第二百三十八話 新たな仲間その1
さて。
まずは、一旦魔界に戻ろうか。
ロゼ・マリスを出た俺は、直接天界に乗り込むのではなく、魔界で準備を整えることにした。
なお、ルシア・デ・アルシェの切り離された空間は既に元に戻したし、俺が停止させた勇敢(無謀?)な枢機卿にも再び時間を与えておいた。
相変わらず教皇たちは呆けていたけど、彼らにまで全部を説明するのは面倒臭いし、その筋合いもない。
てことで、そのあたりはグリードに丸投げしよう。
いいよな、俺のこと都合よく利用しまくってるんだから、後始末とか根回しとかは、あいつに任せちまっても。
と言うことで、“門”を開こうとした俺だったが。
「何処へ行くつもりだ」
聞き覚えがある、しかしながらやけに険悪な声。
思わず振り返ると、
「とうとう本性を現したということか、悪しき王よ」
仁王立ちの妙齢の美女が、俺を鋭く睨み付けていた。
空色の髪は腰よりも長く、切れ長のやや吊り上がった瞳は右が水色、左が黄金のオッド・アイ。
「お前、聖骸の守護竜じゃん。なんでこんな所に………って言うか、本性ってなんだよ」
千年以上マリス神殿の最奥部に引き籠っていた竜が、外に出てくるなんて。
それに、なんでか俺に敵意を向けてる……?
「しらばくれるな!貴様が都市を一つ滅ぼしたという情報は、ワタシのところにも届いている!貴様に害はないと思ったこのワタシが愚かだった。やはり、あのとき息の根を止めておくべきだったのだな」
「ちょ、ちょっと待てって。それは…」
「問答無用!」
俺に人差し指をビシ!と突きつけて、竜は高らかに叫ぶ。
「創世神の最期を見届けたこのワタシ、天空竜アリア・ラハードが悪しき王に引導を渡してくれる!!」
「おい、だから話を…」
竜は、俺の話をまるで聞く気がないようだ。叫ぶと同時に、本来の姿…空色の巨竜に姿を変えると、その口から灼熱の炎、竜咆撃を吐き出す。
「うわわわわ、待ってくれってば!」
俺は慌てて、“星霊核”に接続。すんでのところで、摂氏八千度を超える炎の奔流から身を守った。
ふいー、危ない危ない。まともに喰らったら、多分パンチパーマじゃ済まない。つーか、蒸発かな。
「……くっ…流石にこの程度では、傷一つ与えられぬか……!」
俺の影に炎を防がれて、悔しそうに呻く竜…確かアリアって名乗ってたっけ。
これで諦めてくれればいいんだけど……
「だが、それでもワタシは貴様を滅さねばならん!」
…やっぱそうもいかないよね。
千年以上も創世神の言いつけを守って独りで聖骸を守ってた律儀さんだもんね。
一旦俺を悪=敵と見なしたら、とことんまで頑張ろうとするよね。
……仕方ない。
とりあえずは………
よし、話を聞いてくれる程度にボコろう。
「これならどうだ!」
アリアの体表面が帯電し、眩い雷光が放たれた。
巻き添えを食らった木々が、焼け焦げ吹き飛ばされる。
しっかし、この雷撃も相当の威力だ。多分、【天破来戟】に匹敵する。流石は、千年以上を生きる上位個体。そこいらの竜とは一線を画す攻撃力だ。
こいつ相手だと、多分武王たちでも手こずる。権能を使用しなければ、どちらに軍配が上がるかは分からない。
さてはて、殺すのは何か嫌だから、加減を考えないと。
影の迎撃機能は切ってある。これ、俺の意思に関係なく起動するもんだから、自在に加減することが出来ないのだ。
だから、防御専用ということで。
うーーん……そうだなぁ。
「これでも……駄目なのか…」
光が止んだ後、俺が何事もなく平然としてるもんだから茫然と呟くアリア。
俺はそんな彼女に対して、
「‘顕現せよ、其は大地の腕、堅牢なる楔也’」
大地を隆起させ、その動きを封じる。
「大地の壁か……小癪な!」
忌々しそうに吐き捨てるアリアを無視して、立て続けに、
「‘刃よ、降り来たれ’」
雷を、落とした。
先ほどの雷撃よりも密度の高い音と光、そして雷光が、躱すことの出来ないアリアを打ち据える。
これ、普通なら即死…つーか即消滅ものの攻撃だったりするが、多分こいつなら大丈夫だろう。
雷系攻撃を有する生命体は概して雷撃耐性が高いし、しかも身体に帯電させてたからな。このくらいの威力なら、なんとか耐えきってくれるはず。
