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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
神格武装編
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第百八十八話 福音




 

 最後の幻獣の首を刎ね飛ばし、クォルスフィアは大きく息をついた。


 村に出現した幻獣は、全部で十一体あった。その全てが、村で飼育されている家畜を依り代としたもの。

 

 本来、幻獣とは何がしかの目的をもって召喚されるものである。それは、例えば戦に用いるためであったり、護身のためであったり、権勢を見せつけるためであったり。


 だからこそ、不自然なのだ。竜や高位魔獣、或いは獅子や狼のような獣の中でも強力な種を依り代にするならばいざ知らず、村で飼われている凡庸な家畜では、わざわざ精霊を憑依させて幻獣にする意味も価値もない。


 しかも、幻獣召喚は精霊召喚の上位互換。廉族れんぞくの中に、行使出来る者はまずいないと言っていい。


 

 誰かが、召喚に失敗してこんな惨事が起こった…という可能性は、限りなく低かった。


 

 「……誰か、生き残ってる人は………」

 幻獣を全て倒し終えたクォルスフィアは、あてどもなく歩き出す。幻獣の数からして、村人が全員喰い殺されたとは考えにくいからだ。


 

 一人でもいい。生き残っていてくれれば………


 僅かな望みを支えに、消耗しきった身体でふらつきながらもクォルスフィアは歩を進める。

 いつ倒れてもおかしくないほど弱っている彼女を捨ておくことは出来ず、アルセリアもその足元に寄り添った。


 「……きゅ、きゅう!」

 微かに生きているものの匂いを嗅ぎつけ、アルセリアは再びクォルスフィアに告げた。匂いは、複数人分ある。怪我の具合は分からないが、生きている人が残っているのは間違いない。



 アルセリアに先導されてクォルスフィアが辿り着いたのは、村の端、穀物倉庫。冬を越すための蓄えを保管しておく、村の中でもひときわ大きくて頑丈な建物。



 「誰か、誰かいますか?無事ですか!?」

 すがるように扉を叩くクォルスフィアの呼びかけに、中から小さなざわめきが応えた。

 やがて、内側で閂を外す音が聞こえ、躊躇うようにゆっくりと扉が開く。



 「……キア…なのかい?」

 掠れた、しかし思いのほかしっかりした老人の声が、クォルスフィアを呼ぶ。


 「フォグじいちゃん!よかった……無事でいてくれた!」

 村のまとめ役でもあり何くれとクォルスフィアを気にかけてくれていた老人の無事を確認し、クォルスフィアは半分泣きそうになって彼に抱き付き、その胸に顔をうずめた。


 「じいちゃん………シーナおばさんが…」

 「ああ……そうだのう」


 シーナは、フォグの姪にあたる。子のいないフォグにとっては、娘同然の存在だった。フォグの声は、悲しみを抑え過ぎたためかひどく無機質に聞こえた。



 「フォグじいちゃん…何が、一体何があったの?」

 今は泣いている場合ではない。クォルスフィアは嗚咽を無理矢理飲み込むと、フォグの顔を見上げる。


 「何が……とな。お前さんが、それを聞くのかい?」

 そして、見た。


 いつもニコニコと笑顔を絶やさない、お茶目なところもある老人の、虚ろで冷たい瞳を。


 「……じいちゃん…?」


 ぞっとするような、空っぽの表情だった。

 思わず一歩後ずさろうとしたクォルスフィアだが、フォグの手が彼女の両肩を強く掴んで離そうとせず、その場を動くことが出来なかった。



 次の瞬間。


 ごっ。


 硬く鈍い音。

 側頭部に衝撃を受け、クォルスフィアはそのまま横に倒れた。



 「……!きゅゆ!!」

 フィリエ=アルセリアは、背後からクォルスフィアを殴りつけた村人を、その手の凶器…普段は農作業に使われているであろう鍬を、その刃先から滴る彼女の血を、見た。


 

