第二百二十六話 密林の会談
全部まとめて吹き飛ばしちゃおうかな、と言ったところで。
それを実行に移さない俺は、ヘタレなわけではなく思慮深い魔王なだけである。これほんと。
ザックザックザックザック。
俺は、原生林を一人進む。供はいない。
確かに、吃驚するくらい蟲が多い。視界を縦横無尽に飛び回り這い回り。
こんなとき、自分が魔王で良かったと思う。心から思う。
知性を持たない分本能の強い蟲たちにとって、魔王は「危険!近付くな」な存在。おかげで、無防備に歩き回っていても蜂一匹肩に止まることもない。
…が、いきなり目の前をびゅんって横切られると、密かにビクッとしてしまうのはご愛敬。他に誰もいないのだから、大目に見て欲しい。
………に、しても…あ、また発見。
俺は、半分くらい蟲に食べられて骨が見えている敵兵の死体を見付けた。数は五人。
おそらく、同じ部隊の兵だろう。食べられ方がほぼ同じということは、同時期に命を落としたということか……
なんで、森を出なかった?
そりゃ、森を出たくらいで群がる蟲から逃げられるわけではないけど、俺だったらとにかく蟲の少ない場所へ逃げるけどな。
グロテスクな蟲に全身をちまちま齧られながら冷静な判断を下す自信なんてない。
或いは、それが俺たちの作戦だと勘づいていたか。
敵の罠におめおめとかかるくらいなら、ここで耐えてやる…とばかりに踏みとどまったとか。
…結局喰い殺されてたら、無意味だよなー。
その後しばらく原生林をうろつき回り、同じような死体を幾つも発見。
……てか、ちょっと死体だらけである。もしかしたら、残り三分の一って、ほとんど死んでるんじゃないか?
だったら、原生林は放置して敵後方の本陣へさっさと乗り込んだ方がいいかも……
そう思った俺だったが、比較的新しくてキレイな死体を見たとき、違和感を覚える。
……あれ?この死体……
俺は、転がっている死体を覗き込んだ。ムカデがうぞうぞしているので、恐る恐る。
そして、奇妙な点に気付いた。
確認のために他の死体も見てみる。が、やはり妙だ。
……これは、どういうことだろう。
俺の胸中に湧き上がってきたのは、いつだったかも感じたモヤモヤ。
なんだか、見ている方向を完全に間違っているような気が………
その時。
「恐れながら、魔王陛下とお見受けいたします」
茂みをかき分ける音と共に、声が掛けられた。
視線をやると、若い男が俺の前に膝を付いていた。
外見的特徴からすると、竜魔族のようだ。
竜魔族だから叛乱軍とも限らないし、実際魔王軍にも竜魔族や獣魔族はいるのだが、ここでこういうアプローチをしてくるということは、俺の配下ではないだろう。
「…何者だ」
「我が名は、イェルク=ライル。亜種懐古派“原初の灯”にて、グィネヴィア=ハズラムの副官を任ぜられております」
「懐古派の手の者か」
ここで初めて、俺は叛乱軍の名称を知った。ギーヴレイさえ言及してなかったから、自分たちで勝手に名乗ってるだけなのだろうけど。
……“原初の灯”…ねぇ。この俺を差し置いて原初とか、もう何言ってんのとツッコミたい。
「それで、叛乱兵が我に何用だ?」
まさか、闇討ちというわけではないだろう。
そんなことをしても俺相手には無駄なだけだし、そんなつもりなら声なんて掛けないはずだし。
じゃあ、何の用でわざわざ敵のボスに声を掛けてきたのか。
「……厚かましいことを承知で、陛下に陳情申し上げます。何卒、何卒我が主との対話の機会をご検討いただけないでしょうか」
……対話?って、今さら?主自らではなく、こんな人目に付かないところで副官が陳情するようなことか?
「対話とは、どういうことか」
「…グィネヴィア=ハズラムは、陛下に弓引くような愚行を犯すような人物ではございません。しかし、此度は強硬派である周辺氏族を抑えきることが出来ず、義と責任を果たすために旗印となることを選びました。しかし、それはグィネヴィアの本意ではないことを、陛下にお伝えしたく」
ふむふむ。自分としては叛乱なんて起こしたくなかったけど、周りが暴走してしまった…と。で、各氏族を統括する立場としては、彼らを見捨てることが出来なかった……と。
いやいやいやいや、お粗末すぎるでしょう。
強硬派を抑えられなかったからって、なんで自分まで参戦する必要があるのさ。勝手に見捨てて勝手に魔王サイドに付けば良かったじゃん。
自分自身も戦を望んでいなければ、ここまで泥沼になることはなかったはずだよ?
