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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
復活と出逢い編
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第十三話 片鱗



 鬱蒼とした森。

 それが、俺の降り立った場所だった。


 実を言うと、勇者たちを地上界へと強制送還した折、座標を決めてなかったのだ。適当に門を開いて、たまたま開いた場所に連中を放り込んだだけで。だから、うろ覚えでこの辺かなーという処へ“門”を繋げたのだが………


 ………失敗したなー。ここ、どう見ても近くに人家がありそうにない。あれだけ弱った勇者連中を放り出すには不適切な場所だ。

 が、間違いなくこの近辺に勇者たちは送られてきたはず。あれから三日しかたってないから、そう遠くまで移動することもないだろう。


 問題は………どの方向に行ったのか、だ。


 周囲を見渡し、そこがそれなりの標高のある山地だということを確認する。ここは…中腹だろうか。

 目を凝らすと、獣道のようなものがうっすらと続いていて、一方は麓へ、一方は山頂方向へ。


 ……………もし勇者たちがこの山に降りたのだとしたら、普通は下山の道を選ぶだろう。

 何せ、勇者は重傷、魔導士は魔力枯渇、一番マシな神官でさえ疲労困憊しているようだったのだ。一刻も早く集落へ行き、治療と休養を求める……はず。


 そう判断した俺は、麓の方向へと続いている道を辿ることにした。





 それにしても、薄暗くて陰気な森だ。木が茂りすぎていて、日光はほとんど地表に届かない。あちこちから、正体不明の獣の鳴き声が甲高く響き、自分が魔王でなかったら相当ビビっていたに違いない。

 前世ではアウトドアが趣味だったし、ボーイスカウトにこそ参加していなかったが、一人で似たようなことは一通りこなしたこともある。大学に入ったら山岳部なんていいな、とも思っていた。

 そんな俺でも、随分と歩きにくい道だ。三人娘の登山経験はしらないが、弱った状態でこの山道はキツイだろう。

 もう少し、人口の多そうな場所を選んで送ってやればよかったかも…。


 まあ、その気になれば神力マナを使って辺りの生命反応を拾い上げ、勇者たちを同定することは簡単だったりするんだけど、一応“魔王”として地上界に干渉しないと宣言したので、ここはガマンガマン。今の俺は、一介の旅人なのだ。


 そんなこんなで小一時間ほど歩いた頃だろうか。突然、巨大な魔力が弾けるのを感じた。

 距離は……遠いが、それほど時間のかかる場所ではない。


 …………この感じからすると、自然現象ではないだろう。魔力に揺らぎがあることから、何らかの魔導儀式というわけでもなさそうだ。

 

 おそらく、けっこう強力(あくまで地上界レベルでは)な魔獣のものか。


 こういった人里離れたところに魔獣が棲みつくのは、珍しいことではない。ただ気になるのは、魔力の奔流がいやに大きいこと。

 普段から魔獣がこんなに魔力を垂れ流しまくっているはずがない。そんなことをすればすぐにグロッキーだ。


 と、なると……魔獣は、魔力を大量に消費せざるを得ない状況にある、ということで。


 ………………これだけ強力な魔獣なら、獲物を狩るのにここまでする必要もない。

 やはり、戦闘行為、と考えるのが妥当か。



 ……うーん…………どうするか。多分、縄張りとか雌をめぐって同種の個体同士が争っているか、あるいは同レベルの天敵と遭遇したか、そんなところだろう。

 だが、万が一そうじゃなかったら?

 具体的に言えば、人間が(或いは他の廉族れんぞくが)襲われてたりしたら?


 別に俺が気に留める必要もないのだが、やっぱり気になる。俺は、“魔王ヴェルギリウス=イーディア”であると同時に、“人間・桜庭さくらば柳人りゅうと”でもあるのだ。

 どうしても、人間びいきになってしまうことは否定出来ない。


 うん、ちょっとだけ、様子を見てみよう。で、何もなければ無視してそのまま下山すればいいんだし。


 俺は急ぎ足で魔力の元へ向かった。


 そして…………辿り着いた処に、()()()()はいた。



 怒りに目を血走らせ、威嚇するように鎌首をもたげる、巨大な双頭の蛇。ヒュドラだ。大人の男性の一抱えほどもありそうな太い胴体。全長は、軽く十メートルは超える。牙なんて、ちょとしたナイフだ。


