第百六十話 小休止
休息を終えた勇者が稽古を再開し、小休止を終えた魔王が「夕飯の準備」を言い訳に、続く執務から逃げ出した頃。
六武王の一人、ディアルディオ=レヴァインは、“神託の勇者”の随行者である神官ベアトリクス=ブレアと魔導士ヒルデガルダ=ラムゼンを連れての魔界観光から戻って来たところである。
「魔界と言っても、色々な場所があるものなんですね」
魔界と言うと暗黒と瘴気に包まれたおどろおどろしい不毛の地…という印象しか持っていなかったベアトリクスだが…尤もそれは地上界の一般的な認識である…、今回の観光で、それが完全な誤解であることを知った。
「そりゃそうだよ。地上界だってそうなんだろ?」
二人が楽しんでくれたことにご満悦なディアルディオは、誇らしげに胸を張る。
因みに、今回彼が二人を案内したのは、魔都イルディスの城下町。魔王のお膝元であり、魔界で最も繁栄し整備された大都市。
魔界にも様々な観光地や遊興地はあるが、まずはここだろうということで案内したのだが。
……敵地の偵察だとかそういう可能性にまるで思い至っていないのは、お互い様のことである。
「さて、アルシーは頑張っているでしょうか」
頑張っているどころか、何度もズタズタに切り裂かれていたりするのだが、そんなこととは露知らず呑気なベアトリクス。
「まぁ、アス姉は厳しいからねー。ビッシバシやられちゃってるんじゃないの?」
そう予想するディアルディオだが、想定しているのとは「ビッシバシ」の程度がかなり違う。
「………おなかすいた」
お腹に手を当てて、ヒルダが切なそうに呟く。ついさっきまで露店で買い食いをしまくっていたのだが、全然足りていないようだ。
「じゃあ…戻ってなんかおやつにする?」
提案するディアルディオだが、
「でも、この時間ですと……お茶くらいにしておいたほうがよくありません?お夕飯を美味しく頂くためにも」
現在、おやつ時は過ぎている。
「あ、そっか。…………夕飯……かぁ」
何かに気付いたように言うディアルディオの内心は、今日も陛下のご飯が食べれるのかな?という一点に占められている。
「今日のお夕飯は何でしょうね」
「……お肉食べたい」
ベアトリクスとヒルダは、リュートが食事を作るものと疑っていない。
「じゃあ、帰ろうか。空腹は、夕飯まで我慢するとして」
ソワソワを隠し切れないディアルディオの提案に、二人は頷く。
「アルシーも、夕飯は一緒に取れるんでしょうか」
「…誘わないと、可哀想」
「アス姉もね。仲間外れにするとイジけるから」
「…………こども?」
現在進行形で幾度となく死にかけている勇者とはあまりに温度差がありすぎる三人であった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「………アルシー…大丈夫ですか?」
夕飯の席で。ベアトリクスは、アルセリアの憔悴しきった姿に仰天する。
外傷こそエルネストの治癒術で全快しているが、今にも卒倒しそうな様子に、彼女の受けた「稽古」が並々ならぬものであることは容易に想像出来た。
なんとなく、自分たちだけ呑気に楽しんでいたことに罪悪感を抱いてみたり。
「……ん。なんとか……」
フラフラになりながらも、席に着くアルセリア。と、そこで周りを見渡して、
「……あれ、リュートは?」
この場にいるのは、ディアルディオとエルネスト、アスターシャ、そして勇者一行。食卓の上を見れば、食事を用意したのがリュートであることは分かるが、肝心のリュート本人が何処にも見当たらない。
「なんだか、用事があると言ってましたけど」
と答えるベアトリクスも、詳しいことは聞かされていない。他の面々にしても、同じようだ。
「とりあえず……いただいてもいいかしら」
何はともあれ、さっさと食べてさっさと休みたいアルセリアには、他の事に気を取られる余裕がない。
「……いただきます」
それでも行儀よく挨拶し、匙を手に取る。
「……ほう。これが、陛下御自ら手がけられた料理か…。実に光栄なことだ」
「ねぇねぇアス姉。稽古って、どんなだったの?」
初めてのリュートの料理にしみじみ感激しているアスターシャの横に陣取って、ディアルディオが興味津々に訊ねた。
「ん、気になるか?ならば、一度見に来るといい」
「え、いいの?邪魔にならない?」
「私は別に構わぬし、アルセリアは外野を気にする余裕はないだろう」
隣り合っておしゃべりする様子は、年の離れた姉弟のようにも見える。
「あー……やっぱこれねぇー。染み渡るわぁ」
にんたまポタージュを一匙呑み込んでから、アルセリアは大きく息を吐く。
「そうだ、アルセリア」
同じようにポタージュを口にし、恍惚の表情でそれを味わってから、アスターシャが思い出したように問いかけた。
「其方、魔導も使えると聞いたが」
「え、あ、はい。…そこまで使えるってわけでもないですけど……」
実際、アルセリアの魔導はヒルダには及ばない。とは言え、魔導技術だけでも一般的な第一等級遊撃士として活動出来る程度の実力は持っている。
ただ、今回は剣術の稽古も兼ねているということだったし、アスターシャが純粋な剣士なので、一切魔導は使用するつもりはなかったのだが。
「明日は、剣に加えて魔導も使え」
アスターシャは、アルセリアの事前情報を得ているわけではない。だが、その戦いぶりから彼女が魔導剣士であることを察したのだ。
「え…いいんですか?」
「いいも何も、余力を残したままで限界を突破など、出来るわけもあるまい」
戸惑うアルセリアを諭すアスターシャ。
「戦いの最中は、意識を広く薄く広げておくことが肝要だ。一点に集中し過ぎては、不測の事態に対処しきれぬ。いつでも仲間のフォローがあるとは限らないのだからな」
「……………………」
正しくそのパターンで敗北したアルセリアには、返す言葉がない。ただ…
「で、でも……その、実は私………剣と同時に術式発動って、ちょっと………苦手で」
モジモジしながら白状する。
「術の詠唱に入ると、あんまり動けなくなるっていうか……」
「ふむ。そうだろうな。だからこそ鍛えがいがある」
にやりと笑うアスターシャに、アルセリアは震え上がる。
「え……えっと…………お手柔らかに…」
「と、思うか?」
「…………いえ、全然」
楽しそうなアスターシャと怯えるアルセリアに、残りの四人は
「……ヒルダ、明日は私たちもアルシーを見守りましょうか」
「……………ん。そうする」
「アス姉…………どんだけしごいてんのさ」
「そりゃあもう、お見事でしたよ、ほんと。明日はさらにヒートアップするんでしょうかねぇ」
その修練の苛烈さを、想像するしかなかったのである。
六武王もみんなが仲良しってわけじゃありません。ギーヴレイはルクレティウスと気が合うし、ディアルディオはアスターシャに懐いてたり。あと一人フォルディクスは誰ともつかず離れずって感じです。ちなみに、ディアルディオはそうでもないけど、ギーヴレイはディアルディオがちょっと苦手。




