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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
成長と前進編
225/492

第二百十九話 揺り籠の聖域



 


 「……随分と、好き勝手なことを抜かしやがってくださるじゃないですか」


 ………ん?

 今の声……ベアトリクス?


 …って、ベアトリクスの台詞!?

 なんか、言葉遣いが!丁寧なようで!丁寧じゃない!!



 驚いたのは俺だけではない。

 長い付き合いのはずのアルセリアとヒルダ、弟であるアスターも同様だ。


 俺たちの知るベアトリクスは、外面は品行方正で、中身は確かにけっこう腹黒かったり容赦なかったりするけど、とりあえず人当たりだけは文句ない人物である。


 ~やがる…なんて言葉遣い、彼女のイメージではなかった。



 だが、俺たちの目の前のベアトリクスは、確かにそう言って、その言葉遣いに引けを取らない凶悪な表情をして、その場の全員を睨み付けていた。



 特に、その視線を集中的に喰らってるユリシスは、蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。


 完全に、ベアトリクスの鬼気に気圧されている。



 ……つーか、すんません。俺もちょっとビビってます。

 なんで最初の対決時よりも今の方がヤバみを感じるわけ?



 驚愕と恐怖に何も言えない一同に構わず、彼女はまるで独り言のように続ける。



 「使いこなせるはずがない……?冗談じゃありませんよ、私が使いこなせなければ誰が使いこなせると?どいつもこいつも、ふざけたことを………」


 

 え…えーと………ベアトリクスさん?目が、座ってますよ?



 「ちょっとビビ……どうしたの…?」

 おずおずとアルセリアが訊ねる。


 ヒルダは、無言で俺の背後にひっついた。



 「どう……?いいえ、どうもしてませんよ、アルシー。私は至って平静です。この馬鹿どもの戯言があまりに馬鹿馬鹿しくて、怒りを通り越して呆れるばかりですよ」


 「いやいやいやいや、怒ってるよな?」


 俺も、思わずツッコむ。 

 が、すいっと彼女が視線をこっちに移したとき、ちょっと背筋が凍った。


 え……どうしよう、俺、“霊脈パス”繋いだ方がいい?



 「私が……怒ってるように見えますか?」


 見える!どう見ても怒ってる!

 けど、怖くて頷けない!!



 「まあ…いいです。リュートさんには、色々と言いたいことがあるんですが……」


 ええ?何、何言われるの、俺?つか、なんで俺!?


 「それは、後にしておきましょう。そんなことより今は、このクソぼ……いえ、クソ坊主どもの誤解を解いておかなくてはなりませんね」


 クソって言った!言い直そうとしてやっぱりクソって!

 女の子がそんな言葉遣いしちゃいけません!!



 「な、何をするつもりだ!?」

 逃げ腰になりながらも、ユリシスはまだ強気の姿勢を崩していない。

 牢の中にいるベアトリクスには、何も出来ないとでも思っているのだろう。



 ベアトリクスは、そんなユリシスに冷淡な侮蔑の視線を向ける。

 囚われているはずのベアトリクスと、捕らえたはずのユリシスの力関係は、もはや逆転していた。

 

 「は?何抜かしてるんですか?馬鹿ですか?馬鹿ですね。貴方がおっしゃったんじゃないですか、見せてみろ…って。ついさっきご自分が言ったことなのに忘れるなんて、耄碌もひどいものですね」


 「な……っ……き、貴様……愚弄するか!」

 

