第百三十七話 星空の下で。
空の縁から、星が溢れて零れそうになっている夜だった。
俺は、いつぞやと同じように、村の外れにある泉に向かって歩いていた。
虫の声と木々のざわめきと獣の遠吠えを聞きながら目的の場所に着くと、この日もソニアが一人で水辺りに座っていた。
確信があったわけじゃない。だが、なんとなく彼女はここにいるだろうと、そんな気がしたのだ。
「……隣、いいかな」
彼女に拒む様子はなかったので、返事を待たずに横に腰かける。
そして、俺たち二人は無言のままで、しばらく水面を見つめていた。
彼女が、何を思っているかは分からない。だが、俺の方は、何を言えばいいのか分からなかっただけで。
「タリアは………」
ぽつりと、ソニアが呟いた。とても小さな、夜風の音にさえ掻き消されそうな声で。
「タリアは、眠ってるみたいな顔でした」
「…そっか………」
そう言われても、俺はなんて返せばいい?
「レント兄さんと最後まで一緒にいられて、本望だったんじゃないかなって……」
まるで自分に言い聞かせるみたいにソニアは言うが、それが本心ではないことくらいは分かる。
タリアは、あんな身体でも自分の未来を諦めている様子はなかった。
彼女が望んでいたのは、レントと共に死ぬことではなく、レントと共に生きていくことだったはず。そしてそんなことくらい、双子であるソニアなら俺よりもっとよく分かっているはず。
「…………ゴメン」
結局、俺に言えるのはこの一言くらいしかない。
聖骸のこととか、聖骸が盗まれたこととか、襲撃者たちに現れた異変とか、そういった不測の出来事が重なったとか……言い訳なら、いくらでも重ねることは出来る。
けれども、それは所詮言い訳でしかない。
俺は、救いを求めて伸ばされたソニアの手を一度は掴んでおきながら、結局は彼女の願いを叶えることは出来なかったのだから。
「…………………リュートさんは、悪くありません」
ソニアはそう言ってくれるし、嘘をついているようにも見えない。だが、それを鵜呑みにするような愚を犯すことは出来ない。
「けど、俺は結局何もしてやれなかった……」
「そんなことありません。皆さんは、私や父の話を聞いて、親身になってくれました。私たちを助けようと、色々頑張って下さったのも、知ってます」
だが、結果を残せなければ何の意味もない。話を聞いて親身になろうが、彼女らの窮状を救うために尽力しようが、結果として救えていなければ、何もしなかったも同然じゃないか。
「どのみち、私たちにはこういう結末しかなかったんじゃないかって、思うんです」
俯いていた顔を上げて星空を見上げ、そう言う彼女の表情は、何故か晴れ晴れとしているようにも見えた。
「この世界に、神様なんていないんでしょう?だったら、自分たちに与えられた条件でやっていくしかないんですよね」
諦めたのか、吹っ切れたのか、自暴自棄なのか、彼女は今、どんな気持ちで俺に笑顔を見せているんだ?
「私たちだって、一生懸命生きてきただけなんです。それなのに、こんなことになっちゃうんだから、これはもう、なるべくしてなったんだって思わなきゃ、やってられないですよ」
本当に、そうだったのだろうか。何か、方法はあったんじゃないだろうか。俺たちが、もっと上手くやっていれば或いは……
「だからこれは、リュートさんたちが悪いわけじゃなくって、勿論私たちが悪いわけでもなくって……単に、運が悪かっただけなんです」
運が悪い…………か。
俺は、これ以上に残酷な言葉を知らない。
「だから……神様に縋るのは、もうやめにします」
不謹慎かもしれないが、そう言って笑った彼女は、今までで一番綺麗に見えた。




