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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
魔族の末裔編
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第百三十九話 甘言の主




 「リュートさんってば、何言ってるんですか」


 廃墟と化した、自分の故郷だった場所で。


 彼女は、邪気のない幼子のような表情で、愛らしく首を傾げた。

 「神さまなんて、何処にもいないんですよ」



 その瞬間俺の脳裏に浮かんだのは、遠い昔、桜庭柳人が幼かった頃…前の晩に見た洋画のせいで宇宙人の侵攻に怯える柳人少年に、「りゅうくん、うちゅうじんなんてね、いないんだよ?」と余計なお世話をしてくれたおませなクラスメイトの女子。



 同じ表情。

 そんなことも知らないのか、という憐憫混じりの、自分の言っていることが常識であり間違いはないと信じている、罪のない幼子の主張。



 あの頃の俺は、「えー、そんなことないもん。うちゅうじんはぜったいいるんだって!」と、これまた幼く根拠のない主張をしたものだが、今回は、一体何て答えるべきなのか。




 「……だけど、だったら、()()()()()()()()()()()()ってんだよ?」



 神でないのなら。

 誰が、彼女をそそのかした?誰が、彼女の痛みに乗じてその憎悪を利用して、多くの命を奪わせた?


 神がいないのなら。

 彼女は一体、誰の言葉に従った?



 「そんなの、決まってるじゃないですか」

 けれど、彼女の答えはシンプルだった。


 

 「………魔王さま、ですよ」




            

             ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 どうやら、マスグレイヴ枢機卿とハガルとの話し合いは、順調かつ無事に終わったようだった。今後この村には彼の配下が交代で常駐し、周囲への啓蒙活動と牽制を、ハガルたちには村の復興の手伝いを、担うこととなった。期限はひとまず二年間。短すぎては、再び武力衝突が起こりかねないし、長すぎては彼らの自立を妨げる。


 勿論、多忙な枢機卿であるマスグレイヴ本人はここに残るわけにはいかないので、彼は連絡役を残してロゼ・マリスへ戻った。


 役目を終えた……ほとんど役立たずだったけど…俺たちも、彼とは同行しないものの、同じようなタイミングで村を離れることになった。



 一旦ロゼ・マリスへ戻り、グリードへ詳細を報告したのち、再び次の聖骸地へと向かう。彼らのこの先については心配だが、ここで立ち止まっているわけにもいかない。


 俺たちは、後ろ髪を引かれながらも、傷ついた人々を置いて村を発つしかなかった。



 「勇者さま、皆さん、色々と……お世話になりました」

 深く腰を折るハガル。しかし、何も出来なかったことは、俺たち自身が一番分かっている。


 「いえ…お役に立てず、申し訳ありません。何かあったら、呼んでください。必ず、駆けつけますから」

 何て言ったらいいのか分からない俺とは違って、そう答えるアルセリアはやはり「勇者」だ。例え無駄足だったとしても、それで他者を助けることに後ろ向きになったりはしない。


 自分の非力を痛感しながらも前を向くことが出来るのは、脆弱な廉族れんぞくだからこその強さなのか、それとも、それが出来るからこそ勇者なのか。



 そうして、村を出た俺たちは、ディートア共和国の首都を経由して、ロゼ・マリスへと帰路についた。


 往路と違い、事態は解決しているので、帰路はそれほど急ぐ必要もない。ヒポたちにも無用に体力を消耗させるのは可哀想なので、ごく普通の速度で、途中の街で宿泊しつつ、五日ほどかけて帰る予定だったのだが。



 翌日にはロゼ・マリスに到着するという日。その日の宿泊地で、俺たちは緊急の知らせを受け取った。


 それは、同じようにロゼ・マリスへと帰る途中のマスグレイヴ枢機卿からのもの。



 村に残した配下との定時連絡中、急を告げる音声が届いたきり、それ以降の通信が途絶えてしまったのだ、と。


 

