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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
成長と前進編
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第二百十一話 思い込みって怖い。




 「……で、話が逸れてしまったが……もう、説明してもらってもいいだろうか?」


 そう言うヴィンセントの顔は、ボコボコに腫れ上がっている。

 言うまでもなく、ヒルダの仕業だ。


 低レベルな口喧嘩を経由し、その後はヒルダによる一方的な打擲である。

 ここでヴィンセントがやり返さないあたり、一周回ってやっぱりこの兄妹って仲が良いんじゃないかっていう気にもならなくもない。


 

 「…………説明……ねぇ」

 「そうだ。一体貴様は何者で、何を考えている?」


 「……んーーー、まあ、説明するのもやぶさかではないけど……とりあえず、里に戻ろうぜ?お前も色々疲れただろ、まずは一休みしてから…」

 「それには及ばん。今、ここで、先に説明を求める」



 ……くそ、ヴィンセントの奴。このままなんとか誤魔化そうとしたのに、その手には引っかかってくれないようだ。



 

 ……でもなー。

 説明ったって…なー。


 

 「……どうせ、聞いてたんだろ、俺たちと、央天使あれとの遣り取り」

 「…だから、聞いているのだ」


 ……やっぱそうだよな。

 ばっちり聞かれてたもんな、央天使が俺のこと魔王呼ばわりしてるところとか。


 

 けど、目の前の俺と魔王像がどうしても結び付かなくて、確認せずにはいられない…てとこか。



 俺は、選択に迫られていた。


 ヴィンセントに全てを正直に話すか。

 適当なハッタリで誤魔化すか。

 或いは、記憶を消すかもしくは……………………で口を封じるか。



 考え込んでいる俺に業を煮やしたのか、ヴィンセントが質問の仕方を変えてきた。

 「言いたくないのならば、私の質問に是か否で答えろ。……まずは、ヒルダを乗っ取っていた輩だが……あれは、天使…で間違いないのだな?」


 そう問われれば、頷くしかない。

 「あ、うん。そうだけど。天使っつっても、そこいらの雑魚じゃないけど」


 「…天使をそのように形容する…か。以前より、只者ではないと思っていたが……あの天使が言っていたことは、本当なのだな?」


 曖昧な聞き方で核心を付いてくるヴィンセント。

 そこに僅かだが逃げ道が用意されているような気がして、しかしそんなものを用意されたりなんかすると敢えて無視したくなる俺は、天邪鬼なのだろうか。



 「……あいつが言っていたこと……って?」

 

 俺がこういう風に訊ねてくるとは思っていなかった…おそらく有耶無耶に誤魔化すだろうとでも思っていたのか、ヴィンセントは一瞬、息を呑んだ。


 しかし、覚悟を決めたように続ける。



 「……貴様が、邪悪な魔王だ…ということだ」

 「お兄ちゃんは邪悪じゃない」


 いきなりヒルダが割り込んだ。

 割り込みついでに、邪悪じゃないけど魔王だということは暗に認めてしまっている。


 

 「…ヒルダ、ちょーっと向こうに行ってような」

 「やだ、お兄ちゃんのとこにいる」

 「我儘言うなって。ほら、エルニャスト貸してやるから」

 「にー」

 「………にゃんこ!にゃんこ!!」


 空気を読んで愛想を振りまいてくれたエルニャストを抱っこして、ヒルダははしゃぎながら走っていった。

 ……迷子にならなきゃいいけど。



 「…さて、で、話を戻すけど………まあ、概ね間違いじゃないっていうか……色々話すと長くなったりややこしくなったりなんだけど、端的に言うと、俺は魔王だよ」


 あっさりと認めた俺に、ヴィンセントは少なからず驚いたようだ。

 そんな簡単に白状してもいいのかよ、みたいな表情だけど、余計なお世話だっつの。



 告白する前に、キアとアルセリアの反応を窺った。

 二人とも、俺のすることには口を挟むつもりはないようで、信頼なんだか無責任なんだか分からない表情でうんうんと頷くばかりだった。


 だから俺も、自分の思うとおりにさせてもらおう。

 

