第百九十二話 彼女の望み
ひとまず、イオニセスの武王登用は宙ぶらりんのままお預け状態となった。
それでも俺は今のところ、彼以外に権能を与えるつもりもないので、あとはのんびりその気になってもらうのを待つだけだ。
……やっぱり嫌だって言われたら、また次を考えよう。
地上界では、三人娘はちゃんとキアとうまくやってるだろうか。
これだけ長い間(って言っても一か月も経ってないけど)あいつらから離れるのは初めてなせいか、なんだか落ち着かない。
喧嘩してないか、だとか、ちゃんとご飯食べてるだろうか、だとか、ヒルダなんて風呂上りに髪を乾かさずに寝ちゃうもんだから風邪ひいてないだろうか、だとか。
そんなようなことをエルネストにこぼしたら、神妙な顔で「陛下、それは母親の心境にございます」とか言われた。
あいつはやっぱり、俺をコケにして楽しんでいるに違いない。
そんなわけで、そろそろいっぺん地上界に戻ろうかなーと思っていた矢先。
「陛下、陛下への謁見を求める者が参ったのですが……」
との、ギーヴレイの報告。
謁見の申し出自体は、珍しいことではない。
復活した直後、反抗的だったゴズレウル一派を掃討したあたりからは特に、俺の歓心を得ようと供物とオベッカをたんまり携えて、毎日のように大勢の謁見希望者が参内していた。
今も、時折そんな連中がやってくる。
しかし、今回の希望者は少しばかり毛色が違うようで。
「御前試合の参加者なのですが、如何なさいますか?」
「御前試合の?何と言う者だ」
御前試合にも出てさらに謁見も希望するのは、少々図々しいと思われても仕方のない行為だったりする。それを承知で、そこまで俺に会いたい理由でもあるのだろうか。
……まあ、あるんだろうな、普通に考えて。
「名は、リゼルタニア=ファーレン。グループ決勝でイオニセスに敗れた、魔兎族の少女です」
……あいつか!
イオニセスに次いで、印象的だった、あの兎っ娘。
だとすれば、謁見を望むのも不思議じゃないような気がする。
…何故かと言うと。
その少女、確かに強さも印象的だったのだが、試合の後、すなわちイオニセスに敗北した直後がまた、かなり個性的だったのだ。
試合直後、ギャン泣きしたのである。
それはもう見事な、天晴な、実に潔い泣きっぷりだった。
人目をはばかるどころか衆人環視の中、恥も外聞もなく、大声を上げ涙をボロボロ流し、幼子のように泣きじゃくり、見かねた兵士に宥められながら退場していった。
負けて悔しいのは誰だってそうだ。
が、魔界中から選りすぐられてここへやって来た強者が、負けたからって子供のように(いや、まあ子供なんだけど)大泣きするって、ちょっと前代未聞である。
まあ、気持ちは分かる。
試合運びは、最初のうちはその少女の方が圧倒的に優勢だったのだ。
それも、イオニセスの策だったのだと思う。
が、そのときは見ている俺たち含め、誰も少女の勝利を疑わなかった。
試合が始まってしばらくは、少女リゼルタニアのターンが続いた。
大地に亀裂を入れるそのパワーで、イオニセスに痛烈な打撃を叩きこむ。
イオニセスは、為す術なくされるがままになっている…ように見えた。
まさか、敢えて攻撃を受けることで彼女の魔力から生体パターンを解析してるだなんて、誰が思う?
霊脈を通じてなら別だが、彼と全く同じことをしろと言われたら、魔王でも不可能だ。
それほどに、イオニセスがしていたことは非常識なこと。
確かに、リゼルタニアのように肉体強化系の魔力の使い手は、一打一打に魔力を込めている。それに触れれば、魔力の解析も不可能なことではない…理論上は。
しかし、タコ殴りにされてる状態で、冷静に解析・分析なんて出来るか普通?
