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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
天界騒乱編
245/492

第二百三十九話 一方その頃



 

 静謐な空間。

 しかし、そこに穏やかさは欠片もない。


 張り詰める空気、交差する視線と…そして、闘気。



 対峙するは、天使と勇者。



 

 「…身の程を知らぬ卑小な存在よ。今日こそは、己が本来の器を思い知るがいい」


 冷たい天使の宣告。

 対する勇者はしかし、一歩も引くことはなく。


 「天使が尊くて人間が卑しいだなんて、今時流行らないと思うけど?天使サマは、一体いつの時代を生きていらっしゃるのかしら」


 未だあどけなさの残る顔に挑発の色を強く示して、そう迎え撃つ。



 「……愚かな。だが、()()を汝に渡すわけにはいかぬ」

 「それはこちらの台詞ね。いつだって廉族れんぞくが泣き寝入りすると思ったら、大間違いよ。()()は、貴方には渡さない」



 睨みあう二人の背後で、勇者の仲間と思しき二人の少女と一人の青年が、それを見守る。


 だが……その表情に緊迫は見当たらず、どこか呆れた風なのは何故だろうか。



 天使と勇者の間に飛び交う火花は、一層その輝きを強め、状況は最早、一触即発。



 そして。



 「ならば見るがいい、天使族の頂に立つこのサファニールの真の力を!」

 「いいでしょう、ならばこの私、“神託の勇者”アルセリア=セルデンは、それを真向から打ち砕いてみせる!!」


 高らかに叫ぶ両者。



 央天使サファニールの周囲に銀色に輝く魔力が渦を巻き、勇者アルセリアの手にした神格武装が緋色の輝きを強め、それらが互いにぶつかり合う…寸前。



 「はぁい、そこまでにしておきましょうねぇん」


 気の抜けるような間延びした声が、張り詰めた緊張をぐちゃぐちゃに掻き回してくるくる丸めてそこいらへぽいっと放り投げた。


 

 「……………」

 「……………」


 納得のいかないような、憮然とした表情の天使と勇者。しかし、両者とも反論はしない。



 二人を止めた声の持ち主は、今の今まで死闘が繰り広げられる直前だった所に平気な顔で進み出ると、



 「もぉ、二人とも食いしん坊さんなんだからぁん。ほら、他のみんなも呆れてるでしょぉ?」

 

 そう言いながら、二人の脇のテーブルへ、追加の大皿を置いた。



 大皿の上には、ホカホカと湯気を立てる蒸したジャガイモと、それにたっぷりとかけられたバター。

 ジャガイモの熱でバターがいい塩梅に溶けて、絡みついている。



 「まぁったく、最後のじゃがバターを巡って争うだなんて、そりゃあとても崇高な戦いだとは思うけどぉん、まだまだおかわりはあるって言ったでしょぉ?」



 非常にうざったい口調のその人物は、恰幅のいいチョビ髭の男だった。

 人の良さそうな笑みに、しかしどこか抜け目のない眼差し。


 天使と勇者を前にして、まるで臆することがない。

 


 チョビ髭男に諭された天使と勇者は、恥ずかしそうに赤面して顔を逸らせる。


 「だって……サフィーは一個多く食べてたもん」

 「何を言う、汝こそ他の者よりも多く食していたではないか」

 「三つしか食べてないもん!」

 「私とて同じだ!」



 レベルの低い言い争いをする天使と勇者を尻目に、他の面々は、



 「いやぁ、お手数をおかけします、ヴォーノ殿」

 にこやかな表情の神官の青年がチョビ髭男に礼を言い、


 「あら?先ほどとはおイモの形が少し違いますね」

 穏やかな物腰の女神官は目ざとくイモの種類の違いに気付き、


 「……むぐ、はふはふ」

 幼い魔導士は、無言でそれにかぶりついている。



 「あー、ちょっと、貴方たち先に食べないでよ!」

 それに気付いた勇者が慌てて自分も皿へと手を伸ばす。


 「……まったく、食い意地の張った勇者だ」

 天使もまた、しれっとその輪に加わる。周囲の、それはお前もだろ的な視線は完全無視だ。



 「それにしても、ヴォーノさんはお料理が上手なんですね」

 女神官ベアトリクスが、上品にじゃがバターをほおばりつつチョビ髭男に賞賛を送る。

 

