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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
成長と前進編
223/492

第二百十七話 居場所




 「にゃ、にゃにゃーにゃ」


 エルニャストが走る。

 と言っても、仔猫の姿なので速度は大したことがない。


 後に続くのは、アルセリアとヒルダ、そしてクォルスフィア。


 彼女たちがいるのは、一般開放されていない区画。当然、行き交う神官に見咎められることもある。

 だが……



 「な、何ですか貴女がたは!ここは、一般参拝客の立ち入りは禁止され……」

 「眠っちゃえ」


 しかし、鉢合わせた神官たちは皆、即座にヒルダによって昏倒させられていた。



 ただの睡眠ではない。

 彼らは上級の法術士であり、精神干渉系の術式に高い耐性を持つ。


 にも関わらず、抵抗する暇もなく彼らが眠りに落ちてしまう理由は、ただ一つ。



 「…これが、例の精霊の力かー。便利なものだね」

 クォルスフィアが感心するように言った。


 そう、ヒルダの獲得したエルフの切り札とも言える精霊の力は、精神支配。

 一般の魔導術式よりも直接的で、そして強力。術式を介さずダイレクトに対象に作用するので、それに抗うにはその高位精霊を大きく凌ぐ存在値を必要とする。


 ……すなわち、廉族れんぞくでは不可能だということ。


 

 「確かに、これなら神官たちを傷付けずに済むしね。すごいわ、ヒルダ」

 アルセリアも、素直な称賛を惜しまない。


 考えてみれば、彼女たち勇者一行は今まで、ただひたすら直接的な強さを追い求めてきた。

 

 アルセリアの剣も、ヒルダの魔導も。唯一の例外としてベアトリクスが補助術式を所有してはいるが、それもほとんど「戦闘を優位に行うため」のものであり、間接的に相手を傷付けることを前提としたものばかり。


 しかし改めて、戦うばかりが力ではないのだと実感。

 その事実は、彼女たちにとって大きな学びでもあった。



 無論、ただ眠らせるだけがその精霊“ベルンシュタイン”の力ではない。

 その気になれば、敵の精神を完全に崩壊させて廃人にすることも、死の暗示をかけて命を奪うことも可能。


 そのことをヒルダは知っていたが、敢えて何も言わずに一番無難な使い方をする。

 

 ベアトリクスを酷い目に遭わせたエスティント教会は気に喰わないが、此処の神官全てが共犯だというわけでもないだろう。

 無関係かもしれない人間を無差別に害するのは、「お兄ちゃん」の望むところではないとヒルダも分かっているのだ。


 ……因みに、ベアトリクス自身も望んでいないかと言うと、それに関しては断言出来ないヒルダであった。


 

 背後に居眠りサボタージュの群れを残しつつ、彼女らはエルニャストに案内されるまま神殿の奥へと向かう。


 厳重に封印された階段…見張りはヒルダが眠らせて、封印はアルセリアが“焔の福音クォルスフィア”でぶった切った…を降り、その先は、行き止まり。



 「……あれ?何もない………?」

 「…でも、エルン…」

 「にゃにゃ!にゃにゃーにゃ、にゃにゃ!」


 ヒルダがエルニャストを見下ろすと、エルニャストも何かを伝えながら壁を引っ掻く。



 「はっはーん、隠し扉ってわけね。どれどれ、仕掛けはっと………」

 アルセリアが扉を調べ始める。


 しかし。


 「…んーー?何よこれ、どこにスイッチとか………何もないじゃない…」

 

 ブツブツ言いながら、扉をペタペタ。

 地下だというせいで暗いこともあり、また仕掛けが巧妙なのか手がかりが見つからないようだ。



 「……ちょっと、扉のくせに生意気よね……」


 アルセリア、一旦扉から離れて大きく息を付く。


 彼女が何をしようとしているのか察したヒルダは、無言で扉から離れた。

 何をしようとしているのか分かっていないエルニャストは、「んに?」とか言いながら首を傾げる。



 「………せいっ!」


 気合と共に、鋭い踏み込み。体重移動と筋力、自身の魔力の相乗効果を目一杯乗せた緋色の斬撃が、石壁の如き扉を斜めに一閃した。



 一瞬置いて。


 重い地響きにも似た音を立て、扉が崩れ落ちた。



 「に゛っに゛にゃーー!!」


 ガラガラと振ってくる扉の破片に慌てふためき毛を逆立てるエルニャスト。

 ワタワタと、巨大な礫を必死に避ける。



 扉が完全に瓦礫に変わり、砂埃が収まってからアルセリアは現れた空間へ足を踏み入れた。

 

