう。
神を直接知る、というだけでも特別な事だが、最期の息吹…則ち最後の祝福を受けたアリアは、天使族から見てもとんでもなく神聖な存在ということになる。
…下手に祀り上げられたら、どうしよう……?
もしイラリオがアリアのことを中央に報告したら、きっと中央から迎えが来るに違いない。
で、神聖で尊いアリアを天使族がこぞって祀り上げて、天界中大騒ぎになって、高位天使まで雁首揃えてやって来たりなんかしたら…………
……ん、あれ?
別に、まずくない……のか?
………って言うか、それいいじゃん。めちゃくちゃ俺に都合のいい展開じゃん。
上手くいけば、直接中央に乗り込んで、四皇天使たちの寝首をかいちゃえばいいんじゃね?
幻獣召喚の首謀者が四皇天使だとは限らないけど、トップを潰してしまえば今後の不安材料もなくなるぞ!
よし、風は俺に味方している!もうせっかくだから、天界を手中に収めちゃおうっかなー?
…なーんて、しめしめと思っていられたのは一瞬のことで。
無言で、イラリオが部屋を出た。
……あれー?なんで難しい顔をしてるんだろ。遠慮せず、アリアを崇め奉っていいんだぞー?
………と、すぐに戻ってきた。…けど、後ろにもぞろぞろと…四、五人の天使たち。
彼の同輩…だろうか。
そしてイラリオは俺たちに告げた。
「…すまないが、お前たちをこのまま行かせるわけにはいかなくなった。しばらく拘禁させてもらう。……連れていけ」
………えええええ!?
なんで、なんでそういう展開?
だってアリアだよ?創世神の秘蔵っ子だよ?天使族ってば創世神を崇拝しまくってるじゃん!
どうしてこんな、罪人みたいに………
敵意に似た鋭い空気を隠しもせず、部屋になだれ込んできた天使たちは俺たちを拘束しにかかる。
抵抗…というか、排除するのは簡単なことだが…
「…どうする、こやつらを黙らせようか?」
そう耳打ちしてきたアリアに、俺は首を振った。
「いや、流石にここで騒ぎは起こしたくない。…とりあえず、大人しく捕まっておこう」
それは、いざとなればいつでも逃げ出せるという自信があるからなのだが、イラリオの態度の豹変も気になるのだ。
創世神を崇拝する天使族が、創世神の関係者を敵視する。
……やはり、天界で何かが起こっているとしか、思えなかった。