 「………お兄ちゃんのゴハンの方が美味しいもん」

 それを聞いた魔導士ヒルデガルダは不満そうに言うが、それでも食べ止めようとはしない。


 「でも、バターをこんな風に使うのって、リュートあいつの専売特許じゃなかったのね」

 アルセリアも頷きながら、すさまじい勢いでじゃがバターを平らげていく。



 褒められたチョビ髭男ヴォーノは、照れ臭そうに身をよじった。

 

 「やだぁん、アタクシなんてまだまだよぉん。アタクシの目標としている人はねぇ、それはそれは素晴らしい腕の持ち主だったんだからぁん」


 「それはそれは、さぞ立派な御仁なのでしょうね」

 この中で一番欲が深くなさそうな風貌の神官エルネストだが、実を言うと彼が一番多くのじゃがバターを胃袋に収めていたりする。



 「ふむ、しかし廉族れんぞく共の食事というものを侮っていた。これは是非、天界にも定着させたいところだが……」


 央天使サファニールが、悔しそうに呟く。

 「残念ながら、今の私にそれだけの力はない」


 「いやー、じゃがバターの普及に必要な力って、どんだけなのさ」

 いつの間にか剣から人へと姿を変えた神格武装クォルスフィアが、そんなサファニールにツッコんだ。



 「何を言うか。概念の定着というのは相当の力を要するものだぞ。少なくとも、半分でしかない今の私には、不可能だ。……尤も、完全体であったとしても…追われるこの身には望みえぬことではあるが」


 口調は悔しそうだが、勢いよくじゃがバターを頬張る姿からはあまり深刻さが感じられない。



 「にしても、驚いたわよねー。まさか、貴方サフィーに助けられるなんて」


 アルセリアが、思い出したようにしみじみと言った。


 「最初はすっごく吃驚したけどさ。正直、ちょっとヤバいかもって思ったし」


 「……()が迷惑をかけたようで、すまなかった」

 「今回助けていただいたのですから、これで帳消しということでよろしいのでは?」


 素直に頭を下げる央天使と、にこやかに応じるベアトリクス。

 ヒルダは、我関せずでもぐもぐしているあたり、央天使に対しては既に思うところはないようだ。







 サン・エイルヴ壊滅のあの日。


 アルセリアたち五人は、今までにない危機に陥っていた。



 都市を襲ったのは、天使族の使う極位術式、【断罪の鐘アポカリプス】。

 咄嗟に展開させたベアトリクスの“聖母の腕クレイドル”とアルセリア・キアの結界でなんとか防御を試みたが、それでも少なからぬダメージを負うことになった。


 エルネストの超回復がなければ、危険だったかもしれない。


 しかし、傷は癒えたものの状況が好転するわけではなく、そして天使たちの狙いが自分たちであると彼女らが気付くのにそう時間はかからなかった。



 このままでは、集中攻撃が来る。



 それは、確実に死を意味する。

 単体で天使に匹敵する力を得た彼女らではあったが、それでも極位術式を行使出来るような高位天使の大軍を前にしては、流石に力不足。


 存在値だけで言えば、魔王の眷属であるエルネストはその場にいるどの天使よりも勝っている。が、彼の能力も権能ファクルトゥスも攻撃型ではなく、戦闘には不向き。



 果たして、逃げ切ることは出来るのか。



 最悪の事態をも覚悟した勇者たちを救ったのは、あまりに意外な者だった。



 【断罪の鐘アポカリプス】の第二射が降り注ぐ寸前、突如彼女らの周囲の景色が一変した。

 白い光に満ちた、輪郭のはっきりしない空間。


 空間の隙間に彼女らを導いて天使族の攻撃から救ったのは、彼女らも見知った顔。



 ……央天使、サファニール。



 かつて、魔王を滅しようとヒルダに目をつけ、しかし返り討ちにあって消滅したはずの、五権天使クィンケリエ筆頭天使。


 しかしその表情は、そのときとはあまりに異なっていた。


 

