第百九十一話 不死を厭う者
御前試合、本戦は、休息日も合わせて五日間にかけて行われた。
単純な見世物としては、なかなかのレベルだった…と思う。
もとよりこういった娯楽の大好きな種族、さらに魔王が復活後初めて臣民の前に姿を現すとあって、試合の参加者以外の観衆も、魔界中から集まった。
三万人は収容できるはずの円形闘技場が、満員御礼である。
ディアルディオの発案で、期間中の商業行為も許可制にして認めたため、この五日間はイルディス全体がお祭り騒ぎだった。
こう、殺伐としたオリンピックみたいな。ああいう感動風景はないけど、多分。
で、一回戦からずっと観戦して正直な感想だが。
見世物としては、悪くないと思う。あくまでも、娯楽として見るならば……だ。
勿論、参加者は命懸けである。魔族にとって、戦いというのは命と命の遣り取りに他ならない。
規則として、どちらか一方が降参しもう一方がそれを認めた場合、試合はそこで終了だ。当然のことながら、生死を問わず一方が戦闘不能になった場合も。
それ以外に、明確な勝敗基準はない。
ポイント制を取り入れているわけでも、審判がいるわけでもないので、舞台に上がったら死か降伏以外にその場を逃れる術がない。
しかし、降参する参加者は皆無だった。
もう、完全な殺し合いである。
そして観衆たちはそれこそを望んでいたようで、命を削り合う戦士たちに惜しみない声援とヤジを飛ばしまくる。
会場全体の雰囲気も併せて、非日常感を堪能させてはもらった。
……が。
人材確保という観点から見ると、やはり少々物足りなさを感じたことも確かだ。
参加者は総勢十六名。
八名ずつ、二つのグループに分け、それぞれで勝ち残った者同士が戦って、優勝者が決まる。
一応「御前試合」という名目なので、一回戦から観覧していたのだが……
本戦まで勝ち上がって来た連中ばかりなので、確かにそれなりの実力者揃いではある。が、最後まで見ていて、ある程度モノになると思えたのは、二人だけだった。
一人は、今大会の優勝者である呪術師。もう一人は、グループ決勝でその呪術師に敗れてベスト4止まりだった魔兎族の少女(なお、順位を付けるのが目的ではないので三位決定戦などは行われていない)。
この二名は、幹部に取り立ててもいいんじゃないか、というレベルには充分達していた。
特に呪術師。俺の身近に、今まで呪術師ってのがいなかったので、なんだか新鮮な気分で試合を見ることが出来た。
一般的な魔導と違い、呪術は直接的な戦闘には向いていない。呪いというのは遅効性のものが多いからだ。
しかしその呪術師は、そういった欠点を巧みにカバーしながら効率的に術を運用していた。自分自身の力とその性質を完全に理解していなければ出来ないことである。
勿論、術者としての能力も非常に高い。技術面で言えば、ギーヴレイの魔導にも匹敵するのではないかと思えるくらいだ。
彼ならば、“権能”を与えて武王に迎えてもいいかもしれない。
で、もう一人の魔兎族の少女は、それとは正反対のタイプで印象的だった。小柄な体格に見合わないパワーとスピードで、対戦者を軒並み吹っ飛ばしていた。
術式は使えないようで、魔力の全てを肉体強化に回している。そのため、大規模破壊や遠距離攻撃の術は持たないが、白兵戦では実力を発揮するだろう。
流石にルクレティウスやアスターシャには及ばないが、肉弾戦をさせれば間違いなく頭脳派連中(ギーヴレイ、ディアルディオ、フォルディクス)よりも強い。
こいつも、後々幹部に取り立ててみようかな。
一応、優勝者は願いを一つ聞き届けてもらえる、ということになっているので、決勝戦の翌日、その呪術師は王城へと招聘された。
「お初にお目にかかります、魔王陛下。私はイオニセス=ガラントと申します。御身に拝謁出来ましたこと、望外の栄誉にございます」
玉座の間にて。
平伏し、恭しく口上を述べる呪術師イオニセス。一応、俺に対し敬意を示してはいるが、怖れてはいない。
実はこれ、結構珍しいことなのだ。
武王はまだしも、それ以外の臣下は例え高位の幹部であっても、魔王に対してやたらと畏怖の感情が強い。
直接話しかけることすら畏れ多いと思ってる彼らは、やむを得ず俺と言葉を交わすときはいつだって、俺の機嫌を損ねないかと怯えながら接してくる。
それが、魔王城では普通な光景。
