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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
成長と前進編
206/492

第二百話 立ってるものは、魔王でも使え。・・・みたいな。

 



 「ようやく出発かーーー」

 安堵したのは、船が動き始めてからだった。


 何しろ、嵐が収まった後も、やれ船が壊れただの物資の補給がままならないだの、余分に足止めを喰らってしまったのだから。


 本当は三日前に出航のはずだったのに、船体に不具合が出たとかで延期されるし。




 俺とキア、アルセリアの三名(+エルニャスト一匹)は、ようやく嵐の収まったスツーヴァから脱出することが出来た。

 だいぶ運休が続いていたせいで、船の中は満員御礼である。


 ここでもアルセリアの肩書が力を発揮し、俺たちは優先的に個室のチケットを取ることが出来たのだが、もしそれがなければ三等船室、すなわち大部屋にすし詰め…の可能性もあったわけで。


 

 いやー、こういうところは使えるよねぇ、勇者。勇者万歳。


 ……だなんて、思うはずないだろう。


 いや、最初は思ったよ。ついつい、思ってしまったよ。

 けれども、取れた個室がたった一室だという事実を知ってしまっては、思えるはずないじゃないか。



 「……なあ、こういうのって、やっぱどうかと思うんだけど」

 神妙に問題提起をしてみたのだが、アルセリアは涼しい顔。


 「何がよ?なんでよ?」

 「いやだからさ、普通こういう場合って、男女で部屋を分けるもんじゃないか?」

 「普通って、どこの普通?」


 ……と、こんな具合である。


 

 だったら大部屋に行ってやる…と言いたいところだが、大部屋とてチケット無しに自由に使用出来るわけじゃない。

 さらに定員ギリギリの乗船ということもあって、どの船室もぎゅうぎゅうだ。勿論、個室の空きも皆無。



 「…ギルって、そういうこと気にするヒトだったっけ?」

 キアが不思議そうに問う。

 確かに、彼女と暮らしていた頃の俺は、気配りだとか節度だとかに関してはまるで無頓着だった。


 「仕方ないでしょ、もともと四人部屋しか残ってなかったのよ。それなのに、二人で一部屋使っちゃったら他のグループに迷惑じゃない」


 アルセリアがさも正論のように言うが、多分こいつはそんなこと考えてなかったと思う。と言うか、何も考えてなかったんだと思う。



 「いや、だけどさ……」

 船旅は一か月も続くんだぞ?しかも、俺だけじゃなくてエルニャストまでいるし。


 「にゃにゃ、にゃーにゃ」

 「…お前は黙ってろ」

 「にゃにゃーにゃ」

 「んなわけあるか阿呆」


 俺をからかいすぎたせいでこんなことになっているくせに懲りないエルニャスト。

 キアはそんなエルニャストを抱き上げて、


 「ねーエルにゃん。一緒に寝ようか」

 「ちょっっっっと待てい!!」


 なんつーふざけたことを言い出すんだ!!


 「え?ダメなの?…まあいいけど。ギルと寝るから」

 「ちょっと待ちなさい」


 アルセリアまで参戦してきた。


 「なんでベッドが四つあるのに、二人で一つを使う必要があるのかしら?」

 「ベッドを一人で使わなきゃいけないって決まりもないじゃないか」

 「あります!それが普通です!!」

 「えー、どこの普通?」

 「………っく…」



 なんか、楽しそうにヒートアップしてるし。仲良くなったよなーこの二人。



 「にゃ、んにゃにゃ」

 「……へ?そうなの?」


 エルニャストにまで乙女心を説かれるのは、なんだか面白くない。




 ………で、結局。



 「……あのさぁ………」

 「何よ、もう寝なさいよ」

 「何で、こういうことになるのかな…………?」


 確かにベッドを一人で使わなくてはならない決まりはない。ないのだが……



 三人+一匹で使う必要も、ないよね!?


 どうしてこうなる?余ってる三つのベッドが勿体ないでしょ!

 寝る場所があるのにどうしてこんなに固まりたがるんだコイツらは!?



