第二十一話 魔王、危機一髪。
「で、ヒルダ。調子はどうだ?」
食後のお茶を飲みつつ、まったりタイム。
本日のお茶は、スパイス入りの濃厚ミルクティー。カルダモンとクローブ、シナモンが少量ずつ。砂糖を多めに入れて飲むのがお薦め。いわゆる、チャイである。
この世界では、ミルクで直接煮出す紅茶、地球で言うところのロイヤルミルクティーはあるが、それにスパイスを入れる飲み方はなかったようで、三人娘は新鮮な味に夢中になっていた。
今日の夕飯時、ヒルダもテーブルについていた。もうベッドに横になっている必要はないらしい。顔色もすっかり元通り。動きも機敏で、体調を崩しているようには見えない。
アルセリアの回復にもびっくりしたが、ヒルダはそれ以上だな。ちょっと人間やめちゃってんじゃないの、てなくらいのスピードだ。
なお、普通の人間がヒルダ並みに魔力枯渇を起こした場合、生きていたらの話だが、ここまで回復するのに優に一か月はかかる。人によっては後遺症が残る可能性もあるし、中には二度と魔力が使えなくなることも。これは、廉族も魔族も関係ない。
“星霊核”から生まれ、“霊脈”を巡る“霊素”の流れ。全ての生命はそこから派生し、命を終えると再び霊脈へ、そして核へと還っていく。
霊素とは生命であり、魔力であり、法力であり、神力である。
この世界の生命体である以上は、その理から逃れる術はない。
そう考えると、ヒルダの回復力は本当に異常だ。まるで俺やエルリアーシェのように“星霊核”に直接繋がっているのではないか、と思ってしまう程。
無論、そうであればそもそも魔力枯渇など起こしたりはしないのだが。
「ん。もう、だいじょぶ。元気」
強がりではなく、本当に大丈夫のようだ。力強くこくこくと頷くヒルダに、とりあえず一安心。
まあ、だからこそこいつらもグリムボア退治を引き受けたわけだしな。
それなら、
「明日か明後日あたりには、ヒュドラ討伐に出るわ」
そう勇者が言いだすのも無理もないことだった。
「そっか。…無茶はするなよ?」
そしてもう回復したのなら、俺が彼女たちを止める理由はない。オロチ退治の経験もあるらしいし、本調子であればこいつらは勝てるだろう。
だが、彼女は俺のその反応が意外だったようで、
「何よ、随分あっさり許可するのね」
…どことなく面白くなさそうなのは、なんでだ?
「別に、お前らが村の依頼を受けること自体は、俺が口を出す筋合いないしな。無茶をしないなら、これ以上引き留めたりしないさ」
「ふーん……そう。まあ、色々世話になっちゃったわね。……ありがと」
アルセリアは、そう言いつつもそっぽを向いている。
……こいつ、照れてるのか?
「私からも、お礼を申し上げます。リュートさんがいてくれて、本当に良かった。これで貴方が魔王でなければ、聖央教会から恩賞を出してもらうよう働きかけるところなんですけど」
いやいやいやいや、頼むからやめてくれ、ベアトリクス。何が悲しゅうて、魔王が教会から評価されなきゃならんのだ。
彼女たちがヒュドラ討伐へ乗り出したら、俺のお節介もそこで終わりだ。となると、明日か明後日にはもう別行動ってことになるな。
この騒がしい連中とようやく離れられると思うと、清々する。
………一抹の、淋しさがないと言ったら、嘘になるけれども。
「ヒルダも、もうあんな無茶はすんなよ?お前、危なっかしいからな」
ベッドに腰かけてお茶を飲んでいたヒルダの頭を撫でてやると、何か言いたげにそわそわし始めた。
「……ん?どうした?」
しばらくヒルダは無言のまま。無言のままで、俺の裾をついつい、と引っ張る。
「……だから、どうしたんだよ?」
「……お兄ちゃん」
ヒルダは、俺の顔をじーっと見上げると、
「………今日、お兄ちゃんと一緒に寝る」
……………………。
…………………………………。
…………………………………………………………。
「ちょちょちょちょ、ちょっとヒルダ!!貴女何言いだしてるの!!」
アルセリアが、慌てて割って入る。
「リュート!アンタも、何黙りこくってんの!!ちゃんと断んなさい!」
いや、うん。ダメだろう。
いくらなんでも、ダメだろう。
ダメだ、ダメ。ダメ……ダメ…………だよな?
誰かが、ダメじゃないって言ってくれたら、ダメじゃなくなるような気もする……。
「ヒルダったら、冗談が上手ですね」
ベアトリクスがにこやかに言う。にこやかに。空気を凍り付かせそうな、絶対零度の微笑みで。
えええええ…………怖い…………………魔王すら怯ませる微笑みだと……?
俺はすっかり竦み上がってしまったのだが、ヒルダは一歩も引かなかった。
その意志力、確かに選ばれし神託の勇者一行だ。
「や。一緒に寝るもん」
そのまま俺の腕をがっちりとホールド。
いやいやいや、嬉しいけど、ベアトリクスの視線が怖いよ!?
「ヒルダ、リュートさんも困ってるでしょう?」
「や。お兄ちゃんと寝るもん」
「ダメです。魔王とかそういう以前の話です。許可出来ません」
「や。お兄ちゃんと寝る」
「ヒルダ!」
「やだ!そんなこと言うビビ嫌い!!」
待って。お願いだから待って。マヂで怖い。氷雪と炎獄の喧嘩に挟まれてる気分。自動迎撃機構を起動させようかと、半ば本気で思ってしまう。
と、そこに。
「分かったわ」
勇者が、力強く頷いた。
「私も、一緒に寝る」
…………………。
……………………………………………。
………………………………………………………………………………………。
……って、はあ!?
何、言ってんの、言っちゃってんの、この勇者!?
「アルシーまで、何を言い出すんですか!!」
流石のベアトリクスも、アルセリアがこう言い出すのは予想外だったようだ、かなり取り乱している。
因みに、俺の狼狽はそんなものじゃない。
魔王城での対決時のヒルダどころじゃないくらい顔面蒼白になっている俺を無視し、アルセリアはやけに堂々と、
「ビビ、ヒルダはこうなったらテコでも動かないって、貴女も知ってるでしょ?」
「それは……そうですが、事が事なので、容認は出来ません……。何かあったらどうするんですか?」
何かって………俺、疑われてるのね。
「うん。何かあったら困る。困るから、監視のために私も一緒に寝ようと思う」
この勇者、単細胞で頑固で無謀なだけでなく、どうやら頭のネジも一本と言わず二、三本ほどぶっ飛んでいるらしい。
「…………………………………」
ベアトリクスは、眉間に皺を寄せ、頭を抱えて考え込んでいる。おそらく、この二人をどう説得したものか思案しているのだろう。
そして、妙案を思いついたのか、やおら顔を上げると、
「分かりました。では、私もご一緒します」
なーるほど。確かにそれは名案だ。流石は勇者一行最年長、ベアトリクスだ。
………って、
ダメじゃーーーーーーん!!
解決になってない。なんにも解決してないよ!?
て言うか、余計に状況が悪化してるよ!?
なんでそういう結論に達するの!?
流石にこれはマズいだろう。俺は抗議の声を上げようとしたのだが、
「そういうことで、よろしくお願いいたします」
「お兄ちゃんと一緒………」
「言っとくけど、変なことしたら切り落とすからね!!(←何を!?)」
氷雪と炎獄と鋼鉄に囲まれて、何も言うことが出来なかった。
だんだん魔王までポンコツになってきました。




