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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
成長と前進編
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第二百五話 ヴィンセント=ラムゼンの独白



 私の名は、ヴィンセント=ラムゼン。

 タレイラ西南部のレヒト湖水地方を治める、ラムゼン子爵家の現当主であり、

誉れある“七翼の騎士セッテアーレ”の筆頭騎士も兼任している。


 

 突然だが諸君らは、最も心休まるはずの場所で、()()()()()命の危機に

晒された経験はあるだろうか。


 

 例えば、帰宅した瞬間、

 玄関ホールのシャンデリアが、狙い定めたように自分へ向けて落ちてきたり。


 或いは、廊下で、

 飾られている甲冑(すごく重い)が突如倒れ掛かってきたり。


 或いは、暖かなベッドに潜り込もうと思った瞬間、

 寝床の中に毒蛇が紛れ込んでいるのを発見したり。


 またある時は厩舎で馬の面倒を見ているとき、

 突如火の付いた爆竹が投げ込まれ、興奮した馬に蹴り殺されそうになったり。


 他にも、風呂の湯が熱湯へとすり替えられていたことも、何の気なしに階段の手すりにもたれた瞬間にそれが崩れ落ちたことも(後に調べると切れ込みが入れてあった)。


 私は常に、自宅の中でこそ最大限の警戒を払わなくてはならなかった。




 幼い頃から無責任な両親に当主の座を押し付けられ、一族の名に泥を塗ってはご先祖に顔向け出来ないと必死に背伸びを続けてきた。

 だが、そんな幼い私にとって、本来ならば唯一心を休めることが出来るはずの我が家が、最も危険で油断ならない場所へ変貌してしまった。


 その原因は、年の離れた妹。



 彼女が生まれてすぐ、両親は出奔した。

 残されたのは、没落寸前に傾いたラムゼン家と、当主の座を押し付けられた私と、生まれたばかりの妹と、ほんの僅かな使用人。


 一族の名誉と、何より両親を見返してやるため、その時から私は己が子供だという事実を忘れた。

 死に物狂いで勉強し、働き、貴族社会に根回しをし、少しずつ少しずつラムゼン家の再興を図っていった。


 そんな私にとって、母親の違う妹は、どう扱っていいのやら持て余してしまう厄介な存在だった。


 今思えば、私にも至らぬ点は多かったのだと思う。

 ずっと忙しくしていて、丸一日妹と口を聞かない日が続くこともあった。

 要するに、数日間会話をしていない、ということだ。


 妹の母親のせいで、父が自分を捨てたのだと思った。

 その憤りを、幼い私はさらに幼い妹にぶつけるしかなかったのだ。彼女に何の責もないことくらい、分かっていたというのに。


 

 そんな日々を過ごしているうちに年月は流れ、物心がつくようになった妹は、ますます扱い方に困る少女へと成長していた。


 第一、普通なら大人の手を借りなければ何も出来ないような年齢……確か三歳だったか……から、彼女は一人で行動するようになっていた。

 人並外れて早熟なのも、その身に半分流れるエルフの血のせいか、或いは彼女自身の性質か。

 何を考えているのか分からない無表情でありながら、確実に何か企んでいるであろうことだけは、辛うじて私にも分かった。


 彼女は私に頼ることなく、私もそれをいいことに彼女を無視し続け、そうして気付いたら、静かに妹の復讐は始まっていたのだ。



 正直に白状しよう。

 私は、妹が……ヒルデガルダ=ラムゼンが、怖い。

 何を考えているか分からないくせに、私に対する悪意だけは隠そうとはしない彼女が。

 


 だから今。

 私の目の前を歩くこの男……リュート=サクラーヴァが、何故ヒルダをあそこまで溺愛し甘やかしているのかが、本気で理解出来ないでいる。

 血の繋がりもないのに、まるで本当の兄妹のように……いや、本当の兄妹であっても、()()はちょっと尋常じゃないだろう。


 森の奥から戻ってこないヒルダを救出に行く勇者殿に同行を願い出たのも、間近で見ていれば何か分かるかと思ったからだ。


 幼い私が、見落としてしまった何かが。



 「………なんだよ?」

 私の視線に気付いたのか、リュートが振り返った。

 

