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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
魔族の末裔編
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第百三十三話 腹が減ってはなんとやら。



 

 「それにしても、教典なんてアンタいつ覚えてたのよ。しかも第二十四巻なんて……」

 クソじじいの村からの帰り道、アルセリアは何故か感心しているというよりは呆れたような調子で問いかけてきた。


 「ん?そりゃ、曲がりなりにも教会関係者になったんだし、一回くらい目を通しておくのは基本だろ?」

 「………そんな基本知らないわよ。……って、まさか全巻?」

 「おう。一応はな」


 アルセリア、言葉を失っている。なんだよ、教典の全五十二巻くらい読破するのが、そんなに理解し難いか?



 「…陛下、頭脳労働苦手なんじゃなかったんですか?」

 こちらも同じくどこか呆れた風に、ディアルディオ。

 「机仕事が嫌いだからギーにぃに押し付けてるんじゃ………」

 「……あー、まぁ、うん。そのとおり」


 いやいや、本を読むのは嫌いじゃないんだよ。ただ、色々考えなきゃいけない政治的事務ってのは、途中で面倒くさいからもうどうでもいいや、って気になってきちゃうんだよ。


 

 「ギーにぃ…不憫な………」

 「…そう…だな………」


 うん、ギーヴレイにはきちんと報いてやらなきゃな。



 「でもさぁ、陛下。さっきの廉族れんぞく、ほんとに大丈夫なんですか?」

 ディアルディオが疑念を持つのも分かる。

 

 クソじじいは、俺たちの脅しに屈しただけであり、自分から納得して答えを出したわけではない。そもそも、異形の者たちへの恐怖から迫害に加担した他の部族とは、毛色が違うのだ。


 感情が原因でこじれた問題を解決するのは同じく感情だが、利益が絡む問題を感情で押し切ってしまうと、何がしか後を引きずることになる。…その逆もまた然り、だが。



 まぁ、完全に震えあがっていた村長は大丈夫だと思う。だが、その横に控えていた若者たち(護衛か秘書か?)の視線には、俺たちへの敵意しか見られなかった。


 若さ故に、聖教会の弾圧の恐ろしさが分からないのかもしれないし、村長以上にハガルの村の土地を自分たちのものだと思い込んでいるのか、あるいは欲しいものは力づくで手に入れても構わないのだと思っているのか。


 余所者が、勝手な事を言いやがって……という心の声が聞こえてきそうな視線だった。


 損得勘定とも違う、権利意識…或いは、優越感。豊かな土地と実りは、他者ではなく自分たちこそが手に入れて然るべきという考えは、向こうの世界でもこっちの世界でも、常に戦争の原因となり得る。



 「あの村の動きについては、少し注意しておいた方がいいかもしれませんね」

 ベアトリクスの提案には賛成だ。人手がないのが痛いが、これで一件落着とするのは危険に思える。



 「とは言え、とりあえず私たちに出来ることはこれでおしまいなんでしょ?これからどうするの?」

 いきなり呼び出された上に説得の大役を押し付けられたものの、それを見事に果たしてみせた勇者アルセリアは、一仕事終えた充足感を滲ませている。


 「そうなんだよなー…。まだ問題は残ってる…て言うか根本的には何も解決してないんだけど、かと言って後はここの連中に任せるしかないんだよなー」



 元々の原因は(集落間の縄張り争いはこの際置いておいて)、ハガルたち異形の者の出現。これに関しては、調べれば彼らの姿を戻す方法が見つかるかもしれないが、今すぐにどうこう出来るわけではない。だが、澱みは消滅しているので、これから生まれてくる世代に関しては心配ないだろう。

 後は、時間をかけて彼らを救う方法を模索していくしかない。


 他部族との武力衝突は、ひとまずお互いに剣を収めれば収束に向かう…と思いたい。他の集落にしてもレントたち過激派にしても、どちらかがしびれを切らして再び攻撃を始めてしまえば、元の木阿弥だ。

 だが、停戦状態が長く続けば、これ以上憎しみが膨張していくことは避けられる。薄氷の上だろうと表面的なものであろうと、平穏な時間が続けば続くほど、互いに理解しあおうという余裕も生まれるはず。

 ここは、“神託の勇者”の威光に賭けるとしよう。なんとも心もとないが。



 タリアの身体のことにしても、今は俺の加護で体力を向上させているだけで、根本原因を取り除いたわけではない。だが、ハガルたちの姿と同じように、これまた色々と調べてみなければ。



 後は……



 「聖骸のことはどうしましょう?」

 

 そう、そこなんだよ。ベアトリクスの言うとおり。

 

 ハガルの村の守護神として祀られていた、おそらく聖骸と思われる物質。行方をくらませたそれをなんとか見つけ出さないと、さらなる悲劇が生まれることになる。


 

 「え?なに、ここにも聖骸があったの?」

 初耳なんですけど…といった調子でアルセリアが驚く。


 そういや、話すの忘れてたわ。



 「あー、まあ、あるにはある…と思うんだけど、どっかに行っちまった」

 「はぁ!?何それ、管理不行き届きじゃない、リュート!」


 何故か俺に怒りを向けるアルセリア。


 「知らんがな!俺だってこんなところに聖骸があるなんて知らなかったんだし、知らなきゃ管理もクソもないだろうが!」


 「………お兄ちゃん、クソなんて言ったらダメ」

 「あ、ゴメンナサイ」


 ほら、ヒルダに叱られちゃったじゃないか。


 

 「じゃあ、聖骸を見付けるまではここにいなきゃならないってわけね。…長丁場にならなきゃいいけど」

 珍しく深刻そうな表情を見せるアルセリア。


 それはそうだな。現在確認されている聖骸の数は、三十八。その全てを手に入れるのは難しいにしても、勇者の成長のためには出来るだけ多くを獲得するのが好ましい。竜のときや今回のように、聖教会が把握していない聖骸も少なくはないのだろうから。



 「あまりここの滞在が長くなるのは、避けたいわ」

 「まぁ、ずっとここにいるってわけにもなー…」

 「持ってきた食材だって限りがあるんだし」

 「っておい」


 食材って、何の心配だよ。

 大変な思いをしてる連中がいっぱいいるってのに、またもや食い気かよ。


 しかも……


 「食材ってお前……んなもの持ってきてたのか?」

 「そりゃそうよ。この辺りにはお店もないって言うし、ほとんど自給自足の生活なんでしょ?自分たちの食べる分くらい持参しないと」


 ………なんか尤もらしいこと言ってるけど、単純に旨い飯を食いたいだけだろう。携帯用保存食ではなく食材を持ってきてるあたりで、バレバレなんだっつーの。



 「………お兄ちゃん、お腹すいた」

 ……ヒルダまで乗っかってきた。


 「そうですね。腹が減っては何とやら。リュートさん、アルシーたちのおかげですね。今夜のメニューは何ですか?」

 ベアトリクスがさらに煽ってくるのは、まあ想定内だけど。


 「メニューったって、持ってきたっつー食材が何なのか知らないんだけど」

 「ええと、干し肉と、干し魚でしょ、あとは、おイモとお豆とトウモロコシ。それと、トマトとタマネギに……あと調味料も色々。問題も一段落したんだし、そろそろちゃんとしたご飯が食べたいのよね」


 …そりゃ、ここ数日は近辺の集落を回るのに忙しくて、食事は携帯食か地元の簡素な料理ばっかりだったけどさぁ。



 …と、それまで黙って俺たちの遣り取りを聞いていたエルネストが、しみじみと


 「……陛下も、ご苦労なさっているのですね………」


 


 ……それ、二回目だから。


出先で更新してみました。

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