 俺の両隣にキアとアルセリアが。枕元には、エルニャストが丸くなっている。

 

 いやもう、こういうの慣れたっちゃ慣れたけどさぁ。だからと言って納得したわけじゃないんだからな。



 「にゃにゃ、にゃー」

 「…だから黙ってろ」

 「アンタらさっきから何話してるのよ」



 この船旅で、慢性的な寝不足から不眠症にならないことを切に願う俺であった。





             ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「ところでさ、どっちから先に行く?」

 船内での朝食中。

 ぎゅうぎゅう詰めで隣の客と肩が触れてしまいそうな、食堂である。


 硬くてパッサパサなスクランブルエッグもどきをつつきながらそう言ったのはアルセリア。

 

 「どっち…つーと、ベアトリクスのとこかヒルダのとこか…ってことか?」

 「そうそう。ビビはサン・エイルヴにいるって分かってるけど、ヒルダはどこに行ったか分からないじゃない?そうすると、やっぱりヒルダを先に探した方がいいと思うのよね」


 ……確かに。

 ベアトリクスが向かったのは、エスティント教会の総本山。

 そしてエスティント教会にいる枢機卿は、彼女の弟。

 これはもう、里帰りのようなものと考えていいのではないだろうか。


 

 それに引き換え…

 確かにヒルダも、両親のところへ行くと言っていたらしい。

 生まれ故郷ではないにせよ、実家に帰るのと似たり寄ったりの感覚…なのかもしれない。

 だが、肝心のエルフの隠れ里とやらが、どこにあるのか皆目見当が付かないのだ。


 隠れ里と言うくらいだから、人里離れた僻地にあるのだろう。

 となると、道中も決して安全とは言えないんじゃ………



 「そう…だな。ベアトリクスは心配することないとして、ヒルダはちょっと気になるな。ちゃんと目的地に辿り着けるかも怪しいし」

 「とは言え、そのエルフの隠れ里とやらが何処にあるのか、誰も知らないんだよね?どうやって調べる?」


 俺の言葉に続いて、キアが尤もな質問をする。


 「………そう、そこなんだよなー。地図にも載ってないんだろ?探すったって手段が……」

 「にゃ。にゃーにゃ」

 「…………ん?」


 エルニャストが、ミルクの盆から頭を上げて俺の袖を引っ張った。


 「にゃーにゃーにゃ。にゃーにゃ。にゃにゃ」

 「……あ、なるほど。確かにそれなら、手がかりくらい掴めるかも」


 そうか。その手があった。エルニャストのくせに、なかなか着眼点がいいじゃないか。

 よし、そうとなったら早速行動開始だ。食事が終わったら……



 「ちょっとリュート」

 「あのさ、ギル」


 キアとアルセリア、二人同時に指摘されてしまった。


 『何喋ってんだか分かんないんだけど』



 ………あ、すんません。

 俺には通じてるもんだから、てっきり二人にもエルニャストの言ってる内容が分かってると思ってた。



 「悪い悪い。エルニャストがな、船に乗ってる商人だったら世界中を旅してるんだし、何がしかの手がかりを持ってるんじゃないか…ってさ」

 「んにゃ」


 言われて二人は、おおーっと嘆声を上げた。


 「そっかー。確かにそうよね。商人の情報網って馬鹿にならないって言うし。エルニャストのくせにやるじゃないの」

 「うんうん。この船にはかなりの人数の商人が乗ってるしね。聞き込みする時間はたっぷりあることだし。エルニャスト、君、思いのほか使えるねー」


 「にゃ………にゃにゃ?」


 褒められているようで微妙にディスられている感がなくもないエルニャストが憮然とした表情でぼやくが、そんなことはどうでもいい(酷い)。



 俺たちは、早速船内で聞き込みを始めることにした…の、だが……。



 現実は、そう甘くなかったのである。




 「……エルフの隠れ里?知らないねぇ」

 「隠れ里って言うんなら、隠れてるんだろ?」

 「商売のネタがない場所に、俺らが行くことはねーよ」

 「つーかエルフって商業主義が嫌いな連中じゃねーか。俺らの天敵だっつの」



 手あたり次第に商人らしき人物を捕まえては、エルフの隠れ里やそれを彷彿とさせるような場所のことを見聞きしたことはないかと聞いて回ったのだが。




 「……駄目ねー」

 「空振りばっかだね」

 「にゃにゃにゃ、にゃーにゃ」


 結局、めぼしい情報は何もなかった。



 商人に言われて改めて気付いたのだが、彼らの旅の目的は商売である。冒険ではない。前人未踏の秘境だとか存在の秘匿された幻の集落だとか、そんなところに赴いても仕事にならない。

