第二百四話 エルフの隠れ里
俺たちは、襲ってきたエルフの若者たちに連れられて、森の奥にある彼らの集落まで案内された。
彼らから敵意が失われたのは助かるが、正直言って、俺はそれどころではなかった。
……ヒルダを助けてくれって……。
一体、ヒルダに何があった?無事なのか?怪我とかしてないだろうな?
頭の中がグルグルする。
気を抜くと、内心の動揺が外にまで出て震えてしまいそうだ。
詳しいことは集落に着いてから…と言われたが、本当はこの場で目の前のエルフを締め上げて、全て白状させたくて堪らない。
それをなんとか思い留まっているのは、そんなことしてもヒルダの助けにはならないということと、アルセリア&キアに牽制されてるからだ。
……二人とも、俺が我を失うとどうなってしまうのか、よく分かってるらしい。
エルフの隠れ里は、大陸にも点在する通常のエルフの里と似たり寄ったりの作りをしていた。
植物や土で作られた建物。多くは、ツリーハウスのように樹上にある。
これは、外部からの侵入者を異様に嫌う彼らの習性である。
集落の中央に、それは巨大な樹がそびえ立っていた。
高さもだが、その枝ぶりも、相当なものである。
自然をこよなく愛するエルフたちが、それを神聖視していることは、想像に難くない。
その樹の虚に、彼らの集会場は置かれていた。
「…こちらへどうぞ」
道中アルセリアが自己紹介してから、彼らの態度が180度変わった。
それまでは、ヒルダの友人としか見ていなかったのに、今や恭しさまで見せていたりして。
やはり、“神託の勇者”は地上界では特別な存在なのだ。
案内されるがまま、俺たちは集会場へ。
そして真っ先に、見知った顔を見付けて仰天した。
「………ヴィンセント!?」
「き…貴様、リュート!何故ここに……!?」
そこにいたのは、“七翼の騎士”筆頭、則ち俺の同僚にしてヒルダの実兄。
ヴィンセント=ラムゼンその人であった。
「それはこっちの台詞だっての。まさかお前、ヒルダに何かしたんじゃないだろうな!?」
思わずヴィンセントの胸倉を掴みそうになって、そこで気付く。
……なんでこいつ、グルグル巻きで縛られてるわけ?
俺の戸惑いを察したように、ヴィンセントが説明を始めてくれた。
「何かしたのは私ではない!寧ろ私は被害者だ!」
「…被害者?って何の?」
「アレは…ヒルダは突然屋敷に押しかけてきて、強引に私を同行させた。この集落への案内係として…な」
……!
そうか、ヴィンセントはここの場所を知っていたのか。
両親とも、何らかの繋がりを持っていたに違いない。
そしてそのことを知っているヒルダは、ヴィンセントに案内させた…と。
でも、それなら……
「で?ヒルダはどこだ?何があったんだよ?」
「私だって知るものか!…詳しくは、ここの長から話があるだろう」
……まあ、こいつが印象ほどには悪い奴じゃないことは知ってるし…
俺はヴィンセントから視線を離すと、集会場を見渡した。
そして、明らかに他のエルフとは異なる空気を身に纏う老人に気付いた。
「……そこへ掛けられよ、お客人」
穏やかながら厳かな声の老人…間違いなく彼女がここの長だろう…に言われた通り、俺たちは彼女の目の前に腰掛けた。
なお、キアは既に人間形態に戻っている。
「まずはお客人、お主らの話を聞かせてもらえぬか?」
……まどろっこしい。俺たちの説明なんて、ヒルダの身内…ってだけで十分だろう。
そんなことより、
「アンタらの説明が先だ。一体ヒルダの身に何が」
べし。
話している途中で、アルセリアに後頭部をどつかれた。
「ちょっと黙っててリュート。……すみません不躾な奴で」
「おい、アルセリア…」
「ここでアンタが取り乱しても仕方ないでしょ。ここは彼らのテリトリーなんだから、ちゃんと敬意は払ってちょうだい」
……アルセリアに正論を言われた。
その事実に驚愕するあまり、少しだけ冷静さを取り戻せたような気がする。
アルセリアは再び長に向き直ると、自己紹介を始めた。
「私は、ルーディア聖教の“神託の勇者”、アルセリア=セルデン。そして、こちらが…」
キアの紹介のときに一瞬躊躇して、
「……相棒の、クォルスフィアです」
なんとも上手い感じに誤魔化した。
「で、この不躾なのが補佐役のリュート=サクラーヴァ…です。聖央教会の“七翼の騎士”も兼任しています。で、彼の肩の上にいるのがエルネ……エルニャスト。…まあ、ペットです」
……納得いかない。
アルセリアの名乗りを聞いた時、エルフたちは皆一斉に表情を変えた。
それは、憧憬とか尊敬とかそんな感じの感情。
キアの時も、あの勇者さまの相棒!みたいな空気だったのに。
俺の紹介の時だけ、やけに表情が強張った。
七翼の名が出たとき、絶対強張った。
……ヴィンセントがグルグル巻きになっているのと関連があるのだろうか?