 で、その目の前に。


 白銀の鎧を纏う、ストロベリーブロンドの少女。白い法衣の女性。黒いとんがり帽子の、赤毛の少女。全員が、満身創痍で。


 

 「…………って、お前らここで何やっちゃってんの!?」


 俺は、全力で突っ込んでいた。

 数日前会ったばかりの、勇者一行に対して。


 そう、そこにいたのは、確かに勇者たちだった。

 あれだけ、あれだけ俺に痛めつけられて、軽くない怪我を負わされ、魔力も枯渇し、辛うじて生き永らえることに成功した(それも俺の情けで)、傷だらけの少女たち。


 傷も癒えていないはずなのに、なんでヒュドラと対決なんてしてるんだよ?オロチにも苦戦するんだろ?そりゃヒュドラの方がレベル的には低いかもだけど、こんな状態でお前らが勝てるような相手じゃないだろ!!


 なんで麓で休んでないわけ?まさかあれから丸二日もここで彷徨ってたとか?つーか、遭難!?だとしたら………やっぱ、俺のせい……?


 罪悪感カムバック。だったら、俺が何とかしないと。これ以上俺の中の悠香いもうとに軽蔑されるのは耐えられない。


 「あ……貴方、何してるの?早く逃げなさい!!」

 

 俺の渾身の突っ込みに振り返った勇者は、突如現れた旅人にそう叫ぶ。

 相手が俺だとは気付いていない。まあそりゃそうだ。よく見れば似てるかも?となるだろうけど、そもそも魔王がこんなところにいるとは思いもすまい。

 

 今はそんなことより、こいつらをヒュドラから引き剥がすのが最優先だ。幸い、魔獣ヒュドラは野生故の本能か、俺に対して警戒態勢を取りつつ、襲い掛かってくる様子は見えない。おそらくは、俺が普通の人間えものではないと、感じ取っているのだろう。


 だったら、こんなところに長居は無用。俺は三人娘にズカズカと近付くと、


 「逃げなさい、じゃないだろ。お前らも逃げるんだよ!!」


 いきなりの叱責に硬直する勇者の脇を通り過ぎ、虚ろな表情でへたり込む魔導士をひょい、と担ぎ上げる。

 こいつ、俺と戦ってたときと様子が全く変わっていない。回復する間もなく戦闘に入った、ということか。弱り切っているせいか、俺に抗議する気配すらない。


 「貴方、ちょっと何するの!?彼女を離しなさい!!」


 代わりに勇者が焦って詰め寄ってくる。いきなりの闖入者に仲間が連れ去られそうになってるんだから(しかも戦闘中に)それも仕方のないことだが、今はそれどころじゃないだろう。


 先日の戦闘で薄々気付いたことだが、この勇者、かなり頑固者のようだ。ここでこいつと押し問答していても埒が明かないと判断し、俺は神官の方へ向き直る。


 「おい、あんた。そいつしっかり連れてきてくれよ」


 それだけ言うと、魔導士を抱えたまま走り出す。現実的な神官だったから、それだけで俺の意図が分かるだろう。

 案の定、何やら騒ぐ勇者の手を無理やり引いて、俺たちの後を追いかけてきた。


 ちょっと待ってよビビ、とか、あいつ何なのよ、とか、逃げてる場合じゃないでしょ、とか。

 まー、勇者の騒ぐこと騒ぐこと。なんつーか、仮にも勇者ならもう少し取り澄ましててもいいんじゃないか?