 「こいつが……こいつのせいだ…こいつのせいで、村は……女房は、殺されたんだ……!」

 「災いだ。災いの悪魔だ…」

 「そうだ、殺せ」

 「殺せ」

 「殺せ」

 「殺せ」



 倉庫に避難していた村人たちが、倒れるクォルスフィアに向かって口々に呪詛を浴びせかける。恐怖の副次的産物である熱に浮かされて、草刈り鎌や金槌、鍬や鋤、或いは擂り粉木を持っている者さえいる。日々を生きるために使われる生活道具も今や彼らにとっては立派な武器。


 剣でなくとも、人は殺せる。



 「きゅ………ゔるるるるる…………」

 クォルスフィアを守るように立ち塞がるフィリエ。彼らは、この惨劇の原因がクォルスフィアにあると思い込んでいる。それは勘違いかもしれないし、何者か…この場合おそらく天使たち…に騙されているのかもしれないし、或いは真実かもしれない。


 だが、それを問おうにも説得しようにも、村人たちに語りかけるための言葉を、フィリエは持っていない。



 「おい、こいつ……魔獣か?」

 「いや…もしかして、こいつも幻獣なんじゃないか!?」


 犬とも狼とも獅子とも違うフィリエの特徴に気付いた村人たちは、さらに殺気ばしる。


 「やっぱり、こいつは幻獣遣いなんだ!俺たちを騙して、この村に災いを持ち込みやがった!!」

 「あのお役人が言ってたことは本当だったんだ!こいつは魔族の手先だ」


 じりじりと包囲を狭めていく村人たちは、既に暴徒の様相を呈している。冷静さを保っている者は、誰一人いなかった。



 倉庫の外では、なおも炎が建物を呑み込み、村全体へと広がりつつある。

 だが、彼らにとって最も優先させなければならないことは、村に災いをもたらした悪魔を殺すことだった。


 


          ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 イーゼ・ヴァーンに戻ってすぐ、ヴェルギリウスは異変に気付いた。

 小屋にクォルスフィアとフィリエがいないことを確認すると、彼女らの魔力を辿ってレセ村へ。



 彼が辿り着いたときには、村は全て燃え落ちていた。

 すっかり日は暮れて、残り火が灯りとなって周囲を照らしている。


 

 「……………………」

 なんら表情を変えることなく、ヴェルギリウスは歩を進める。

 食い荒らされた死体、炭化した死体、頭だったり手足だったりが欠けた死体、その全てを兼ねた死体。焼け跡となった村のそこかしこに転がるそれらには目もくれず、彼が探し求めているのは唯一人。



 「……フィリエ」

 彼は、クォルスフィアよりも先にフィリエを見付けた。体中から血を流し、うずくまっている小さな幻獣。


 そっと触れると、ぴくりと反応した。生きてはいるらしい。


 「フィリエ…何があった。キアは何処だ」

 のろのろと頭を上げた幻獣に問いかけるヴェルギリウスの声は、普段と変わらない。変わらないが、そこに決して触れてはならない恐ろしい何かが渦巻いていることに、目覚めたばかりのフィリエは気付いた。


 「…きゅゆ……きゅう………」

 痛みなど、この際どうでもいい。フィリエは傷ついた身体で立ち上がり、ヴェルギリウスを先導するように歩き出した。

 


 そこは、村の中心、ヴェルギリウスにも見覚えがある広場。

 彼女は、そこにいた。


 「……キア」

 ヴェルギリウスは、彼女に呼びかける。普段どおりの、優しく甘い声で。


 しかし、血濡れの剣を手に下げたクォルスフィアは、背中を向けたままその声に反応を見せない。


 「キア……こんなところにいてはいけない。…帰ろう」

 返事をしないクォルスフィアに、穏やかに語り掛けながら近づくヴェルギリウス。フィリエは、どうなることかとハラハラしながらそれを見守るしかなかった。



 「…………キア…」

 彼女の肩に伸ばした手は、虚空を切る。魔王の手から逃れるように体を反転させたクォルスフィアが、無言のまま彼に剣を突き立てた。


 しかし、刃は彼の「影」に阻まれて、その身体には届かない。


 「…………………」

 人形のような虚ろな表情のまま、クォルスフィアは自身の攻撃が無効であることを察したのか、二度、三度と剣を振りかぶる。

 

