第百七十八話 魔王、翻弄される。
「…ほー。なるほどなるほど」
仄かに朱を帯びた刀身の剣を手にし、俺は思わず感嘆の声を上げた。
〖ね、ほら。ギルと私の相性ってば最高でしょ?〗
頭の中に直接、キアの声が響く。彼女は今、剣に姿を変えて俺の手に収まっている。
半人半剣とはどういうことかと訊ねたら、口で説明するより見てもらった方が早いと、彼女は瞬時に姿を変えてみせたのだ。
人間の姿から、刀剣へと。
慌てて拾い上げた俺に、これが今の自分の本当の姿だ、と彼女は言った。
刀剣形態の彼女の声は、触れている者にしか聞こえないらしい。
そしてこうして直に触れていると、確かに彼女とヒヒイロカネが完全に同一化しているのが感じられる。異なる二つ以上の存在が混ざり合うという現象は自然界でも稀にあることだが、これほど両者の魔力が綺麗に溶け合うことはまずないと言っていい。
ここまでなると、初めからこういう存在なのだ…と言われても信じてしまいそうだ。
それにしても………
半端じゃない魔力である。魔力耐性だとか伝導率だとか、そういう問題じゃない。彼女自身が、とてつもない魔力を包有しているのだ。
武器にはあるまじき存在値。おそらく、キアと同化することによってヒヒイロカネはかつてよりもさらに強力になっている。
これなら……
「アルセリア。ちょっと持ってみろ」
〖え?ちょっとギル……〗
何やらキアが言いかけたが、俺は構わずアルセリアに彼女を手渡す。
アルセリアは、始めは恐る恐る手を触れたが、別に取って食われたり電流が走ったりな展開にはならないと分かって、一安心したようだ。
「これが……神格武装………え?はぁ?何言ってんの、私はそんな……ちょっと好きなこと言わないでよね」
………どうやら、キアと会話しているようだ。が、キアの声はアルセリア以外には聞こえていないので、喧しい独り言にしか聞こえない。
「………だから、そういうんじゃないってば。………や、別にそんなこと言って…………知らないわよそんなの!」
…………随分話が盛り上がっている…少々険悪な雰囲気だが。一体どういう会話をしているのか分からないが、傍から見てるとちょっと不気味である。
「……は?そんなの私の勝手で…………………あー、はいはいさよーでございますか」
ひとしきり騒いだ後、げんなりした様子で会話(?)を締めくくると、アルセリアは俺にキアを返してきた。
「…悪いけど、私ムリだわ、彼女」
「ええ?なんでだよ。お前とキアが組めば、それこそ地上界じゃ無双間違いなしだぞ。下手すると…魔界や天界でも、充分やってけるくらいだと…」
〖ギル!なんとかしてよこの勇者。私こいつキライかも!〗
アルセリアを説得しようと思ったら、キアにまで拒否られてしまった。
えええー……なんでだよ。世界中探したって、キア以上に強力な武器なんてきっと見つからないぞ。それに、アスターシャのシゴキで壁を突破したアルセリアなら、俺なんかよりもずっとキアの力を生かすことが出来るハズ。
「そう言うなって、二人とも。最初は上手くいかないかもしれないけどさ、時間をかけて対話を重ねれば……」
「ムリ!」
〖ムリ!〗
……二人して即答なのだが、息ピッタリじゃん。
「でも……」
なおも説得を続けようとした俺の肩に、ベアトリクスがポンと手を置いた。
振り返ると、何とも言えない微妙な表情……呆れているような軽蔑しているような…をしていた。
「リュートさん………ぜんっぜん、分かってませんね」
「…………え?」
分かってない?って、何が?俺が、何を分かっていないって言うんだよ。
俺には俺の考えがあって、二人を組ませようと思ってるのに。
俺は、キアのことは良く知っていて信じているし、アルセリアのことも、良くは知らないかもしれないけど信じてる。
二人はとてもタイプが似ていて、仲良くなれそうなんだよ。
「なぁキア。アルセリアの何が気に入らないんだ?あれで腕はけっこう立つんだぞ。剣技なら、俺なんかよりずっと…」
「……そういうことじゃないんですってば」
〖そうなの!ギルは何も分かってないんだから!〗
……お次は、ベアトリクスとキアの両者から責められてしまった。
なんでだろう。何がいけないんだろう。キアとアルセリアの間には、何の確執もないはず。と言うか、接点もまるでなかったのだ。そして二人とも、相手のことをロクに知らないのに理由なく拒絶するようなタイプではない。どちらかと言うと人見知りしないというか、誰とでも打ち解けられるというか。
