第二百三話 勇者、地味に活躍する。
食事を終えた俺たちは、島内を探ることにした。
ただでさえ大規模魔術で隠された島だ。そこに集落があったとしても、すぐに見つかるとは思えないし、見つかったからといってウェルカムな感じではないだろうことは、容易に想像出来る。
と、言うことで慎重に。お喋り基本厳禁、警戒態勢で森の中を進む。
先頭は、アルセリア。
そのすぐ後ろにキアが続き、エルニャストを肩に乗せた俺が殿。
こうして歩いていると、何の変哲もない森に思える。
鳥や獣の声がしてるから生物がいるってことだし、植生も普通。
……それに。
おそらく、定期的に森へ入る者がいるのだろう。
下草が取り除かれていたり枝が払われていたり、そこかしこに何者かが手を加えた痕跡が。
「……ふしゅー…」
観察しながら歩いていたら、肩のエルニャストが突然、毛を逆立てた。
「…おい、エルニャスト…」
「囲まれてるわね」
事も無げに言ったのはアルセリア。だが、その視線は用心深く周囲へ巡らされている。
「……あまり、友好的ではなさそうだね。ここに住んでるヒトかな?」
キアも同様だ。
「囲まれてるって……何人くらいだ?どの辺?」
なんか、俺だけ分かってないっぽい。
アルセリアが、呆れているんだか馬鹿にしてるんだかはっきりしない、微妙な顔で俺を振り返った。
「…アンタって、こういうことに鈍いわよね」
「………悪かったな」
だって、気配を探るとか今までする必要なかったんだもん。
「にゃにゃ、にゃーにゃ」
「おう、エルニャスト。フォローありがとな」
「いやだから、何話してるのよ」
エルニャスト曰く、魔王陛下は我々とは感受する情報量が違いすぎるのですから、その膨大な情報の中から特定の気配を分別するのが難しくても仕方のないことです………だ、そうだ。
全然ピンと来ないが(そもそも今の状態では俺は8割方ただの人間である)、そういうことにしておいてもらおう。
「………来るわね。…キア」
「分かった」
アルセリアの短い呼びかけに応え、キアが瞬時に剣…神格武装“焔の福音”へと変化する。
その遣り取りも、キアを手にしたアルセリアの姿も、とても自然に見えた。
……こうして見ていると、本当に「勇者」のようだ。
……………いや、勇者なんだけどさ。
アルセリアは、キアを身体の正面に掲げた。
「……緋の福音よ、我が盾となれ」
俺たちの周囲に、一瞬にして魔力による結界が張り巡らされた。
キアの奴、こんな力まで持ってたのか。
さてはて、相手さんはどう攻めてくる?
隠蔽魔法を解除した時点で侵入者の存在には気付いただろうから、準備も万端……
俺たちに向けて、四方八方から一斉に矢が飛んできた。
…って、警告なしでいきなり殺る気モードONですか!
しかしその矢は、見えない防壁……よく目をこらすと薄っすらと緋色のベールのようなものが見える……に阻まれて、次々と地面に落ちた。
……これ、ただの矢ではない。
足元に落ちたそれを見て、俺は確信する。
これを射った連中は、少なくともただの猟師さんではない。
矢尻に、魔法付与が施されている。おそらくだが、対となる弓の方も同様に……だろう。
ただの弓矢ではなく、物理攻撃と魔導攻撃を兼ねたものだ。
魔導弓を好んで使う連中と言えば……
「やっぱ、エルフか」
「んにゃ」
普段から森で狩猟生活を送っているため弓術が得意で、さらに魔導も得意。
そもそも魔力コントロールと精密射撃を同時に行える時点で、答えは一択だ。
「……すみません、私たちは貴方たちの敵ではありません。話を聞いてもらえませんか?」
アルセリアが、珍しく猪突猛進じゃない。
俺たちを取り囲む姿なき敵さん(多分エルフ)に、呼びかける。
…別に成長したからとかいう話じゃなくて、彼らがエルフだとするとここにヒルダがいる可能性が高いから慎重になっているだけだと思うが。
………………。
返答がない。
張り詰めた空気も、変化なし。
だが、二射目が来ない。
おそらく、あっさりと魔導矢を弾いたキアの結界を警戒しているのだろう。
……と、周囲の魔力の流れが活性化した。
誰かが、魔力を練っている。
……となると、次は
「魔導攻撃ってわけね。彼ら、なかなか本気じゃない」
アルセリアは不敵に笑った。
楽しそうだけど油断しているようには見えない。
アスターシャによる修練を乗り越え、“焔の福音”を手に入れて、彼女も少し肩の力の抜き方を覚えたか。
魔力反応からすると、連中が使おうとしているのは上位魔導術式か。
ここは森だし、連中は多分エルフだし、炎熱系や雷撃系は避けるだろう。
魔力が弾ける感覚がして、俺たちの周囲を冷気が舞った。
想像どおり、巨大な氷塊が俺たちを閉じ込める。
……が、キアの結界に阻まれて、俺たちは氷に圧し潰されることも氷漬けになることもなかった。
それどころか、結界に触れたところから、氷がどんどん溶けていく。
魔導で作られた氷なので、術の発動時間は基本的に溶けることはないのだが、結界の魔力の方が圧倒的に上であるためだ。
あっと言う間に、氷塊はあたりを水浸しにして全部溶けてしまった。
「……これで、話を聞いてくれる気になったかねー…」
「どうかしら。その割には、まだ姿も見せてくれないし」
敵は、沈黙したままだ。
しかしこちらから攻めるわけにもいかず(ヒルダのご両親だったりしたら洒落にならない)、なんとか会話の糸口を掴まないと……
と、先ほどよりも強い魔力反応。
……こいつら、特位術式まで使えるのか。
まあ、勇者レベルの化け物(失礼)でなくとも、術者で連結すれば不可能な話ではない。特にエルフは魔導に長けた種族だし。
矢の数からして、多分相手は10人前後。その規模の連結術式ならば……
「……上等よ、受けて立つわ。……さあ、来なさい!」
いやいやいやいや、自信満々に言ってるけど、そこまで余裕じゃないでしょ君たち。
特位魔法っつたら、さっきの矢とか上位魔法とはレベルが違うんですけど?
