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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
神格武装編
191/492

第百八十五話 普段台所に立たない人間が気まぐれに行動を起こしたりすると大抵惨事が起こるものだ。




 天使の驚愕は、尋常ではなかった。


 「………まさか……………そんな、何故貴様がここに…………」

 

 無理もない。彼らにとって、否、魔族以外の全ての生命にとってのラスボスが、こんな辺境のフィールドに出現したのだから。


 さらに言うと、


  

 「何故貴様が、我ら天使族と廉族れんぞくの問題に介入するのだ………」



 魔王が執着するのは、創世神との決着に関してのみである。それ以外の戦況については然程関心を持たず、ましてや天界と地上界のいざこざに口を挟むことなど、今まで例がない。



 表情にも声にも焦りを滲ませて問う天使に、魔王はこれ見よがしに溜息をついてみせた。


 「何故も何も、目の前で羽虫が煩く飛んでいれば注意を引かれもしよう」

 そうは言いながら、どことなく面白がっているような口調。そこに冷ややかな嗜虐心が見え隠れしていることに、魔王の腕の中のアルセリアは気付いていた。



 (こういうところは、やっぱり魔王なんだよなー…)

 そして今のような状況では、そんな魔王らしさが救いでもあったりする。



 「ギル……どうしてここに?」

 魔王に歩み寄ろうとして、脚の傷のせいでそれが出来ずに再び膝を付くクォルスフィア。それに気付くと、魔王の方が彼女の傍へ近付いた。



 「所用が終わって戻ってみれば、妙な気配を感じたものでな。それで迎えに来た」

 

 その言葉は、既にクォルスフィアを自らの身内だと認めているに他ならないものであることに、彼自身は気付いているのだろうか。

 


 「成程…そういうことか………」


 なにやらいい雰囲気で見つめ合う二人(アルセリアもちょっと辟易としていた)を見て、天使が忌々しげに呟いた。


 「我らを裏切り、魔王の庇護を求めたというわけだな、娘よ。それは、万死に値する大罪である」


 そう言われてクォルスフィアが驚いたのは、万死云々うんぬんの辺りではなく。



 「……………まおう?」

 オウム返しに訊ね、それから傍らにいる魔王を見上げる。



 「つくづく愚かな娘よ。そこな魔王が、本当に貴様如き卑小な廉族れんぞくに加護を与えると思ったか?せいぜい、その魂が擦り切れるまで利用されるだけだ。……邪悪なる魔王に、慈悲の心など在りはしない」


 「……………まおう??」

 クォルスフィアは、天使の言葉を殆ど聞いていなかった。

 「まおうって………魔王ヴェルギリウス………?」

 ぽかんとした表情で、魔王本人に尋ねかける。



 「…初めに言ってあったと思ったが」

 「だって……初対面で自分は魔王だーなんて言われても、信じられるわけないじゃん。ギルなりのジョークかと思ってた……」


 感情が理解に追いついていないようなクォルスフィアを見て、次は魔王が尋ねる番だった。


 「それで…それを知った今、お前はどうする?」



 答えは、決まりきっている筈だった。

 いくら天界と揉めているとは言っても、魔王は世界の敵。何を置いても斃さなくてはならない相手。


 しかし、クォルスフィアの答えは一風変わっていた。



 「………?どうする……って、何を?」

 「…………………………」


 自分への拒絶、或いは大げさな追従のどちらかを想像していた魔王は、すっとぼけたようなクォルスフィアの言葉と表情に、一瞬呆ける。


 彼の沈黙の意味が分からずに焦ったクォルスフィアは、慌てて

 「えと、これから……は、帰ってご飯の準備の続き………あ、そうだ、小麦粉!」

 謎の単語を口走る。


 「………………?」

 「あのね、もう小麦粉がなくなっちゃいそうなの。買い出し行こうにもこの頃お天気良くないし、どうしよう?」

 「……………………」

 「あれ?そういうことじゃなくて…?」


 自分が何か盛大に勘違いをしているようだということくらいは分かったが、それが具体的に何なのかが分からずに頭を捻るクォルスフィアだが。


 

 「……ククッ…ハハハハハ!」

 突然笑い声を上げた魔王に驚いて考え込むのをやめた。


 初めて見る魔王の笑顔。禍々しさは何処にもなく、とても楽しげな、何かに安堵したかのような。



 「……そうだな。なら、これを終わらせてから買い出しとやらに行くとしようか」

 

 この言葉にクォルスフィアは表情を輝かせるが、未だ魔王に抱きかかえられているアルセリアは仰天した。


 魔王が、食料品の買い出しに、つきあう?