 ……深く考えすぎだって、言われたことだし。



 吹っ切れたせいか、気分が軽くなった。

 しかしヴィンセントはそれとは真逆で、深刻極まりない顔をしている。


 ま、そりゃそうだ。

 魔王っつったら、ラスボスだもんね。

 そんなのが聖教会に、“神託の勇者”の身近に居座っているなんて、誇り高き“七翼の騎士セッテアーレ”としても、そして一人の人間としても、容認出来るものではないだろう。



 深刻なまま、ヴィンセントは続ける。

 「…魔王……とは、一般に伝えられているとおりの、伝承にある、()()魔王…ということか?」


 ()()ってなんだよ。()()とか()()とか魔王にあるのか?



 「お前が思ってるとおりだよ。なんなら名乗ろうか?…ヴェルギリウス=イーディア…って」

 「…………!」



 俺の名乗りは、決定打だった。

 もうこれで、この状況で、言い逃れは出来ない。

 「やっぱりうそぴょーん!」などと言ったところで、今までの諸々がそれを許さないだろう。


 

 そして、ヴィンセント自身も、聞かなかったことには…何も知らなかったことには出来ない。

 


 

 そのまま言葉を失うヴィンセント。


 ……ちょっと、悪いことをしてしまっただろうか。



 ここで彼に許される選択肢は、たったの二つ。

 

 俺を拒絶し、その正体を聖教会へ報告することを選び、この場で口を封じられるか。


 口をつぐみ、俺に与することを選ぶことで生き永らえるか。



 現実主義者であり責任感も強い彼にとって、どちらも選び難い道だろう。



 …ここはやっぱり、記憶を弄って……


 「次の質問だ」

 俺にとっても彼にとっても一番無難な方法を取ろうと思った瞬間、ヴィンセントが再起動した。


 ……次の質問って……俺が魔王だってこと以外、何を聞きたいんだ?



 「…グリード猊下は、このことをご存じなのだな?」

 形こそ質問調だが、確信しているかのような言いぶり。


 「ああ、あいつは全部知ってる。知ってる上で、いいように使われちまってるよ」


 使()()()()()()と言うと語弊があるのだが、廉族れんぞくであるヴィンセントにはそう言っておいた方がいいだろう。

 


 「……そして、ヒルダも……勇者殿も、そのことを……」

 「当然知ってるわよ。ま、こいつ、魔王って言ってもこっちからちょっかいかけなきゃ人畜無害だし、心配することは…………………あるのかしら?」


 ちょ、ちょっとちょっとアルセリアさん。なんか信頼してるっぽい感じだったのに、なんで最後の最後で疑問形なわけ?



 「…………考えてみたら、野放しにしておくと危険だったわね、この天然タラシは」

 「まだそれ言うか!?」


 俺が一体、いつ誰を誑し込んだというんだよ、姫巫女のときはアイツの暴走だったじゃないか。



 俺とアルセリアの遣り取りを聞いているのか聞いていないのか、ヴィンセントはそのままの口調で。


 「……最後の質問だ。これまで貴様が私に見せてきた姿は、偽りのものだったのか?」

 「いや、それは違うよ」


 最後と言うから、てっきり「お前は人類の敵なのか?」的な質問が来ると思ったんだけど。


 「ま、全部を見せてるかっつーと見せてない部分もあるけど…リュウト=サクラバも、間違いなく俺の一面だ。演技で他人を騙すほど俺は器用じゃないし、そんなんで騙されるグリードのおっさんじゃないし」



 そうそう、騙すとか偽るとか隠すとか、そういうのは俺じゃなくてグリードの専売特許じゃん。俺よかあっちの方が、よっぽど腹黒いって。ラスボス感あるって。

 



 「………………………………………」

 再び、長い沈黙に入るヴィンセント。

 眉間に皺をよせて考えている姿を見ていると、こいつも大概、苦労性だよなーと共感を覚えなくもない。



 やがてヴィンセントは、長く深く溜息をついた。


 肺の中の空気を全て出し切って、それから新しい空気を吸い込んで、意を決したように顔を上げる。


 「よく分かった。私は、貴様は敵ではないと判断する。……尤も、詳細も話してもらうつもりではあるが」


 「え?いいの、んな簡単に!?」

 「簡単なわけあるか!これでも非常に思い悩んだ末の判断だ!」


 確かにヴィンセントは柔軟な思考の持ち主でもあるが、だからと言って納得出来るような案件じゃないだろう、これ。


 しかしヴィンセントには、確固たる考えがあるようだった。


 

