第百七十五話 手がかり
一旦フリダシに戻ったかと思われた神格武装探し。
意外なところで、重要な手がかりを得ることが出来た。
「…陛下、お疲れのようですが……?」
ギーヴレイの、気遣わしげな声。
執務室で、眉間に皺を寄せている俺を見て心配になった模様だ。
「ああ、そうではない。……少し、煮詰まっていて…な」
これは勇者たちの問題なので、彼らに迷惑をかけるわけにはいかない。心配させまいと、そう答えておいたのだが。
「…左様でございますか。……こちらは、本日中の決済をお願いいたします」
……そのせいでもないだろうが、容赦なく追加の書類を机の上に置かれてしまった。
うう……酷い。心配するなら、こっち方面でも心配してほしい。ギーヴレイからの書類攻撃が、留まることをしらない勢いである。
俺は、新しい書面を何気なく手に取る。
それは、兵站の拡充計画だった。天界の不審な動きに対してギーヴレイが進めているもので、したがって中身を見なくてもそれが完璧な計画書であることは疑う余地がなかった。
とは言え、まったく読みもせずサインするのも失礼な話なので、形だけでも読むフリをしてみたり。
……そう言えば、二千年前はこんな風に「読むフリ」すらしてなかったよなー。臣下に気を遣うような真似など考えたこともなかった。
確かあの頃も、ギーヴレイは重要な案件に関し俺の裁可を求めてきていた。しかし当時の俺は、彼の話をロクに聞きもせず「構わぬ。貴様に一任する」の一言でそれらをギーヴレイに丸投げしていたものだ。
もう少しきちんと話を聞いていれば、世界のことについてもっと多くを知れたんだろうな。今さら後悔しても遅いけど。
……二千年前…か。
……………ん?
……二千年前?
ちょっと待てよ………そう言えば……
いるじゃん。竜以外にも、二千年前を知る奴らが。
なんで思いつかなかった?いっつも接してるせいで盲点だった?竜なんかよりもずっと身近で、大戦にも参加していて、色々なことを見聞きしていた連中が。
いるじゃないか……俺の、目の前に。
「ギーヴレイよ」
「……小休止は、この束を終わらせてからにしていただきます」
「え、いや……それはあんまり…………ではなくて」
それはそれで物申したいが、俺が言いたいのはそうじゃなくて。
「天地大戦の折、天使共が召喚した幻獣が暴走するという事態が起こったらしいのだが……お前は、何か知っているか?」
それまでの遣り取りとは何の関連性もない唐突な質問ではあったが、流石はギーヴレイ。戸惑うことも言い淀むこともなく、
「幻獣の暴走、と表現出来る事態は、大戦中に五回ほどございましたが、どの件でございましょう?」
と、ビックリネタを披露してくれたりした。
……って、五回?そんなに暴走させてたの、あいつら?
まあ……大戦っつってもかなりの長期間に渡って断続的に行われていた戦争の総称で、二千年前と言うのは、あくまでも終戦した時代。戦自体は、その千年以上前から度々起こっていたわけで、そう考えればそれほど頻度が高いというわけでもないのか。
「……どの…と言われると困るのだが……天使共ですら手に負えなくなった事態を、幻獣殺しの英雄とやらが解決した、と聞いた」
「それでしたら、三度目のことでございますね。あれは、我ら魔族にとっても悪夢と呼べる災厄でした」
………おお、やっぱり覚えてた、しかも竜よりもかなり鮮明に。つくづく、ギーヴレイ恐るべしである。
「その英雄について、どの程度知っている?」
「それほど多くを知るわけではございません。その者の種族は廉族、確か人間種であった筈です。しかし、教会騎士ではなかったようで、しかも単独行でした」
…十分詳しそうだ。これなら、もしかして。
「その者が、幻獣殺しの後にどうなったかは知っているか?」
「幻獣を屠った後、何処へか姿を消したという話です」
「何処…とは?」
「申し訳ございません、そこまでは……」
やっぱりダメかーーー。
がっかりする俺の姿を見て、ギーヴレイは慌てたように、
