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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
魔族の末裔編
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第百三十八話 若き枢機卿




 腹立たしいくらいに、清々しい青空だな。


 俺は空を仰いで、そのどこまでも高く深い青を、やるせない気持ちで見ていた。


 


 あれから、三日たった。

 ハガル達の負った傷は、どうしようもないくらい深い。


 結局、レントたちの仲間で生き残ったのは、三分の一くらいしかいなかった。頼りになったであろう若い世代を大量に失い、最愛の娘とその婚約者を失い、村長として父親として、ハガルの憔悴は見ていてこちらが辛くなるほどだった。



 正直、俺たちが変に首を突っ込まなければ、こんなことにはならなかったのかもしれない……。そんな気がしてハガルにもそう言ったら、

 「彼らの貪欲さは、今に始まったことではありません。例え貴方がたがいなくても、遅かれ早かれ同じことになっていたでしょう。それより、他の集落の攻撃を止めて下さっただけでも、私たちには大助かりです……」


 そう答えてくれたのだが、だからと言って彼の痛みが軽くなるなんてことはない。目の前にいる俺たちを憎んでしまえば気持ちの行き場を失わずに済んだというのに、この男はつくづく優しすぎるのだと思う。



 「失ったものは大きい。けれど、私たちはまだこれからも生きていかなくてはなりません。私には、残された人々を守っていく責任がありますので……」


 彼は、村の責任者として、ただ嘆くだけの振舞いを許されない。或いはその方が気が紛れて良かったのかもしれないが、純粋に家族の死を悼む時間というのも、必要なんじゃないだろうか。



 しかし、ここは随分と荒れ果ててしまった。正常な流れを取り戻した霊脈は通っているので、時間をかければ以前のように豊かさを取り戻すだろうが、それでもこの短期間に、あまりに村の人口が減ってしまった。しかも、村の未来を担う若者を中心に。


 村の、次代の長さえも。



 アルセリアの説得工作で、他の集落もひとまずは大人しくしている。だが、このままの状況が本当に続くのだろうか。


 

 「失礼ですが、皆さんはこれからどうなさるおつもりでしょうか」

 ベアトリクスの問いに、ハガルは俯いた。

 

 「どう…と言われましても、今までと同じように、ただ生活していくだけです。あいつらは決して許すことは出来ませんが、だからと言って報復に出れば今度こそ全てが終わってしまうような気がします…」


 復讐も赦しも選べないのならば、彼らはただ黙って耐えるしかない。


 時間が、痛みを和らげてくれるのを。



 ソニアは、悲痛を通り越して感情のない顔で、ただ父親の言を聞いていた。ハガルの決定に彼女や他の村人たちが賛成しているのかは、俺たちには分からない。


 だが、確かにそれしか方法はないということは、分かる。



 「一つ、提案があるのですが」

 だから、彼らには憎しみと他部族からの襲撃の可能性を抱えながら生きていくしかないと思っていたところに、ベアトリクスがいきなりそんなことを言いだしたものだから、俺も驚いた。



 「貴方たちの身柄を保護したい、という方がいらっしゃるのですが」

 「え?ちょっとビビ、いつの間に!?」


 俺だけでなく、アルセリアとヒルダも驚いている。


 「私たちを……こんな姿の、私たちを……ですか?」

 

 ハガルが疑心暗鬼になるのも無理はない。これ以上ぬか喜びをさせられては堪らないだろう。


 「はい。聖教会でも非常に高い地位にいらっしゃる方ですので、その方の庇護があれば貴方たちの身の安全は保障されるでしょう。周りの集落からの襲撃は、なくなるはずです」


 

 なんと、ベアトリクスの奴、俺どころかアルセリアとヒルダにさえ内緒で、グリードにそんな約束を取り付けてやがったとは。随分手回しが良いじゃないか。


 

 俺は、そう思ったのだが。

 そして多分、アルセリアとヒルダも、そう思ったはず。


 しかし、



 「実は、先ほどその方がこちらに到着いたしまして。……紹介いたします。ルーディア聖教枢機卿がお一人、アスター=マスグレイヴ猊下です」



 だから、彼女の紹介と共に部屋に入ってきた少年……枢機卿と言うにはあまりに若すぎる……の姿を見た途端、俺たちは一瞬事態が呑み込めなかった。



 「……え?え?なんで、マスグレイヴ猊下がここに?ってか、ビビ…なんで??」

 「…………アスさま、やっほー」


 勇者として当然見知らぬ仲ではないだろうアルセリアは、意外な人物の登場……そりゃ俺だってここで出てくるのはグリードだとばかり思っていた……にわたわたしている。

 一方で、ヒルダは年の近い若き枢機卿に親し気に…というか気安く挨拶をしたりして。


 「やぁ、勇者殿、魔導士殿。本来僕たちが為さなければならないことで、色々と尽力してくれていたみたいだね、ありがとう」


 軽口と共に手を振るヒルダに軽く手を振り返しながら、少年は少年らしい声色と少年らしからぬ落ち着きで答える。



 で、俺はと言うと………




 「君は初めまして、だよね。リュート=サクラーヴァ君。グリード猊下から君の話はよく聞かされているよ」


 厳密に言えば、初めましてではない。俺は、ルシア・デ・アルシェで彼の姿を見ている。


 ベアトリクスが、この少年と会っているところを。


 「なんでも、姉がいつもお世話になっているようで、申し訳ないね」

 そう言って深々とお辞儀をする少年枢機卿に、俺も思わずつられて

 「いえいえ、そんなこちらこそ。………………って……姉?」


 姉…って、なんだ?



 「実を言うと、僕とベアトリクス=ブレアは実の姉弟でね。色々あってしばらく疎遠になってたんだけど……」



 えええええ!?ベアトリクスと、枢機卿の一人が姉弟!?