誰だって防御や回避に集中するわけで、魔力も神経もそっちへ傾けるだろう。
ある意味、不死性を持つ彼だからこその離れ業とも言える。
さらに、触れた魔力から相手の生体パターンを知るってのも、これまたトンデモ離れ業だ。
解析・分析力が必要とされる呪術に精通した術士であっても、戦闘中にそっちにリソース回すとか、どんだけの処理能力なんだよって言いたい。
結果、完全にイオニセスの術中に嵌まったリゼルタニアは、勝利が目前かと思われた瞬間、あっさりと意識を囚われた。
戦闘行為継続不能で、そのまま試合は終了。
見ていた観衆の中で、イオニセスが何をしたのか理解出来たのは、おそらく俺だけだっただろう。俺にしても、霊脈のおかげで彼らの魔力の流れが全て見えているから分かっただけであって、たとえば地上界でリュウト=サクラバをやっているときだったら多分、何が起こったのか分からなかったに違いない。
彼が行ったのは、条件付けとでも言うべき制約の呪詛。こうなったらこうする、だとか、こうするとこうなる、だとか、所謂ジンクスを人為的に起こすようなものだ。
それは、世界の理に僅かながら触れる類の術であり、彼ら生命体に許された、世界への最大限の干渉。
字面だけ見ると最強クラスに厄介な能力だが、もちろん欠点が多い。と言うか、制約が多い。
先述のとおり、呪術は遅効性の系統が多く、実戦には向かない。彼のように攻撃を受けまくって敵を解析しようにも、普通はその前に死んでしまう。
イオニセスは、自分でも嫌気がさしている不死の呪いを、ある意味で最大限に利用しているのだ。なかなかに強かなことで、そういうの、俺は嫌いじゃない。
……話が逸れてしまった。リゼルタニアに戻ろう。
昏倒し、敗北した彼女は、イオニセスが退場するとほぼ同時に目を覚ました。
目を覚まして、自身の敗北を知った瞬間に、泣き出した。
地団太を踏むとか負け惜しみを言うとか捨て台詞を残すとか、そういう行為であれば逆に観衆たちもさぞや盛り上がったことだろう。
だが、幼い子供そのままのギャン泣きに、見ている連中は(俺も含めて)ポカーンとするしかなかった。
……普通、ここで泣いちゃう?
その場にいた全員は、多分同じことを考えただろうな。
で、その見事な泣きっぷりを披露してくれたリゼルタニアが、俺に謁見を求めてきている…と言う。
どうせ、何か望みがあるのだろう。
望みがあるから御前試合に参加し、敗北のせいで望みが叶わないと知ったからギャン泣きした。
その望みが諦めきれずに、無礼を承知で俺を訪ねてきたのだろう。
……さて、どうするか。
俺としても、彼女の戦いっぷりは嫌いじゃない。
堂々と泣いた純真さ(?)も、面白いと思う。
おそらく、イオニセスが参戦していなければ優勝していたのは彼女だったろう。
それほどの実力に、何か報いてやっても構わないかなーという気はしている。
……が。
一応、優勝者の望みを叶える…というお触れだったわけだから、後でゴネたから望みを叶えてもらったラッキーとか思われるのは心外だ。
彼女が俺に求めるものがあるのなら、対価として何を差し出せるのか示してもらわないと。
「……分かった。連れてこい」
「承知いたしました」
即座に返答し執務室を出るギーヴレイだったが、部屋を去り際に「やはり陛下は幼女に甘くていらっしゃる…」とか呟いたの、ちゃんと聞こえたからな。
何を勘違いしてるか知らないが、そしてこれは断固として言っておきたいが、俺はあくまでシスコンなのであって、幼女趣味ではない。
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「へ、陛下におかる、れ、ましては、ごき、ご機嫌麗しゅう」
緊張で噛み噛みになりながら、魔兎族の少女リゼルタニアは平伏した。
謁見の間である。
こうやって改めて見ると、やはり幼い。魔族の場合、廉族ほど年齢と強さに関連性はないが、それでも経験値というものは否定出来ない。
この若さでこれだけの力を持っているなら、将来が楽しみだ。
「先の試合、なかなかに楽しませてもらった。……優勝を逃したのは残念だったが、相手が悪かったようだな」
ここで再びギャン泣きされても始末に困るので、とりあえず慰めておこう。相手が悪かったってのは事実だし。
「もっ勿体ないお言葉、きょーえつしごくにごじゃ、ご、ざいます!」
…もう、噛み噛みでなんか可愛い。
……じゃなくて。
「それで、リゼルタニアといったか」
「は、はいっ!リゼッタって、呼んでください!!」
……………………。
ガッチガチになってるかと思いきや、いきなり愛称で呼ぶことを要求してくるか?魔王相手に?