 

 「……ビビ!何処にいるの、ビビ!?」


 間違いなくベアトリクスはここにいるだろう。

 その確信を元に、彼女の名を呼びながら一層の暗闇の中を進む。


 

 「………アルシー?」


 アルセリアの声に、返事があった。まぎれもない、ベアトリクスの声。


 「ビビ!もう、何やってんのよそんなところで!!」


 鉄格子の向こうに、僅かな灯りに照らされたベアトリクスの姿を見付けたアルセリアは、泣き出したいか怒り出したいのか自分でもよく分からない気持ちで詰め寄った。


 「アルシー……ごめんなさい」

 

 そんなアルセリアに、ベアトリクスはうなだれて謝罪する。


 「…え?なに、なんで謝るの?それに、なんでこんな所に捕まってるのよ。エスティント教会の奴ら、何を考えて……」

 「彼らは、秩序に従ったに過ぎません」


 ベアトリクスの感情を伴わない言葉に、アルセリアは一瞬動きを止める。


 「……なに、それ?だって、ビビはこの私の仲間よ。聖央教会の特任司教でもあるし……いくら昔のことがあるからって…」

 「そうではなくて」


 ベアトリクスは、この純粋で単純な幼馴染の思い込みを、嬉しく思いながらも否定した。

 アルセリアは、ベアトリクスを一方的な被害者だと思っている。


 ……けれどそれは、もう昔のこと。



 「……私は、罪を犯しました。今思えば愚かなことですが……と言っても、やり直せるとしても同じことをしたと思いますが……今は、裁きを待つ身です」


 自嘲気味に笑うベアトリクス。

 アルセリアは、彼女が何を言っているのか理解出来なかった。



 「罪って、どういうこと?一体何を……」

 「ベアトリクス=ブレアは、我がエスティント教会の秘宝を強奪した大罪人です」


 アルセリアの疑問に答えたのは、背後からの声。


 「……貴方は…………」

 振り返ると、最初にベアトリクスの不在を彼女たちに伝えた痩身の正司教がそこにいた。

 周囲には、数十人の神官と、教会騎士たち。


 クォルスフィアもアルセリアも気付かなかったことから、彼らが隠蔽術式を用いて気配を断っていたのだということが分かる。


 そして、“神託の勇者”と神格武装を欺けるほどの遣い手……手練れが、彼らの中にいるということも。



 「勇者殿、彼女は我らが神に対し罪を犯しました。それは教義の下に裁かれねばならないことであり、例え貴女が“神託の勇者”であっても、神の法を否定することは赦されないことです」