 そしてその悉くが、影に弾かれた。



 「キア。夜風は体に障る。もう帰ろう」

 繰り返される攻撃など存在しないものであるかのように、ヴェルギリウスは優しくクォルスフィアを呼びながら、再び手を伸ばす。


 しかし、既に彼の声も届かなくなっているクォルスフィアには、その腕に抱かれるという選択肢を持ち得なかった。



 今の彼女……否、“焔の福音ヒヒイロカネ”は、相対するものを全て斬り伏せる武器に過ぎない。

 だが、目の前の得体のしれない存在に自分の力が通用しないと悟るや、踵を返して歩き去る。


 まだ残っている、生存者を探して。

 全てを、死体に変えるために。



 「………フィリエ。彼女は、どうしてしまったのだ?」

 おそらく気付いてはいるであろうヴェルギリウスは、それでもフィリエに問いかける。どんな答えを期待しているのかは、フィリエには分からない。


 フィリエが分かっていることは、ただ一つだけ。


 「きゅ、きゅゆ!」

 

 クォルスフィアの、望みだけ。


 しかしヴェルギリウスには通じていない。それどころか、

 

 「この一帯全てを殺し尽くしてしまえば、彼女は戻ってきてくれるだろうか」

 などと言い出す始末。


 無論、魔王である彼にとって地上界の集落など一顧だにする価値のないものであり、それよりもクォルスフィアを優先することは容易に想像出来たことなのだが。



 「………きゅ!!」

 フィリエは、勢いを付けて突進し、魔王に頭突きを食らわせた。半ば茫然としていた魔王はそれをまともに受ける。

 あまりにも脆弱な一撃であったため、「影」が反応することさえなかった。


 「………フィリエ…?」

 そして彼の眼を間近で見て初めて、フィリエは、魔王が途方に暮れているということに気付いた。

 

 大切なものを失いかけているという焦り。失いたくないという恐怖。失うことへの絶望。おそらく今までに経験したことがないであろう感情に翻弄されて、魔王は思考を放棄しているかのように見えた。


 

 だから、彼女は伝えなくてはならない。



 しっかりしろ、バカ。魔王なんだから情けない姿を見せるな。彼女はもう、戻れない。だから彼女の願いを聞いてあげて。終わらせてあげて…貴方の手で。


 ありったけの想いを込めて、フィリエは魔王を()()()()()。通じることのない言葉なんていらない。ここで伝わらなければ、自分の存在に意味はない。



 ……伝わるだろうか。


 変化のない魔王の表情に、フィリエは不安になる。伝わらなければ、“焔の福音ヒヒイロカネ”に精神を侵食されたクォルスフィアは、目に映る全てを破壊し尽くす最悪の兵器として永遠に稼働し続けることになるだろう。


 終わらせてほしいという願いは、聞き届けられないままに。



 「……………そうか。……………分かった」

 しばらくしてそう答えた魔王の声が僅かに震えているような気がして、フィリエは自分の声が彼に通じたのだと知った。


 「それが彼女の願いなら………叶えよう」


 今まで一度も通じたことのなかった彼女の言葉が、声が、今初めて届いた。



 「きゅ………………」

 たとえそれがクォルスフィアの願いだとしても、自分がどれほど残酷なことをヴェルギリウスに要求しているかは分かっている。

 それでもフィリエは、魔王にその業を背負わせることを選んだのだ。



 「………キア」

 再び、クォルスフィアに歩み寄る魔王。先ほどよりも、迷いのない足取りで。

 

 またしても自分に近付く得体のしれない存在を振り払おうと、“焔の福音”は懲りもせずに刃を振るう。


 魔王の「影」は、沈黙していた。幻獣殺しの斬撃をその身に浴びて、さしもの魔王も衝撃にたたらを踏んだ。

 だが即座に態勢を立て直すと、さらに彼女に近付く。




 「…………………」

 虚ろな表情のまま闇雲に剣を振り回すクォルスフィアに、

 「…帰ろう、キア」

 やはり優しく語りかけると。



 魔王の手刀が、彼女の胸を貫いた。


 


  




ここに至るまでのキアと魔王の心理をもう少し詳しく描写したかったのですが、力及ばず。


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