第百七十一話 陰謀返し
面食らう人々の中、国王の目の前に進み出て、俺は一人頷いていた。
よっしゃ。俺、ナイスタイミング!
裁判もどきを中断していきなり入室した俺に、国王は玉座から腰を浮かせて驚いている。大臣たちも、顔を見合わせてどうしたらいいのか戸惑っている。
レティシア王女の顔は、真っ青だ。
俺がここにいて、イヴラがここにいないという事実が何を示すか、彼女には分かっているのだろう。
警備の兵士たちは、いつでも抜刀出来る態勢で俺と国王との間に立ち塞がった。
……三人娘は…
今頃来やがって、遅いんだよ。
……って顔をしている。
とは言え、仕方ないじゃないか。いや、そりゃあ、この場でタイミングを見計らっていたのは事実だよ?せっかくだから、ちょうどいいところで颯爽と登場した方が、ほら、なんかカッコいいじゃん。
けど、今の今まで、予想していたこの事態を打開するために色々と動いていた苦労は、評価してくれてもいいだろう。
「…其方は、確か勇者殿の補佐役…だったな?其方も共犯であろう、大人しく…」
「改めてまして、国王陛下」
俺は、何やら言いかけた国王を遮って、自己紹介。
「ルーディア聖教会、枢機卿グリード=ハイデマン旗下“七翼の騎士”が一翼、リュウト=サクラバと申します。以後お見知りおきを」
仰々しく腰を折ってから顔を上げると、国王の表情が硬直していた。
「“七翼の騎士”……だと?」
「フォルヴェリア王家による聖骸簒奪、占有、私的利用に関し、聖教会の命を受け、査問に参りました次第でございます」
俺の台詞に、国王は今度こそ玉座から立ち上がった。
「馬鹿な!何を証拠に……いや、そもそも貴様の仲間が、我が娘に危害を」
「“神託の勇者”、及びその随行者は、今回の件での協力者です」
なんかもう、色々と想像どおりだ。つくづく、グリードのおっさん恐るべし、である。
イヴラを片付けた後、勇者たちと合流しようとした俺は、レティシア王女の企みを目の当たりにし、その場に出て行くことをやめた。
俺がそこで出て行っても、アルセリアたちと一緒に捕まるのがオチだからだ。
そして、“門”を用いてタレイラに行き(最初はルシア・デ・アルシェに行ったんだけど、グリードは自宅へ帰った後だった)、グリードへ全てを報告。勿論、フォルヴェリア王家が聖骸をヴァーニシュから持ち出していることも含めて。
俺の話だけで、グリードは全ての事情を察し、未来を予測した。そして俺に、自分の子飼いを預け(知らなかったが、七翼には下部組織があるらしい)、今後の方針を提示してくれたわけだ。
片手を上げて合図をすると、“七翼の騎士”の下部組織、“暁の飛蛇”の三十名が、謁見の間になだれ込んできた。
なお、城内の警備はとっくに無力化してある。
「国王陛下。聖骸は、このエクスフィア全ての民の信仰の拠り所であり、一個人が…例えそれが一国の王家であろうと…私的に所有、利用することは許されるものではありません。しかしながら貴方がたは聖教会に無断で聖骸地より聖骸を持ち出し、王家の所有財産にそれを組み込みました。のみならず、聖骸の失われたヴァーニシュを、なおも聖骸地と偽り続けた罪状も、看過出来るものではありません」
…因みに、俺の口上の間、アルセリアは非常に気まずそうな表情をしていた。ベアトリクスも、よくもまあ白々しくもそんなことが言えるな、と言わんばかりのジト目になっている。ヒルダは、特に気にしてなさそうだけど。
まあ、いいんだよ。他ならぬ魔王がいいっつってんだから。
いいってことに…しておいてくれ。
「お待ちなさい!勇者も、聖骸を求めていると言っていたではありませんか!」
レティシア王女の当然の抗議も、
「聖教会の命です。勇者は、聖骸の実在性を証明するために各地を渡っています」
伝家の宝刀、「聖教会の命令」で片付けてしまう。
「お待ちなされ。我ら王家が聖骸を私的利用しているなど…何の証拠があって申されるか?」
国王は、なおも粘る。
けど、粘っても無駄なんだな。
証拠なんて、グリードがたっぷりと作成済なんだから。
俺は、手にした紙を掲げてみせた。
「ここに、“七翼の騎士”の諜報員による調査報告書があります。これによると、聖骸地ヴァーニシュがもぬけの殻であること、及び、聖骸地から王都へ聖骸と思われる宝物を運んだ運送屋の証言があります」