 詳しいことは後で…と、サファニールが勇者たちを連れてきたのが、現在の場所。

 ここもまた、狭隙結界の一つである。

 とは言え非常に広く、立派な屋敷まで用意され、明らかに準備された空間だということは確かだった。


 そして、彼女らの世話役としてサファニールが紹介したのが、チョビ髭男…ヴォーノ=デルス=アス。


 “神託の勇者”とその一行は、風変わりな天使と風変わりな世話役によって、風変わりな空間に匿われているのだった。






 「それにさ、あのときのサフィーってほんとのサフィーじゃなかったんでしょ?」

 いつの間にか、央天使を愛称で気安く呼んでいるアルセリアだが、サファニールに気分を害する様子はない。


 「…その表現には、少々語弊がある。あの私も、確かに私自身ではある。無論、遥か昔に分かたれて以降別の道を歩んでいた故、その在り方もだいぶ異なってしまったがな」



 すっかり大皿のじゃがバターは平らげられ、ヴォーノが食後のお茶を運んできた。

 全員、逃亡中とは思えない寛ぎっぷりである。



 「要するに、黒サフィーと白サフィーってこと?」

 「ごめんキア。何言ってんのか分かんない」


 クォルスフィアは、時々変な表現をすることがある。

 そんな彼女の言葉に、サファニールは苦笑した。


 「黒と白…か。何が悪で何が善か、今の私には判断出来ぬよ」

 その口調には、どことなく寂しさが含まれている。

 「私のこの行為も、果たして世界から見た場合に善と言い切れるかどうか、それすらも自信がない」


 「善に決まってるじゃない、私たちを助けてくれたんだから」


 アルセリアは当然かのように言うが、


 「アルシー、そう単純な話ではないんですよ」


 ベアトリクスに、諭されてしまった。



 「サファニールさんは、創世神のお言葉に従い私たちを救ってくれた…けれども、それは現在の天界の意向とは大きく異なっているわけで、言わば同族への裏切り行為と見なされても仕方のないことなんです」


 「でもさ、創世神のお言葉だったら、それに従わない天界の方が間違ってるってことじゃん」


 そう言い切るアルセリアの言葉に、サファニールは若干だが救われたようだった。



 「……そう。天界もかつてとは異なってしまった。…それが正しいことなのかどうかは分からない。今となっては、御方を直接知るのは私一人。他の者たちからすれば、私は古臭く黴の生えた前世紀の遺物のようなもの。目障りに映るのも致し方ないことなのであろうな……」



 その言葉に、口調に、筆頭天使の孤立が窺い知れた。



 それに引きずられて重苦しくなりそうな空気を、ヴォーノが明るい口調で引っ張り上げた。



 「まぁまぁ、正しいとか間違ってるとか、今はそんなことどうでもいいじゃありませんことぉ?大事なのは、これからのことですわよぉん」



 この上なくイラつく口調も、こういうときには役に立つ。

 深刻になるのが馬鹿らしくなったのか、サファニールの表情も明るさを取り戻した。



 「そうだな。まずは、今後のことだが……」



 風変わりな空間で、風変わりな一行の作戦会議が始まった。

 

 


 

 

ようやく、勇者たち再登場です。そして、お気に入りのあの人も…。

さらに、何故か央天使までいますよ?


じゃがバター美味しいですよね。

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