「なんと、其方が勇者さまでしたか……これは失礼を」
長が、軽く頭を下げる。
エルフは、排他的な上に自尊心が強い。他種族に対して頭を下げるなんて真似は…しかも集落の長が…有り得ないのだが、やはり“神託の勇者”は特別と見える。
「それで、何があったのでしょうか?先ほど、そちらの方にヒルダを助けてほしいと言われました。彼女は何処に?危険な目に遭っているのですか?」
紹介を終えたアルセリアは、本題へと移る。
……動揺しているのは、俺だけじゃないんだ。
まして、アルセリアはヒルダと幼い頃からずっと一緒に育ってきた。
その絆は、俺なんかじゃ測れないくらい強くて深い。
問われた長は、表情を曇らせた。
「それが……儂らにも、詳しいことが分からないのです」
そんな、無責任なことまで言い出すし。
「どういうことですか?」
「ヒルデガルダがそこの人間の男と共にここに来たのは、一週間ほど前でした」
そして長は、説明を始める。
ヒルダが現れたとき、一族は大いに慌てた。
彼女の外見は人間と変わらない。しかも、もう一人連れている。
すわ侵入者か、と慌てたのだが、そこには彼女の両親もいた。
両親の説明のおかげで、彼女は集落に受け容れてもらえることになった。
おまけのヴィンセントも、警戒されながらとは言え、一応は客人として。
しかし、ヒルダの目的は里帰りでも両親に会いに来たわけでもなかった。
「あの娘は、我が里に伝わるエルフの秘宝を求めてきたのです」
「…エルフの…秘宝?」
「左様。とても大きく強い力を持つ精霊です。あの娘は、己が使命のために強い力が必要だと、そのために、その精霊が欲しいと、そう言いました」
長たちは、ヒルダが“神託の勇者”の随行者であることを知っていた。
だから無下に突っぱねることは出来なかったが、それでも彼女の要請を認めるわけにはいかなかった。
それは、エルフが大規模儀式魔法を用いてやっと制御できる、強大な精霊。
いくら“黄昏の魔女”と呼ばれる稀代の天才魔導士であっても、単独で従わせられるような存在ではない。
資格なき者が触れれば、精霊は牙を剥く。
自分たちの同胞であり勇者の随行者である彼女を危険に晒すことは出来ないと、エルフたちは彼女を止めようとした。
「……しかしあの娘の決心は固く……目を離した隙に、精霊が封印されている森の奥地へと向かってしまったのです」
「それで、彼女は……?」
「私たちは、当然彼女を追いました。しかし、どうやっても封印場所へ辿り着くことが出来ませんでした」
……辿り着けないって……地元民が、どうして?
「おそらく、その精霊の力のせいでしょう。仕方なく私たちは待ちましたが、一週間経ってもあの娘は未だ森から帰ってきておりません」
………………精霊。
エルフほどの種族がそこまで言うということは、かなりの高位と思われる。
そして、戻らないヒルダ……。
最悪の状況が、頭をよぎる。
考えたくないのに、頭の中でグルグルと回り続ける。
「それは……囚われた…かな」
ぽつりと、キアが呟いた。
その言葉に、回っていた思考がピタリと動きを止めた。
囚われた………ヒルダが?
そんなことが、あるハズない。
あっていいハズがない。
ヒルダは……ヒルダは、俺の妹だ。
下賤な精霊ふぜいが、俺のものに手を出した……だと?
