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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
神格武装編
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第百七十六話 氷の中の眠り姫



 エクスフィア最北の地、スツーヴァ。一応は王政だが、人口よりもユキヘラジカの数が多い長閑な辺境の国家である。そのさらに最北端に、イゼルハン岬はある。



 タレイラからスツーヴァまでの道のりは、とてもとても長い。内陸部のタレイラから沿岸部のケルセーまで行き、そこから船旅が始まる。所要時間、およそ一月。


 ………一月。

 一月、である。


 

 ……長かったー。詳細は割愛させていただくが、本当に長い旅路だった。一か月に渡る船旅の間、クラーケンが出たりクラーケンがヒルダに懐いたりアルセリアに嫌われたり寄港地で騒ぎを起こしたり起こさなかったり。


 

 三人娘は初めての船旅に浮かれていたし、それなりに楽しんでいたようだ。だが、補佐役と言うか尻ぬぐい役の俺はたまったもんじゃない。この一月で、百年分くらい年を取った気がする。




 だがそんな艱難辛苦もなんとか乗り切り、俺たちはようやくスツーヴァ王国へ辿り着いた。



 「ここが、最北の国ですか……。なんだか、空気も違うような気がしませんか?」

 「……空、高い………」


 船を降りたベアトリクスとヒルダが、感慨深げに辺りを見渡して言う。港から見えるのは残雪と緑が入り混じる牧草地帯、小さな集落の建物、遠くに峻険な山々。

 

 雄大で強靭な大自然の息吹を感じることが出来る土地である。


 特に、まもなく初夏だというのに雪を被ったままの山脈。優美な色彩と荒々しい稜線のコントラストが…………



 …………あれ?

 なんか、この光景…………



 「俺、ここに来たことあるかも」


 誰にともなく、呟いていた。


 奥に山脈があって、手前にはなだらかな丘陵帯。ところどころに、小さな森があって。



 ……やっぱり…この風景に、見覚えがある。



 「え?来たことがあるって……ここに?アンタが?いつの話よ、それ」

 俺の呟きを聞き取って、寒そうに腕を身体に回して震えながらもアルセリアが問う。なお、寒いと言っても温暖な季節であり、寒さ対策に随分と厚着をしていたりするのだが。


 「いつって……復活後じゃないから…多分、大戦の時か、その前………」


 なんだろう。頭の中が霞がかったように、ぼんやりしている。覚えている筈なのに、上手く思い出せない。

 

 いや……違う。思い出せないんじゃなくて。



 …………思い出したくないんだ、俺は。


 何故ならそれは、酷く苦い記憶だったから。魔王として生きていた俺が、初めて生の感情を知った一つの出逢いの記憶。



 けれども皮肉なことに、それが思い出したくない記憶だということに気付いたせいで、あの頃のことが次々と鮮明に甦ってくる。



 ……行かなくちゃ。


 理由もなく、そう思った。理由なんて関係なく、行きたいと思った。

 その衝動に突き動かされるように、俺は記憶を辿って歩き出す。



 「ちょ、ちょっとリュート!勝手にどこ行くのよ!」

 慌てたようなアルセリアの声が、背中から追いかけてくる。けれども、それには構わずに俺は歩を進める。


 牧草地帯を抜けて、海へ向かう。

 この国の海岸線は、氷河によって削られたフィヨルド。入り組んだ岸壁にへばりつくように作られた狭い道…人一人がやっと通れるくらいの、断崖絶壁の道を進むうちに、景色が変わってきた。


 積もる雪はもはや残雪とは呼べないくらいに厚く、芽吹きを迎えた緑は見えない。海に向けて流れ落ちるはずの滝は凍り付いて。




 一年のうちで最も暑い季節を目前にしているというのに、まるで溶ける様子の見えない氷塊が現れ、俺の後ろで三人娘が息を呑むのが分かった。



 「ねぇ、ちょっと何処まで行くのよ?もう凍えそうなんだけど」

 人一倍寒がりなアルセリアは、声まで震わせて俺に抗議する。

 その声も、彼女らの足音もすぐ後ろに聞こえている筈なのに、どこか遠い気がする。



 雪の中をしばらく歩き続け、俺が足を止めたのは、岸壁にぽっかりと空いた洞穴の前。


 「これ…は、ただの氷ではありませんね」

 俺に追いついたベアトリクスが、洞穴を塞ぐように鎮座する巨大な氷塊を見て言った。


 