しかも……
「周囲に煽られて神輿にさせられた…が、形勢不利となった今、ようやく目が覚めた…とでも言うのか?」
散々抵抗しておいて、戦力の大部分を失い敗北が濃厚になったからって、今さら和睦の申し出ってわけか。ちょっと都合が良すぎるんじゃないかな。
「……返す言葉もございません。グィネヴィアには叛乱の首謀者としての責任がございます……勿論、副官たるこの私にも。その責から逃げることは致しません、いかようにもご差配下さい。しかし……」
イェルクと名乗った若い男は、一層頭を垂れて俺に平伏した。
「懐古派には、争いを望まぬ者も多くおります。ただただ、平穏を望む者たちが。どうか、その者たちにはご恩情を賜りたく存じます」
「……………………」
俺は、しばらく返事をしなかった。
俺としては、降伏してくれるのであれば彼らが生きようと死のうと関係ない。さっさと戦が終わるから大歓迎だ。
しかし、何を今さら…という思いは拭えない。だから、聞いてみた。
「貴様の主が、真に争いを望んでいなかったのだとしたら、何故降伏勧告を無視した?こちらが開いた扉を乱暴に閉めたのは貴様らの方ではないか」
全面降伏だと条件が飲めないとか、色々と思惑はあっただろう。だが、交渉の席に着くことが出来れば、戦う以外の道を模索することも出来たわけで。
それを突っぱねておいて、「実は争いなんて望んでいないんですー」とか言われても、説得力ないことこの上なし、だ。
どこからどう見ても正論なツッコミに、しかしイェルクの反応は想像と違っていた。
「………え……?」
もの凄く重要な事実を初めて知った、みたいな顔で、唖然としている。ぽかんと口を開けた間抜け面で、彼はしばらく固まっていた。
それから、我に返って。
「陛下、それは、何の話でございますか?降伏勧告…とは、そのような話、私は一度たりとも聞いておりませぬ!」
………へ?聞いてない?副官が………降伏勧告に赴いた魔王の使者の存在を、知らない?
そんな馬鹿な。
それが本当なら、こいつの「副官」ってのは只の自称で、実際には足軽同然の雑兵だったりするんじゃないのか?
……けど、こいつの魔力保有量からすると、それなりの役職に就いていると見て間違いないだろうし…
それともこいつ、多分穏健派だろうから、強硬派連中からハバにされてたりして。
「昨日も私は、グィネヴィアに我が心中を進言いたしました。しかし、彼女は徹底抗戦を主張するばかりで……それと言うのも、魔王陛下は降伏したところで慈悲をお与えくださるような方ではないから…と………」
「……?それを、グィネヴィアが申したと?」
「左様でございます。ですが私は僅かな望みが残されてはいないかと、誰にも告げず御身の元へと罷り出るつもりで…」
「それで森を抜けようとしていた…ということか」
えーーー、何それ。グィネヴィアさんてば、俺のこと勝手に「降伏しても絶対に赦してくれない冷血漢」扱いしてるわけ?それは二千年前の話だっつの。
……じゃなくて。
んんん?どういうことだ?
降伏勧告を無視して、しかも使者を殺害までしておいて、それで「降伏しても認めてもらえない」?
あれ……?
「イェルクよ。グィネヴィアは、我が使者を遣わしたということを知っていたのか?」
「いえ、そんな……そんなはずはありません。彼女が、そのような大事を私に秘しているとは考えられません」
………………どういうことだ、これ。
彼女は、本当は戦を望んでいて、降伏を勧めに来た使者を殺して何も聞かなかったことにしたのか?
或いは、彼女に降伏という選択肢を与えたくない何者かが、彼女に接触する前に使者を殺害したのか?
どうやら、またまた一筋縄ではいかない方向へ、状況は転がっているようだった。
書き忘れてましたが、敵の副官さん、けっこう虫にたかられながら頑張ってます。
もう少し見せ場を作ってあげたかったですけど、展開重視で割愛…。