けど、アルセリアはともかく、キアは根拠なく自信を持つタイプじゃないだろう。
ここは、様子を見るべきか。
次の瞬間、俺たちを強烈な光が襲った。
真っ白な、眼を焼かんばかりの光。
音が消えた。
圧だけが届く。
俺は、この感覚に覚えがあった。
これは、【来光断滅】だ。
聖属性の、特位術式。確か、ベアトリクスの持つ最強レパートリー。
しかし、驚いたことにキアの結界は持ちこたえていた。
余裕って感じではないが、そこまでのヤバさも感じない。
しばらくして、光は消えた。
キアとアルセリアは、なんと特位魔導を耐えきってみせたのだ。
すっげー……ほんとに勇者みたいだ。
いやだから、勇者なんだけど。
けど同時に、ヒルダとベアトリクスの気持ちも分かったような気がした。
ここまでの力を見せつけられたら、自分たちが役立たずだと思い込んでも、
仕方のない話だ。
森の中から、動揺する気配が漂ってきた。
さすがに、今のを耐えるとは思っていなかったのだろう。
つーか、特位魔導に耐えられる地上界の生物なんて、竜種くらいだぞ。
「……あの、分かったと思うけど…私たちに攻撃しても無駄です。それに、
私たちは話し合いを望んでます。けれど、これ以上攻撃を続けるのなら、こちらにも考えがあります」
…おお、とうとうアルセリアが脅しにかかった。まあ、ここで延々と防御を続けても、埒が明かないしな。
しばらく待っていると、とうとう襲撃者が姿を現した。
ぞろぞろと出てきたのは、やっぱりエルフたち。
アルセリアの言葉には従ったが、その表情は未だ警戒を解いていない。
「…ここは、我らが里。貴様ら人間が、何の用だ?」
その中の代表格っぽい一人が前へ進み出て、俺たちに話しかけてきた。
「これ以上奥に踏み込むことは許さない。今すぐにここを出て行け」
「待ってください。私たちは、人を探してるんです」
アルセリアが、事情を説明する。
「少し前、ここに赤い髪の女の子が来ませんでしたか?その子、ハーフエルフなんです。私たちは彼女を探してここまで来ました。ヒルデガルダっていう名前なんですけど」
ヒルダの外見的特徴と名前を聞かされたエルフは、硬直する。
「なんと、貴様ら、お嬢の知り合いなのか?」
……お嬢…って。
他のエルフたちもザワザワし始めた。なんだか、動揺具合が半端ない。
「……そうか。貴様らは、お嬢の友人なのか?」
「親友です」
言い切ったアルセリアを見て、エルフたちの表情が柔らかくなった。
「お嬢の友人に、大変失礼なことをしてしまった。深く謝罪する」
代表格に続いて、全員が深々とお辞儀をした。
「ああ、気にしてませんから顔を上げてください。それで、ヒルダは今何処に?会わせてもらえますか?」
アルセリアは、太っ腹にも彼らの所業をあっという間に水に流してしまった。
エルフは、そのアルセリアの言葉に表情を曇らせる。
「……そのことなのだが、頼みがある」
「…頼み、ですか?私たちに?」
そして、ちょっと聞き逃せないことを言い出してくれたのだった。
「ああ。…頼む。お嬢を、助けてほしい」
それは、まさかまさかの、ヒルダの救援要請だった。
せっかく勇者が強くなったのに、活躍の場をあまり与えてやれずに心苦しく思います。
そのうち、ド派手に対魔族戦とか天使戦とか、やってみたいな。