 「村に残してきた十二名は、揃いも揃って実力に定評がある者たちばかりでね。そこいらの暴徒相手に、そうそう簡単に制圧されることなんて考えられないんだよ」


 鏡の向こうの幼い枢機卿は、流石に聖教会のトップの一人だけあって、とても冷静に見えた。だが、表情が若干強張っているあたり、内心はそうでもないのだろう。



 「君たちはグリード猊下の部下だし、本来は彼を通すべきなのだけど……事が事だからね、様子を見てきてはもらえないだろうか」


 指揮系統が異なることを枢機卿は気にしているが、名目上、三人娘は「聖央教会の」ではなく、「ルーディア聖教の」神託の勇者なのだし、同じ枢機卿からの命令ならば問題はないだろう。

 グリードは面白くないだろうが、そんなことを言い出すほど彼は幼稚ではない。



 「分かりました、すぐにオーウ山地へ戻ります」

 アルセリアは迷うことなく頷いた。同意を求めるまでもなく、ベアトリクスもヒルダも、そして俺も、異論はない。



 「すまない、お願いするよ。グリード猊下には、僕から話しておく」


 同じような日に出発し同じような道程で戻っているのだから、おそらくマスグレイヴもこの近隣にいるのだろう。

 だが、枢機卿である彼が、危険がある(かもしれない)場所へ進んで赴くわけにはいかない。

 



 こうして、俺たちは急遽、来た道を戻ることになった。


 

 「陛下、縮域魔法使ってもいいですか?」

 ヒポ馬車の中で、ディアルディオが唐突に言い出した。俺の焦りを察したのだろう。


 「……そうだな、頼む」

 この程度の距離であれば、縮域魔法を用いれば数分で目的地に到達することが出来る。廉族れんぞくには使用不可能な術式だし、したがって馴染みもないだろうが、この際面倒なことを考えるのはやめにした。

 問いただされたりしたら、そのときに適当に誤魔化しておけばいい。それより重要なことが目の前に迫っている。



 そうして、数日かかる距離を数分に短縮し、俺たちはハガルの村へ戻ってきた。



 俺たちが、ハガルの村と呼んでいた集落があったはずの、場所へ。



 「ここ……え…?なんで、こんな………」

 「……そんな、村は何処に……?」


 アルセリアとベアトリクスが茫然と呟いて、ヒルダは怯えたように俺の腰にしがみついた。廉族れんぞくに思い入れがあるわけではないディアルディオとエルネストは平然としているが、それでも何があったのかと視線を彷徨わせている。



 ……俺たちは、タイムスリップでもしてしまったのだろうか。

 数百年…いや、数千年後の未来に。



 住居も、畑も、家畜小屋も。

 それらがあった場所には、乾いた土塊と砂塊。まるで、古代の遺跡でも見ているかのような……


 ついこの間までそこで人々が生活していたとは到底思えない、廃墟。



 「村の……人たちは?」

 アルセリアの声に、ようやく我に返った。


 そうだ、呆ける前に、ここに住んでいた人々がどうなったのか、確認しないと。


 ソニアや、ハガルや、村の人たち……マスグレイヴの子飼いたちも。



 俺はまず、ハガルの家へ向かう。村長である彼が無事ならば、ここで何があったのかも分かるだろう。ベアトリクスは、他の生存者がいないか探しに行った。アルセリアとヒルダは、霊脈の祠の方へ。ディアルディオとエルネストは、当然のように俺の傍に控えている。



 「確か………ここ……だったよな……?」

 正直言って、自信がない。慣れ親しんだ土地ならばまだしも、俺たちがここに滞在していたのはほんの僅かな時間。変わり果てた村で、特定の住居の跡地を探すのは、並大抵のことじゃない。



 「……その、はずですけど………」

 エルネストも自信なさげだ。ディアルディオに至っては、何処も彼処も区別がついていない。



 家の中にハガルやソニアがいるかもしれないと、彼らを探そうと思っていたが、その必要はなさそうだった。と言うか、そうしても無駄だと思った。


 彼らの家のあった場所は、既に風化して僅かに建物の土台が崩れかけで残っているだけだったのだから。中に人がいるかどうかなんて、確認するまでもない。室内だったはずの空間も、剥き出しになっている。



