第百三十話 そう言えば道端のお地蔵様ってどのくらいの価値があるものなんだろう?
「それで、結局守護神像は見付からなかったんですか?」
タリアに問われて、俺はうなだれるように頷いた。
再び、レントたちの村である。
あの後、俺たちはハガルの村を探した。探しに探しまくった。
何せ、村の宝である。村人で、それの存在を知らない者はいない。誰かが、悪戯半分で持ち出すこともあるかもしれない、と、捜索と聞き込みをしまくった。
それはもう、ヤマ場を迎えた刑事のように。
……が、何処を探しても、誰に聞いても、像の行方は分からなかった。
「これはもう、さ。盗まれたんじゃないかって結論に達するしかないんだよなー……」
ぼやくように言った俺に、タリアは疑義を呈した。
「でも、盗むと言っても……なんのために?」
「………そう…なんだよなー…………」
聖骸を孕んだ守護神像。だが、その重要性に気付いている者は、おそらく村人たちの中にもいない。
かつてご先祖が、不思議な力を持った岩で作った守り神……というのは、あくまで昔話の中のこと。現代において、それを鵜呑みにして信じている者はいないだろうことは、聞き込みの最中に察した。
ましてや、それが霊脈の澱みに触れて変質してしまった聖骸である……という事実は、ハガルや、祠の「お役目」であるタリアやソニアですら知らない。事が事なので、俺は敢えて伝えていない。
道端のお地蔵様を盗む人間がいないのと同じ。わざわざ、盗み出す理由がないのだ。
「それとも何か?守護神像って、国宝だったり重要文化財だったりするわけか?」
「こく……ほ?じゅう………?って、何ですか?」
やけくそ気味の独り言だったのだが、タリアが首を傾げてしまった。
「…ごめんごめん。気にしないでくれ」
それにしても……誰が、何の目的で持ち出したんだろうか。
仮に、その真価に気付いた者がいたのだとしたら……それは、過激派云々よりも余程危険だ。
「守り神さまを盗むなんて、罰当たりな人もいるのですね」
タリアは憤るように言うが、実際はそんな呑気な状況じゃない。彼女は、単に村の宝である石像が盗まれただけだと思っているが、それは澱んで濁った霊素がたっぷりと滲み込んで変質した創世神の欠片なのだ。
罰当たり…で済めばいいんだけど。
なお、澱んでしまった霊脈に関しては、既に浄化してある。異形となってしまった者を戻すことは出来ないが、これから生まれてくる命に関しては正常に戻るだろう。
未来の子供たちは、まっすぐな理の上に生きていくことが出来る。
だから、後はそうでない者たちを救わなければ。二千年前の不始末を片付けるためにも。
因みに、俺はタリアの調子を見ないといけないので、アルセリアの合流までは基本レントたちの村に逗留することになった。魔界との連絡役であるエルネストも、当然一緒である。
で、ベアトリクスはハガルとソニアのところにいる。引き続き、周辺も含めて守護神像の捜索も行ってもらっている。
「そう言えばさ、やっぱりソニアは祠の手入れ、サボってたってさ」
彼女には悪いが、心配しているお姉ちゃんには報告しとかないとな。
「まぁ……やっぱり。ほんと、仕方のない子」
タリアは呆れ顔ながら、怒っている様子はない。昔からの因習で続けられているだけのお役目だろうから、サボっても特にペナルティーのようなものはないそうだ。
「あの子、いつもそうなんですよ。お役目のことだけじゃなくて。要領がいいって言うか、立ち回るのが上手いって言うか」
責めるような言葉のはずだが、口調は優しい。昔を懐かしむように、タリアは続ける。
「昔から、悪戯をしてはそれをレントに押し付けたりなんかして。いつだったか、水門に悪戯をして、畑を水浸しにしてしまった時だって、結局叱られたのはレントだけだったんですよ」
それはそれは……なかなかの、逃げ上手である。
「それじゃあ、レントはいつも被害者だったわけだ?」
「いえ、そうでもなくて」
二人のことを話すときのタリアは、本当に幸せそうだった。
「レントもレントで、けっこうなやんちゃ坊主でしたよ。大抵は、ソニアが悪戯を思いついて、レントがそれに乗っかって、でも結局ソニア一人が上手く逃げおおせてレントが叱られる…っていうパターンでした」
それは、今はもう戻ることの出来ない幸せな過去。たとえ異形に生まれてきてしまったとしても、惨い現実を知ることのなかった、幼い日の日常。