アルセリアとキアは(何故か)プンプンしていて、ベアトリクスは(何故か)呆れ果てている。誰もヒントをくれないので、困惑した俺はヒルダに視線で助けを求めてみたのだが。
「………お兄ちゃんは、もう少しちゃんと考えた方がいい。鈍感も、ここまで来ると罪深い…」
……いつになくしっかりとした論調で、やはり俺を責めるのだった。
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「……なぁ、キアってば」
「………何?」
俺とキアは、二人で小屋の周囲を散策中である。
キアとアルセリアが何故お互いに拒否しあっているのか分からないので、とりあえず一人ずつ説得することにしたのだ。
なお、頑固さにかけてはキアもなかなかだが、それでもアルセリアには及ばない。
と言うことで、まずはキアから攻略してみよう。
「……怒ってるのか?」
「……………うん……ちょっと」
キアは素直である。ここでアルセリアだと、どう見ても怒ってるのに「そんなことないわよ!」とか言って否定するので非常にやりにくいのだが。
「あのさ……………」
説得しようと外へ連れ出したのだが、二人きりになったせいか俺の胸に何かが込み上げてきた。あまりに唐突な展開に、ついてこれなかった感情がようやく追いついてきたようだ。
俺は、自分の感情に従って、一歩前を歩くキアを背後からぎゅっと抱きしめた。
キアは、一瞬驚いたようだったが、すぐに力を抜いて俺に身を委ねる。
………相変わらず、華奢な身体。これ以上力を込めたら折れてしまいそうな。
小さくて、儚くて、危うげな、俺の宝物。
壊れやすいモノだと分かっていたのだから、もっと大切にしなくてはならなかったのに。
「…………すまない」
抱きしめたまま、彼女の耳元で懺悔する。
「それは……二千年前のこと?」
「ああ…当然だ」
俺は、彼女に謝らなくてはならないことがたくさんある。分かってやれなかったこと。気付いてやれなかったこと。守れなかった…救えなかったこと。
本当は、いくらでも方法はあったはずなのに、彼女に変わってほしくないという自分勝手な欲望で、その道を選ばなかったこと。
「あの頃の俺は、誰かの気持ちを考えるなんてことなかった。自分の中で結論付けて、それでいいと思ってた……」
「あのね、ギル」
俺の懺悔を遮るキアの声には、僅かだが怒りが含まれていた。
……当然だ。俺は、彼女に恨まれても仕方ない……
「なんだか今は違うみたいに言ってるけど、そんなことないから」
…………へ?
「あとね、二千年前のことはいいの。今さらだし、貴方がそういう人だって分かってるし、私自身、そうなることを望んでいたんだから…ね」
首を俺の方へ回して、俺の目をじっと覗き込むキア。薄紅色の瞳に射竦められて、俺は言葉を返せない。
「ただ、自分の中で結論付けちゃうところは、今も変わってないよね」
「……え?そんなこと………」
そ、そんなこと…ないよな?今は俺、けっこう他人の意見とか考えに耳を傾けてると思うぞ。臣下たちの意見だって、アルセリアたちの我儘だって、グリードの無茶ぶりだって………
「多分、ギルが考えてるのとは違うと思う」
何も言っていないのに、キアにきっぱりと言われてしまった。
「ギルはさ、魔王だから…何でも好き勝手出来るし、誰も文句は言えないし、それは仕方ないと思うの。でも、だからと言って皆が貴方と同じことを考えているわけでもないし、皆が貴方の考えを理解出来るわけじゃないんだよ?」
彼女の言葉が、痛烈に胸を抉る。
「今まではそれで良かったんだよね。だから、そういうやり方がクセになってるんだと思う。けど、他人の声を聞いているようで、結局自分一人で結論付けちゃうんだったら、それは何も聞いていないのと同じなんだよ」
……そうだったのか…。もしかしたら、臣下たちも三人娘も、そう思っているのだろうか。
「私と勇者が仲悪いのだって、ちゃんと理由があるんだよ。けど、ギルはそんな風に考えてないでしょ」
「それは………」
確かに、そうかもしれない。大した理由もなく互いを嫌っているのだとばかり…だからこそ、時間を置いて分かり合えれば問題はないと、思っていた……。
「…ギルってさ、自分が思ってるほど自分のこと分かってないよね」
「…………………」
…………………ん?