 「誰もいませんね」

 「どっかに逃げた後とか」

 

 外側から室内だった場所を覗き込んで、エルネストとディアルディオは言う。が、俺はそのまま中へと足を踏み入れた。



 俺がミネストローネを作った台所。皆で食事をした囲炉裏の間。入ったことはないけど、多分ソニアの部屋だったところ。

 ほんの数日前に見ていたはずの光景なのに、ここには面影すらない。



 ……一体、何があったんだ。

 ハガルとソニアは……村の人たちは、何処へ行ってしまった?村中がこんな様子じゃ、戦闘があったのかどうかさえ分からない。



 だが、姿を消した村人たちがどうなったのかは、最後に入った部屋で判明した。一番、想像したくなかった形で。



 それは、ハガルの部屋だった。

 床に、一際大きい砂の山が出来ている。


 およそ、二メートルくらいのものを横たえたような形。ほとんど風化して輪郭がだいぶ曖昧になっているが、それでも手足や頭と思われるシルエットはなんとか残っていた。



 人をそのまま砂にしたら、こんな感じになるのだろう。



 「……これは、ハガル村長………ですか?」

 遅れて入ってきたエルネストも気付いたようだ。


 それが、砂と化したハガルの死体だということに。



 「これ……魔導じゃ、ないですよね」

 その前に屈みこんだディアルディオが、砂を調べながら言った。

 「魔導反応も、残留魔力も感じないですし」


 その言葉に、エルネストが驚く。

 「しかし、この状況……魔導以外で、どう説明がつくのでしょう?」

 つい先日まで生きていた人間を、まるで死んでから数百年経った後のように風化させるなんて、自然現象では決して有り得ない。



 そうだ…ソニア。ソニアを探さなくちゃ。ここに、ソニアの死体らしきものは見当たらない。タリアも言っていたじゃないか、ソニアは要領が良くって悪戯をしては上手く逃げおおせていた…って。


 だったら、きっと何処かに逃げているはず。無事でいてくれるはず。


 せめて……せめて彼女だけは。

 頼むから、無事であってくれ。



 あてがある訳ではない。

 だが、居ても立っても居られずに、俺は走り出した。


 理由はないけど、俺の足は自然と村の外れの泉へと向いていた。彼女は、あの場所が気に入っていたようだったから。


 けれども、泉へ辿り着く前に、俺は足を止めた。



 「あら、リュートさん。お帰りになったばっかりなのに、どうしたんですか?」

 

 泉の方向から歩いてきた、ソニアの笑顔に出迎えられて。



 「ソニア………」

  

 無事で良かった、と言いたかった。

 だが、言えなかった。


 村が砂の廃墟と化していて、父親が死んでいるにも関わらず、ソニアの表情は普段とまるで変わらない穏やかなものだったのだから。

 


 「ソニア…一体、何があったんだ?」

 俺の問いかけに、ソニアはきょとんとした表情をする。


 「何って……ああ、父さんや村のみんなのことですか?」


 その言葉が出てくるということは、彼女は村の中で起こった惨劇について当然知っている。



 「だって、父さんは私を止めようとしたんですよ。いくら言っても聞いてくれないから、先に逝ってもらいました」

 想像もしていなかった言葉が、彼女の口から紡がれる。


 「どうせだから、全部無かったことにしてしまえばいいって、そう言われたんです。私も同じ気持ちだったし……どのみち他の連中を消した後はこの村も同じようにしてしまおうと思ってたので」



 ……何を…彼女は何を言っている?


 「今もね、終わらせてきたばっかりなんですよ。これで、タリアとレント兄さんの仇も取れました。あの方も、きっとそれでいいって言ってくださいます」


 終わらせてきた……って、まさか。



 「これ全部……お前の仕業だっていうのか」

 

 父を、村人を殺害し、姉と愛しい男の仇も殺し、満足げに笑っている……


 ソニアが……?