 冷徹な瞳で告げる正司教。

 その背後では、神官たちが聖杖を掲げ、教会騎士たちが抜刀していた。



 『……どうする、アルシー?』

 アルセリアの手の中のクォルスフィアが問う。

 「さて、どうしようかしらね………」


 アルセリアに、即断することは出来ない。


 ベアトリクスの罪の中身がいまいちよく分からないが、当の本人が自白(?)しているのだから、全くの潔白というわけではないのだろう。

 そしてその場合、道理はエスティント教会の方にあるということになる。



 相手が魔族や魔獣であれば、話は簡単だった。

 だが、同じ人間……しかもルーディア聖教徒……ともなれば、そうもいかない。

 グリードの判断を仰ぐことの出来ないこの状況で、アルセリアは身動きが取れずに困っていた。


 自分が下手な事をすれば、ベアトリクスをさらに窮地に追い込んでしまうかもしれない。



 だが、困っていたのはアルセリアだけだったようで。



 「煩い、お前ら、敵」


 完全戦闘態勢で、ヒルダが前へ進み出た。

 その双眸には炎の如く戦意が燃え盛り、彼女の敵意をはっきりと表している。



 「……ヒルデガルダ嬢、貴女も聖教会の一員ならば分かるはずだ、我らが最も尊ばなければならないのは創世神のご意志と教え……」

 「そんなの知るもんか」


 鋭く言い捨てて、正司教を睨み付けるヒルダ。

 ()()ヴィンセント=ラムゼンを恐怖の淵に引き摺り込む、凶悪な眼差しで。



 「ボクの信じるものは、他にある……そんな、見たことも会ったこともない神さまなんて、知らない」

 魔導杖を掲げるヒルダは、宣戦布告の代わりに静かに魔力を練り上げた。


 まだ、術式構築までは至っていない。

 だが、彼女がその気になれば一瞬でこの場は彼女の魔導に呑み込まれることになる。


 稀代の天才魔導士、“黄昏の魔女”の領域に。



 ヒルダの二つ名を知る者たちは、そのことに躊躇し、判断を仰ぐために正司教の顔色を窺う。


 ユリシス正司教としても、まさかヒルダが聖教会に弓引く暴挙に出るとは思っておらず、対処に迷っているようだ。


 しかし、伊達にエスティント教会の長老会に座しているわけではない。すぐに動揺を引っ込めると、


 

 「……愚かな。貴女方の行動は、上層部にも既に筒抜けです。このまま、ベアトリクス=ブレアと共に罪人として裁かれることを望みますか?」

 「それはお前らの望みだろ。…ボクたちが望んでるのは、そんなことじゃない」

 「…では、このような愚行を犯してまで、何を望むと言うのですか?」

 「そんなの、決まってる!」


 挑発するようなユリシス正司教の言葉に激昂しかけるヒルダだったが。



 「待ちなさい、ヒルダ!」


 鋭い叱責に、身体を強張らせた。


 

 ヒルダを叱りつけたのは、アルセリアではない。牢の中の、ベアトリクスだった。



 「……私のために怒ってくれているのは、正直、嬉しく思います。……けど、ここで貴女がたまで道を誤ってはいけない…」


 格子を握りしめて、力無く吐き出すベアトリクス。


 「私が、馬鹿だったのです。“聖母の腕クレイドル”に認められれば、何かに肯定してもらえるんじゃないかって……そんな馬鹿げた妄想に、駆られてしまった……」


 「馬鹿げてないよ」


 格子を握るベアトリクスの手に、アルセリアの手が重ねられた。


 「誰だって、ここにいてもいいんだって、誰かに言ってほしいんだよ。…そうでしょ?」


 自分以上に泣きだしそうな顔のアルセリアを見て、ベアトリクスは苦笑した。


 「そう……ですね。けど、「誰かに」じゃなくて、多分、そう言って欲しい人は決まってるのでは?」


 穏やかに見つめるベアトリクスの表情から、彼女が何を言わんとしているのかを察してしまったアルセリアは、思わず赤面する。


 「だ、誰が!別に、あいつに認めてもらったって、嬉しくもなんとも…………キアは黙ってて!」


 途中でいきなり剣に怒鳴りつけたのは、何か茶々を入れられたからだろうか。



 「…そうですか?私は、あの人にそう言ってもらいたいと思います」

 「…………え!?」


 何のてらいもなく言ったベアトリクスに驚いて、アルセリアはその顔を覗き込む。


 冗談を言っているようには、見えなかった。



 「だって、アルシーやヒルダは、私の家族ですから。認めるとかそういうものじゃないでしょう?それに、彼のお墨付きを得られたら、なんだか怖いものなしじゃないですか」


 「ねぇ、ビビ。……貴女、もしかして…………」


 恐る恐る、その本心を問いただそうとアルセリアが言いかけたとき。


 「よっしゃ、お安いご用!赦しだろうがお墨付きだろうが、お徳用パックで好きなだけ与えてやる!!」



 またもやタイミングを見計らっていたんだかどうだか知らないが、場の空気をぶち壊しにして人畜無害(なハズ)の魔王が、安っぽい口上と共に降臨したのだった。

 

もう少しエルニャストに活躍の場を与えてやればよかったかなー……

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