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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
復活と出逢い編
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第十八話 幕間 彼女の課題



 「ねぇ、ビビ。……起きてる?」

 「どうしましたか、アルシー?」


 真夜中の部屋。照明を落とし、ベッドに潜り込んでしばらくしても、アルセリアは眠れそうになかった。

昨夜から食事以外の時間をほとんど寝て過ごしていたから、というだけではない。

 まだ体力が回復しきっておらず熟睡しているヒルデガルダを気遣って、小声で会話する。


 「あいつさぁ……ほんとに魔王なんだよね」

 ずっと気になっているのだ。気になり過ぎて、眠れない。


 リュートが魔王ヴェルギリウスだとしても、だとしなくても、彼の行動は不可解だ。


 魔王であるならば、なぜ自分たちを助けるのか。

 自分たちに怪我を負わせたことを気に病んでいるような言い方をしていたが、そもそもそれが不自然だ。

 魔王は魔王であり、地上界を滅ぼそうとする敵。自分たちの、勇者の、敵。


 怪我を負わせた云々以前に、攻め込んだ自分たちを殺さずに逃がした、というのも不可解だが、魔王が敵である勇者を傷つけたことに、何故罪悪感を抱くのか。


 それに、あの口と態度は悪いがお節介で世話好きな少年が、魔王城で対峙した圧倒的な存在と、同一だということが信じられない。リュートの中に、あの冷酷さは欠片も感じられない。


 彼が魔王であるならば、何かを企んでいると考える方が自然だ。だが、どうしてもそうは思えない。


 とは言え、魔王でないとしたら、何故彼は魔王を自称するのか。勇者に対して魔王を名乗り、挙句食事の面倒を見る。

 まったくもって、不可解だ。狙いがさっぱり分からない。


 「……気になりますか?」

 ベアトリクスはあまり気にしている様子がない。山の中でヴェルギリウスの正体を看破したときから、緊張感が足りないのでは、というくらいに状況に馴染んでいた。

 もちろん、自分もご飯は美味しくいただいたりしたのだが……。


 「そりゃ、気になるよ。……ビビは、気にならないの?」

 魔王ならば、敵なのだ。そして敵は、斃さなければならない。

 物心ついた頃から“勇者”たるべく教育を受けてきた自分の中の、絶対の真理。


 魔王は、滅ぼさなくてはならない。


 そしてそれは、ベアトリクスもヒルデガルダも、同じはずなのに。

 ヒルデガルダにいたっては、すっかり餌付けされている模様。


 「…そうですね。気にならないかと言えば…………やっぱり、気になりませんね」

 「……なにそれ」


 ベアトリクスは布団の中で向きを変えると、寝転がったまま不満げなアルセリアに視線を合わせた。

 「気にならないですし、気にしても仕方ないのでは?」

 アルセリアは十六歳。ベアトリクスは二十一。年の差は五歳だが、職業柄か、アルセリアは時折ベアトリクスに母性を感じることがある。

 今も、子供を宥める母親のような穏やかな笑みを浮かべている。


 「重要なのは、()が邪悪なものかどうか、です。そして私は、()()ではないと感じました」

 「まあ…そりゃ、私だって、()()()が悪いやつだとは思えない…けど」

 だからと言って、はいそうですかと納得するには問題が大きすぎる。


 「アルシー、彼の料理、どうでしたか?」

 「へ?お、美味しかった…けど」

 邪悪とかなんとかの話から、いきなりの料理の話。戸惑いながらも、思ったまま口にする。

 「ですよね。私もとても美味しくいただきました。ヒルダも、満足そうでしたね」

 

 確かに、リュートの食事は美味しかった。昼のポタージュも、柔らかく滋味溢れた味わいで、疲弊した体に実に良く染み渡った。

 夕飯も、自分たちの我儘に応えるべく試行錯誤したのだと分かるメニューだった。


 王侯貴族たちとの会食で供される贅を凝らした宮廷料理とは違う。食べたことのない味だったが、どこか懐かしい、多分あれは家庭料理なのだろう。


 ベアトリクスも同じことを考えていたようで、

 「ただ豪華なだけの料理なら、お金さえかければ誰でも作れます。でも、料理って、作り手の()()()()が出るんですよね。例えば、疲れた人にはどんな料理法がいいのか、相手がどんなものを食べたがっているのか、栄養バランスは、とか。彼が、私たちのことを真剣に考えてあの料理を作ってくれたことくらいは、アルシーも分かるでしょう?」

 「うん…まあ、それは、分かる…けど」

 「なら、()()それでいいじゃありませんか」

 「…今、は?」

 訝し気なアルセリアに、ベアトリクスは頷いた。

 「今のリュートさんは、信じてもいいと思います。この後、彼が魔王として邪悪な存在に戻るのであれば、そのときは私たちは彼を止めましょう。魔王は、魔王だから斃さなくてはならないのではなく、邪悪だから斃さなくてはならない。……そうでしょう?」

 「……そう…なのかな……」

 司教であるベアトリクスにそう言われると、そんなような気がしてくる。


 だが、まだ自分の中には完全に消化しきれていない思いがある。


 「別に、無理にそう思う必要はありませんよ」

 彼女のそんな内心を見透かしたように、ベアトリクスは提案する。

 「納得がいかないのなら、納得がいくまでとことん向き合ってみればいいじゃありませんか」

 「向き合うって……あいつと?」

 「彼と、自分自身に、ですよ」


 魔王と向き合う。魔王と向き合うことにした自分と、向き合う。


 

 そのどちらがより難しいことなのかは、考えるまでもなかった。


どうも、アルシーは魔王と絡むとポンコツになる傾向があるようです。

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