「その頃はまだ、今みたいに周りの集落との争いも多くはありませんでしたから……私たちは姿を隠す必要がありましたけど…それでも、人目に触れないように森の中を駆け回るのは、楽しかった…です」
幼い頃…と言うと、タリアもまだソニアのように健康だった頃のことか。
「今思えば、ソニアとレントはその頃から惹かれ合っていたんだと思います。ただ、二人とも優しいから、私に疎外感を与えないように表には出しませんでしたけど」
「……でも子供の頃のことだろ?好きだの嫌いだのって、恋愛感情とは別物だったんじゃないか?」
小学生くらいの子供って、恋愛感情とか理解してないよな。特に男子。自分が小学生の頃なんて、女子と付き合うより男子とつるむ方が楽しかったぞ。
「そうでもありませんよ。見てたら分かります」
「フーン……そんなものなのか………」
えてして女子は同年代の男子より大人なので、男子には分からないことも分かっているのかもしれない。
そしてこういう問題に関しては、決して男子は女子には敵わない。
「ソニアも…そして多分レントも、私がレントのことを好きだって、きっと知ってました。だから、父がレントに、将来私と一緒になるようにと頼んだときも、二人とも何も言いませんでした」
病弱な姉のために、身を引いた妹。
病弱な幼馴染を守るために、愛する者を諦めた男。
………それは、優しさなのだろうか?
「それは……みんな、辛いな」
その決断で、幸せになった者はいるのだろうか?
「そう…ですね。私は……レントと一緒にいられる。それはとても、幸せです。一人は、怖い…ですから。同情でもなんでも、私のことはいいからソニアと結ばれてほしい、とは言えなかった。二人に対して、ずっと罪の意識は消えません。レントだってソニアだって、いつか私に同情したことを後悔する日が来るんじゃないかって、私………」
俺は、タリアの頭に手を置いた。
「それは、考えすぎなんじゃないか?確かに、レントとソニアは好き合っているのかもしれないけど、二人にとってそれよりも大切なのは、タリアだった…ってことだと思うよ」
「私が……ですか?」
とても意外なことを聞いたかのように、タリアは目を見開いた。
「だって、そうだろ?レントとソニアは、お互いタリアのことが大切で、タリアを通じて繋がることを選んだんだから」
「私を……通じて?」
「そう。愛情ってのは、別に恋愛の専売特許でもないし、二人がお互いを好きな気持ちより、二人がタリアに幸せになってもらいたい気持ちの方が勝ってたってことなんだから」
お年頃の女の子には理解し難いかもしれないが、時に恋愛よりも優先されるものは存在する。それは使命だったり生き様だったり矜持だったり。
だったら、姉妹愛や友情がそうだったとしても、いいじゃないか。
「二人が、お互いよりもタリアを選んだのは、あくまで二人の決断なんだし、そこでタリアが罪悪感を持ったりするのは、逆に二人に対して失礼じゃないかな」
自信満々に言うが、実のところ俺は当てずっぽうを言っているに過ぎない。
実際、レントやソニアがどう考えているのかなんて知らないし、納得しているのかも分からない。けれども、少なくとも二人は自分たちの判断でタリアを選んだのだから、それは彼らの問題だ。タリアが、辛い中で心を痛める必要はない。
それに……タリアを気遣うレントや、心配するソニアの様子を見ていると、彼らがタリアを大切に思っていることは確かだと思える。
「だから、今は少しでも身体を良くして、二人の思いに応えてやるといい」
「……………リュートさんって、なんだか不思議ですね」
………へ?なにをいきなり………
「なんだか、リュートさんに言われると、ほんとにそうかもって思えてきちゃいます。それに、すごく安心出来る……」
「そ、そう?なんか、照れるな………」
てらいもなく言われると、なんか落ち着かない。
「ま、まぁ、もうすぐ勇者も到着するはずだし、周辺部族の説得が成功すれば、ひとまずの心配はいらない。後は、ゆっくり身体を治すことを考えなきゃな」
思わず、話を逸らしてしまった。
とは言え、彼女の不調や村人の異形を癒す方法など、あるのだろうか。
………いや、弱気は厳禁!こうなったら、とことん調べてやる。ルガイアの知識と研究も全部提供させて、何が何でも糸口を掴んでやろう。
まだ何もやっていないのだから、諦めるのは早すぎる。
きっと何か……何か方法はあるはずだ。