ここまで堂々とした姿を見せるってのもなかなかの剛の者だ。しかも初対面で。
うん、その度胸も含めて気に入った。
「面を上げよ、イオニセス。この度の戦い、見事であった」
俺が言うと、彼は躊躇なく顔を上げた。
そしてそのとき初めて俺は、とある事実に気が付いた。
イオニセスの両目。
その瞳は虚ろで…と言っても感情がないとかそういう類ではなく、一切の光を排した、灰色のガラス玉のような。
……こいつ、目が見えないのか。
これには驚いた。
確かに彼の戦い方は、それほど視力を必要とするものではないかもしれない。
しかし、呪術というのはその性質上、対象を強く認識することが必要不可欠なのだ。
呪いの藁人形とかでも、その中に相手の体の一部を入れるだろう。
それは、見えないところにいる相手と自分との間にパスを繋ぐためである。相手を正しく、そして強く認識することが出来なければ、呪いは明後日の方向へすっ飛んで行ってしまうのだ。
面と向かっている相手ならば、そこまでする必要はない。見えているからだ。視覚による認識というものは、触覚によるものの次に強い。
だからこそ、盲目の彼が対戦者(しかも初めて会う相手)の存在を、呪術を行使できる程に認識出来たということが、魔王である俺からしてもちょっと信じられないくらい驚きだった。
「勿体ないお言葉にございます」
魔王から称賛を受けても、イオニセスの表情は平静のままだった。
かなり自制心の強い人物と見受けられ……
……いや、違うな。こいつの表情は、平静とか冷静とか、そういうんじゃない感じだ。
何と言うか……無気力、或いは……悲観に暮れている?
見た感じ、エルネストと同年代の若者なのだが、なんだか疲れ果てた老人のような印象を受ける。
御前試合で優勝して、望みを叶えることが出来る喜びを感じているようには、見えなかった。
彼の様子は気になるけれど、とりあえずは約束を果たしておこう。
「優勝者には、その望みを何でも叶えるという約束だったな。…答えよ、貴様は何を望む?」
俺の問いに、イオニセスは少しだけ沈黙した。
一瞬だけ躊躇を見せ、それから意を決したように再び、見えない目で俺を見据える。
「……その前に陛下、陛下にお目にかけたいものがございます」
そう言うと、彼は自分の襟元をはだけてみせた。
その胸元に、複雑で精緻な文様が刻まれている。
……これは……………
「陛下には、これが何であるかおそらくお分かりいただいているでしょう」
分からないはずがない。
イオニセスの胸に刻まれた文様…あれは、呪いだ。しかも、極めて強力なやつ。
そしてその効果は……
「この呪詛は、私の力を以てしても解くことが出来ませぬ。私の望みはただ一つ、この呪詛を解除していただきたいということだけでございます」
呪いの解除という、魔王相手に望むにしては欲のない答えに、その場にいる武王たちは肩透かしを食らったような顔をしていた。
もっとこう、さらなる力だとか、権力だとか領地だとか、そういう如何にもな望みを想像してたんだろう。
俺だってそうだ。だって、彼の望みを叶えてしまったら、
「…良いのか?呪いを解くことは容易い。だが、そんなことをすれば貴様は……」
彼の呪いを解いてしまったら、彼は死ぬ。
イオニセスに刻まれた文様、それは、不死の呪い。
細胞単位で不死なため、彼は老いることもないだろう。
そして、本来の寿命も呪いで無理矢理捻じ曲げられているせいで、身体への負担が半端ない。
おそらく、呪いを解除すればその反動で、彼は死ぬことになる。
しかし、イオニセスは全て分かった上でここにいるらしかった。
「承知しております。この呪いのせいで、私は長い長い時を絶望と共に過ごして参りました。この見えぬ目で、無為な時間を過ごす苦痛がお分かりいただけますか?」
彼の言うことは、分からなくもない。
彼がいつから不死となってしまったのかは知らないが、少なくとも外見どおりの年齢ではないのだろう。
そして、永遠の時間というものは、彼ら生命体にとって耐えがたい苦痛を伴う。
俺ですら、永い孤独の時に耐えかねて自棄を起こしたくらいなのだから。
「どうか……どうか、私を解放してください。陛下のお慈悲で、我が魂に安寧を賜りたく存じます」
再度、深々と頭を下げるイオニセス。
彼の気持ちも、分からなくない。
分からなくないが………
ちょっと……勿体なくないか?
