第百七十話 多面性と言っても限度があるだろう。
「アルシー、どうしましょうか」
フォルヴェリア王城の地下牢。レティシア王女の言うとおり狭苦しい石造りの小部屋に押し込まれて、ベアトリクスが途方に暮れたように尋ねた。
問われたアルセリアも、困り果てている。
リュートを当てにしてなくもないが、彼が間に合うとも限らない。そもそも、今何処で何をやっているのかも分からない。
イヴラが例え何者であっても、リュートが「負ける」ことは有り得ないだろう。しかし、幾度となく詰めの甘さを露呈している魔王のことだ、またドジを踏んで身動き取れなくなっている可能性だって、無きにしも非ず。
「どうするって言われても…ねぇ。出来ることと言えば、このまま様子を見るか強引に逃げ出すか…くらいでしょ」
そのどちらが正解なのか、分からない。簡単なのは逃げ出してしまうことだが、その後に訪れるであろう面倒な状況は回避しようがない。
様子を見て、リュートの助けを待つのがいいかとも思うが、仮に彼が間に合わなければ意味がない。
……なお、リュートが助けに来ない…という可能性はまるで考えていない勇者一行である。
「このまま裁判になったらさ、どうなると思う?」
アルセリアの問いに、
「……そりゃあ、死刑じゃないですか?」
「くびきりー、はらきりー、だんとーだい?」
ベアトリクスとヒルダの意見も一致している。
「そうだよねぇ。なんか、最初から仕組まれてたっぽいもんね。私たちが、ヴァーニシュに聖骸はないって勘づいたから?」
「レティシア王女は、それだけでもないような気がしますが……まあ、そんなところでしょう」
ベアトリクスの返事に、アルセリアは大きな溜息を一つ。
「ほんっとあの王女、いい性格してるわ。一発くらい殴ってやれば良かった」
獰猛な表情で拳を握りしめる。
「そんなことをしたら、一切言い逃れが出来なくなりますよ」
「どうせ同じでしょ?歯の一、二本、折ってやりましょうか」
…とてもではないが、勇者の台詞ではない。
「もうこうなったら、フォルヴェリアに喧嘩売っちゃう?」
やけくそと言うよりも面白そうなことを思いついたような表情で、アルセリアは提案する。
「売ってどうするんですか?下手すると、フォルヴェリアだけでなく聖教会からも追われることになりますよ?」
そんな勇者の短慮…冗談で言っているとも限らないのが恐ろしい…を、呆れ顔で諫めるベアトリクスだが、最悪、最悪の最悪、本当に打つ手がなければそれも致し方ないと考える。
世界のため、人々のためならばいざ知らず、国だの教会だのの都合で無駄死にするつもりは、なかった。
「いーじゃん、追われても。…あれ?そしたら、リュートが教会の尖兵として私たちを追うことになるのかな?」
リュートが“七翼の騎士”である以上、有り得ないことではない。
有り得ないことではない、が……
「そしたら、魔王が聖教会の使徒として、聖教会に背いた勇者を追いかける…ってことですか?もう訳分からないんですけど」
「あはは、そうなるのか。ウケるー。だったらいっそ、私たちは魔界に逃げる?」
そんな妙な状況になったら寧ろ面白いと、アルセリアは半ば開き直っている。
「と言うことは、聖教会の追手である魔王から逃れて勇者一行が魔界で匿ってもらう……?」
「ディオっちなら、協力してくれる…」
本来ならば有り得ないはずなのに有り得る未来を想像し、三人娘は笑い声を上げる。
「えー、じゃあさ、魔王としてのアイツはその場合どうすんのかな?」
「魔王としては……協力してくれるのでは?」
「はい、じゃあ状況を整理すると?」
ベアトリクス、しばし考え込んで。
「魔王として勇者に対抗する彼は、聖教会の補佐役として勇者に協力してて、でも聖教会の追手として勇者を追うことになって、そしたら魔王として勇者に協力…する?」
「あはははは、ややこしーい」
ケタケタと笑うアルセリア。とても裁判を待つ罪人の様子には見えない。
「そもそも、アイツが何も考えずに行動するもんだから、こんなややこしいことになるのよねー。自分でそのこと分かってるのかしら?」
「分かっているとは思いますよ。分かっていながら、どうしようもない…というのが本音では?」
ベアトリクス、ズバリと言い当てる。
「やーっぱそうだよねぇ。アイツ、普段私たちのことポンコツだとか単細胞とか好き勝手言ってるくせに、自分だってそうじゃんねー」
本人の不在をいいことに、好き放題言って現実逃避をする勇者一行であった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
アルセリアたちの裁判は、それから二日後に行われた。
裁判と言っても、正式なものではない。裁判所で行われるわけでもなく、彼女らが引き立てられたのは、国王の面前。
国王と、傍らにはレティシア王女。フォルヴェリアの高官たちも立ち並ぶが、弁護士役も、裁判官も、判事役さえもいない。
王家の都合で全てが決定される、私的裁判。
「陛下。この者たちは、神託の勇者という立場を利用し王女である私に近付き、私の殺害を企てました。その目的は、ティーヴァ王朝の滅亡と思われます」
レティシア王女は、父王に「勇者の罪状」を告げる。
「……勇者殿…いや、アルセリア=セルデン。それは真か?」
国王はそう尋ねるのだが、アルセリアたちの言い分を聞くつもりはなさそうだった。
「いいえ、陛下。私は誓って、そのようなことはしておりません」
臆せず、堂々と反論するアルセリア。
「私には、そのようなことをする理由もありません」
「しかし、王女は其方に襲われたと証言している」
「違います!確かに私と殿下は剣を交えました。しかしそれは、私的な手合わせに過ぎません。現に、私は殿下に怪我一つ負わせてはおりません!」
アルセリアは言いながらも、国王の表情に変化がないことに気付いていた。
おそらく国王も初めから分かっている。分かっていて、王女側なのだ。
聖骸の私的利用が聖教会に知られる前に、証人を消してしまおうという目論見か。
この状況で、自分たちが無実であると彼らに言わせることは不可能。この場にいる全員がグルなのだから、真実などどうとでも改竄出来る。
…最悪の場合、こうなったらお尋ね者でもなんでもいいからこの場を強行突破するしかない。アルセリアは、手配書に描かれる自分の人相書きを想像し、途方に暮れる。
審議など、何一つなかった。王女の言葉だけが真実とされ、初めから決まっていたシナリオどおりに裁判は進む。
「アルセリア=セルデン。フォルヴェリア王族殺害未遂、及び国家転覆未遂の咎で、死罪を申し渡す。共犯者たるベアトリクス=ブレア、ヒルデガルダ=ラムゼンも、同様だ」
言いながら笑みを浮かべる国王に、逃げる前に蹴りの一つでも食らわせてやろうとアルセリアが決心した、その時だった。
「はーい、はいはい。裁判中失礼しますよ…っと」
まるで見計らったようなタイミングで、その男は現れた。
書いていて、思いのほかリュートと三人娘の関係ってややこしくかつ不安定なものなんだなーと今さらながら思ったりしました。