「運送屋?そんなはずはありません!でっち上げだ!!」
「それは、聖列裁判で仰ってください。…それと、聖骸地への補助金に関して、使途不明金が見受けられます。申請された整備事業も、未着手であることが確認出来ました。それと、使用目的の捏造、改竄も。フォルヴェリア王国が、国絡みで聖教会に対し詐欺行為を働いたと、疑わざるを得ません」
俺の手の中の書類に書かれた内容は、完全な捏造もあれば事実もある。が、それは俺が気にすることではない。
聖教会が、どのような思惑で、かつどのような手段で一国を傀儡にしようが、俺に実害がなければそれでいい。
「神聖冒涜罪で、フォルヴェリア国王ムルド=アシャード=ティーヴァ、及び王女レティシア=アシャードを拘束します」
俺の言葉と共に、“暁の飛蛇”が動いた。
聖教会の権威の前には、一国の国王と言えども面と向かって逆らうことが出来ない。神の使徒たる資格を取り上げられてしまえば、王権の正統性も失われるからだ。
突然の逆転劇に呆ける国王と、怒りと憎悪と屈辱に身を震わせる王女が拘束され、代わりにアルセリアたちの拘束が解かれた。
「…遅いわよ」
案の定、アルセリアからクレームが。
「仕方ないだろ、タレイラまで行ってグリードのおっさんの協力を取り付けてきたんだから」
「……早くない??」
んん?なんだよ、遅いっつったり早いっつったり。
「だって、タレイラからここまでって……え?二日……いくらなんでも…………ってアンタまさか」
「いやいやいや、違う違う」
“暁の飛蛇”を連れて“門”を使用したのかと勘ぐる勇者に、きちんと説明。
「ルシア・デ・アルシェを中心に各地の主要大聖堂を結ぶ転移法陣を使わせてもらったんだって」
「……何それ?」
首を傾げる勇者。本来は、教皇と枢機卿、姫巫女にしか知らされていない緊急避難用設置法陣なので、知らなくても無理はないか。
…と、連行される王女が、俺の前で立ち止まった。
それまではまるで俺のことなんて意に介していなかったのに、今や憎悪の全てをぶつけてきている。
……うん、こういう眼で見られるのも、久しぶりだ。悪くない。
「……イヴラさまは……」
食いしばった歯の隙間から絞り出すように、王女が声を出した。
「イヴラさまは、どうしたの……貴方なんかに、不覚を取るような方じゃない…」
随分と、イヴラ…イヴリエールのことを信用しているようだ。けど、
「イヴラ?ってあの、筆頭宮廷魔導士…ですよね。……さあ?そう言えば、姿が見えないようですが」
首を傾げる俺が、白々しい嘘を述べていることはすぐに分かるだろう。だが、それが分かったからと言って彼女に出来ることなどない。
「とぼけないで!あの方は、我々地上の民をお導き下さる天の使者なのよ!貴方のような汚らわしい者が触れていい方じゃ……」
言葉の途中で、レティシア王女が息を呑み黙り込んだ。
その時の俺のとっておきの笑顔は、彼女の目にはどんな風に映ったのだろう。横にいた三人娘も身体を強張らせていたのは心外だが。
「天の使徒などと…俄かには信じがたいですね。確認しようにも、本人は何処にも見当たりませんし。戻ってきたら、聞いてみることにしましょう。……戻ってきたら、ね」
表情とその言葉でイヴラの末路を暗に示し、俺は連れていかれるレティシア王女に背を向けた。
「……アンタ…」
ふと見ると、アルセリアが呆れているのか戸惑っているのか妙な表情のまま固まっていた。
「なんだかんだ言って、結構容赦ない性格してるわよね……」
今さらな勇者の言葉に、俺は思わず笑い声を上げてしまった。
こいつらは、まさか俺が博愛主義者だとでも思っていたのだろうか。
俺が気を配るのは、自分の大切なモノに対してだけだ。
そして俺は、大切なモノを見誤ったりはしない。
「そりゃそうだよ。…あれ、お前ら知らなかったっけ?俺さ、実は魔王だったりするんだよ」
互いに不本意なことながら、この三人もその中に含まれてしまっている、というだけで。
色々計画したのはグリードですが、捏造含めて情報を集めたのはイライザ姉さんです。表には出ませんが、グリードのやり方に一番役立ってるのは多分彼女だったりします。