 

 勇者のさえずりを背中に浴びつつ、半時ほど走り続けたところで、俺は足を止めた。ヒュドラの縄張りの広さは知らないが、ここまで離れれば、俺を警戒していたヤツが追ってくることもまずないだろう。


 神官と勇者も追いついたことを確認すると、担いでいた魔導士を地面に下ろす。それまでずーっと無言だった魔導士は、やはり無言のままでその場に再びへたり込んだ。

 

 うーむむ。これは、かなりまずいな。魔力を消費し過ぎて、生命活動にまで支障が出始めている。とにかく一刻も早く休ませて、魔力回復をさせないと。


 「あ…あのねぇ!何なのよ貴方、いきなりこんなことをして、どういうつもり!?」

 いきなり勇者に胸倉を掴まれた。なんつー野蛮な勇者だよ。


 「お前なぁ………分かってんのか?あのままヤツと戦ってたら、間違いなく死んでたぞ?」

 「なっ…………何ですって?私を誰だと思ってるわけ!?」


 激高する勇者。まあ、普通なら「一介の旅人」が「神託の勇者」に偉そうな口を聞くことなんてないだろうしな。


 「お前が勇者だろうがなんだろうが、死ぬときは死ぬんだよ。具体的に言えば、消耗しきった状態で実力的に拮抗した相手と戦うようなときはな。………全滅は免れてたとしても、少なくとも()()()は確実に死んでただろうな」


 俺が魔導士を指さすと、勇者は口ごもって俺から手を離した。どうやら図星だったようだ。


 「で、なんであんなところでヒュドラと戦ってんだよ。あれはそんなに素早い魔獣じゃない。自分たちだけでも逃げることくらい出来ただろうが」

 「…………されたのよ」

 「……………………え?何だって?」


 ぼそっと呟いた勇者の言葉がよく聞き取れなくて、俺は耳を近づけて聞き直す。そして驚愕の言葉が俺の耳に飛び込んできた。

 「だから、依頼されたんだってば」


 ……………。

 ……………………。


 ……え?何?依頼?って、コイツらが?よりによって、魔王討伐失敗の直後に………?


 「はああ!?ちょ、お前ら、何考えてんだよ、正気か!?」

 ちょっと開いた口が塞がらない。コイツらは、自殺願望でもあるんだろうか。

 「うるっさいわねぇ、大きな声出さないでよ!って言うか、そもそもアンタ何なの?いきなり現れて私たちのことに口出さないでよ」


 ………あ、まあ…そりゃ自然な反応だよな……


 「アルシー、この方は恩人なのですから、そのような言い方をしてはいけませんよ」

 神官が取りなしてくれた。しかし勇者は納得いかないようで、

 「恩人ったって、別に頼んだわけじゃないもん。それに、麓の村人たちは困ってるんだよ?一刻も早く山を荒らすヒュドラを討伐しないと………」

 とかなんとか、ブツブツ言っている。


 ちょっと、イラついた。


 「……………あのさ、勇者さまがどれだけご立派な方かは知らないけどな、勇者の仕事ってのは村人の雑用なのか?」

 「…………………何ですって……?」

 俺の言葉に、勇者の空気が一変した。魔王城で対峙したときとはまた違う、怒りの覇気が彼女から立ち上る。口調が静かになったのが余計に怖い。


 が、俺も引き下がらない。

 「魔獣モンスター退治なんてのは、一般の遊撃士にでも任せるべき案件だろう?それか、行政が動くべきだ。勇者おまえには、勇者おまえにしか出来ないことがあるんじゃないのか?」


 まあ……勇者にしか出来ないことって、ようするに魔王おれ退治なんだけどさ。


 「困ってる人々を助けるのも勇者の仕事でしょ!」

 「違うな。だったら軍人も警察も遊撃士も必要なくなる。尤も、お前の使命ってのが魔獣モンスター退治の片手間に出来るようなことなら構わないけど」


 「な…な…な…………あんた、何てこと………」

 怒りに顔を真っ赤にし、ぶるぶると身を震わせる勇者。だが、現に無様に負けて敵の情けで命拾いしたのだから、反論出来るはずもなく。

 その代わり、別の点での反撃を試みてくる。

 「そ、そもそも、アンタは何なの?何の権利があって私たちの行動にケチを付けるのよ!?」

 「権利じゃねーけどお前らに死なれると寝覚めが悪いんだよ阿呆!」

 

 阿呆呼ばわりはちょっと失礼だったかもしれない。だが、


 「こんなのと対決するのを楽しみにしてたとか、自分が恥ずかしいじゃねーか!」

 「は?アンタ、何言って…………」

 「言っとくけどなぁ!結構準備に手間かけたんだよ!もう少しいい勝負出来るかと思ってたしさあ!なのに何だよ、そっちは明らかにレベルは不足してるわ準備も不足してるわ、まともに足りてたのは気合だけじゃねーか!!」