 激昂しかけるユリシスだが、再び睨み付けられて竦み上がる。


 「愚弄されるような貴方が悪いのでしょう?どうせ、貴方程度の小物はご覧になったことがないでしょうから……お見せしますよ。“聖母の腕クレイドル”……私の、力を」



 ベアトリクスが言った瞬間。



 彼女の領域が生まれた。


 彼女を中心に、石牢の周囲が淡く白い光で満たされた。

 陽だまりのように心地よい暖かさ。

 まるで母親の腕に抱かれているかのような、安心感。


 この中にいれば、何も怖いことなどない。

 そんな感覚に陥りそうになる、柔らかな光。



 だが、そう感じているのは彼女のサイドにいる俺たちだけのようで。



 光に触れると同時に、ユリシスとその配下たちは、その場に崩れ落ちた。


 「貴様……一体何を……」


 だが、意識を失ってはいない。力が抜けたように、その場にへたり込んでいるだけだ。

 しかし立ち上がることもまともに動くことも出来ないようで、ただベアトリクスを睨み付けるのが関の山。


 「何って……どこまで馬鹿なんですか、貴方は。あんなに見たがっていた“聖母の腕クレイドル”を起動させたんですよ、分かりませんか?分かりませんね、馬鹿ですからね」



 ……つくづく、ベアトリクスの暴言が止まらない。そして怖い。けどちょっと面白い。



 「そ……そんな馬鹿な……たとえ所有者でも、こんな短期間で起動できるようになるはずが……それは本来、長期間の修練と儀式を必要とする…」

 「ですから、言ったでしょう?私以外に誰が使いこなせるのか……と。大体、修練とか儀式とか、今さらという感じですよ」


 完全にユリシスを馬鹿にしきった態度で、ベアトリクスは嘲笑を浮かべて肩をすくめた。


 「こんな馬鹿が補佐についているなんて、アスターも可哀想に」



 同情されたアスターは、何とも言えない微妙な表情で、豹変した姉を見守っている。

 彼は、ユリシスたちとは違い、光の悪影響を受けていないようだ。



 「……ねぇ、ビビ。これ…どういうこと?」

 「………体、軽い。……ぜっこーちょー…」


 アルセリアとヒルダが、同時に首を傾げる。

 

 「なんだか、ものすごく力が湧いてくるって言うか漲ってくるって言うか、【聖守防壁プロテクション】なんて目じゃないくらいの守りの力を感じるんだけど……」

 「……守りだけじゃ、ない……………?」


 二人の疑問に、ベアトリクスは微笑んだ。


 「それこそ、“聖母の腕クレイドル”の力です。味方には大いなる祝福を、敵には恐ろしき呪いを与える、言うなれば究極の後衛…といったところでしょうか」



 ……え?何それ。俺、何にも感じないんですけど。

 そりゃ、心地よい光だなーとは思ったけど、特に変化は………


 なんで?俺だけ仲間外れなんて酷いじゃないか!



 俺の不満げな表情に気付いたのか、ベアトリクスは付け足した。


 「……尤も、あまりに格の違い過ぎる相手には何の効果も発揮しないということですが……敵味方関係なく」



 ……あ、そゆことね。

 理解したけど、やっぱり仲間外れなのはちょっぴり淋しい。



 それにしても……


 究極の後衛とは言い得て妙、だな。

 要するに、敵のパラメーター、ステータスを大幅に低下させて、味方のそれらを大幅に向上させる効果を持つというわけか。


 単純な防御力、攻撃力だけではないだろう。

 おそらく、魔導耐性や魔力総量、生命力に至るまで。


 俺やエルリアーシェの加護に、非常に似通った力だ。



 それもそのはず。

 この“聖母の腕クレイドル”という秘宝は、創世神の“神露ネクタル”を結晶化させたもの。


 しかも、魔力マナを増幅させる黒銀水晶を媒体に、魔力の循環・保持に優れた銀水晶で覆っている。


 それは、本来消耗品である“神露ネクタル”を、半永久的に使えるように、という廉族れんぞくたちの知恵だろう。

 なかなか考えたものだ。



 アルセリアが、歓喜の声を上げた。

 「すごい!すごいじゃないビビ!これなら魔王だって退治出来ちゃいそう!!」


 …………あれ?俺、退治されちゃいそう?