緊張してるのかしてないのか、どっちだよ。
「……そうか。ではリゼッタ。此度は我に何用だ?」
なんだかんだ言って彼女の要望に応える俺はお人好しだ。まあ、リゼルタニアって長くて呼びにくいしね。
で、単刀直入に用件を聞いてみたらば、彼女はその場でモジモジし始めた。
「え……えと、その、あの…………」
しばしモジモジした後、意を決したように顔を上げる。なお、許しなく魔王の面前で顔を上げるのは本来厳罰に処される行為らしい。ギーヴレイが彼女の無礼に激高しかけるが、こっそり「影」を使って後ろから小突いて窘めておいた。
「その、あのその、………………お願いが、あるんですっ!!!」
やはりと言うか、想定していたとおりの答えだ。さて、それじゃ彼女は何を望むのか。
「……望みを叶えられるのは、最後に勝ち残った一名のみという話だ。それを理解した上で、敗北した貴様が今さら我が前で望みを語るか?」
冷たいと受け止められかねない俺の言葉に、リゼッタは恐怖で硬直した。
よく見ると、既に両目には涙がいっぱい溜まっている。
……えー、ちょっと、ここで泣くのは勘弁してくれよ……魔王のときそういう反応されると、どう対処していいのか分からないじゃないか。
「わ……分かって、ます。けど、あたし……どうしても、諦めきれなくて!」
「ほう……そこまでの望みか。……よかろう、言ってみるがいい」
あのね、一応言っておくけど、「叶えてやる」とは一言も言ってないからね、俺。「言ってみろ」って、言っただけだからね。
だからそんな、ほらーやっぱり幼女に甘いじゃん、てな顔するの、やめてくんないかなギーヴレイ。
俺の許可に、リゼッタは花が綻ぶような満面の笑みを見せた。歓喜と、安堵。
……安堵?
「は、はいっ!あたしを、陛下のお傍に仕えさせてください!!!」
一気に喋って、勢いよく頭を床に打ち付ける。
ごつん、と容赦のない音が響く、見事なジャパニーズスタイル土下座だ。
……にしても、ここまでして望むのが、王宮務め…か。
ちょっとありきたり…ていうか普通すぎて、肩すかし喰らっちゃうな。
「…解せぬな。我に仕えたくば、ここまでせずとも正規兵の登用試験があるだろう。貴様の実力ならば、そう難しいものでもないはずだ」
そう、魔界にはそういうシステムがある。と言うか、ギーヴレイが作った。
いざ大戦が起これば徴兵制となるが、平時には募兵制を採用しているのだ。もちろん、正規兵の中でも魔王たる俺のお膝元で働く王宮務めとなるとかなりの実力が必要となるが、彼女なら心配いらないんじゃないかな。
はっきり言って、御前試合に出るよりもそっちの方がよっぽど簡単で手堅い。
……それとも、いきなり幹部に登用してほしい…ということか。
通常の登用試験だと、爵位貴族でもない限り一からのスタートだし。
上り詰めるまでの時間と手間が惜しい……とか?
それだったら、彼女に対する認識を改めないといけないな。
目の前の少女を、努力なしで地位を手に入れたがっている怠け者だとうっかり判断しそうになった俺だが、ギーヴレイがこっそり耳打ちしてその誤解を解いてくれた。
「陛下、おそらく彼女が申しているのはそういう意味ではないはずです」
「…そういう意味ではない?ならば、どういう意味だ?」
「いえ、ですから………」
言い淀んだギーヴレイに続くように、リゼッタは、
「あ、あたしを!陛下の、お妾さんにしてほしいんですぅ!!」
土下座スタイルのまま、とんでもないことを口走ってくれたのだった。
何となく兎耳が書きたくて出したキャラです、リゼッタ。
でもなかなか面白いキャラになりそうです。