 俺は、悪い夢を見ているんじゃないのか?


 それに……



 「一体どのような手品を使ったのですか?人を砂に変えるなどと……」


 絶句している俺の背後から、エルネストがソニアに問いかけた。口調こそ丁寧なままだが、既に彼女に対して最大限の警戒を払っていることは確かだ。



 「ふふふ。おかしなものですね。今までお祈りなんてほとんどしたことなかったのに、もう何もかもどうでも良くなって戯れにやってみたら、ちゃんと応えてもらえるなんて」


 「祈り……?応えるって、どう………?」


 「お赦しを、いただいたんです。お前の好きにしてもいいんだよ…って。お前は今までずーっと耐えてきたんだから、これからは、何も我慢しなくていい、思うように自由に振舞ってもいいんだ……って。それだけじゃなくって、とても素敵な力まで授けてもらったんです。これなら、私は望みを叶えることが出来る………」



 恍惚とした表情で、ソニアは語る。



 「だから、全部終わらせるんです。あの方も、それを望んでくださいました。だから、私の祈りに応えて力を与えてくれたんです」


 分からない。()()()って、何者だ?誰が彼女を唆した?しかも、こんな力まで授けて。



 「お前は、一体何に祈ったんだ?守護神像は、既に俺が破壊して……」

 「リュートさん、これ、内緒の話ですけどね」

 

 俺を遮って、ソニアは秘密の悪戯を打ち明ける子供のような表情で、


 「実は、守護神像は、二体で一対なんですよ」


 そう、楽しそうに笑った。


 「二体……盗まれたやつ以外にも、もう一体あったってのか」



 まさか、聖骸が、創世神の欠片が同じ場所に二つ落されていたなんて。

 確率的には非常に低いが、しかし彼女の様子を見ればそう考える方が自然だ。



 澱みに触れ変質した聖骸。ソニアもまた、それに触れて異様な力を手にした……あの襲撃者たちと同じように。


 見たところ、彼女の理性は一応は保たれているようだ。それが、彼女に流れる魔族の血によるものなのか、彼女と聖骸との相性のためなのか、それは分からない。


 だが、理性は残っているものの、それがまともに働いているようには思えなかった。



 「だけどな……ソニア」

 おそらく彼女は、守護神像に祈った。それが復讐だったのか、大切な人の冥福だったのか、癒しだったのか、今となっては分からない。

 だが、そんな彼女に甘い言葉を囁きかけた奴が、存在しているはず。


 「それは、創世神の声じゃない。お前は多分、神を装った何者かの声に、唆されただけだ」

 それが何者なのかは、俺だって知りたい。

 襲撃者たちをゾンビもどきに変えたのも、そいつの仕業なのだろう。何が目的かは知らないが、人々の憎悪や悲しみにつけこみ、欲望を煽り、多くの命を奪わせた。


 ……ロクでもない企みだっていうのは、確かだ。


 彼女は、その何者かの声を神の声だと思い込んでいる。その声に従っているつもりで、操られている。それを分からせようと、俺は彼女の勘違いを正そうとしたのだが。



 「リュートさんってば、何言ってるんですか」

 そんなことは百も承知だと言わんばかりに、彼女は言う。

 「神さまなんて、何処にもいないんですよ」


 

 ……どういうことだ?彼女はその声が神のものではないことを知っている……なら、何故その声に従った?



 「……だけど、だったら、()()()()()()()()()()()()ってんだよ?」


 

 俺の疑問に、彼女はとっておきの秘密を暴露するように得意げな表情で、答えた。


 「そんなの、決まってるじゃないですか」

 決して、有り得ないはずの答えを。



 「……魔王さま、ですよ」

 

はい、そろそろ魔族末裔編もクライマックスですね。不穏な存在もチラ見えしてきました。

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