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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
神格武装編
188/492

第百八十二話 微妙な料理って一番の曲者である。





 魔王とクォルスフィア(あとついでに小幻獣アルセリア)の生活は、不思議なことにそれからもしばらく続いた。

 と言うより、行く当てのないクォルスフィアが何故か平気な顔で居座り、これまた何故か魔王がそれに異議を唱えることをしなかったのだ。



 アルセリアは傍でずっと観察していたのだが、何か決定的な出来事があったわけではない。ただ、二人はとても自然体だった。結局のところ、ウマが合う…という表現が一番適切なのだろう。






 助けられた翌日、クォルスフィアはどこからか巨大な鱒を獲って来た。近くの小川にそんな大物はいないはずなので、奥地の湖にでも出かけたものと思われる。その間アルセリアはベッドを占領して眠りこけていた。ちなみに魔王は、そんな彼女を押しのけようともせずに椅子の上だった。



 「お腹すいたから、獲って来たよー。ゴハンにしよ?」

 誇らしげに獲物を掲げるクォルスフィアは、すっかり全快しているように見えた。

 一時凌ぎでしかない…と言った魔王の言葉はアルセリアの頭に引っかかっていたが、それを気にするのが馬鹿馬鹿しくなるくらいの溌剌さだ。



 「………ゴハン?…ああ、食事か。好きにしろ、我には必要ない」

 リュートが聞いたら飛び上がって憤慨しそうな台詞を吐く魔王。この場にいないリュート(当然か)の代わりに、クォルスフィアが大げさに驚いた。



 「えええ?必要ないって……なんで?お腹すいちゃうじゃないか!」

 魔王は食事を必要としない。外部からマナを補給する必要がないのだ。よって、空腹にもならない。そのくらいは知っているアルセリアだが、自分自身は昨夜からずっと空腹を感じていたので、クォルスフィアに全面同意で強く頷いた。


 「きゅい、きゅいきゅい!」

 「ねぇ、そうだよねフィリエ。遠慮しなくてもいいよ、助けてくれたお返しなんだから」

 魔王が遠慮しているはずもないのだが、クォルスフィアはそう決めつけた。


 命を助けたばかりか、一晩中ベッドを明け渡してくれたのだ。魔王のことを、とてもお人好しな人物だと勘違いしているのかもしれない。正しくは、魔王は睡眠すら必要としていないだけなのだが。



 「それじゃ、料理するけど……その前に、ええと……何て呼べばいい?」

 「我は魔王ヴェルギリウス。呼び方は好きにするがいい」

 「………………………」


 正体を隠そうともせず自己紹介する魔王に、クォルスフィアはしばし沈黙。


 恐れを成したか、あるいは敵意を抱いたかとアルセリアが危惧するよりも早く、

 「ぷぷっ面白い人だねーーー」

 それを冗談と受け取り、笑い飛ばした。


 「まぁいいや。それじゃ魔王さん…って呼ぶのも変だから………うん、ギルって呼んでいい?」

 「……好きにしろと言った」


 笑われた魔王は、訂正する必要もないと思ったのか訂正する気も起こらなかったのか、それ以上言及はしなかった。



 「ありがと。私はクォルスフィア。こっちも好きに呼んで。それで、ギル。ここって、調理道具とかないの?」

 小さな部屋に備え付けの小さなキッチンを見ながら、クォルスフィアは尋ねる。一応シンクや調理台、竈はあるにはあるが、それ以外の調理器具…鍋やらフライパンやら包丁やら何やらが、全く見当たらない。


 それは、食事を必要としない魔王が料理にも興味を持っていないからなのだが、クォルスフィアはまだ彼を()()魔王だと思っているので、食事を作った形跡がまるでないキッチンが不思議だったようだ。


 「そんなものはない」

 だが、魔王は彼女の疑問を丁寧に解説してやるつもりはないらしく、一言ぶっきらぼうに答えただけだった。



 「…そっか」

 クォルスフィアは納得していないようだったが、それ以上は何も言わず、鱒をぶら下げたまま小屋を出て行った。



 そして三十分後。

 彼女は、どこで入手したのやら大振りの鍋やら包丁やらを抱えて帰って来た。


 「たっだいまー。調理器具、ゲットしてきたよー」

 そして先ほどの巨大な鱒は、それよりも幾分小振りな一匹に変わっている。その代わり、数種類の野菜も追加。



 「……それをどうした」

 何事に対しても無関心を貫いている様子の魔王でさえ、いきなりのことに面食らっている。


 「物々交換!湖に行ってもう少し狩りをしてさ、獲れた獲物をあげるかわりに、使ってないキッチングッズと交換してもらったの。近くの集落の人たちに」


 何でもないようにクォルスフィアは言うが、見ず知らずの土地でいきなり住民に物々交換を申し出るあたり、かなり物怖じしない性格のようだ。



 「他にも色々材料とか貰ってきたから、準備するね。ちょっと待ってて」

 クォルスフィアは魔王の返事を待たず…魔王も返事をする気はなさそうだ…キッチンへ向かい料理を始めた。



 クォルスフィアの料理は非常に豪快なもので、リュートの調理風景を何度も見ているアルセリアからすると大雑把にも程がある…と言いたくなるものだった。


 野菜の皮は剥かない。一口大に切っているつもりかもしれないが、その一口分がやけに大きく、不揃い。

 鱒も、適当にブツ切りにして鍋へ投入。内臓すら取り除いていないことに気付いたアルセリアは、その時点で非常に不安になる。


 

