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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
魔族の末裔編
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第百三十六話 狂気をもたらすもの




 「な、何ですかいきなり……こんなこと、神と聖教会がお許しになるとでも!?」


 俺の目の前で、腰を抜かしてへたり込みながらも、その老人は抗議してきた。


 

 まあ確かに、急に無断で家の中に押し入ってきて、止めようとした護衛の頭を問答無用で吹き飛ばしたんだから、彼がそう言うのも無理はない。

 

 無理はない、が。


 「だからどうした。そんなの、俺の知ったことじゃない」


 その二つの単語を出せば俺が大人しく引き下がるとでも思ったか。


 

 「…あ、アンタさんは、教会の人じゃないのかね!?」

 「今は違うよ。お前には関係ないことだけどな」



 冷たく睥睨してやると、その老いぼれの顔色がどんどん蒼白になっていった。

 ほとんど息も出来ない状態だろう。じっとりと脂汗を顔に滲ませて、口をぱくぱくさせて声にならない声を上げようとする。




 レントたちの所を出て、俺は件の集落までやって来た。

 以前からハガルたちに敵対していた、彼らの土地を奪おうと他部族を焚きつけていた、強欲な連中の所に。



 だが、俺が最も糾弾したいのは、彼らの強欲さでも卑劣さでもなく。



 「……ハガルの村から、守護神像を盗み出したのはお前らだよな」

 もう疑問でもなく確定事項のように言う俺に、村長はさらに竦み上がる。


 「そ、な、あ、あれ……は…その………」

 「お前らだよな」

 「ひ、ひぃっ!も…申し訳ございません!!あの像が豊かな実りをもたらすと、そんな伝承を聞き及んで………それで、それで………つい」


 ひれ伏す村長。一瞬、その頭を上から踏みつけてやろうかと思ったが、それはやめておいた。



 「…で、何をした?」

 「…………は?」

 「とぼけるな。ただ持っていただけでは、いくらなんでもあんな風にはならない」


 タリアのように体調を崩すならまだしも、人間をあそこまで理性を失った化け物に変えてしまうなんて、いくら聖骸が変質しているとは言っても不可解だ。



 「あんな風…とは…………」

 「お前のところの若い連中だ。レントたちを襲撃に行ったんだろう?」


 表情が凍り付いたことから、あの襲撃は若い連中の独断ではないことがはっきりした。だが、どうも村長は事態を正しく把握していないように見える。


 「わ……私は、私も、止めようとはしたのですよ。でも、彼らは聞かずに村を出てしまって……」

 「あんな狂気じみた連中を、止めようとした?」

 「狂気…じみた?その……それは、どういう…………?」


 

 なるほど。村を出るときにはまだ正気が残っていたというわけか。



 「まあいい。盗み出した神像はどこだ」

 「む…村の………宝物庫に………」


 既に村長には、俺に抗う意志など残っていそうになかった。


 宝物庫と言われても、どれがそうなのか分からない。分からないので案内させようと思ったのだが、村長はまだ腰を抜かしている。



 「宝物庫とはどれだ」

 だから俺は、へたり込んだままの村長の首根っこを捕まえて、引きずっていくことにした。

 


 「ひっ…お、お止めください……この老体に、何をなさる…痛!痛い痛い痛い!」

 クソじじいの身体のことは何も考慮しないで荷物のように引きずっているので、そりゃ痛いだろう。けど、俺にはどうでもいいことだ。



 因みに、静かに俺の後ろに付き従うディアルディオとエルネストは、足元で喚くクソじじいに視線すら向けない。


 完全に、物扱いだ。




 

 案内させて辿り着いた宝物庫は、言う程立派なものではなかった。だが、その中には何故こんなところに…と思うような金品やら武器防具やらが、無造作に重ねてある。



 「……これ、行きずりの旅人から奪ったものか?」

 明らかに、現地人であるこいつらの持ち物ではなさそうな旅道具まであるので、適当にそうカマをかけてやったら、案の定


 「わ、儂は知りません。若い連中が、勝手にしたことで……」

 あっさり白状した。他人に罪を押し付ける気満々だな、このじじいは。



 そんなことはどうでもいい。

 俺が取り戻したいのは、ただ一つ。



 ああ、いた。


 倉庫の一番奥に、神像があった。

 流石に乱暴には扱われていないようで、少し安心。



 「それが、聖骸……ですか」

 「正しくは、聖骸を孕んだ石像……ってとこかな」


 村に近付いたあたりからずっと感じていた、懐かしいはずなのにどこか違和感を感じる気配。その気配に引きずられて、優しげなはずの神像の表情さえ、禍々しいものに見えてくる。



