第百四十二話 寄り添うように。
俺はしばらくの間、その場に立ち尽くしていた。
ディアルディオとエルネストも、無言のままそんな俺を待つ。
「………リュート」
背後からかけられた声に振り向くと、そこにはアルセリアの姿が。ベアトリクスとヒルダも、いつの間にか合流している。
「……終わった?」
彼女の声には、俺を責める調子はなかった。ただ淡々と、しかし普段の彼女からすると幾分柔らかな声。
「ああ。……見てたのか…。……どこから?」
「ん。貴方が魔王ならなんであいつらをやっつけてくれなかったの、って辺りから」
「……そっか」
そこ以降の遣り取りでは、事情だとか詳細だとかは分からないだろう。見方によっては、俺たちがソニアを一方的に殺害したと受け止められかねない。
だが、アルセリアは何も聞かない。
ここまで魔王を信じ切るってのも、勇者としてどうかと思うのだが。
「で、終わったのね」
「………終わったよ。これで、全部」
全部終わった。俺が救いたかった人々は、もう誰一人残っていない。
皮肉なことに、全部壊して何もなかったことにしてしまいたいというソニアの願いは、ある意味で叶ったと言えるだろう。
過去の罪を清算したいという俺の望みは、永遠に叶うことはない。
「……そう。で、さ。ちょっと、来てもらいたいんだけど」
問責も慰めもなく、アルセリアが俺を誘った。
彼女に連れられて行ったのは、霊脈のほとり、守護神像が祀られていた祠。
「………ほら、これ」
彼女が指差す先、扉が開け放たれた祠の中には、一体の石像が。
創世神の像とは少し違う面立ちの。大きさも、やや小ぶりだ。
「…………これが、陛下の像なわけですね」
「……全然似てないじゃん」
エルネストとディアルディオに言われるまでもなく、これがそうなのだろう。
ソニアは、タリアのところから持ち出した後、祠の中に像を戻したのか……てっきり、手元に置いてるとばかり思ってたのに。
ふと、強欲じじいのところで見た、エルリアーシェの像を思い出した。
その、傍らにある何かを抱きしめるかのような姿勢を。
…………ここのご先祖は…まったく、何を考えて俺たちの像を作ったのやら。彼らは、俺と彼女が敵対しているところを見ているはずなのに。
まるで、創世神が魔王を抱いているような形で、作るなんて。
俺たちのことなんて、何も知らないはずなのに。何もかも心得ていると言わんばかりじゃないか。
俺は、魔王像も同じように破壊した。
そして同じように残った聖骸を、しばらく見つめた後、懐へ入れた。
「これともう一つの聖骸はさ、もう少し霊素が落ち着いたら………って、あれ?」
アルセリアに伝えようと振り返ったら、そこには誰もいなかった。
もう、ロクでもないことばかりが起き続けて少しばかり臆病になっている俺は、焦って来た道を戻る。
ディアルディオもいることだし、心配することなど何もないということは、分かっているのに。
実際、心配することなど何もなかった。
村に戻ると、五人はちゃんとそこにいた。
その光景に、言いようのない安堵をおぼえて、俺はそんな自分に少々驚く。
「あれ?早かったわね」
「なんだよ、いきなりいなくなったら驚くだろうが」
何故か疑問形のアルセリアに、俺は愚痴る。だが、彼女の返答は
「いやー、だってさ。一人にしたげた方が、心置きなく泣けるでしょ」
な……ななななな、何を言い出すこの娘っ子は!?
「ば、馬鹿言うな!誰が泣くか!!」
ここには、ディアルディオとエルネストがいるんだぞ。臣下の前で、そんなあることないこと……
「別に、泣いてもいいのに」
「ふざけんな!泣かねーよ!!つか、人を泣き虫みたいに言うな!」
まったく。こいつは、俺のことを盛大に勘違いしてくれてやがる。今度きっちり、話を付けとかないとな。
「ふぅん、そう。ま、そういうことにしといてあげるわ」
俺の抗議をするりと躱して、アルセリアは悪戯っぽく笑った。
「じゃ、行きましょ。随分長く寄り道しちゃった気がするわ」
おそらく、ワザとだろう。ワザと彼女は、何もなかったように平然と振舞っている。
本当に、訳の分からないヤツだ。魔王に気を遣う勇者なんて。
けど、まあ、俺も空気の読めない男じゃないし、ここは彼女の厚意を素直に受け取っておくとしよう。
ソニアを唆した何者かは、いずれ見つけ出して報いを与えなければならない。これからは、その正体を探るのと三人娘の面倒と、両立させていくことになる。
もしかしたら、その二つが深く関わる事態も起こるかもしれない。
今までは、勇者の敵って言ったら魔王くらいなものだと思っていたが…………
魔王以外に、勇者の宿敵なんてのが現れたりしたら。
そのときは、共闘なんてのも、面白いかもしれない。
まぁ実際、共闘っていうラストは考えてないんですけどね。今の時点で充分慣れ合ってるんだからいいじゃん、みたいな。