「しかし、途中まではその者の動きを探らせておりました。確か最後に確認出来たのが、北の辺境イーゼ・ヴァーン付近だったと記憶しております」
と、付け足した。
「なるほど……北、か」
おお、結構具体的な情報が出てきたじゃないか。こんなことなら、最初からギーヴレイに話を聞いておけば良かった。
「助かった。お前はつくづく頼りになる臣下だな」
俺の謝意に、
「……!勿体ないお言葉にございます!」
やっぱり目をウルウルさせながらも、容赦なく次の書類を積み重ねるギーヴレイであった。
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本当は、すぐにでも北の地へ向かいたかったのだが。
俺が魔界から地上界へ戻れたのは、翌日である。理由はお察しのとおり、仕事が終わらなかったから。だいぶ地上界を優先してしまっていることは自覚しているので、たとえ書類仕事であってもなおざりには出来なかったのだ。
「お前ら、北に行くぞ!」
だから、“門”から唐突に顔を出して唐突に言い放った俺に、宿の部屋でくつろぎまくっていた三人娘が驚いて飛び上がったのも、ムリはない。
「何よ、いきなり声かけないでよね、吃驚するじゃない!」
アルセリアの抗議は、さらっと聞き流す。
「なあ、ベアトリクス。北に、イーゼ・ヴァーンっていう地名はあるか?大戦時は、そう呼ばれてたみたいなんだけど」
こういう話は、ベアトリクス相手の方がスムーズに進むのだ。
「イーゼ・ヴァーン…ですか?そういう地名は聞いたことがないので、おそらく古代の名称でしょう」
念のために地図を広げるベアトリクスに並んで俺も覗き込むが、確かに地図上にそのような地名は存在しない。
「古地図とか、そういうのってないのか?」
「大戦時となりますと……探せばもしかしたらあるかもしれませんが、難しいかもしれません」
ええ、それは困る。地図くらい、残ってないのかよ。地球だったら、昔の地図だって……
いや、それはどうなんだろう……流石に、二、三千年前の具体的な地名が記された地図なんてのは、無いかもしれない……
「……あ、でも…」
ベアトリクスが、地図の一点を指差した。
「この岬………イゼルハンと記されてますね」
「どれどれ……ほんとだ」
ベアトリクスの指の先。北の最果ての突端に、小さく「イゼルハン岬」とある。
「イーゼ・ヴァーンと、イゼルハン。……似てるよな」
「…似てますね」
……地名とかって、昔の響きが残されてたりすること多いよな。
この辺りが、かつてのイーゼ・ヴァーンである可能性は、充分にあるだろう。
「で、そのイーゼなんとかが、どうしたってのよ」
蚊帳の外になっていたアルセリアは、なんとなく面白くなさそうだ。
「このあたりに、例の“幻獣殺し”の足跡があるかもしれない」
「…ほんと?そんな昔のことなのに?」
アルセリアが疑問に思うのも仕方ない。歴史上名の残っている人物でもない上に、その当時を知る者ですら“幻獣殺し”の行方を知らないのだ。二千年以上時間が経過してしまっていることから、たとえその地に移り住んでいたとしても、その痕跡を見つけることは不可能だろう。
だが。
「人間そのものはともかく、神格武装とまで言われた武器は何らかの形で残っている可能性が高い。普通の武器と違って、経年劣化とは無縁だからな、あの手の武器は」
仮に武器としての形を保っていなくても、その一部でも入手出来れば再現だって、出来るかもしれない。
「フーン…そんなものなの。……で、北に行くのね?」
……あれ?なんかアルセリア、乗り気じゃなさそう……?
「…どうした?何か問題でも……?」
「そういうわけではありませんよ、リュートさん」
怪訝そうな俺に、ベアトリクスは苦笑しながら、
「アルシーは、寒いのが嫌いなんですよね」
………子供かよ。
ちなみに、魔族の平均寿命は200歳前後ですが、大戦中…というか魔王の臣下として加護を受けている最中の武王たちは、不老状態だったりします。羨ましい。