 「私は、グリード猊下の慧眼を何よりも信じている。そして、勇者殿の崇高な志も。世界で最も信の置けるお二方が貴様を信じ認めていると言うのであれば、私如きがそれに異を唱える愚を犯せるはずもあるまい」


 「………そんなもの…なの?」

 「そんなものだ」


 

 ……はー……なんつーか、これも一種の信仰ってやつなんだろうか。

 そんな、重要なことを他人の判断に押し付けちゃっていいのかなって気もしなくもないが…



 そんなことより、今こいつ、妙なこと口走ったよな。



 「勇者殿の、崇高な志……ねぇ…………」

 「…何よリュート。何か言いたそうな顔してるわね」


 俺のジト目に、アルセリアが睨み返してきた。



 「いーや、別にー。知らないってのは恐ろしいことなんだなーとか、思ってさ」

 俺がうそぶくと、アルセリアはさらに噛みついてくる。


 「……それ、どういう意味かしら…?」

 「アルシー、ギルは、アルシーが噂とは真逆のポンコツだって言いたいんだよ」

 「……ちょっとキア、それ言ってくれなくてもいいから……」


 

 わちゃわちゃやっている俺たちをしばし眺め、やおらヴィンセントは、


 「……ふん、貴様は何も分かっていないのだな、リュート」


 …と、平常運転に戻って(ようするにいつもどおりの偉そうな態度に戻って)語り出した。


 「何もって、何をだよ」

 「勇者殿の素晴らしさを、だ!」


 …………………。

 ……………………………。

 ………………………………………………。



 いや……分かってはいたけどね、この世界における“神託の勇者”の位置づけってのは。

 人格だとか性格だとかはさておき、人々の尊敬と憧憬を一身に集める存在だってのは。



 ……けど、改めて言われるとさぁ。



 「第一、貴様は補佐役として勇者殿のお傍にいながら、何も気付かないと言うのか?思慮深く聡明な知性、気高き佇まい、慈愛に満ちたお心、強靭な精神力、どれをとっても比類なき英雄。慎み深さゆえに表に出されることは少ないかもしれんが、共にいればその片鱗を目にすることもあろう!」


 

 ……なんか、すごい勢いで語り出した。

 面白いから黙って聞いてるんだけど、何が面白いって、自分の素晴らしさを滔々と説かれているアルセリア本人が、どんどんいたたまれなさそうな表情になってくとこ。


 いくらアルセリアでも、それは自分じゃない…ってことくらい分かるんだろう。

 つーか、ポンコツの自覚あるんじゃないかな……?



 そうこうしている間も、ヴィンセントの語りは続く。


 「その凛々しきお姿は、すべての信徒にとって希望の象徴、救いの光。勇者殿がおられる限り、我らの希望が潰えることはない。そして勇者殿は…」

 「ちょ、あの……ヴィンセント?もう、その辺で……やめとかない?」

 「何を仰るのですか勇者殿。そもそも、この分からず屋に貴女が如何に得難く崇高なお方なのか分からせなくては私の気が」

 「いや、それはありがたい…ん、だけど………その……ね?なんか、恥ずかしいっていうか…」

 「ああ、なんと慎み深い方だ!ご自身の纏う光を誇示することもないとは!」

 「や、ちょ…光って………」

 「しかしながら、だからこそ私が貴女の」

 「やーめーてぇーーー」



 おお、なんか今までにない展開!

 なるほどなるほど、アルセリアには褒め殺しが効くのか。


 よし、いざという時のために、参考にさせてもらうとしよう。



 「……ギル、楽しそうだね。…このいじめっ子」

 

 

 ……おう、否定はしない!


最近、朝に更新することが多いんですけど、今日は遅くなってしまいました…。

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