第百五十話 初対面の相手なのに最初から嫌われてることってありがちだよね。
フォルヴェリア王国の国王は、良くも悪くも「普通の」国王だった。
ひどく善人なわけでも、ひどく悪人なわけでもなく、それなりに国民のことを考え、それなりに私腹を肥やし、国の威信で戦を起こせば国の未来を憂いてみたり、理想を掲げつつも現実に妥協してみたり。
なので、国王自身には特に印象深いところはなかった。が、その国王が俺たちに紹介した人物には、非常に強い印象を与えられた。
「そうそう、彼も紹介せねばなりませんな」
自分と妻、娘と高官たちの紹介を終え、国王が最後に手招きしたのが、その男。
「彼は、我が国の宮廷魔導士筆頭、イヴラ=ダーナ。イヴラ、勇者さまがたに、ご挨拶を」
呼ばれた男は、一歩前へ進み出て、恭しく一礼。
「ご紹介に預かりました、イヴラ=ダーナと申します。勇者さまにお会い出来ましたこと、光栄至極にございます」
……いや、男…なのかどうかは実はよく分からない。国王が、「彼」と呼んでいるだけで。
何故ならば、その顔には……いかにもな感じの、仮面が。
オペラ座の怪人を彷彿とさせる、怪しさを通り越して胡散臭さしか感じない、仮面。
「あー、ええと…初めまして」
面食らって思わず声が裏返りそうになったアルセリアは、なんとかそれを誤魔化して手を差し出す。
その手を握り返しながら、
「皆さまがたの武勇伝は聞き及んでおります。出来れば、色々とお話を聞かせていただきたいのですが……」
レティシア王女も似たようなことを言っていたが、社交辞令的なあちらとは違い、こっちは本気でアルセリアたちに興味を持っているようだ…………
んん?
………違う。
こいつが興味を持っているのは…………
アルセリアと握手をしたまま、彼は一瞬、俺に視線を向けた。ほんの一瞬だが、無視出来ないほど鋭い視線を。
流石に、気のせいとは思えない。だが、それを指摘する前に彼はすぐさま視線を俺から逸らし、三人娘に微笑みかける。
補佐役に過ぎない俺を蔑ろにするのはよく分かる話だが……事実、王女も国王も主に相手にするのは勇者ばかりだ……ならば、敵意とも感じられる視線の理由は、何だろう?
ううーむ。美少女に囲まれやがっていい身分だなこの野郎…とでも思われているのか?いやしかし……彼の視線は、嫉妬とかそういうのとはちょっと違うような気もするんだよなー……。
俺が考え込んでいる間に、イヴラはアルセリアたちに挨拶を終え、再び引っ込んでいった。こうなると、もう何も言えない。気になるが、気にしないようにするしかあるまい。
「それで、勇者さまは我が国へどのようなご用向きでいらしたのですかな?」
「はい。貴国の、聖骸地へ巡礼をさせていただきたいと思います」
国王の問いに、アルセリアは答える。
「ああ、そうでしたか。それはとても素晴らしいことです。神威の代行者たる貴女が聖骸地を巡礼されれば、主も喜ばれることでしょう」
これで、国王から巡礼の許可も貰えたことになる。あとは、聖骸地へ行ってさっさと聖骸を入手するのみ。
とは言え、三人娘はれっきとした賓客。このまま「じゃ、行ってきます」というわけにもいかず、聖骸地への出発は、今夜開かれる歓迎の宴に参加した後、翌日ということになった。
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宴そのものは、取り立てて問題もなく進んだ。
贅を凝らした食事と美酒が、これでもかと振舞われ、露出度の高い妖艶な美女たちが、剣舞で観衆を楽しませる。
どこにでもあるような、「普通の」宴だ。
ただ……やっぱり、イヴラの視線が痛い。王の傍らに座した彼から、敵意と警戒の込められた視線がびしばしと届いてくる。
そのくせ、俺が視線を向けると、ふいっと目を逸らしやがるのだ。
もう、何なんだよ!言いたいことがあるなら直接言えっての。
イライラが募る俺だが、立場上、相手国の筆頭宮廷魔導士に喧嘩を売るわけにもいかず。
非常に、居心地の悪い一時を過ごしたのだった。
だが、本当に居心地の悪い一時は、宴の後に訪れたのであった。
夜遅くまで宴は続き、解放してもらえたのは、日付が変わる頃。ようやくあてがわれた部屋に引っ込み、俺は一息付いていた。
当然のことながら、三人娘とは別室である。なぜか、隣同士でもない。だがそれは、俺に安眠をもたらしてくれるであろう僥倖として有難く受け取っておく。
が、どうも俺の女難の相は、三人娘絡みのものだけとは限らなかったようで。
そろそろ寝ようかなーと思っていたタイミングで、王女殿下が俺を訪れたのだ。
「失礼致します。リュートさま、少しよろしいでしょうか?」
そう言いながら、供も付けずに赤の他人であるところの男の部屋に、一国の王女が。
「……えぇ!?あ、えと、はい、その…………どうぞ」
しかし、どう拒んだものか分からず、俺はついつい迎え入れてしまう。
レティシア王女は、何の警戒も見せずに、ずいずいと俺の部屋の中へ入ってくる。
そのまま、俺の横………俺がベッドに腰かけていたそのすぐ隣に、腰を下ろした。
…………えぇー……ちょっと………近いんですけどー…。
「ええと……何でしょうか、殿下」
落ち着かないことこの上ないが、その場を去るわけにもいかず、俺は会話を試みる。
「何って………お分かりになりません?」
そう言いながら、俺の肩に手を這わせる王女。
って、分からない!お分かりになりませんってば!!
何?何この状況?なんで俺、いきなり王女殿下に言い寄られてるの!?
ここに至るまでのフラグとか、一本も立ってなかっただろう!
そもそも、このレティシア王女、
「あのー……殿下は、俺になんかまるで興味を持ってらっしゃらなかったのでは?」
さっきまで、俺のこと空気か何かみたいに無視してたじゃないか!
問われた王女は、意味ありげに微笑む。
「そんな、人前で殿方に言い寄るほど軽薄な女ではありませんことよ」
は!?いやいやいやいや、会ったばかりの男に、何の理由もなく言い寄るのは十分軽薄な行為ですよ!?
いや……理由がないはずがない。
彼女の行動には、色仕掛けの匂いがプンップン漂っている。俺にだって分かる。この据え膳には、猛毒がたっぷりと仕込まれていると。
けど、その目的が分からない。
たかだか勇者の補佐役程度を罠に嵌めて、何がしたいんだ?聖教会に喧嘩を売りたいならまだしも……そんなことをしても、国としてメリットがあるのだろうか?
「あのー……お姫様がこんなことしてたら、良くないんじゃないですか?」
「あら、何故ですの?」
うう……しれっと返されてしまった。
この国、性的倫理観がめちゃくちゃ低くありませんか?
………マズい。このまま流されたら、なんかとんでもないことになりそう。かと言って強く拒絶したら、それはそれで不敬だとか何だとか言いがかりをつけられるかも……………。
こうなったら、会話で時間を稼ぎつつ逃げ出す好機を狙うしかない!
………下手したら、今夜は眠れないかもしれない(色っぽくない意味で)。




