第十六話 料理よりも献立を考えるのが一番面倒。
勇者たちの食欲に根負けした俺は、夕飯の肉料理を作るべく、材料調達に出掛けた。連中には、くれぐれもおとなしく休んでいるように、と言い含めてある。
宿を出て、商店街の方へ。この村、田舎ではあるがそれなりの規模がある。郊外には畑や牧場が広がり、商店街には肉屋、魚屋、八百屋、金物屋に雑貨屋、果ては大人の店(なんで文化が違ってもこういうのは似たような雰囲気を醸し出しているのだろうか…)まで揃っていたり。
日本で言えば、都市部のベッドタウンくらいの感じだろうか。村の人々の表情も柔らかで、満ち足りた生活を送っているように見える。
宿の親爺は、十年前までは食うにも困る困窮ぶりだったと言っていたが、今の様子からはちょっと想像出来ない。
うーむ。たった十年で、餓死者さえ出るような村をここまで繁栄させたってことか。だとすると、あの村長、かなりの逸材じゃないか。
魔族だったら、スカウトしたいくらいだ。
さて、メニューだが、どうしようか。三人娘は肉料理をご所望だが、あまりにくどい料理だと消化に悪いし。あれでもあいつら、傷病人なんだし。
俺は、商店街をぶらぶらして店をひやかしつつ、考えることにした。
肉屋の前で足を止める。朝は一角兎の解体でのみお世話になったが、今度はここで肉を買うか。魔力回復のことを考えれば、より新鮮な狩りたてホヤホヤが一番なんだが、あの様子を見るとそこまでする必要もないんじゃないかという気がしてくる。
新鮮なものなら、店の肉でもよさそうだ。種類も豊富だし、メニューも考えやすそう。
問題は……調味料。この世界には、少なくとも俺の知る限り、醤油や味噌はない。豆板醤も甜麺醤もない。オイスターソースも見たことがない。
コンソメの素もないから、一からブイヨンを作るしかなかった。あれ、結構手間がかかるんだよな。朝の残りがあるから、今回はそれを使って煮込み料理にしようか。
ポトフなら、作れるか。でも、また「あっさりしすぎ」とか言われるかも。
んー…………くどくなくて、でもそれなりに「がっつり感」がある肉料理、となると……。
よし、鶏肉のトマトソース煮にしよう。トマトならこの世界にもあるし、葡萄酒があることも既に確認している。鶏は……肉屋でそれっぽいのを調達しよう。
メニューを決め、俺は郊外の畑に向かう。
え?なんで八百屋じゃないかって?
実は、朝に材料を買いに行った際、店ではなくて、農家のおばちゃんから直接買い付けたのだ。理由としては、勿論鮮度の良いものが欲しかった、というのもあるが、単純にまだ店が開いていなかったから。
見慣れぬ旅人に対し、おばちゃんたちは気前よく野菜を格安で分けてくれた。おっさんは若い女性に甘く、おばちゃんは若い男性に甘いというのは世界が異なっていても変わりないらしい。
で、今回も新鮮野菜を安くゆずってもらおうと、畑に向かったわけだが。
………あれ?教会なんてあるんだ。朝は急いでたから気付かなかったな。
商店街を外れたところに、古びた教会が建っていた。長い年数風雨に晒され、外壁はボロボロに朽ちかけているが、周囲にはよく手入れされた花壇があり、清掃も行き届いている。
素朴だが、心休まる空間。
なんとなしに、興味を惹かれた。半分壊れて傾いた門をくぐり、敷地内へと足を踏み入れる。
入口の扉の前に、一人の青年がいた。
「おや、見慣れぬお方ですね、こんにちは。何か御用ですか?」
服装からすると、神官だろう。薄い顔立ちに、柔和な表情。やせぎすで、背は今の俺より少しだけ高い。
「あ、いえ、特に用というわけじゃ…」
「ああ、申し訳ありません。別に御用がなくても構わないのですよ。いつでも神の御心は貴方に開かれております」
胸に手を当てて青年は言う。
………神の御心は貴方に開かれている……か。
おそらくそれは決まり文句のようなもので、神官からすれば大した意図があったわけじゃないのかもしれないけれども、俺の心にはけっこう深くぶっ刺さるものがあった。
「ここは、ルーディア教の教会、なんですよね」
