第二百四十話 新たな仲間その2
「本当に、よろしいのですか、陛下?」
気遣わしげな、ギーヴレイの問い。
「御自ら天界へ赴くなど……そのようなことは、我ら臣下にお任せ下されば…」
心配してくれているその気持ちはありがたい。
けれども、こればかりは他者に任せる気にはなれなかった。
「何を言う。お前たちが天界へ行ったとすれば、すぐさま天使共に正体を悟られてしまうだろう?我ならばいくらでも存在を偽ることが出来る。奴らの裏をかくには、我が行くのが一番だ」
「しかし……」
「すまん、ギーヴレイ。これは、我の我儘だ」
俺は、なおも食い下がろうとするギーヴレイを制した。
「つい頭に血が上り、天界と全面戦争などを考えもしたが……それは愚かな判断だったと、今ならば分かる」
「そんな……陛下がいて下されば、我らの勝利は揺るがないでしょう」
確かにギーヴレイの言うとおり。
仮に全面戦争になったとしても…なったとしたら、今度こそは魔界の勝利だ。
創世神はもういない。
そんな天界に、魔王の敵は存在しないと言っていいだろう。
しかし……
勝利すればいい、という問題ではない。
ここ最近の天界の妙な動きを考えると、奴らにも何らかの策があるのだろう。もしそれが俺の想像以上のものだった場合、こちらが受ける被害もまた想像以上のものとなる。
「大戦ともなれば、魔界も地上界も荒れ果てるだろう。その被害は甚大になる可能性もある」
それは、二千年前にも繰り広げられた光景。
「…勝利のためであれば、喜んでこの身を捧げましょう」
「それはならぬ」
まるで待ち構えていたかのように宣言するギーヴレイを、即座に諫める。
彼が…彼だけではなく多くの俺の臣下たちがそう言い出すであろうことは分かり切っていたから、だからこそ戦は避けなければならないのだ。
「…ギーヴレイよ。我は、お前たちを失いたくはない」
呟きのような俺の言葉に、ギーヴレイは動きを止めた。
俺は構わずに続ける。
「我は、これ以上我が民を失いたくはない。お前たちを……大切なものを失うわけにはいかない。そのためならば、戦を回避する如何なる手段でも取るつもりだ」
「……………」
「勝手な真似を、赦してもらいたい」
ギーヴレイは、しばらく返事をしなかった。
しばらく黙ったままで、それからやおら、その場に跪いた。
「尊き御身よ。身に余る光栄にございます。私如きに、御身のご意志を妨げることなど決して許されることではございません。しかしながら……これだけは、お心にお留め置きいただきたく」
それから俺の顔をじっと見つめると、
「御身が我らを案じて下さるのと同様に、我らもまた御身の平穏なることを何より望んでおりまする。どうか…どうかご自愛下さいますよう」
そこまで言うと、再び頭を垂れた。
俺は、彼の忠誠を有難く受け取る。
…大丈夫。俺には、魔族たちがいる。
大切なものがある限り、道を誤ったりはしないと誓おう。
「案ずるな。これ以上、お前たちの心労を増やすのも本意ではない」
わざと冗談めかして言うと、ギーヴレイも苦笑してくれた。
「本当にそうならよろしいのですが………」
その点に関しては、彼は俺を信用していないらしい。
が、彼は俺が天界へ行くことを承諾してくれた。
本当ならば、まだ止めたいと思っているはず。主君自ら敵地の真っただ中に潜入するなどと、正気の沙汰ではない。彼らの心配は、至極当然のものだ。
しかし、結局はこうして我儘を貫いてしまう俺は、良い主とは言い難いんだろう。
それでも慕ってくれるこいつらは、俺には得難い素晴らしき忠臣だ。
「…まあ、善処する」
「そのお言葉、信じておりますよ。……ご武運を」
ギーヴレイの見送りを受けて、俺は魔界を後にした。
まあ、しょっちゅうは無理でも、たまには魔界に戻るつもりではある。
亜種懐古派、“原初の灯”の制圧は完了したが(ルガイアとイオニセスが頑張ってくれた)、まだ後処理は山ほど残っている。
他にも不穏分子が潜んでいないとも限らないし、天界に気を取られて足元が疎かになってしまっては笑えない。
天界で天使族の動きを探りつつアルセリアたちを探しつつ魔界の様子もチェックして……
……なんだか随分忙しいが、やることは以前とそんなに変わってない気もする…。
あっち行ってバタバタ、こっち来てバタバタ…って感じ。
魔界に関しては、ギーヴレイたちに任せておけば大丈夫。
武王軍は既に即応状態。ギーヴレイの指揮の下、攻めはアスターシャ、守りはルクレティウス、そして後衛はイオニセス。完璧な布陣だ。
そして切り札として、制限無しの、ディアルディオの権能。
魔王か創世神でもなければ、これを崩すのは不可能。
問題は、地上界なのだけど……
まあ、グリードが半年間の猶予を獲得したって言ってたから、少なくともその間は天使族の大規模攻勢はないと考えていいだろう。
連中、目的(って俺の滅殺だけど)のためなら手段を選ばない冷酷さを持ってはいるが、あれで約束は決して破らない律儀な面も持っている。
なんでも、約束を破るということ=自分の言葉を否定する、ということで、それは則ち自分自身を否定することに繋がる…とかなんとか。