 

 言いたいことは沢山ある。沢山あるのだが……。


 「あのー、すみません…」


 のんびりした神官の声が、俺たちの言い争いを遮った。

 彼女は俺の顔をじーーーーーっと見詰めると、


 「違ってたら、すみません。ですが、あの、もしかして魔王さんですか………?」


 久しぶりに道端で同窓生に会ったかのようなノリで、いきなり言い当ててくる神官。これには結構驚いた。


 「は?ちょっと、ビビ、何言ってんの?そんなわけないでしょ?全然魔王と違うじゃ…って言うかこんなところに魔王アイツがいるはずないじゃない」


 勇者の反応の方がむしろ自然だ。今の俺は、外見こそ似てはいるが(何せ肉体年齢を巻き戻しただけだし)、魔王城で彼女らが対峙した“魔王”とはとても見えないはず。


 つーか、なんで神官コイツは分かったんだ?


 「それは…そうですけど………あの、何か私たちに御用でも………?」

 勇者の疑問をスルーして、神官は俺=魔王の前提で話を進めようとする。


 まあいいや。別に隠すつもりもないし、こいつらには落とし物を返しに来ただけだし。


 「あー、まあ、用っていうか、そんな大したことじゃないんだけど」


 そう言いながら、俺は懐から木彫りの円聖環セルクーを取り出した。


 「!!あーーー!それ!!」


 それを見た瞬間、勇者が大声を上げる。

 「それ、私の!!どこかで失くしたと思ってて………なんでアンタが?」

 「玉座の間…ほら、お前らと対決した広間があったろ?そこに落ちてたんだよ。ウチの連中の持ち物のはずないし、お前らが落としてったんじゃないかと思ってさ」


 円聖環セルクーを手渡すと、勇者はそれをさも至高の宝物であるかのように、大切に胸に押抱いた。

 

 「……よかった……………もう、見つからないかと思って………」

 

 うん、やっぱり返しに来てやって正解だった。勇者の声は少し震えていて、それがとても大切なものだという俺の推測は当たっていたようだ。


 「あのー………」

 

 円聖環を握りしめて安堵に涙ぐんでいる勇者を見やった後、神官が理解不能不可思議千万、といった表情で俺を見てきた。


 「わざわざ、これだけのために………?」


 ……尤もな疑問だ。


 「あ、いや、これだけってわけじゃないけどさ。まあなんつーか、物見遊山ついで、と言うか…」


 あれ?何かすっごく呆れたような目で見られてる?

 なんだよ、魔王が物見遊山って、ダメなのか?


 と、勇者がいきなり、


 「ありがとう!本当にありがとう!!これ、すっごく、すっごく大切な宝物だったの!」


 がばっと俺に抱きついてきた。


 って、おいおいおい、ダメでしょうら若き女性が見知らぬ男に抱きついちゃ!エルリアーシェもたいがい距離感おかしかったけど、いくら何でもいきなり抱きつきはしなかったぞ!!