 初耳な重大事実に、俺はアルセリアの方を振り向く。が、彼女の表情を見れば俺と同じように何も知らなかったことは確かだ。


 

 ヒルダは……知っていたのだろうか?


 「ビビとアスさま、きょうだい?…おおおー」

 呑気に驚いているところと見ると、やはり初耳のようだ。



 「マスグレイヴ猊下の出身は、エスティント教会。聖央教会やトルディス修道会よりも、貴方たちに寄り添ってくださるはずです」

 しかし、その割にはベアトリクスの口調は他人行儀と言うか、堅苦しい。他人の目の前だから…なのか?


 弟であるマスグレイヴ枢機卿は、それについては気にしていないようだ。

 「我々は、旧来の信仰を尊重しつつも時代に合わせた柔軟な教義解釈を行っています。貴方がたの姿や出自に関しても、色々と融通を利かせることが出来るでしょう」

 とこれは、俺というよりもハガルに対して。



 なるほど。魔族の血を引く異端者の扱いに関しては、ルーディア聖教中最も寛容なエスティント教会に任せるのが最適ということ……か。



 ベアトリクスがグリード以外の枢機卿と通じていて、しかも肉親だなんて…かなり驚いたけれども、良い判断をしたんじゃなかろうか。


 ただ……ちょっと、気になるんだけど…………



 「ちょい、ベアトリクス。こっち来い」

 俺は、ベアトリクスを部屋の隅っこに引っ張っていった。

 「あら、なんですかリュートさん。こんなところで愛の告白だなんて、もう少しシチュエーションを考えて」

 「だああ!そうじゃないことは分かってるだろが!」

 

 なんでこいつはこう、俺を茶化すことばっかり考えるんだよ!

 俺が聞きたいのはそうじゃなくて。



 「……お前まさか、弟に俺の正体こと……」

 「いやですね。そんなはずないでしょう」

 これらは、聞こえないようにヒソヒソと遣り取り。


 「リュートさんに関しては、補佐役ということ以上の情報を与えていません。いくらなんでもそこまで考え無しじゃありませんから。……それに、そこまで気を許しているというわけでも、ありませんから」

 最後の一言は、さらにトーンダウンするベアトリクス。



 うむむ。

 ヒルダだけじゃなくて、こいつもまた肉親との間に何やら問題を抱えてたりする?


 なに、俺に首を突っ込めって言うお誘いですか?フラグなんですか?



 ……まあいいや。それはおいおい考えるとして。



 「ええと、マスグレイヴ枢機卿。彼らを保護すると言うのは?」

 「ああ、勿論、住み慣れたこの土地を離れる必要はありませんよ。ただ、僕たちの方から人を寄越しましょう。復興の手助けにもなりますし、周囲への牽制や村の守り手にもなれる人材ですから」


 それは、確かに心強い。

 枢機卿直々の命令で聖職者たちがこの村に常駐するのであれば、この上ない盾になる。それは当然、ハガルにも分かっているようで、



 「本当に……そんなお申し出を、受けてしまってよろしいのでしょうか………?」

 安堵というより、恐縮している。


 マスグレイヴは、そんなハガルを勇気づけるような笑顔で頷く。

 「勿論です。この世界の生命は、須らく我らが主の愛し子。神の使徒たる僕たちがその責任で、貴方たちをお守りしますよ」


 

 「ああ……ありがとうございます……ありがとうございます…………」

 ハガルは、泣きながらその場に崩れ落ちた。

 今まで張り詰めていたものが、切れてしまったのかもしれない。


 ソニアは、無表情のまま、そんな父親を見下ろすばかり。



 ……多分、彼女の傷は、ハガルのものよりも鋭くて、深い。

 自分たちの身が安泰だと知っただけでは、痛みが軽くなることなんてないのだろう。



 いつか、彼女がタリアとレントの分まで前を向いて生きていこうと、思ってくれる日が来ることを願う。



 「ところで……そこのお二人は、リュート君のお知り合いかな?グリード猊下からは、何も聞いてなかったけど」


 ああ!しまった!ディアルディオとエルネストのこと、どう説明しよう!!

 こいつらのことだから、まーた要らん事口走るに違いない!



 「お初にお目にかかります、私はサラディ派修道僧、エルネスト=レーヴェと申します。枢機卿猊下にお目にかかれたこと、光栄至極にございます」


 あれ?あらら?エルネストの奴、すっごく流暢に自己紹介なんてしちゃって。

 しかも、サラディ派……って何?


 「そうか、貴方はサラディ派の……色々と大変だろうけど、頑張って」

 「はい。ありがとうございます」


 ……よく分からんが、会話がきちんと成立しているからまあいいか。


 で、ディアルディオはどうしようか……



 「初めましてー。あたし、ディアーナっていいますぅ。リュートさまの、許嫁でっす」


 ああ、その設定まだ生きてたのね…………


 っておい!


 余計な設定付け足すんじゃない!

 ほら、枢機卿が呆れた目で俺を………いや違う、あれは呆れてるんじゃなくて


 「ああ……そうですか………まぁ、双方の合意があれば別に…構いませんけど……」 

 なんか、敬語になってるし!



 本来なら、一刻も早くその誤解を解きたいものだが、今はそんなくだらないことに時間を費やしている場合ではない。

 まずは、ハガルたちのこれからのこと……エスティント教会の庇護について等々……について、詳しく話を聞かなければならないのだから。



 

 だから、俺も好きで黙ってるわけじゃない。

 頼むからアルセリアとヒルダ。そんな汚物を見るような眼で俺を見ないでくれ!


 

 


 

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