 …お前は安息日のお父さんか。


 ツッコみたい願望に取り憑かれたアルセリアは、精一杯「きゅゆるーん」とジト目で睨んでみたりするのだが、当然魔王にその真意は届かない。



 「なんだ?悪いがお前は留守番だ。幻獣を人里に連れていくと騒ぎになるからな」

 何か言いたげなアルセリアを見下ろして言う魔王。この時代も、ペット不可のお店は少なくないのである。


 「だが、その前に」

 魔王が視線を移すと、それに射竦められた天使が一歩後ずさった。


 彼は先ほどから、クォルスフィアを閉じ込めた結界を解除してこの場から逃走しようとしていた。彼は、天界の幹部である烈天使。一介の魔族であるならば脅威ではない。

 だが、いくらなんでも魔王が相手ともなれば、万に一つも勝ち目はなかった。


 それならば、ここで無駄に命を散らせるよりも、天界に戻って情報を伝えることの方が得策。


 そう判断し、結界を解除したつもり…だったのだが。



 既に、この空間は魔王の支配下に置かれていた。そこに存在するだけで、その場の支配権を握ってしまうのが神なのである。


 彼は、結界を解除することもそこから抜け出すことも出来ず、ただ恐怖に打ち震えるしかなかった。



 「大人しく天界に引き籠っていれば少しは永らえたものを……愚かな羽虫だ」


 

 確かに魔王の言うとおりだ、と天使は思う。

 だが、結果論から後悔したところで、彼の未来はどうしようもなく確定してしまっていた。





         ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「傷は痛むか?」

 魔王に言われて、クォルスフィアは首を横に振った。


 実は嘘である。

 正直なところ、痛みのせいで歩けそうにない。




 魔王と天使の戦いは、ほんの一瞬で終わった。

 否、戦いと呼べるような代物ではない。それはあまりにも一方的な蹂躙…と称することすら抵抗がある、言うなれば一方的な処理…と表現するのが適当な、一つの作業に過ぎなかった。


 魔王の短い、そっけないほどの言霊によって、火天使の直属である高位天使は残骸すら残さずに蒸発した。

 その呆気ない終わり方に、クォルスフィアもアルセリアも、どう反応すればいいのかしばらくは分からなかったくらいだ。



 そのまま魔王は結界を解除し、同時に“ゲート”を彼らの小屋へと繋げ、二人を連れ帰った。


 しかも、立ち上がれないクォルスフィアを抱きかかえて…だ。

 しかもしかも、お姫様抱っこである。

 最初に出会ったときの、荷物運びではない。



 これは、どういう心境の変化だろう。

 アルセリアは一瞬我が目を疑った。


 だが、クォルスフィアの傷を労わる魔王を見ていて、もしかして…と思ったりもする。


 (もしかして……天然タラシなのは、リュートの方じゃなくて、魔王ヴェルギリウスの方だったり…?)


 

 先ほどの遣り取りで、間違いなく魔王とクォルスフィアの距離は今までになく縮まっている。

 魔王は、例の冷たい眼差しなんてどこへやら…だし、クォルスフィアも完全に乙女モード入っていたりするのが見え見えだ。


 

 (おいおいアンタら、キャラ違うでしょ)


 ここでもまたツッコミたい衝動に駆られるアルセリアだが、流石に空気を読んでそれに耐えてみせた。自分の自制心・忍耐力を褒めてやりたい気分である。



 「大丈夫だから、ギル。止血しとけば、なんとかなるって」

 かなりの重傷かつ失血量に関わらず気楽なことを言うクォルスフィア。いくらなんでもそれは乱暴な話だとアルセリアも思うのだが、


 「そうか……医者には診せなくてもいいのか?」

 魔王が、自分で彼女を治そうとしない…治すわけにもいかない理由も分かるので、さらに魔王は傷の手当などやったことがないであろうことも分かり切っているので、しかも自分も幻獣の身体では傷の治療など不可能というわけで、