 「そう簡単にはいきませんよ、アルシー。魔王ほどの存在値であれば、“聖母の腕クレイドル”の効力が及ぶことはないでしょうから」


 意味ありげに俺を見つつ、ベアトリクスが首を振ってくれた。


 ふぅ。良かった、退治は免れそうだ。


 「………ですから、もっと修練に励みませんとね」


 

 ……違った。免れてなかった。



 「それにしても、これだけ使いこなせるってほんとに凄いよ。私だって、キアと馴染むのに一か月近くかかったのに。一体どうやったの?」

 

 アルセリアの無邪気な質問に、ベアトリクスは奇妙な表情を見せた。


 微笑んでいるような、泣いているような。

 或いは、懐かしんでいるようで、忌まわしく思っているような。


 

 「それは簡単ですよ。これの起動実験には、嫌と言う程付き合わされましたからね」

 「…え?それって、どういう……?」


 ベアトリクスの言葉の意味を即座に理解出来なかったアルセリアとは対照的に、それを聞いたアスターはいたたまれなさそうな表情で姉から目を逸らした。



 そしてそれに気付いたアルセリアは、その言葉の意味するところを知る。



 「起動………()()……」


 

 そのときアルセリアの心を占めた感情は、大体想像出来る。

 だが、それをぶつけるべき相手は、今ここにはいない。


 ユリシスとて、歯車の一つに過ぎないのだから。



 「……ところで、どうなさいますかユリシス司教さま。今の貴方がたには、死にかけのコモンスライム程度の力しか残されていないわけですが……」


 牢の中から彼らを睥睨するベアトリクスは、王者の如き風格を纏っていた。



 問いかけに答えたのは、ユリシスではなく。


 「……もういいだろう、姉上」

 

 俺が知る限り初めてベアトリクスのことを姉と呼んだアスターが、再度ユリシスに向き直り、告げる。



 「……これで分かったと思うが、ベアトリクス=ブレアこそが“聖母の腕クレイドル”の正当な継承者だ。姫巫女の託宣だけでなく、ここまで“聖母の腕クレイドル”自体に認められているのだからね。じきに、教皇聖下からも同様のお達しがあるだろう」



 教皇による宣言がなされれば、エスティント教会に異を唱えることは出来なくなる。

 これで、趨勢は決したわけだ。



 ベアトリクスが表情を変えないまま、“聖母の腕クレイドル”の祝福を解いた。

 光が消え、俺たちを包み込んでいた暖かさも消える。


 そしておそらく、彼らを苛んでいた呪いもまた。



 「…………このことは、エマニュエル大神官に報告させていただきます」


 イタチの最後っ屁というやつか、要するにただの負け惜しみなわけだけど、ユリシスは食いしばった歯の隙間からそう絞り出した。

 まったく、懲りないオッサンである。



 その言葉に、アスターは僅かに眉を顰めるが、ベアトリクスが気にする様子はなかった。


 「あら、ご自由に。聖央教会の司教である私には、何の関係もございませんので」


 それは、いつもの作り笑いとは全く別の、屈託のない笑顔だった。


 「それでは、そろそろお暇させていただこうと思います」



 ベアトリクスの言葉と同時に、アルセリアがキアを一閃した。

 鉄格子があっさりと切断され、ベアトリクスを自由の身へと返す。



 石牢からしずしずと出てきたベアトリクスは、とても勇者の随行者には見えなかった。

 まるで、彼女自身が勇者か、或いは聖女であるかのように。



 最早、ユリシスは何も言わなかった、否、()()()()()()

 大義名分を失った彼の部下も、これ以上の対立を望んではいないようだった。

 無言のまま、堂々たるベアトリクスを見つめる。



 「…………ごめんなさい、姉さん」

 ベアトリクスの前に進み出て、しょげたように頭を下げたのはアスター。

 今この瞬間だけ、彼は枢機卿ではなかった。


 そして、今この瞬間だけ、


 「謝ることはありませんよ。貴方は、いつも私の味方でいてくれましたからね」


 そう言ってアスターの頭を優しく撫でるベアトリクスは、姉の顔をしていた。

 



 



 

 



ベアトリクス復讐完了です。狙ってやったのだとしたら怖い…。

とりあえず、三人娘の強化も済んだので、先に進みますね。

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