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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
成長と前進編
201/492

第百九十五話 大いなる誤解



 魔王って、お祓いするなら何処に行けばいいんだろう。


 自室に引き籠って、魔王こと俺は、ぼやーっとそんなことを考えていた。


 ああ、唯一の安息地だったはずのこの魔王城も、これからはそうではなくなってしまうのかもしれない。

 そうしたら俺、ストレスから逃れられる場所なくない?


 

 もうこうなったら、誰も知らない隠れ家でも作ろうかな。

 そんなこともつらつらと考えていたら。



 ノックの音。

 次いで、「失礼致します、陛下」との声。


 声の主は、リゼルタニア……リゼッタである。



 無視するわけにもいかず、俺は彼女を部屋に招き入れた。

 招き入れてから、少しばかり後悔した。



 ………なんちゅー格好してるんだよ。恥じらいっつーもんがないのか。


 俺じゃなくったって、そう思うに違いない。



 リゼッタの纏う衣装は、昼間のものとは違う。だが、いくら夜だからとこんな格好で歩き回るのは感心出来ない。


 まるでベールかと言わんばかりの薄いシルクの、スケスケの布。


 服というより、そう形容した方が適切だ。

 大事な部分だけ辛うじて透けないように重ねてあるが、それ以外は丸見えよりも煽情的な透け具合。そもそも、布面積が小さすぎる。ただ巻いてるだけじゃんって言いたくなるくらい、動いたらはだけてしまいそう。


 どう考えても()()()()()であることは明白なのだが、如何せん、全く欲情をそそられない。


 つーか、これでそそられてたら大問題じゃないか。



 しかしまあ、以前に似たようなことを言って勇者たちに総スカンを喰らったことを思い出し、俺は彼女の外見についての感想を口に出すことはやめておいた。



 「こんな夜更けにどうした」

 「や…やですよ陛下ったらー。そんなの、決まってるじゃありませんか」


 思わせぶりな表情を必死で繕って答える彼女の声は、間違いなく強張っていた。


 ……こいつ。緊張…じゃない。これは多分……



 なるほどそういうことか。何のつもりかは知らないが、随分といじらしいことだ。

 だったら、少しばかり乗ってやってもいいか。


 「押しかけて来たその日に早速とは、見目に似合わず豪胆なことよ」

 少し強めに彼女の腕を取り、ベッドへ引き入れようとする。


 案の定、彼女は踏みとどまった。


 「そ、そうなんですけど!あの、その前に、これ…」

 そして、抱えていた包みを解く。


 「これ、あたしの里の名産品なんです。是非陛下にも召し上がっていただきたくて、持ってきました!」

 そう言って、葡萄酒の瓶を掲げてみせた。



 「魔兎族の里…と言えば、確かグリュネ地方…だったか、西方の」

 「ご存じいただけて嬉しいです!とても温暖で、良いところなんですよ」


 嬉しそうに言いながら、これまた持参したグラスにワインを注ぐリゼッタ。

 その間も、彼女の口は動き続ける。


 「日照時間が長くて、ブドウ畑が一面に広がってるんです。秋になったらそれが一斉に色づいて、黄金色の海みたいでとても綺麗です。陛下にも一度、ご覧になっていただきたいくらいで」


 自分を鼓舞するように、何かを誤魔化すように言葉を紡ぐ。こういうところは、まあ、可愛くなくもない…と言ってもいい。



 葡萄酒は、やや甘口で渋みの少ないタイプだった。

 干し草と、花の香りが遠くに隠れているような、そんな余韻を口内に残す。

 アルコール分は、よく分からないが多分強め。どのみち今の俺には無関係なので気にすることなく杯を重ねる。


 勧めたのだが、彼女自身はほとんど口を付けなかった。かなりのハイペースで(つっても俺のペースに合わせてなんだけど)酌を続ける。


 が、瓶の中身が四分の一を切りそうになった辺りで、明らかに挙動がおかしくなっていった。

 先ほどはなんとか隠しおおせていた焦りと恐怖が、今はもう表情にありありと浮かんでいる。おそらく、こんなハズじゃないのに…と思っているのだろう。視線も泳ぎ始めた。


 ……彼女は、嘘をつくにはやはり、純粋すぎる。


 