だってさ、だってさ、呪術師だよ?
現在の武王の面子は、剣士二人(タイプは異なるが)、射手一人、魔導士二人。
呪術師は、一人もいないのだ。
と言うか、呪術という魔法系統は魔界では珍しく、ほとんどお目にかかったことがない。
しかも、盲目で、不死の呪い付き。
……どんだけ属性ぶっこむ気だよ。美味しすぎるじゃねーか。
せっかくだから、是非、彼を俺の陣営に引き入れたい。このまま死なせるだなんて、勿体なさすぎる!
「……貴様の言いたいことは理解した。……が、その望みを叶えるわけにはいかない」
俺の非情な宣告に、イオニセスは弾かれたように顔を上げた。
「それは、何故にございますか?望みを叶えると、仰ってくださったではありませんか!」
捨てられた子供のような表情ですがるイオニセスを見ていると、申し訳ない気持ちにならなくもない。
が、絶望を抱えたままで死んでいくというのも、あんまりな話じゃないか?
「我は、貴様を我が側近として召し抱えるつもりでいる」
俺が言うと、イオニセスは信じられない、といった風に目を見開いた。
「貴様が言う絶望が、どれほどのものであるかは知らぬ。が、本当に絶望するほどこの世の全てを知ったというのか?」
「そ……それは…」
「世界のほんの一部を垣間見ただけで生に飽きるとは、ずいぶんと傲慢なことよ」
自分がどれだけ残酷なことを言っているかは重々承知。だが、それもまた事実である。
世界は広い。そして人生は深い。
俺だって、まだまだ知らないことは多いのだ。
生きるのに嫌気がさしたのなら、違う生き方を試してみればいい。幸い、彼はヘマをしても死ぬことがないのだ。
色々試して、経験して、それでもダメだったらそこで諦めればいいだけのこと。
「イオニセスよ。己が生を諦めると言うのならば、今日このときより、我のために生きてみせよ。我に尽くす駒となれ。そののちに死を望む心に変わりなくば、忠義の報いとして貴様の求める安寧をくれてやる」
要するに、どうせ死ぬんだったら俺のために働いてからにしなさい、ということ。
俺の要求に、イオニセスは黙ったままだった。
いきなりそんなことを言われても、はいそうですかと了承する気にはなれないのだろう。
彼は、死ぬことだけを、解放されることだけを望んで戦った。勝ち残れば、全てを終わらせてもらえると信じて。
それなのに、ここからスタートだよ、と言われても、すぐには気持ちを切り替えられないんじゃないかな。
「…我が身に余る光栄にございます。しかしながら陛下、今しばらく、猶予をいただきたく」
「構わぬ。納得出来るまで考えるがいい。時間はたっぷりとあるのだからな、我も貴様も」
俺の申し出に即座に飛びつかなかったイオニセスに対し、ギーヴレイが何かを言いかけたが俺はそれを手で制した。
彼からすれば、魔王陛下がありがたくも召し抱えると仰せなのに快諾しないとは何たる不遜!って感じなんだろうけど、魔族だって色々だ。
魔王よりも自分の望みを優先する魔族がいたって、いいじゃないか。
俺は、それ以上イオニセスを追及するのはやめた。
彼の望みは、理屈ではなく感情から来ている。
どれだけ言葉を重ねたところで、彼の感情を揺さぶることが出来なければ、彼はおそらく意固地になるばかり。
一応、彼の身柄をギーヴレイに預けてしばらく俺の傍に仕えさせることにした。
その中で、考えを変えてくれると嬉しいんだけどな。
ともあれ、せっかく見付けた武王有力候補。
ここは魔王の威厳をビシ!と見せつけて、是非ともお仕えしたいです♡って言わせちゃる。
幸いここに、三人娘はいない。
俺をヘタレだとかタラシだとか変態紳士だとか言う奴らはいないのだ。
ヴェルギリウスさんはとっても凄い主君なんだって、知らしめてやろうじゃないか!
新キャラ2名さまご来店です。
もう一人に関しては次話で詳しく。