 そう、これは普通の氷ではない。

 かつて俺が、何者もここに寄せ付けないようにとこの場を封じた氷。


 …()()の眠りを、誰も邪魔することがないように。



 俺が氷に軽く触れると、二千年以上にもわたって如何なる炎も拒絶してきた氷塊が、瞬く間に溶け出す。

 水にすらならず、蒸発して消えていく。



 やがて氷塊が消えると、俺は洞窟の中に進む。三人娘は、何を言っても無駄だと諦めたのか無言でついてきた。



 それほど広い洞窟ではない。少し進んだだけで、俺はその場所に辿り着いた。



 氷で出来た部屋。

 床も壁も天井も、一面透き通る水晶のような氷に覆われた、そこは霊廟。



 「……キレイ…………」

 ぼそっと、アルセリアが呟くのが聞こえた。

 俺の神力マナによって作られた氷は光を帯びて、陽光の射さない洞窟の奥で宝石のような煌めきを放っている。



 余談だが、この氷、一握り分でも売ったら一財産並みである。そんなセコイことしないけど。



 「来たことがあるって、この場所のこと?」

 アルセリアの質問に頷いて、俺は部屋の奥へ。


 祭壇のような氷塊の上に置かれた、氷の棺の前へ。



 「……棺?」

 「ここは………どなたかのお墓…なのでしょうか」


 

 アルセリアとベアトリクスの言うとおり。

 ここは、とある女性の眠る墓地だ。変わらぬ姿で彼女が眠り続けることが出来るように、彼女の最期の願いを叶えるために、俺が作り上げて外界から切り離した墓。

 

 ほんの短い間だけ共に過ごした、あの頃の俺にとって一番大切な女性ひと。冷酷無比な魔王にとっての、唯一の例外。

 俺が……この手で殺した女性ひとの、墓地である。

 


 どうして忘れていられたんだろう。あんなにも後悔したことはなかったのに。



 棺の中を覗き込む。

 時間の止まった氷の棺の中に、彼女は横たわっていた。あの頃と、何一つ変わることない姿で。



 白磁の肌。月光色の波打つ髪。

 昔、眠っている彼女によくそうしたように、俺はそっとその頬に指を触れる。


 そうすると彼女は決まって目を覚まし、薄紅色の瞳で俺をじっと見つめたものだ。



 そう……こんな風に。



 …………………?

 ………………………………こんな、風……に?



 棺の中の彼女と、思いっきり目が合った。

 ついさっきまで固く閉ざされていた瞼は、今はぱちくりと瞬きをしている。



 ……え?え?どういうことだ?

 だって、彼女は確かに死んだ筈……遠い昔に………



 「…………もしかして……ギル…なの?」

 「………………キア…?」


 とてつもなく久方ぶりに聞く彼女の声に、俺は硬直。

 そして、瞬きも忘れて絶句する俺に、彼女は…



 「ギル!ギルなのね!ようやく会いに来てくれた!!」

 「うわぁああ!?」


 満面の笑みと猪の如き勢いで上体を起こし、俺に抱き付いてきた。



 「嬉しい!ずっとずっと待ってたんだから!」

 「ちょ、ちょっと待ってくれキア。君は…………ちょ、く、くる………」


 死んだ筈の彼女が元気溌剌状態で俺に抱き付いている状況を説明してもらいたかったのだが、俺の首に回された彼女の腕の万力の如しに、言葉が遮られる。

 


 「キ…キア……ちょ、息が………ギブ!ギブギブギブ!」

 これ以上締め続けられると間違いなくオトされる。俺は全力を振り絞り、なんとか彼女を引き剥がすことに成功した。



 「……もう、なんで離れちゃうの?一緒にいてくれるって約束したじゃない」

 俺を絞め殺しかけながらも無邪気にむくれる彼女だが、これは一体どういうことだ?



 「…キア。その……君は確かに死んだ…ハズ。なのにどうして…?今の君は、一体何なんだ?」

 彼女は死んだ。それは覆しようのない事実。魔王である俺が、その魂を霊脈へと還したのだから。


 「ひっどーい。恋人に向かってそんな言い方ないじゃない」

 「……恋人…?」


 俺の表現に抗議する彼女の言葉に、それまで状況についていけずに傍観するしかなかったアルセリアが敏感に反応した。


 「…ちょっとリュート。恋人ってどういうこと?って言うか、その女の人……誰?」

 何故かは知らないが、戸惑いが怒りに変わっている。


 で、勘弁してもらいたいことに、そんなアルセリアに()()も対抗して。


 「……ねぇ、ギル。このたち、何?貴方の従僕…には見えないけど」

 「失礼ね!誰が従僕よ!寧ろそいつが私たちの補佐役なんだから、勘違いしないでよね!」


 ああ、頼むからこんなところでしょーもない喧嘩をしないでくれ。

 


 で、こういうときには頼りになるのがベアトリクス。

 「お二人とも、落ち着いてください。まずは、リュートさんにこの状況を説明していただきましょう」

 にこやかに有無を言わせない調子で、場を収めてくれたのだった。

新キャラ登場です。三角関係の予感です。

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