 調味料も、間違いなく適当に入れている。分量なんて考えているはずがない。思いつくまま…と言うよりも、交換してもらったものを全部まぜこぜにしているように見える。



 鼻歌混じりで、かつ手慣れた様子で作業を続けるクォルスフィア。手慣れているのにその無茶苦茶ぶりは何なんだとツッコミを入れたいアルセリアだがそれも叶わず。


 

 思わず魔王の方を見てみるが、こちらはまるで興味を持たずにずっと本を読んでいる。一体何がそんなに面白いんだ。いかがわしい小説でも読んでるんじゃないだろうな。



 そして。


 「お待たせー。私特製、オオトラマスのイーゼ風煮込みだよー」

 自信満々に、それっぽい名称を付けた料理の大鍋をテーブルにででん、と置くクォルスフィア。そして魔王もアルセリアもコメントを発する前に、深皿にそれを盛り付けていく。



 「さあどうぞ。おかわりいっぱいあるから、遠慮なく食べてね!」

 

 本当ならば家庭味に溢れた温かい言葉であるはずの台詞が、不吉な呪詛のように聞こえたのはアルセリアの気のせいだろうか。



 「きゅ……きゅいー………」

 アルセリアは、改めて皿の中身を覗き込む。出来るだけ自然体を装ったつもりだったが、それでも恐る恐る…になってしまった。



 オオトラマスのイーゼ風煮込み。


 ………微妙である。

 非常に、微妙である。したがって、コメントに困る。


 まず、見た目が微妙に不味そう。

 劇的にヤバい!という程ではないのが逆にリアルに感じられて怖い。そこはかとなく不味そうな、食欲を減退させるビジュアル。


 スープは明らかに濁っていて、なんだかザラザラしているようにも見える。野菜は、まだ火が通っていないものもありそうだ。


 そして、匂いもこれまた微妙。悪臭というほどではないのが逆にリアルに感じられて怖い。そこはかとなく不味そうな、食欲を減退させる芳香。


 単純に、焦げの臭いだけではなさそうだ。調味料の組み合わせのせいかもしれない。



 「……………………」

 魔王は無表情のまま、沈黙。

 冷静なフリをしているが、戸惑っていることは間違いないとアルセリアは悟った。



 「ほらほら、冷めないうちにどうぞ!」

 そんな魔王に、またもや満面の笑顔攻撃を繰り出すクォルスフィア。どうやらそれが魔王の弱点であると見抜いているようだ、流石は“幻獣殺し”。



 「いただきます」

 クォルスフィアは自分の分の皿を前に、行儀よく手を合わせると勢いよく食事を始めた。


 ギリギリ下品にはならない程度に、がっついている。

 この料理を何の躊躇もなく食する彼女に、アルセリアは驚きを禁じ得ない。


 「…うん、もう少し砂糖を足した方がいいかも?」

 首を傾げながら微妙な煮込みを吟味するクォルスフィアだが、既にもらってきた砂糖は使い果たされているのが幸運だった。



 「あれ?どしたのギル?フィリエもさ。お腹すかないの?せっかく作ったんだから、ほらほら!」

 悪意皆無の笑顔で促され、思わず匙を手に取る魔王。


 「……………」

 一度手にした匙を再び置くのは魔王としての沽券に関わるのか(そんな魔王の沽券なんてクソくらえだ)、とうとう彼は、一口目を含んだ。



 その時の魔王の表情は、どう形容したらいいのだろう。そして、二度と見ることが出来ないレアな表情でもあるだろうと、アルセリアは思った。


 眉間に皺が寄っている。どことなく、口元が引きつっている。この状況をどう収めるべきか、本気で悩んでいるように見える。

 二口目をすくうことに強い抵抗を感じた匙が、皿の上をゆっくりと漂う。



 うん……分かるよ。不味いんだよね。でも、言い出せないんだよね。


 アルセリアは、未だ手付かずの自分の皿を絶望的な気分で見下ろして、そう思った。


 クォルスフィアは、そんな二人(一人と一匹?)の様子にまるで気が付かない。

 「もう、遠慮しなくていいって言ったでしょ?まだたくさんあるんだから」

 

 眩しいくらいの純真な笑みで、まっすぐ魔王を見つめるクォルスフィア。その光に中てられたのか、なんと魔王は、意を決したように再び匙を皿へと突っ込んだ。


 そして見事な無表情で、食事を続ける。

 淀みなく動く匙。リズミカルな咀嚼と嚥下。感情の一切を排したそれは、言うなれば一つの流れ作業。



 ……流石は魔王だ。アルセリアは心底感嘆する。神格を抱く存在というのは、ここまで己を捨てることが出来るのか。


 自分との格の違いをまざまざと見せつけられたアルセリアはしかし、自分も負けてなるものかと皿に向かう。


 「きゅゆ…………」

 見てはいけない。嗅いではいけない。否、それらを「判断」することをやめろ。

 自分に暗示のように言い聞かせ、いざ、一口………………



 一口目で鱒の胃袋に入っていたであろう未消化の川虫にぶち当たり、彼女の闘志は粉々に砕け散ったのであった。

自分、深く考えずに作ると、かなりの高確率で微妙な料理になります。

以前にビーフストロガノフを作ったときに、謎のどす黒いピンク色の液状物質が出来上がり、恐怖した思い出が……レシピどおりに作ったはずなのに??

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