この俺のものに。
………そんなこと、認めない。赦さない。
精霊だか秘宝だか知らないが、今すぐ……………
「ちょっと、リュート!少し落ち着いて!」
いきなり肩を掴まれて、俺は我に返った。
「…ギル、みんな怯えてるから……抑えて…ね?」
キアにも、窘められてしまった。
……いかん、また我を忘れるところだった。
「あ……悪い」
胸の中のおぞましい感情を、呼気と共に外へと吐き出す。
……大丈夫、大丈夫。落ち着け、俺。
ヒルダには、魔王の加護がついている。それも、とびっきりの。
そうそう簡単に、精霊に喰われたりなんてしない。
ふと顔を上げると、硬直している長の姿が目に入った。
あ………やべ。
見回すと、みんな同様に怯えている。
「……アンタって、ほんっとキャパ小さいわよね」
「身内のことになるとすぐにテンパるの、昔から変わってないし」
そんな凍り付いた空気を和ませようとして、アルセリアとキアが揃って俺を茶化した。
「……お主、勇者さまの補佐役ということだが……それだけではないな……?」
完全に俺を警戒した長が、探るような目つきで言う。
それも、仕方ないだろう。威圧感だけで、彼らを怯えさせてしまったのだから。
「答えよ、お主はいったい……」
問いかけた長の言葉が、途中で止まった。
俺が、座った状態とは言え、深々と頭を下げたからだ。
「ちょちょ、リュート!?」
「ギル!?」
アルセリアとキアも驚く。
なんだよ、俺が素直に謝るって、そんな驚くようなことか?
「……悪い。つい、興奮しちまった。……謝る」
肩の上のエルニャストが、「ふにゃにゃ、ふにゃ、んにゃ!?」とかすごく狼狽えてる。
陛下が廉族に頭を下げるなんて!って、喚いてる。
けどまあ、今のは俺が悪かったんだし、きちんと謝るのが筋だろう。
ここで俺が暴れたところで、何の解決にもならない。
「………いや、それだけあの娘を大切に思っている…ということか」
長も、分かってくれた。
分かってくれたところで、話を先に進めよう。
「……では、今ヒルダがどんな状況なのかは、分からないんですね?」
アルセリアの確認に、長は頷いた。
「……分かりました。私たちが、彼女を助けに行きます」
力強く頷いた勇者に、周囲の人々は安堵の表情を見せた。
エルフは、排他的な反面、結束力が強い。
ハーフとは言え身内と認めたヒルダの身を、真剣に案じてくれていたのだろう。
「では早速、その場所に向かいたいと思います」
アルセリアが立ち上がったので、俺とキアもそれに続く。
なんだか、いつも以上にアルセリアが勇者っぽくて感慨深いんだけど。
あ、あとついでに、気になってることが一つ。
「……ところで、なんでヴィンセントは縛られてるんだ?」
俺が指差すと、エルフたちの視線が一斉に彼に集中した。
責めるような、険悪な視線だ。
「そ奴は、ヒルダが戻ってこないことを知るや、ここを逃げ出そうとした。ゆえに、拘束しておる」
………をい、ヴィンセント。
「…ってお前、ヒルダを見捨てて逃げようとしたってのか?」
いくら折り合いの悪い妹だからと言って、そんな非道な!
だが、俺の詰問に彼は首を思いっきり振った。
「違う!私は、自分一人では対処できないと思い、聖教会へ報告に戻ろうとしたのだ!アレは確かにハーフエルフだが、勇者殿の随行者でもある。教会の判断を仰ぐのが当然だろう!」
………あ、そうか。
で、逃げるのでも報告に戻るのでも外部に存在をばらされたくない隠れ里のエルフたちに、捕まっちゃったというわけね。
「とにかく、この件に関して不本意だが私にも責任の一端はある。
私も同行させてほしい」
縛られながら立ち上がるヴィンセント。
……それはちょっと面倒かも。
けど、断るための理由も説明しにくい。
こいつを置いていく何かいい言い訳はないかなー……
そう思ってたところに。
「いいんじゃない?味方は多い方が楽だしね。よろしく色男さん」
キアが勝手に、彼の同行を許してくれちゃったのだった。
ヴィンセントが結構お気に入りキャラになりつつあります。
なんか使いやすいんですよ、この人。