 最後の一杯。瓶の注ぎ口がグラスにカチカチと当たり、彼女の手の震えを俺に伝えた。



 「……どうした、顔色が悪いようだが?」

 白々しく訊ねると、リゼッタはビクッと身体を固くした。


 「い、いえ?そんな、ことは…ありません、けど?」

 最初に噛み噛みだったのも、演技ではなかったのだろう。内心の動揺が、すぐに表に出てしまうタイプと見た。



 「…そうか、なら良いのだが。それと、残念だが、()()()()()()が我に効果を発揮することはない」

 「……………………!?」


 俺は、手にしたグラス、最後の一杯を掲げて言うと、一気にそれをあおった。

 飲み干して視線を戻すと、蒼白になったリゼッタの顔。


 それでも彼女は、引きつりながらも笑顔を続けようとする。

 「な、なんの…ことですか?この手の……って………」


 誤魔化すには、身体の震えをなんとかした方がいいと思うけどな。


 「痺れ薬か……或いは眠り薬?致死性の毒物という線もあるが………どのみち、我には大差ない」


 彼女が葡萄酒に何を仕込もうと、今の俺の肉体は、異常を即座に全回復させてしまう。効いたそばから回復してしまうので、無効化とほとんど変わらない。

 


 既に言い逃れが出来ないくらい俺が事態を把握していることに気付いたリゼッタは、愚行を犯した。

 おそらく、後先考えてのことではなく、反射的に…なのだろう。


 俺の前から、逃げ出そうとした。


 その行為が、自身のしたことを裏付けることになるのだと分からないわけではあるまい。だがまあ、襲い掛かってくるよりはまだ理知的な行動とも言える。


 しかしそれも、比較すれば…の話であって。



 俺は、彼女の頭を鷲掴みにして強引に引き戻し、ベッドの上で組み伏せた。


 

 俺の下で、小さな身体が恐怖に震えているのが分かる。

 御前試合で並みいる猛者たちを薙ぎ倒してきた彼女であっても、魔王おれの前では赤子の如し。


 怯え切っている少女をさらに脅すのは良心が痛むが、しかしこの俺を謀り害そうとした罪は、看過するわけにもいかない。


 

 「……誰の差し金だ?」

 冷たい視線と声で彼女の抵抗を封じ込め、短く問う。


 どう考えても、彼女が自分一人で魔王暗殺を企てるとは思えなかった。

 きっと、黒幕がいるに違いない。


 まあ……刺客にしてはダメダメっぷりが目立つけど…。


 

 「……………………」

 俺の詰問に、リゼッタは顔を背けて沈黙で答えた。


 「…話す気はない…か。ならば仕方ない」

 まだそこまでしか言っていないのに関わらず、リゼッタは俺の意図を察したようだ。


 いや、勘違いなんだけど、多分。


 「な、何を……する、つもり…………?」


 まあ、その勘違いを最大限に利用させてもらうとしよう。

 彼女、さっきからの反応を見ていると、これは俺の勝手な想像だけど……多分、男を知らない。



 俺が薄く微笑んでみせると、その表情が一層の恐怖に染まる。

 大きな瞳から、涙がポロポロと零れ落ちて頬を伝った。


 罪悪感が半端ないが、それを押し隠して俺は続ける。

 冷酷無比、残虐非道の魔王のイメージを損なわないように。



 「何、とは異なことを。もとより、そのつもりで来たのであろう?」

 耳元で囁いてやると、リゼッタは再び抵抗を示し始めた。


 俺から逃れようと、必死に抗う。

 が、触れている時点で、彼女が身体に巡らせる魔力は全て、俺を通して霊脈へと還ってしまう。今の彼女は、外見どおりの非力な子供に過ぎなかった。



 「安心しろ。終わったら、精神を書き換えてやる。その魂の一滴まで、我に捧げる人形になってもらうとしようか」


 ……我ながら、下衆さが突き抜けてる発言である。


 だが、そんな俺の発言、俺の視線と表情、そして魔王の肩書と噂が決定打となった。


 

 「や……やだぁ!やだやだやだやだ、言うから!全部話すからぁ!」

 強がることすら出来なくなったリゼッタが、泣きじゃくりながら身をよじる。

 

 正直、この状態を楽しんでいなくもない自分自身が、ちょっと怖い。


 しかしながら、まだ拘束を解くわけにはいかない。


 「殊勝な心掛けだ。では話せ。誰の命令だ?何の目的で我を狙う?」

 「ル………の…っ」

 「…………?」


 彼女、震えながら泣きじゃくるもんだから、よく聞き取れなかった。もう一度聞こうと、耳を近付けると、


 「ルガイアさまの……っ……仇だ!!」


 予想外の大音量が耳を直撃して、思わず仰け反るところだった。



 …………って、はぁ?ルガイアの?なんでまた奴の名がここで……って、


 ………仇?