 商売とは、あくまでも買う人と売る人、需要と供給、その両方が揃って初めて成立するのだ。

 エルフが外部から隠れるようにひっそりと暮らす集落に行って、どれだけの儲けになる?それよりも、大都市を転々とする方が遥かに実入りがいいに決まってる。


 今までになかった販路を開拓するにしても、人口が少なすぎる場所では採算が合わないし。

 金の匂いのしないところに商人無し、だ。



 「……誰よ、商人に聞けばいいって言ったの」

 「…にゃ?にゃにゃなーお」

 「可愛くしてもダメ」


 エルニャストが二人に詰め寄られてる。しかし傍から見るとペットを可愛がる美少女二人…にしか見えない。




 「あーーー、フリダシかー。やっぱり、誰も見たことのない集落なんて、探しようがないわよねー」

 甲板で大きく伸びをしながらアルセリアがぼやく。


 キアも俺も、最初はいい案だと思っていただけに今は途方に暮れている。

 言い出しっぺのエルニャストだけが、呑気に係留用ロープで爪とぎをしていた。



 「おい駄目だよお客さん、猫に爪とぎさせないでくれ!」

 突然野太い声に叱責され、俺とエルニャストは飛び上がった。


 …吃驚した!いきなり後ろから声かけるんだもん。

 つーか誰だよ?



 振り向くと、そこにはザ・海の男な水夫が。服の上からでも、ぱっつんぱっつんの筋肉が隆起しているのがよく分かる。


 特に船の上では、絶対に敵に回したくない人種である。



 「あ、すいません。よく言って聞かせますんで」

 「猫なんて言って聞くもんじゃねーだろ。飼い主がしっかり見張っててくれよ」

 「……はーい」


 エルニャストはちゃんと言えば聞くんだけどな。

 こいつ、とっても頭のいい猫なのにな。

 どのくらい頭がいいって、魔界で魔王の便利屋として重宝されてもおかしくないくらいなんだけどな。



 俺がエルニャストを軽く小突くと、エルニャストが水夫の方へトコトコと歩み寄り、


 「んにゃーん、んにゃーんゴロゴロ」

 足元にスリスリ。


 水夫の兄ちゃんは動物嫌いではなかったらしく、それだけで相好を崩してしまった。



 「おお、謝ってんのかお前?賢いヤツだなー。まあ、猫は船旅じゃ縁起がいいって言うし、次から気をつけてくれればそれでいいぜ」


 などと、寛大なお言葉である。



 「…そう言えばよ、あんたら、さっき変なこと言ってたよな?誰も見たことのない集落がどうとか…」

 どうやら、そのあたりから水夫さんは甲板の掃除でこの近くにいたらしい。


 「ああ、うん。俺たち、風土・民俗研究をしてるグループなんだけどさ。そういう、外部から隔絶された集落の文化形成について調べてるんだよ」


 と、これは用意してあった設定である。

 何故エルフの隠れ里を探しているのか、と問われてしまうと色々と面倒なことになりそうだったからだ。


 この狭い船内で、アルセリアが“神託の勇者”であるとバレるような事態だけは、どうしても避けたい。



 「…もしかして、何か知ってるんですか?」

 アルセリアが、期待に目を輝かせる。

 可愛い女の子に熱く見つめられたもんだから、水夫さんは上機嫌で話してくれた。


 

 「いやー、誰も見たことのない集落…っていうのとはちょっと違うかもしれないけどよ。オラージュ海域に、俺たち船乗りから幻の島って呼ばれてるところがあってな」

 「幻の…島、ですか?」

 「おう。あの海域は潮流も複雑な上に岩礁地帯で、近付くだけでも危険な場所なんだが……今まで何人も、あの海域で海図には載ってない島の影を見たって奴がいるんだよ」

 

 ……ほうほう。それは、実に興味深い。


 「つっても薄っすらと蜃気楼みたいのが見えるってだけなんだが。何しろ、近付こうにも座礁が怖いからな。ほんの僅かに潮を読み違えると、あっという間に難破船さ」


 「…と言うことは、その島に行ったことがある人は、いないんですね?」

 「いるも何も、見える見えないのレベルの話だからなー。実際、俺は見たことない。行ったことがある奴も……少なくとも俺の周りには、いねーなぁ」


 

 幻の島。

 なんだか、字面だけでも面白そう。エルフの隠れ里かどうかは置いといても、ちょっと見てみたい。


 「海図にないってことは、当然その島に行く航路もないわけだよな?」

 「当ったり前じゃねーか」

 「んじゃ、そのオラージュ…海域?の近くに行くとしたら、どんな方法がある?」

 