 俺は、そっと像に手を触れた。




 その女神像は、まるで傍らにいる何かを抱きしめるかのような姿勢をしていた。



 やっぱり、エルリアーシェにはあんまり似ていない。


 けれども、今はそれで良かったと思う。もし似ている像だったら、こんな風に破壊してしまうには抵抗を感じていただろうから。



 俺の霊素マナと、聖骸の霊素マナが反応し、長年空気にさらされ続けて脆くなった石材は、俺たちの力に耐え切れなくなって、ボロボロと崩れていく。


 やがて、俺の手の中には、一握りの石だけが残った。




 「……それが、創世神の欠片…ですか」

 後ろからその様子を覗き込んで、エルネストが言う。彼らはおそらく初見だろう。しかし、


 「と言っても、だいぶ変質しちまってるけどな」

 本来の彼女の欠片は、こんなに濁った色の霊素マナじゃない。


 「それ、どうするんですか?」

 と、問いかけてきたのはディアルディオ。

  

 「…これはもともと、勇者が持っているべきものだから、アルセリアに渡すのが筋なんだが……このままじゃ無理だな」

 こんな変わり果ててしまった聖骸を彼女に与えたりしたら、アルセリアの身がもたない。

 「しばらくは、俺の中で休ませるとするさ」


 そのうちに、欠片も元の姿を取り戻すだろう。少しずつ、同格である俺の霊素マナに洗われて。



 さて、と。

 これで目的は達成した。あとは、気が乗らないがハガルたちの元へ戻り、ことの顛末を伝えなければ。


 タリアとレントの、死を。



 立ち上がりざま、未だに腰を抜かしたままの村長を一瞥する。

 それだけで奴は縮み上がったが、今さら俺にこいつをどうこうしようという気は起こらなかった。どうもこいつは若者たちの変化を理解していなかったようだし…そもそも、あんな風に理性を失ってしまった彼ら自身でさえ、そんなつもりではなかっただろう。

 何しろ、


 

 「でも陛下。その欠片…確かに妙な感じですけど、それだけであの廉族れんぞく共があんな風になっちゃうものですか?」

 首を傾げて疑問を口にするディアルディオだが、実を言うと俺も同意見だ。


 彼らは、神像に不思議な力があると思い、そしてそれは事実だった。かつてそれはハガル達の土地に豊かな恵みを与え、変質してしまった後は恵みを通り越して災いを与えた。


 だがそれは、先祖返りのような肉体の変異だったり、タリアのような脆弱な肉体だったり。

 彼らとここの連中には、魔族の血を引いているか否かの違いはあるが、長い時間でそれは非常に薄いものになっており、ここまで影響に差を与える要因になっているかは疑わしい。


 何か、別の要因が隠れているのではないかと思ってしまう。



 「………確かに、不自然だ。けど、今となってはそれが何故かは分からないな」

 ここの村長や、ハガルに訊ねたところで彼らは何も知らないだろう。


 だけど。



 俺は、以前にちらっと頭をよぎった懸念を思い出した。


 この世界に、ことわりに触れることの出来る存在ものがいるかもしれない……俺たちの他に。



 馬鹿げた、それこそ荒唐無稽な考えだ。そんなことはあるはずがない。今回の件では、俺は随分と翻弄されてしまったような気がするが、それとこれを結びつけるのは無理がある。だいいち、何の根拠もないじゃないか。



 自分の不完全さは、今までのあれこれで嫌になるほど思い知らされている。魔王なんて言っても結局はこの体たらく。自分の失敗に、他の大きな存在の関与を疑うのは、多分自分でそれを認めたくないからだ。





 「………陛下?」

 ディアルディオが、心配そうに俺を呼ぶ。彼らにとって俺が思い悩む姿は、これ以上なく不安を掻き立てられるものらしい。


 「すまん。お前らが気にすることじゃない。創世神絡みのことは、俺が何とかするから心配するな」

 

 力づけるようにディアルディオの頭をかるくぽんぽんと撫で……そこで羨ましそうにするなよエルネスト……俺は二人を伴って、勇者たちのところへ戻ることにした。


  

せっかく天気が良いのでお犬様を連れてお出かけしようと思ったのですが…風、強いですね。昨日までは雨だし。もう。穏やかな晴天が欲しいです。

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