 この男、若造のくせにやたら尊大で、先達を敬うこともなければグリード猊下に対する振舞いも無礼千万で、実にいけ好かない人物である。


 だが、その実力は高い。

 腰に何やら安っぽそうな剣を吊っているため、最初は剣士かと思ったが、そうではなかった。


 奴は、魔導士だ。しかも、規格外の実力者。


 奴の術式は、一つしか見たことがない。だが、その実力のほどを測るには充分過ぎた。

 あんな超高位魔法、人間に行使可能だなんて今まで私は知らなかった。


 妹も、稀代の天才魔導士などと呼ばれ、その実力を以て“神託の勇者”の随行者に選ばれた才能の持ち主である。


 だが、リュートのそれは、妹を遥かに超えていた。



 奴については、分からないことが多すぎる。

 

 どう見ても十代後半なのに、その若さでどうやってここまでの実力を身に着けたのか。

 グリード猊下とは知己だということだが、それにしても次期教皇とも噂されるお方に対しあまりにもフランクで、そして猊下もそれを一向に咎めようとしない。

 

 勇者殿にしても、リュートの不躾で礼儀知らずの振舞いを黙認し、まるで奴の意向を尊重するかのような素振りを見せることがある。


 そして、何より不可解なのが奴の生命力。

 即死でもおかしくないような深手を負った直後、何事もなかったかのように行動出来たのは何故だ?

 ゴキ〇リだってもう少し儚いだろう。



 ………一体、奴は何者なのか。

 もしかしたら、私がここにいる本当の理由は、それを知りたいから…なのかもしれない。

 

 

 「……リュート、一つ聞いてもいいか」

 私は思わず、訊ねていた。

 私が彼を面白くないと思う一方で高く評価しているのと同じように、彼もまた私に対して友好的ではないにしろ一定の評価はしてくれているようだ。


 初対面のときのように、会話していても喧嘩になることはないと分かっている。


 「何だよ?」

 「……貴様は、一体ヒルダのどこを気に入っているのだ?」


 私がそう訊ねた瞬間、彼の肩に乗っている黒い仔猫が、含み笑いを見せた……ような気がした。


 だが……いや、そんなはずはないな。猫が含み笑いだなどと。

 獣が言葉を理解することなんて、ありえない。ただの偶然か、気のせいだ。



 リュートは、そんな仔猫……エルニャストとか呼んでたか?変な名前だ……を何故かジロリと睨むと、


 「どこがって、んなもん決まってるだろ。アイツは、俺の妹だからな!」


 と、理由になっていない理由を、胸を張って答えた。



 ……違うだろう。

 彼女の兄は私であって、お前ではない。


 そんなこと分かっているはずなのに、なぜそうも堂々と言い切る?


 しかも、妹だから…というのは、理由になっているようでなっていない。

 肉親だからと言って無条件に愛情が生まれるとは限らないではないか。



 「……だから、何故ヒルダが貴様の妹なのだ?」

 一番聞きたいのはそこではないのだが、しかしそれも気になる点ではある。


 血の繋がらない赤の他人のことを、その実兄を目の前に「自分の妹だ」と宣言する根拠は何だ?



 「だって、ヒルダは俺のことを「お兄ちゃん」って、呼んでくれたしな」

 しかしリュートは、さも当然と言わんばかりにそう答えた。


 「お兄ちゃん……だと?あのヒルダが?一体何があった?…と言うか、お兄ちゃんと呼ばれればお前は誰の兄にでもなるというのか?」


 その呼称は、あくまでも年上の男性に対する愛称のようなものだろう。

 それをイチイチ真に受けたりして、馬鹿なのかこいつは。



 「別にそういうわけじゃないけど……なんだろうな。ヒルダは俺が「お兄ちゃん」であることを望んで、俺はヒルダが妹であることを望んだ……からかな?」


 ……なんだそれは。全く分からん。



 「まあ、ヒルダの魅力は話し出したらキリがないんだけど…敢えて言うなら、甘えん坊で、淋しがりやで、ちょっと頑固で我儘なところもあるけど本当は素直で、感情表現がストレートで、何事にも一生懸命で、仲間思いで、まるで新雪のように純真で」

 「待て、待て待て待て」


 黙っていたらいつまでもリュートが「俺の思うヒルダの魅力」を語り続けることになるだろうということと、その内容が私にとってあまりにも想定外のことだったので、思わず遮ってしまった。


 「それは一体誰のことだ」

 「だから、ヒルダだって」


 ……分からん。こいつの眼には、ヒルダがどのように映っているのだ?