 俺の質問に水夫は考えることなく、


 「そりゃあ、アイラ島だな」

 即答してくれた。


 「…アイラ島?」

 「この船も寄港するぜ?そのアイラ島からさらに西に300キロほど行ったあたりが、オラージュ海域だ」

 「アイラ島から西へ行く方法は?」

 「だから、そんなもんはねーよ。座礁しちまうって言っただろ。西回り航路も、その海域は迂回するからな」

 「ふーん。そっかー。良い話が聞けたよ、ありがとな」

 「んにゃーん」



 俺たちは水夫に礼を言うと、部屋へ戻って作戦会議(ってほど大仰なものではない只の話し合い)をすることにした。



 「……どう思う?」

 「これだけの情報じゃ、その幻の島とやらがエルフの隠れ里かどうかまでは、分からないよね」

 「にゃにゃーん」


 …そうだよなー。とても面白そうな話ではあるが、信憑性に乏しすぎる。

 幻の島が実在するかどうかも分からず、仮に実在するとしてもそれがエルフの隠れ里であるという確証もないのだ。


 「……アイラ島で途中下船した場合で、しかも見込み違いだったとしたら…結構なタイムロスだよな」

 「そうね。ケルセーとスツーヴァを結ぶ定期便も、全部寄港地が一緒ってわけじゃないらしいし」

 「それって、アイラ島で足止めを食らう可能性があるってこと?」

 「にゃにゃーん」


 ……うーん。どうしようか。

 可能性があるならば行ってみたい気がする。

 …いや、幻の島を見てみたいとかそういう個人的な願望じゃなくてだよ?

 どうせ他の手がかりがないんだったら、そんでもってせっかくこの船がアイラ島に寄るって言うんだから……



 「……ねえ、ギルってさ、空間転移的なこと出来ないの?」

 悩む俺に、キアが尋ねてきた。


 ……空間転移的な…って……


 「ああ、“ゲート”なら使えるけど……」

 「ならそれでいいじゃん」


 ………簡単に言ってくれるよなー。

 

 …………いや……簡単…………なのか?



 “ゲート”をほこほこと乱用しないと決めたのは俺であって、それも大した理由があるわけじゃなく……単純に、極力魔王としての力を地上界で使うことは避けたいというだけの話であって……さらに言えばグリードに都合よく利用されるのを危惧してるってのもあるが…………



 ……しょっちゅうじゃなきゃ、いいかな……?


 「アイラ島で降りて色々調べてみてさ、何も掴めなければパパっと転移で大陸の方に戻っちゃえばいいじゃん」

 「……そうよね、私もそう思う」


 アルセリアにも、魔王の“ゲート”で移動することに対する拒否感はないようだ。



 「んー……でもなぁ…」

 「なによ、勿体ぶってるんじゃないわよ。大体、その幻の島とやらに“ゲート”を繋げることって出来ないわけ?」

 

 ……そんな無茶な。


 「無理だって。正確な座標が分かってればともかく、あるかどうかも分からない島の場所に“ゲート”を繋げても、下手すりゃ海にドボン!だぞ?」

 「あ……そうなのか…」


 “ゲート”は、出口の座標を正確に設定する必要がある。魔界のようにほとんど全てを把握している地域ならば別だが、地上界でよく知らない場所に繋げるなんて冒険はしたくない。



 ……そもそも、それをせずに適当に“ゲート”を開いたせいで、三人娘はヒュドラとすったもんだをやらかす羽目になったんだった……



 いやあの時は陸地だったからいいけど、今回は海なのだ。

 いくら夏とは言え、外洋で海水浴は避けたいものである。



 「じゃあさ、とりあえずアイラ島までは船で行こう。で、そこから先はその後で考えればいいじゃないか」

 アルセリアのように考え無しではないのだが、キアは色々考えた上でかなり楽観的…というか「なるようになるさ」的な考えをする。


 「そうよね。で、何もなければそこからケルセーとかタレイラまでは、ちゃちゃっと“ゲート”繋げられるんでしょ?」

 「…そりゃまあ、出来るけど……」

 「ならそれで決まりね」


 キアの後を継いだアルセリアが、勝手に決定してしまった。



 ………なんだろう。この、流されてる感じ。

 いや、今に始まったことじゃないけどさぁ……


 やっぱ俺、便利にこき使われてるよね?



 「にゃにゃ、にゃーん」


 ……そこ、エルニャストうるさい。


エルネストのことを「魔王の便利屋」と表現しているリュートですが、

自分もほとんど「勇者の便利屋」状態なことに気付いているのでしょうか……。

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