 「どういうことだ?貴様らは、マウレ一族の系譜か?」

 んー?でも、マウレ一族は確か、純魔族のハズだしなぁ。獣魔族とは繋がりが……


 ……あ、そうか。



 「…成程。貴様の里は西方諸国連合の支配下にあったのだな?」

 地理的に、グリュネ地方はそうだったことを思い出した。


 連合を取り潰した恨みが、今回の動機…というわけか。


 「…愚かな。支配体制が変わったくらいで動じるなど、魔族らしからぬ…」

 「そうじゃない!!」


 泣きながら俺を遮るリゼッタは、今までで一番雄々しい表情をしていた。



 「あの方は……ルガイアさまは、あたしたちの恩人だった!迫害されないように保護してくれて、ちゃんと権利を与えてくれた……実りある土地に住まわせてくれて、身を守る術を与えてくれて……あの方がいてくれたから、あたしたちは怯えずに堂々と生きていくことが出来たんだ!」


 振り絞るように叫ぶリゼッタ。その涙は、先ほどまでの恐怖によるものとは違う。


 「なのに、お前はルガイアさまを殺した!だからあたしたちは、恩に報いることにしたんだ!そうするしかないじゃないかぁ!」


 忠誠以上の生々しい感情を迸らせるリゼッタを見ていて、俺は気付いた。



 「ほぅ……。貴様は、ルガイアに懸想していたわけか」

 「な……っななななな、そんな、畏れ多い!!」


 ………畏れ多いって、魔王は殺そうとしたくせに、なにそれ。


 「それで、貴様の里の連中とやらが、恩人の仇を討とうとした……というわけか」

 

 彼女の動機は理解した。だが、おそらく背景にあるものはそれだけではないだろう。



 魔兎族は、獣魔族の中でも特に非力な一族である。まあ、ウサギさんな見た目からして当然なのだが。

 瞬発力だけはそれなりだが、だからと言ってそれだけで他をカバー出来るだけの力はない。


 リゼッタのように強い魔力を有し、それを効率的に運用出来る実力者は、そうはいないだろう。


 そんな非力な一族が、憎悪のためとは言え自分たちだけで魔王に弓引くとはちょっと考えにくい。


 …だが、それを考えるのは後だ。



 「…やれやれ。愚かにも程がある」

 溜息をつきながらあっさりと手を離した俺に、リゼッタはきょとんとした顔になる。


 が、俺の言葉を聞き流すことは出来なかったようだ。


 「愚かって言うな!どんな理由があっても、あの方はあたしたちの大切な方だったんだ、失っていい方じゃなかったんだ!!」



 ……正直、ルガイアが羨ましくなってきた。

 ここまで配下に慕われるって、主冥利に尽きるじゃないか。

 俺なんて、エルネストには弄られるしフォルディクスには邪見にされるし。


 あれか?やっぱり、日頃の行いとかそういうの?



 ………に、しても。

 ルガイア……ねぇ。



 「一つ聞くが、西方諸国連合の解体については思うところは?」

 「…そんな難しいこと知るもんか。ルガイアさまがいないなら、()がどんなだって意味ない」

 