 「……そう言えば、ヒルダって最初からアンタに懐いてたわよね」

 

 私たちの会話に、勇者殿が参加してきた。

 

 ……それにしても、いつ拝見しても凛々しいお姿だ。

 うら若き乙女でありながら、その身を信仰に捧げ、人々のために危険を顧みず戦い続ける美しき戦姫。

 英雄とは、正に彼女のような人を指すのだろう。


 この方ならば、必ずや悪しき魔王を打ち滅ぼしてくださるに違いない。


 だが、その過程で彼女を待ち受ける苦難を想像すると、無力な我が身が情けなくて堪らなくなる。

 このような可憐な少女に世界の命運を託し、騎士たる我々が安穏と過ごすことなど、あっていいのだろうか。

 

 かつて私は、少しでもこの気高く誇り高い少女の力になりたくて、グリード猊下に願い出たことがある。

 だが、彼女は私の同行を拒絶した。


 一介の騎士でしかない非力な私では、魔王との苛烈な戦いで生き残ることが出来ないと案じた彼女は、私を盾にしようとも思わなかったのだ。


 ……なんたる慈愛。なんたる寛容。



 「そう言えば、そうだな。……まあ、お前らだって似たようなもんだったけど」

 

 リュートと言えば、そんな勇者殿に対し、平気で軽口を叩いている。

 

 ……身の程を知れ!その方は、お前が気安く接していいお方ではないのだ!!



 ……しかし、寛大な勇者殿がそれをお許しになっているので、私ごときが口を挟むわけにもいかない。



 「は!?何言ってるのよ。私はこう見えて慎重な性格してんのよ!会ったばかりの相手にそうそう気を許すなんてこと、あるわけないじゃない」

 「あーーー、そうだよな。うん、お前は()()()気を許してなかった。俺の作る料理メシには、まーーーったく警戒してなかったけどな」

 

 リュートが勇者殿をからかう。

 勇者殿は、その態度自体には気分を害していないようだ。ただ、その内容について大いに抗議している。


 「…はぁ!?なーにを、言ってるのかしら。私が、いつ、食い意地に負けたって?」

 「…いや俺、そこまで言ってないけど」

 「………………………!謀ったわねリュート!」

 「あはは、これはアルシーの負けだねー」

 「んにゃ。んにゃんにゃ」



 いつの間にか、勇者殿の相棒という少女も会話に加わっている。ペットの猫もだ。


 

 ………これが、勇者殿の日常…か。

 そして、ここに妹もいたのだな……。



 私は、ひどく疎外感を感じた。


 彼女らには、彼女らだけの世界があり、絆がある。

 たとえ行動を共にしていたとしても、部外者はそこに立ち入ることすら出来ない。

 そしてその絆の中に、いけ好かないリュートがいることは確かで、そして我が妹ヒルデガルダもまた同様。


 この輪の中にいるヒルダは、どのような表情をしているのだろうか。

 きっとおそらく、私が見たことのない表情なのだろう。


 もし私が、今からでも彼女に歩み寄ったならば、私もまたその輪の中に入れてもらえるのだろうか。



 ……いや、それは考えるだけ無駄なこと。

 私は既に、ヒルダの中で彼女の兄ではなくなっている。


 そして彼女が認めたのがリュートであるならば。



 私は、血が繋がっているだけの赤の他人のままでいることにしよう。

珍しく、ヴィンセント目線です。

普段とは視点が違うので、ちょっと新鮮な感じ。

特にアルセリアに対する認識が…………まあ、これが世間一般の評価だったりします。

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