俺の予想どおり、アリアは耐えてみせた。
ただし、かろうじて…といった感じで。
あちこち焼け焦げた身体から煙を燻らせて、ぐったりとへばっている。
「……ぐ……おのれ…………」
悔しそうに呻くが、動けるような状態ではない。
俺はそんな彼女につかつかと歩み寄り、その怒りに燃えた眼を見下ろす。
「………くっ……殺せ!」
おお!こんなところで、くっころさんが出た!まさか相手が竜だなんて意外だけど。
…ってそうじゃなくて。
「やだよ、殺す理由なんてないし」
至極常識的なことを言ったはずの俺に、アリアは激昂する。
「何を言うか、どうせ貴様は、地上界を滅ぼすつもりなのだろう!?」
「いやいやいやいや、なんでそんなことしなきゃならないんだよ?」
「自分の胸に聞いてみろ!………………って……何だと……?」
あ、ようやく話を聞いてくれる感じになったっぽい。
「あのさ、何を勘違いしてるのか知らんけど…ってまあ想像はつくけど…それ、誤解だからね?」
しゃがみ込んで、倒れたアリアに視線を合わせて俺は釈明する。
「しかし……貴様は、サン・エイルヴを……」
「だから、誤解だって。あれをやったのは、天界の連中。言っとくけど、俺は寧ろ被害者だからな」
うん、俺自身に被害はなかったけど、でもそう言って構わないだろう。
アリアは、しばらく固まっていた。
固まったまま俺の目をじっと見つめて、色々と考えているようだった。
そして。
「…しかし、何故天使族がそのような……」
疑問を呈しながらも、俺の無実は信じてくれたようだ。
「ま、色々あるんだよ、向こうにも俺にも。で、俺はこれから、連中の懐に潜り込もうと思ってる」
俺は、アリアに今までの経緯と、それを踏まえての俺とグリードの考えを話した。
アリアは、身じろぎ一つせずにそれを聞いていた。
聞き終わって、
「そう……だったのか。どうやらワタシの早とちりだったようだ、すまない」
素直に謝ると、ノロノロと身体を起こした。
こんな短期間で起き上がれるくらいに回復するとは、流石は古竜。
そしてアリアは再び俺をじっと見据える。
「……悪しき……いや、魔王よ。ならば、このワタシも連れていくがいい」
「…え?」
想定外の申し出に、俺は返事をし損ねる。
だって……なんでいきなり?これは天使族と廉族と魔族の問題だから、竜種は関係ないと思うんだけど……
「ワタシには、主の代わりに世界の行く末を見届ける役目がある。それには、貴様の傍らにいるのが一番好都合だ」
あー…なるほど。
……って、尤もらしいこと言ってるけど、多分一人で神殿の奥に引き籠ってるのが淋しくなっただけなんじゃないかな…。
まあ……別に、いいけどね。
竜種なら、天界でも珍しくないから自然と溶け込めるし、戦力的には全く申し分ないし。
それに……今までずっと、大勢でわちゃわちゃやってたから、俺としても一人じゃない方が……
いやいやいやいや、別に俺は淋しいとかそういう感情、持ってないからね!
「それに、貴様もその方が心細くないだろう?」
「は?何言っちゃってんの?心細いとかあるはずないじゃん!」
「そうかそうか、ではそういうことにしておこう」
……くっそー、なんだか心得顔がイラっとくるんですけど!
……ま、まあ、大人げない遣り取りをしていても仕方ない。ここは俺が折れてやるとするか。
「んじゃ、俺は一旦魔界に戻って色々準備とか指示とかしてくるけど、お前はどうする?」
「ワタシはここで待っていよう。魔界に乗り込んでも騒動の元にしかならんからな」
「そっか。んじゃ、すぐ戻るから」
確かに、俺に対して尊大な態度を崩さないこいつが魔界に行ったら、絶対トラブルになる。
具体的には、ギーヴレイが怒り狂う。
これ以上、部下に心労をかけさせるのも本意ではない。
……と言うか、これ以上のトラブルは流石に処理が追い付かない…。
出来る限り、こいつには大人しくしててもらおう。
まあ、何はともあれ、こうして俺は新たな仲間を手に入れたのだった。
ようやく、竜の名前が出せましたよ。ちょっと気になってたのでスッキリ。