「ええ、勿論です。私はエルネスト=レーヴェといいます。この教会で、司祭をさせていただいております」
エルネスト司祭のにこやかな自己紹介に、俺も思わず
「あ、ご丁寧にどうも。俺は…………………えっと」
自分も名乗ろうと思って、すんでで思いとどまった。
いやいや、俺、名乗って大丈夫なの?………んなわけないよな。流石に「魔王ヴェルギリウスです」なんて名乗るわけにはいかないよな。
だとすると………
「リュウト、です。リュウト=サクラバ。ええと、今は旅人をやってます」
桜庭柳人を名乗るしかあるまい。
「リュート=サクラーヴァ…さん……ですか。めずらしいお名前ですね」
いやいやいやいや、なんか違う。サクラバ、であって、サクラーヴァ、ではない。の、だけども…
ここの人には発音しにくいのか?いちいち訂正するのも面倒なので、まあいいや。
「あの、リュートさん。旅人、と仰いましたが、もしかして、勇者様のご関係者…だったりします?」
「え?あ、まあ、そんなところで………よく分かりましたね」
「いえ、こんな辺鄙な田舎に他所のお方が来るなんてまずないことですから」
ああなるほど。偶然二組の旅人が同時に来た、と考えるよりも自然か。
「勇者様たちのお加減は、いかがなのでしょうか?」
心配そうに、エルネスト司祭は尋ねた。
あいつらの状況はあまり村人には理解されてないとばかり思ってたのだが………。
宿の親爺といい、良識人はちゃんといるようだ。
「ああ、ご心配おかけしてすみません。まだ全快とはいきませんが、しっかり休養をとらせればじきに良くなりますので、安心してください」
……ん?「すみません」?なんで俺がアイツらのことで、他人に謝ってるんだ?
これじゃまるで、保護者になったみたいだ。
「それは良かった。実を言うと、今回のヒュドラ討伐の依頼に関しては、私も責任を感じておりまして…」
「それは、どういう…?」
エルネスト司祭は、バツの悪そうな顔で、
「彼女たちが勇者様ご一行だと村長に伝えてしまったのが、私でして………その、聖都ロゼ・マリスでお見かけしたことがあったものですから」
……なるほど。これで頭にひっかかっていたことにも合点がいった。確かに司祭だったら総本山に行くこともあるだろう。
軽い気持ちで、有名人がうちの村に来てるーと吹聴したら、思いの他大騒ぎになってしまった、というところか。
「まさか、勇者様方がお怪我をされてるとは露知らず………これであの方々にもしものことがあれば、私は……」
「まぁまぁ。結果として無事だったんだから、良しとしましょうよ。無茶をしたアイツらも悪いんですし」
恐縮しきりの司祭を見てると、慰めてやりたくなってくる。何て言うか、人の好さが全身から滲み出ている。村長にもこのくらいの謙虚さがあったら、こっちだってあんな言い方しなかったのに。
「多分、一週間くらい休んだら全快するんじゃないですか?やっぱり“神託の勇者”は規格外ですね。回復力が半端じゃない」
「そうですか……。リュートさんがいてくださって、良かったです」
……へ?いきなり、変なことを言い出したぞ。
「貴方が、彼女たちのことを色々気にかけてくださっているおかげで、彼女たちはお役目に専念出来ているのでしょうね」
………………………いえ、どちらかと言うと、その「お役目」の対象だったりします………。
勿論、そんなこと言えるはずもなく。
「いえいえ。俺がやってることなんて、せいぜいアイツらに飯を作るくらいですよ」
「食事は大切です。食べたものでその人は形作られるのですから。体調管理の基本でもありますし」
なんだか、勇者たちと違って会話がちゃんと成り立ってる。あの三人娘と話していると、やけに疲れるんだよな。
思わぬところで気の合いそうな良識人と出会った俺は気分を良くし、その後他愛のない話をダラダラとしてから、教会を後にした。
ああ、まともな会話は心が落ち着く。また疲れたらあの教会に行くことにしよう。
“魔王”としてそれははどうなんだ、ということを考えつつ、俺は本来の目的のため、畑に向かうのであった。
今日は年休です。週休三日くらいあればいいのにって、本気で思います。




