第百五十八話 魔剣士と勇者
「お初にお目にかかる。我が名は、アスターシャ=レン。魔王陛下より、六武王の座を賜っている」
“神託の勇者”一行にそう挨拶したのは、俺の忠臣であり、魔界の最高幹部である六武王の一人、アスターシャ。“氷剣のアスターシャ”の二つ名を持つ、魔界一の剣士である。
年齢は、確か六十ちょっと(封印期間除く)。人間年齢で言うと、二十代前半から半ば。ボルドーの髪に瑠璃の瞳の、凛々しい美人さんだ。
六武王の紅一点であり、女性の少ない魔王軍においては正に「掃き溜めに鶴」なわけだが……
「まさか人の子の勇者とこのような形で出会うとは思わなんだが、これも何かの縁だ。しばしの間、よろしく頼む」
……なんてーか、武士なんだよな…。
「あ…えと、アルセリア=セルデンです。よろしくお願い…します」
やけに礼儀正しいアスターシャに、戸惑いを隠せないアルセリア。後の二人も、
「……ベアトリクス=ブレアと申します」
「ヒルデガルダ=ラムゼン。………よろしく」
おずおずと、アスターシャの様子を窺いながら自己紹介。
そんな三人に、アスターシャはこれまた凛々しい微笑みを浮かべる。
「そう硬くならずともよかろう。其方らは主の客人、取って食ったりはせぬゆえ、安心するがいい」
そう言われ、意外そうな顔をして三人娘は互いに顔を見合わせた。
「……その、アスターシャ…さんは、私たち…人間に対して悪感情とかないんですか……?」
ディアルディオとの初対面時や、ギーヴレイから受けた失礼極まりない扱い(貧相呼ばわり…)が印象的だったため、またもや敵意や侮蔑をぶつけられると思っていたのだろう、アルセリアはその様子の見られないアスターシャに、逆にどう接すればいいのか分からないようだ。
「…ふむ。悪感情がないかと問われれば……ないわけではない、と答えておこう」
そう答えるアスターシャだが、実際に三人娘に対する敵意は、彼女には感じられない。
「だが、主が其方らを重んじるのであれば、私もそれに従う。それこそが忠義というものよ」
ギーヴレイが聞いたら複雑な気分になるだろう台詞を、さらりと言うアスターシャ。
これが、彼女なりの忠義なのだ。
ギーヴレイは、忠誠の強さゆえに、俺の周囲に廉族が大きな顔をしてのさばっていることがどうしても我慢ならない。
三人娘と出会ったばかりのディアルディオも、同じようなものだろう。
それに対してアスターシャの場合、忠誠の強さゆえに、主が認める者は自分も無条件に認める、というスタンス。そこに、個人的な廉族への敵意だとか蔑視だとかは、介在する余地がない。
どちらの忠誠が上だ、というわけではない。
ただ、魔王への想いの表わし方が、それぞれに違うというだけだ。
「それで、陛下。私がこの場へ呼ばれたということは、この者たちに対して何がしかのお役目をいただけるということでしょうか」
……察しがいいな。
「そのとおりだ。これから七日間、この勇者を徹底的にしごいてやってほしい」
俺の答えに、アスターシャが目を丸くした。だが、気分を害した様子はない。寧ろ、何やら面白そうだ…と言わんばかりにその目が輝いている。
「事の背景は存じませぬが、承りました。「徹底的に」で、よろしいのですね?」
「ああ。ギリギリ死なない程度に…が望ましい。勇者の限界を突破させることが、その目的だ」
分かってはいるはずだが、「ギリギリ死なない程度に」の辺りでアルセリアが若干顔を強張らせる。
何しろ、相手は魔族。しかも最高幹部。本当に、「ギリギリ」で留めてくれるのかどうか、自信が持てないのは仕方ない。
「承知いたしました。まさか陛下が勇者の修練にご助力なさるとは意外ですが、このアスターシャ、“神託の勇者”を地上界にて無双となるべく鍛え上げてご覧に入れましょう!」