 …………まあ、相手がいいなら、俺としてはやぶさかではない、と言うか。


 「でも、どうして貴方がこれを?」

 「いや、だから俺んとこに落ちてたんだって」

 「貴方の…ところ?」

 「うん、だから、魔王城」


 ここで、勇者しばしフリーズ。


 「え…と、貴方が、なんで魔王城に?」

 「いや、まあ………魔王だし」

 「…………………………………………?」

 「…………………まあ、今は人間に扮してるんだけど…………」

 「……?……………………???」

 「つかさ、二、三日前に殺されかけた相手に不用心に抱きつくもんじゃないと……思うよ?」

 「………………………………………………」


 勇者は、無言でゆっくりと俺から離れる。

 一歩、二歩、三歩、四歩…………。

 そのまま後ずさって俺から距離を取ると、


 「あああああああああ、貴方、いや、お前、ま、魔王!?ほんとの、ほんとに!?ってなんで!何を企んでるの!?」


 聖剣を抜き放つと、それを構えた。

 いや、まあ、当然の反応か。


 「それにしても、あんたよく分かったな、俺が魔王だって」

 「いえ……何となく、だったのですが、空気が似ているような気がして………」


 剣を構えたままの勇者をガン無視して、俺は神官と会話する。

 「にしても、だいぶ印象違うと思うんだけど」

 「確かにそうなのですが…………けれど、何と言いますか、貴方は私たちを助けてくれましたし。……今だけじゃなくて、あのときも」


 無視された勇者は、俺たちの会話に入り込めず、さりとて俺に斬りかかることも出来ず、オロオロしている。

 まあ、コイツは物分かり悪そうだし、相手にするなら神官の方が楽チンだな。


 「それで、思ったのです。貴方は、伝承にあるように邪悪な存在ではないのかもしれない……と」


 完全には気を許したわけではなさそうだが、少なくとも俺に敵意や悪意がないことは感じ取っているらしい。それは聖職者ゆえの何らかの能力スキルなのか彼女自身の特性なのか、あるいは何の確証もなくなんとなくで言っているだけなのか。


 それは分からないが、俺にこいつらをどうこうするつもりがないことは事実なので、理解が早いのはありがたい。


 「んー、まぁ、二千年前だって邪悪とか何とかは立ち位置の問題だったわけなんだけど………まあそんなことより」


 ここで悠長に魔王は悪か否か談義に花を咲かせている場合ではない。

 俺はへたり込んでいる魔導士の傍らに屈みこんで容体を見る。


 「おいこらチビっ子。聞こえてるか?」

 俺の呼びかけに、視線だけを動かす魔導士。どうやら意識はなんとかあるようだ。だが、

 「……まずいな、ここまで魔力が枯渇してると自然回復もままならないぞ」

 魔力と生命力は実のところ直結している。

 本来であれば、生命活動に支障が出るまで魔力を放出することは不可能だ。生物であれば生存が自己の最優先事項であるのは明確で、それを削ってまで魔力を振り絞ろうとしても本能的にストッパーがかかるのだ。

 一般的に言う「魔力が尽きた」というのは、あくまでも「これ以上は命に差し障るから魔力を使えない」ということであって、文字どおり、枯渇するまで魔力を「使い果たす」というのは、並大抵のことではない。


 「そんな!だってヒルダ、貴女大丈夫だって言ってたじゃない!」

 勇者が俺の言葉を聞いて叫ぶ。

 俺はあまりに短絡的な勇者に、溜息をつくしかなかった。


 「あのな、いくら本人が大丈夫だって言ったからって、様子見てりゃ分かるだろうが。お前の仲間なんだろ?なんでもっと早く気付いてやらなかったんだよ!」


 もしかしたら、こいつらにとってこういう無茶はよくあることなのかもしれない。勇者一行として人々の先頭に立ち続けるというのは、多分俺が想像しているよりずっと過酷なことなのだろう。


 だが、それにしても、あれだけ「人々のために」と何度も俺に立ち向かってきた勇者が、自分の仲間にこうも無頓着なのは、気に食わない。


 「どうしても村人からの依頼ってのを受けたかったんなら、せめてこいつだけは置いていくべきだった。お前の我儘か矜持か見栄かは知らんが、それに仲間を巻き込むんじゃねーよ!!」


 本当はもっと言ってやりたかった。だが、言葉を続けようとしたところで、魔導士が俺の裾をついついっと引っ張ったのだ。


 「…………まおー……アルシーを苛めちゃ、ダメ」

 声は弱々しいが、口調は強い。

 「ボクが、だいじょうぶって…言った。……アルシーは、悪くない……」

 俺の眼をまっすぐ見詰めて断言する魔導士に免じて、俺はそれ以上の追及をやめにした。


 「………とにかく、山を下りるぞ。いいな」

 いいな、も何も、異論を聞くつもりはない。俺は再び魔導士を抱き上げると(さっきは緊急だったので荷物のように担ぎ上げたが、今回は一応お姫様抱っこにしておいた)、そのまま獣道を下る。


 「………なんでアンタが仕切るのよ…」

 「アルシー、ここは彼の言うとおりにしましょう」


 勇者も神官に諭されて、しぶしぶと俺に続いた。


 


 そこから二、三時間ほど歩き、麓の村へと到着した頃には、完全に日が暮れていた。

 


 

オカンの片鱗と、ポンコツの片鱗が、見えてきました。

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