何処かで、聞いたことのある台詞………………………………?
あああ!ブーメラン!!
俺が、かつて三人娘に言ったのと、同じ台詞じゃないか!
ここでブーメランのように、自分自身に返って来た!!
そんな、まさか、自分自身もそうだったなんて。
でも、確かに……心を映す鏡なんてないから、自分の思う自分が本当に正しい姿なのかなんて、それこそ自分自身には分からない。
分かっているつもり………だったのだろうか。
打ちひしがれる俺に、キアは
「別に、魔王の貴方ならそれでいいと思うよ。けど、見てて思ったんだけど、今のギルは、人間みたいに過ごしたいんだよね?世界と触れあって、世界の一員として生きてみたいんだよね?だったら、もう少し理解する努力をしようよ」
優しく、それでいて内容は厳しめの言葉をかけてくれた。
「………善処してみる」
「そうそう、その意気」
言いたいことを言い終えたのか、キアの声から怒りの空気は消えていた。ついでに、アルセリアに対する敵意も消えてるといいんだけど……
と、言うか。
「あのさ……結局、分からないんだけど……キアは、なんでアルセリアと組みたくないんだ?」
理解しようと努力はするつもりだ。だが、考えても分からない。分からないなら、それこそ自分で勝手に結論付けるより、直接訊ねてみるべきだろう。
だが、改めての俺の質問に、
「………それは、ちょっと………言えないかな」
キアは、何故かそっぽを向いて言った。
「ええ?なんでだよ。確かに俺は気が回らない奴かもしれないけどさ、それは謝るけど、口に出してもらわないと分からないことだってあるじゃないか」
この期に及んで言い訳がましいが、「言わなくても分かるだろいや分かれバカ」的な空気は苦手なんだよ。言ってもらわなければ分からない。同格にして同一の俺とエルリアーシェですら、分かり合うことは出来なかったのだから。
「んー、それはそうなんだけどね。そこのところは、私としても言うわけにはいかないっていうか」
俺の腕からするりと抜けて、彼女は足早に歩き出す。
何故か、俺の方を見ようとしない。
「なんでだよ。俺がいけないんだったら、言ってくれないと直せないじゃないか」
「あー、それはね、いいの。私と勇者の間の話だから。ギルは関係あるけど、関係ないから」
キアの言い分が、完全に謎である。これは何なんだ?新手の問答か?作麼生説破ってやつなのか?
「それじゃ、分からないじゃないか」
「分からなくてもいいの。乙女心を詮索するのは、野暮ってものよ?」
出た、乙女心。これが出てくると、それ以上の議論は封じられてしまう。
なんだよなんだよ、自分から理解出来るように努力しろとか言ったくせに。理解しなくてもいいとか、訳わからん!
……それとも、それを含めて理解しなくてはいけない……ということか?
それは……俺にとっては解決不可能に等しい難問…のような気がする。
自分、言わなくても察しろ、的なのが苦手です。
空気読めと言われても、無色透明なものをどうやって読めっつーねん。
察してほしいなら自分で説明しろよ言葉ってのはそのためにあるんだろ!って思ってしまうタイプです…。