クソ真面目で呆れてしまう考えだけども、こういう時にはその真面目さがこちらには好都合。
なんとか半年で片を付けたいところだ。
……ちょっと自信はなかったりするけど……いやいや弱気は禁物。意地でも半年でなんとかしてみせる、と自己暗示でもかけとこう。
さて、天界ではまずどう動こうか。
グリードの見立てでは、連中の足並みが揃っていないようだ…とのことだから、そこのところ上手く探れないかなー…。
考えながら、聖骸の守護竜アリアの待つロゼ・マリスへ降りた俺だったが。
「……えっと……何してんの、お前…?」
目に飛び込んできた光景に、思わずツッコんでしまった。
だってさぁ…
「お帰りなさいませ、リュートさま。お待ちしておりました」
アリアの隣に、満面の笑顔で姫巫女マナファリアがいるんだもん。
「私も準備は万端です!さあ、参りましょう二人の愛の軌跡を…」
「いやいやいやいや、なんで?俺、お前のこと誘ったっけ?」
相変わらず暴走気味で明後日の方向を指差すマナファリアに、二回目のツッコミを入れる。
が、彼女ほどのボケともなると、ツッコミなど完全スルーなのである。
「ここから新たな神話が始まるのですね。歴史の証人になれること、光栄に」
「いやいやいやいやだから、神話って何だよしかも勝手に証人とか」
「微力ながら、お力添え致します!」
「もしもーし、聞いてますかぁ?聞こえてますかマナファリアさーん?」
頬を朱に染めてうっとりと語るマナファリアに、隣にいたアリアが諦め顔で首を振った。
「諦めろ、魔王。この娘、何を言ってもこの調子だ。置いていくにしても連れて行くにしても、一悶着ありそうだぞ」
……うぅ………俺も、そう思う。
いや、連れていくわけにはいかないんだよ。
彼女はルーディア聖教の姫巫女、要人中の要人。その身に万が一のことがあった場合、聖央教会のダメージは計り知れない。
それに、非力な廉族を連れて行ったところで、何の役にも立ちはしない……
………んー?
果たして、そうだろうか。
役に立たない……そりゃ、戦力としては役立たずだろうけど…
偽装には、便利かも……?
魔族しかいない魔界とは違い、実は天界には様々な種族が住んでいる。
とは言え、天使たちにそれを許された特に清らかな者たち…というわけなのだが、人間もいれば、エルフもいるし、少数だが竜もいたはず。
天に住まうことを許された聖者、という立場でそういう連中がちょこちょこいたりするから、俺たちも潜入が可能なわけで……
……清らかな者。聖者。
それ、姫巫女って適任だよな……。
彼女なら、多分天界にいても違和感ない。
逆に俺とアリアは、違和感半端ない。
だったら、彼女を隠れ蓑に………
……いや、しかし……それは、どうなんだろう……
グリードの許可が出るはずないし…
「教皇聖下とグリード猊下のお許しは得ましたわ!」
…俺の考えを見透かしたかのように、マナファリアが答えた。
……そっか。許しが出た……
…………ってマジで!?
ええ、なんで?マジでいいの?
だって、姫巫女だよ?超々箱入りのお姫様だよ?神殿の奥に鎮座ましまして、創世神の遺した言葉を人々に伝えるお役目だよ?
そんな、魔王と一緒に天界潜入とか、意味不明なんですけど!?
「猊下からは、このような事態なのだからただ受け身で託宣を待つだけでなく、私にも出来ることがあるはずと言っていただけました」
「…ええー……本当に?」
「はい!私の力が、リュートさまのお役にきっと立つことが出来ると、そうも言っていただけましたわ!」
「俺の役に……ねぇ」
……すっげー疑わしいんだけど。
もしかしてこいつ、駄々をこねまくって自分の願望を押し通したんじゃないだろうな。
それとも、先見の明に長けたグリードのことだから、何か考えがあって……?
…………。
…………………。
…………………………。
うん。ま、いっか。
邪魔になったら、地上界に放り出そう。うん、そうしよう。
考えるのが面倒になったとかそういうわけでは…あるんだけど……
せいぜい、役に立ってもらうとしますか。
「…んじゃー、まあ、連れていくことにするけど……言っとくが、絶対に俺の指示には従うこと。勝手なことを言ったりやったりしないこと。それを守れないなら、地上界に送り返す。……いいな?」
「はい、勿論です!この私が、リュートさまの言いつけに従わないなんて、ありえません!!」
……やっぱり、疑わしい。
「…本当に良いのか、魔王?おそらく、貴様が苦労する羽目になるぞ」
「……う。……まあ、そのときはそのときで…」
「言っておくが、ワタシのフォローを当てにするなよ」
……アリアが冷たい。
こうして、なし崩し的に新たな仲間その2が加わった。
魔王、聖骸の守護竜、人間の姫巫女。
ものすっごく、アクの強い面子である。
その強さが吉と出るか凶と出るか……願わくば大吉とかじゃなくていいから末吉とかそのあたりに収まってほしい……その行く末は、神さまでも分からないのであった。
これで暴走超特急姫巫女も出せました。
リュートとどう絡ませよっかなー。




