第百九十三話 魔王、お祓いに行くことを決心する。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
俺の返事を待つリゼッタの沈黙。
俺の発言を待つギーヴレイの沈黙。
どう答えたらいいのか分からない俺の、沈黙。
しばらくの間、沈黙がその場を支配して。
「あの………陛下?」
流石に長すぎる沈黙に耐えかねたリゼッタが、恐る恐る再び頭を上げる。
おおっといけない。思わず意識が飛んでいた。飛んだ先で三人娘にスマキの上逆さ吊りにされている光景が見えていた。
「…リゼッタよ。貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「もちろんです!あたし、精一杯ご奉仕いたします!夜伽だってあたし…」
「待て、待て待て待て」
何口走ってんのこの幼女。
しかし待てと言われたのにリゼッタは止まらない。
「陛下にお仕えしたいって話したら、里の皆も応援してくれたんです!ちゃんと床の練習もしました!絶対に、陛下にご満足いただけると思います!!」
やーめーてぇー。
ちょっとマジで何言っちゃってんのこの娘。
臣下たちの前で、そういうこと言うのやめてーーー。
思わず、ギーヴレイに視線を送る俺。
頼む、“謀略のギーヴレイ”よ。この魔王が、“秩序と統制”の権能を与えた、魔界随一の智将にして俺の一番の腹心。
「……へいかのおのぞみどおりになさるのがよろしいかとーーー」
…ああ!めっちゃ棒読みだ!視線も明後日の方向を向いている!
駄目だ、ギーヴレイは当てにならない。
俺は、他の武王たちにも無言で救いを求めてみるが。
ルクレティウスは、尤もらしくウンウン頷いているだけだし。
アスターシャは、面白そうに含み笑いを隠すのに必死。
ディアルディオは、あからさまにむくれている。やばい、三人娘に告げ口とかされそう?
で、フォルディクスは馬鹿馬鹿しそうに肩をすくめている。
……どいつもこいつも、頼りにならない!!
くっそー。ここは自力でなんとかするしかないのか。
「……本気で言っているのか」
「はい!どうか、お願いします!」
……お願い…と言われても。
俺は改めて、彼女をまじまじと観察する。
いや、可愛くないわけじゃないんだよ?
ややツリ目で、今は畏まってるけど勝気そうな顔立ち。手足も華奢で、全体的な造りがこじんまりしている。
で、頭には手触りのよさそうな兎耳がぴょこぴょこと。
愛玩動物的な可愛さではあるが、間違いなく美少女のカテゴリには入れていいだろう。
だが、しかし。
その……何と言うか、魔王相手に側女を自薦するには、ちょっと……大平原すぎるというか。
ささやかでも丘陵地帯が欲しいと思うのは、男の我儘か?
どう見ても、ヒルダ以上にお子様体形である。
「お願いします!どうか、どうかお傍に仕えさせてください!!」
なおも懇願するリゼッタ。
困った。こういうのって、どう断ればいいんだ?
二千年前は、断ったことなかったしなー……でも流石にこんなお子様は来なかったよ!?
「…リゼッタよ。貴様はまだ若い。そう己を粗末にすることはなかろう」
やんわりと言ってみるのだが、
「え?なんでですか?陛下にご奉仕できるなんて、魔界中の娘が夢見ることじゃないですか」
あああ、そうだったーー。
魔族たちの感覚って、こんなんばっかなんだったーー。
よほど心に決めた相手でもいない限り、王のお手付きを光栄に思っちゃう連中だったーーー。
それ、どうかと思うよ?
ほんと、女の子は自分を安売りしちゃいけない。相手が魔王だろうとなんだろうと。
しかし俺の思う貞操観念はあくまでも日本における(しかも一部では異論もあるだろう)常識であり、この魔界では通用しない。
自分を大事にしろと言ったところで、だからこそ側仕えしたいと言われてしまうのがオチだ。
「……いいんじゃないですか?」
意外なところから、援護射撃が。
ただし、リゼッタへの。
「……フォルディクス………」
フォルディクスが、つまらなさそうな表情のまま、リゼッタをフォローしたのだ。
「別に、陛下に愛妾がいることは普通のことですし、かつてのように後宮を設けてしまえばいいじゃありませんか。彼女はその手始めってことで」
「あああ、ありがとうございますフォルディクス将軍!!」
フォルディクスの援護に乗っかるリゼッタ。
いやいやいや、勝手に話を進められちゃ困るんだけど…………
しかし続くフォルディクスの言葉に、俺は反論出来なかった。
「廉族の小娘どもにご執心なさるより、その方が余程いいと思いますが」
…………………やはり本音はそうか。
彼もまた、俺がアルセリアたちに関わることを面白く思っていない。
ギーヴレイのように、俺に近付く女性全てに拒否反応を見せているのとも、エルネストのように面白がっているのとも違う。
多分、彼の気持ちが、魔界の大多数を代表する意見。
「フォルディクス、陛下に対し無礼であるぞ」
流石にギーヴレイが黙っていない。求められてもいないのに勝手に発言したということもあるが、それよりも彼の俺への態度に憤っている。
「…は。出過ぎた真似を致しました」
ギーヴレイに言われて、フォルディクスは粘ることなくあっさりと引き下がった。もとよりそのつもりだったのだろう。
彼は、俺を…試しているのだろうか。
ここで、彼の無礼を咎め、ついでにリゼッタの不遜も咎め、彼女を追い返すことは難しくない。俺がそう望めば、それに異を唱える者は魔界にはいない。
だが、それはとりもなおさず、俺がフォルディクスの言を、彼の存在を軽んじている…少なくとも勇者たちの方を優先している…と受け止められかねない行為だ。武王たちだけでなく、この場にいる臣下全員に。
そしてなにより、フォルディクス自身に。
…………あーーーーもう。しょーがないなー。
面倒なことは後で考えることにしよう。
「……誰か、彼女に部屋をあてがっておけ」
俺の事実上の降伏宣言に、リゼッタは文字どおり飛び上がって喜びを表現する。
「ありがとうございます、陛下!!」
ぴょんこぴょんこと飛び跳ねる兎っ娘を見ながら、特大の溜息が出た。
まったく、俺の女難の相はいったいどれだけ根深いのやら。
……今度、本気でお祓いに行こうかな。
振り回されてる魔王ですが、次回、ちょっとばかし面目躍如…かもしれない?です。
けど、その前にちょっと三人娘の話を挟む予定。