 「きゅゆー……」

 心配そうに彼女の様子を覗き込むしかなかった。



 「うん、だいぶ痛みも収まって来たし、しばらく大人しくしてれば大丈夫だよ」

 今のクォルスフィアには、確実に魔王の加護が働いているはず。であれば、彼女の言葉もあながち強がりだけではないのかもしれない。



 それは、いいのだが。



 「…分かった。ゆっくり休むといい」

 クォルスフィアの傷に、慣れない手付きで消毒と止血を施し、再びお姫様抱っこで彼女をベッドへと運ぶ魔王。


 「あ、でも、ご飯の準備……」

 「そんなものは、我がやる。お前は傷を癒すことだけを考えろ」

 「うん…ありがと、ギル」


 

 (な……なんてこと!?まさかこんな展開あり?)


 まさかまさか、あの魔王ヴェルギリウスが、怪我人を労わるどころか面倒を見る?リュートじゃあるまいし。


 リュートを知ると同時に、魔王ヴェルギリウスの冷酷さ傲慢さも知っているアルセリアは、もしかして自分は夢を見ているのではないかと疑ってみたり。



 そんなアルセリアを尻目に、魔王はキッチンで試行錯誤、四苦八苦している。


 「これは何だ…?まあ、入れておけばいいか。…む。これも……入れるのか…?……ふむ。これを…こうして、こう……………………………まあよい」


 いやいやいや、良くない。何をどうして何を入れてるんだ。

 得も言われぬ不安に襲われたアルセリアは、キッチンへ行って魔王の手元を覗き込み、そしてその惨状に息を呑む。



 「きゅ、きゅきゅきゅーきゅ!きゅきゅきゅきゅきゅ!(ちょっと、何よこれ!なんで団子のスープが謎の粘液になってんのよ!)」


 そこにあったのは、最早食べ物とは思えない有様の、謎の物体。デロデロで、黒々していて、なにやら怪しげに波打っている。

 まるで、死後十時間のスライムだ。


 

 「どうした、フィリエ。腹がすいたならもう少し待て」

 「きゅきゅきゅきゅっきゅ!きゅきゅーきゅきゅきゅーきゅきゅきゅきゅるきゅゆきゅきゅっきゅ!(待てじゃない!お願いだからせめて食べられるものを出して!)」

 「……仕様がない奴だ。……どれ、少しだけだぞ」


 何をどう勘違いしたのか…それは問うまでもない…魔王は、謎の粘液Xを一匙、アルセリアの鼻先に突きつける。


 「きゅ………?」

 「…どうした、食わんのか?」


 魔王の眼は、マジである。

 決して、妙なものを食べさせてその反応を見て楽しもうだなどと、そのような考えは持っていない。


 多分、本気で、それなりに食べられるものを作っているつもり…なのだ。



 「きゅゆ…………」

 「今さら遠慮をするな。食え」


 アルセリア=セルデン、かつてない危機ピンチである。



 「きゅ………………」

 「いいから食え」

 「きゅ………きゅゆ!」


 覚悟を決めた。決死の覚悟を。

 そのときの彼女の心理は、魔王城で玉座の間につながる扉を押し開けた瞬間にも似通っていた。


 ぱくり。


 どうか物体Xが体内で暴れまわりませんように。それだけを願い咀嚼し、ごくりと呑み込んでから。



 「きゅ…………………きゅゆ?」

 

 何故か。

 意外と………美味しいかもしれない。



 ここまで見た目と味の乖離が激しいはずがない。きっと自分の気のせいだろうと思ったのだが……



 「そうか、旨いか。…もう一口食うか?」

 「きゅゆ!(ぱくり)」



 ………やっぱり、美味しい。

 


 汚泥のような見てくれのくせに、奥深くて芳醇な香り。複雑な味が幾重にも重なり合い、得も言われぬ余韻を口内に残す。


 「きゅゆ!きゅゆ!」

 「仕方ない。つまみ食いはこれで最後だぞ」



 不思議と後を引く、やめられない止まらない…な物体Xであった。


 

 

 


魔王のタラシがすごいです。

と言うか、料理スキル持ってんのかよ……


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