自信に満ちた表情で宣言するアスターシャが心強い俺と、不安なアルセリア。ベアトリクスとヒルダは、他人事とは言え落ち着かなさそうだ。
だが。
「あ、いたいたー。魔界来てるって聞いたから、挨拶に来てやったぞ廉族」
「先日はどうも」
気楽な様子でやって来たディアルディオとエルネストの姿を見て、少し表情を和らげる。
「…………ども」
「こないだは僕たちが地上界行って、今度はそっちが魔界に来るとか、なんか忙しないね」
「確かに、そう言われると何だか不思議ですね」
「この際、もう少し自由に行き来が出来ると便利なのですが」
口々に久々の(と言っても一月も経ってないんだけど)再会を喜ぶ四人(アルセリアはアスターシャを前に緊張しててそれどころじゃない)。
…こいつら、随分と仲良しさんになってしまったものである。
「え、何?勇者、アス姉に稽古つけてもらうの?凄いじゃん!」
話を聞いて、ディアルディオが感心したように言う。
「魔界中の剣客がどんだけ望んでもなかなか叶わないことだよ、それ。やっぱ“勇者”は違うねー」
……それ、魔族の台詞じゃないから。
「………でも、それって結局私の力じゃないのよね……」
感心しきりのディアルディオに、アルセリアは沈んだ様子で答える。
「結局、リュートに頼りっきりな気がする。………勇者なのに、情けない」
…………………!
初耳だ!
アルセリアが、自分のことをそんな風に言うなんて。今まで落ち込んだことはあったけど、自分のことを否定的に表現する……と言うか、自分の至らなさを反省することなんて、あっただろうか?
これは、アルセリアの変化なのか、或いは俺の前で今までは隠していた本心を見せてくれるようになったのか、どちらなのだろう?
「……別に気にすることなくない?」
しょげているアルセリアに、何でそんなこと気にしてるのか分からない、といった風に首を傾げるディアルディオ。
「だって、陛下だよ?陛下から見たら、僕らなんて吹けば飛ぶような存在だよ?頼って当たり前じゃん」
「でも、私は勇者で……人間なのよ?」
「勇者も人間も魔族も、関係ないっしょ」
「…………!」
何の気負いもなくあっさりと理想論を口にしたディアルディオに、アルセリアは黙り込む。
「せっかく陛下がご厚情でお前らに協力してくださるんだからさ、難しいことは考えずにお言葉に甘えればいいじゃん。情けないとか、それこそ傲慢だよ」
アルセリアの硬直した表情の中で、様々な感情や思惑が渦を巻いているのが分かった。ディアルディオはそんなことには無頓着に続ける。
「それとも、勇者は何か不満なわけ?」
「不満………は、ないけど……」
「だったらいいじゃん」
ディアルディオの理屈は、非常に単純だ。だが、もともとアルセリア自身もどちらかと言えば…言わなくても…単細胞なわけで、
「そっか……だったら、いい……のかな?」
ああ、さっきまでずっとウダウダやってたのが馬鹿らしくなるくらい、あっさりと翻意してる。単純な奴には単純な理屈の方がいいのか?
彼女の悩みにどう対応したものかずっと気を揉んでいた俺たちを尻目に、何も考えてなさそうなディアルディオにつられてアルセリアは、
「そうね、私のことなんだから、私が良ければいいのよね!」
やっぱり深く考えずに、そう結論付けてしまった。
……って、いいのかよ。今まで悩んでたの何だったんだよ。
まぁ…本人がいいのなら別に構わないけどさ。なんか納得出来ない気もする。
「では、これからよろしくお願いします、アスターシャさん!」
「うむ。容赦はせぬからな、覚悟するといい」
……二人はすっかり熱血スポ根モードになってるし、
「その間、私たちは何をしていればよいのでしょう?」
「……退屈」
「あ、だったらさ、魔界の有名観光地を案内してやるよ。なかなかない機会だろ?」
「流石に温泉は無理ですけどね」
……こっちはこっちで、すっかり和やかモードになっていた。