 叫び疲れたのか、むくれたようにボソボソと呟くリゼッタ。拘束を解かれたのに逃げ出そうとしないのは、既に諦めたからだろうか。



 「………ルガイアに、会わせてやろうか?」

 「はん!地獄でとかそういうのか。好きにしなよ、殺したいならさっさと殺せばいい」


 ……完全にリゼッタの中で、俺は最低の下衆野郎になっている。

 自分でそう仕向けたわけだが、ちょっと傷つく。


 「そうではない。…まあ、貴様がどうしても死にたいと言うのなら拒みはせんが」


 俺がそう言うと、リゼッタの耳がぴょこん、と直立した。


 「………会えるの…ルガイアさまに………?」

 「無論だ。今から…はもう遅いから、明朝にでもここに呼ぼう」

 「……生きて……いる…の?」

 「当然だろう。でなければどう会わせると言うのだ」


 …まあ、生きているというかいっぺん死んで復活させたというべきか。

 どのみち同じことだから、まあいいや。



 リゼッタの動機が完全な個人的恨みであるならば、これ以上彼女を罰しても意味がない。

 そりゃあ、魔王暗殺を目論んだのだから本来は処刑一択なのだが、実害がなかったのだからそこまでする必要もないんじゃないかって気がする。


 ……楽しませてもらったことも事実だし。


 ギーヴレイあたりに言わせれば、臣下への示しだとか魔王の支配体制に関わることだとか、なんやかんやで処刑を強行しようとするだろうけど、そしてそんな彼の懸念も分かるけど……


 

 ……バレなきゃいいよね。



 リゼッタにしても、助かった後でワザワザ自分の罪状をカミングアウトするはずもないし、俺が黙っておけば今夜の出来事は秘密裏に葬ることが出来る。




 「……ほ…」


 …………ほ?


 「本当に……生きてるの?会わせて……くれるの?」

 「だから、先ほどからそう言っているだろう。心配するな、魔王は嘘はつかん」


 その一言を彼女がどれだけ信用するかは知らないが、そこは俺の関与するところではない。信じたならそれでよし、信じられずになおも俺を狙うと言うのなら、今度こそ報いを受けてもらうだけのこと。



 「……う…う~~~~」

 呻き声がしたと思ったら、リゼッタがいよいよ大粒の涙をこぼしながらギャン泣きの準備を始めているところだった。


 「う……え、ふえぇえええ~~~~」


 涙を拭きもせずに泣きじゃくるリゼッタは、闘技場のときよりも年相応に幼く見えた。




             

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 しばらくして。

 まだしゃっくりを続けているものの大体泣き止んだリゼッタに、俺はどうしても聞いておきたいことがあった。


 聞いておきたいこと…と言うよりも、ツッコミを入れたくて仕方なかったのだ。



 「……ところで、リゼッタよ」

 「…………はい?なんで…すか?」


 いつの間にか、俺への口調が敬語に戻ってる。


 「その……誰が作戦を考えた?」

 「……………………」

 「ああ、いや、詰問しているのではない。ただ、何と言うか……もう少し、適任者がいたのではないか…?」


 再び警戒を見せたリゼッタを宥めるように、少しだけ口調を柔らかくした。俺も大概、子供には甘い。


 「…それ、は…どういうこと…ですか?」

 すんすん言いながら首を傾げるリゼッタ。こいつ、本当に自分が適任者だと思ってやがるのか。

 

 …魔王に、色仕掛けで迫る作戦だぞ?

 もっとこう、相応しい色香の持ち主が、彼女の里にだっているだろう。


 よりによって、なぜ大平原の持ち主に??



 「いや、貴様はその……まだ若い…と言うか、幼すぎる。我を惑わそうとするには、少々不足しているのではないか…その、色々と」


 ヒルダの反応からするに、女性は年齢に関わらず早熟なところがある。彼女を傷付けないように言葉を選ぶあたり、やっぱり俺は子供に甘い。



 「……でも、あたしが、一番の適任だって…言われましたけど……?」

 「誰に!?」


 思わず声が強くなってリゼッタを怖がらせてしまった。

 

 いや、それにしても、誰がそんな適当な事言うんだよ。


 「誰にって言うか……だって、魔王陛下、あたしみたいのがお好みだって……」

 「……………………」


 …はいぃ?

 なにそれ、誰が幼女趣味じゃ。


 「…それは、誰が言っていたことだ……?」


 そいつ、絶対に赦さん。



 「誰っていうんじゃなくて、けっこう有名ですけど……噂で」

 「噂!?」

 「……違うんですか?でも、みんなそう言って……今日だって、謁見の前に案内してくれた衛兵の人たちが「お前さんは子供で良かったな」って言ってたし……」



 …………なる、ほど。なる、ほど。なーーーる、ほど。


 確証はないが、分かった気がする。というか、間違いない。


 この俺に対し、そんな不届き千万な噂を流す奴なんて、世界広しと言えども一人しか思い当たらない。



 エルネスト、この野郎。もう赦さんからな、覚えてやがれ!!

 


 

書いててリゼッタがなんか可愛かったです。

つーか魔王、いじめっ子かよ。……いじめっ子だな。


さて次回。エルネスト危機一髪…かもしれない!? です。

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