第百二十五話 対話って重要な割に軽視されがち。
レントに連れられて行った集落は、ハガルたちの村から徒歩で一時間ほどの距離にあった。なお、道中の一時間は、非常に気まずい沈黙に耐えなければならなかった。
そこは、村と言うよりも拠点…と言った方がいいようだ。生活に必要な諸々…畑だとか作業場だとかそういうの…は見当たらず、あるのは幾つかの建物と、修練場と思しき広場。
おそらく、彼らの本拠地は別にあるのだろう。見ず知らずの俺たちにそこの場所を秘匿するのは自然なことだ。
レントは、建物の一つに俺たちを案内した。十二畳くらいの部屋に、簡素な机と椅子が置かれ、机に置かれた周辺の地図にはいくつかの印がつけられていて、ここが作戦会議室なのだということを示していた。
俺たちの目に触れないようその地図を手早く丸め、レントは机の前の椅子に腰を下ろす。彼の仲間たちは、その横に護衛よろしく直立不動で控える。
……まるで、軍の将校と部下のようだ。彼らは、レントをリーダーとしてある程度秩序のある部隊を編成しているのか。
統制の取れていない有象無象より、余程厄介である。
俺は、勧められていないに関わらず、勝手に席についた。ベアトリクスとエルネストもそれに続く。少し失礼なこととは思ったが、彼らと礼儀作法について遣り取りするつもりはない。
レント側も、それについては気にしていないようだった。
「で、話したいことってのは何だ?」
改めての自己紹介も何もなく、いきなりそう切り出す。せっかちと言うより、俺たち個人に関しては興味を持っていないらしい。
「まあ、聞く前から分かってるとは思うけど……俺たちは、ハガルから助力を頼まれた。彼らが現在置かれている状況を改善、あるいは解消することが俺たちの目的だ」
「なんでだ?」
「…え?」
ぶっきらぼうに問われて、一瞬言葉が止まる。
レントは続けて、
「お前らに何の関係がある。一体何を企んでいるんだ?」
あらら。どうやら、変に勘ぐられているようだ。
まぁ確かに、何の利もなく首を突っ込むような事案じゃないもんな。
うーん。ハガルたちには濁したが、同じ説明でこいつらが納得するとは思えない。
俺は、ベアトリクスに視線を移した。彼女はやたら俺に判断を押し付けようとしているが、任務について口外するなら独断というわけにもいかないだろう。
ベアトリクスも、少し考え込む素振りを見せたが、俺と同じ結論に達したようだ。
「実は……私たちは、ルーディア聖教から指令を受けてここにやって参りました」
包み隠さない彼女の言葉に、レントとその仲間たちは飛び上がった。
「教会の?教会が俺たちの問題に介入するっていうのか!?」
口調は激しいが、その中には恐怖の感情が潜んでいるのが分かる。
「ど、どうする……?教会の連中は、俺たちの言い分を聞いてくれるのか?」
「知らねーよ、そんなこと…」
「異端審問官が動いたらやばいぞ。ほら、あの七つの何とかって言うヤバい連中とか」
「俺もそれ、聞いたことがある。そいつらに目を付けられたら一巻の終わりだ…って」
んー。
七つの何とかって、もしかして……
「それ、“七翼の騎士”のこと?」
俺の素朴な疑問に、
「そう、それだ!アンタ、奴らを知ってるのか?」
一体どんな噂を聞き及んでいるのか、ビビり度MAXで若者の一人が訊ねてくる。
「あー、まぁ、知ってると言うか何と言うか……」
今ここに、二人ほどおりますがな。
まぁそれはともかく。
「先日、この近隣で魔族の大軍が目撃されたという報告が教会にありました」
続けるベアトリクスの言葉に、彼らの表情がみるみる変わっていく。
自分たちが魔族に間違われていることは、考えなくても分かるだろう。
「魔界からの侵攻という最悪のシナリオも考えられる状況でしたので」
と、ここで彼女は俺を意味ありげに見遣るが、俺は涼しい顔でそれを無視。
「真相を探りに、私たちが先遣隊として派遣された次第です」
「………教会は、俺たちを敵だと思ってるのか」
硬く手を組み合わせて、レントが問う。少しは俺たちの話を聞く気になったらしい。
「それを判断するために、情報が必要です」
淡々と告げるベアトリクスは、聖職者と言うより事務官のように見える。
「ハガル村長から、貴方たちの出自は聞かされました。魔族による地上界侵攻ではないということは分かりましたので、教会にはそう報告しようと思っています」
その言葉に、レントたちが安堵したのが分かった。
魔族の軍勢だと勘違いされたりしたら、国どころか地上界全てを敵に回すことになってしまうのだから無理もない。
「だったら、アンタらの仕事はそれで終わりじゃないのか?」
用が済んだならさっさと帰れ、と言わんばかりのレントに、ベアトリクスは、
「私たちはそれで構わないのですが、さすがにそれでは寝覚めが悪いので………」
と、含みがありそうな言い方をする。
「それは、どういう……?」
「一部とは言え魔族の血と、その姿を受け継いだ者たちが武装蜂起したとなれば、それこそ“七翼の騎士”の出番となるでしょうね」
途端に気色を失うレントたち。
「待ってくれ!俺たちは聖教会に盾突くつもりはない!」
彼らの敵は、あくまでも自分たちを迫害する周辺部族。しかし
「問題は、貴方たちのスタンスではなく、聖教会が貴方たちをどう判断するか……です」
ベアトリクスの返答は、冷徹なものだ。
「……もう少し、オブラートに包んだ表現は出来ないのかね」
「表面だけ取り繕っても仕方がないのでは?」
俺とエルネストは、コソコソと耳打ちし合う。
「正直、私はそれでもいいと思っていますが……生憎と同行者が、無駄にお節介な性質でして」
再び俺の方をチラリ。
ああ、ここから先は俺が引き継げって言うわけね。
「お前らが被害者だっていうのは、俺もそう思う。けど、このままの状況じゃ、それを教会に伝えたところで連中を説得出来るとは思えない。少なくとも、お前らに一切の危険がないってことを証明出来なきゃ」
「俺たちは教会に敵対するつもりはない!」
「だから、それをどう教会に信じさせろって言うんだよ。ただでさえその姿のこともあるってのに、武装して暴力行為を働いてる奴らに危険がないだなんて、どう説明すりゃいいんだ?」
俺が教会の人間だったら、そんなことを言われても信じるはずがない。グリードだって、いくら俺やベアトリクスが事情を説明したとしても、レントたちが刃を納めない限り、他の枢機卿連中を納得させることなど出来ないだろう。
「だが……俺たちが今武装を解除して抵抗をやめれば、周辺部族の奴らはさらに勢いづくに決まってる」
もともと、先に襲撃を重ねてきたのは敵対部族の方。彼らが抵抗をやめたからといって、連中が同じように武器を置くとは思えないのは俺も同感だ。むしろ、この機に乗じて……となる可能性が高い。
レントたちにしてみれば、その結末は避けなければならない。
「相手が対話を求めたくなる程度に痛めつける…という手もありますけどね」
「エルネスト。ちょっとお前黙ってろ」
「……御意」
しゅーんとして黙り込むエルネスト。
まったくこいつは、温厚なんだか過激なんだか分かったもんじゃない。
「こいつの言い分は本気にしないでくれ。どの程度犠牲者が増えたら国や教会が本腰を入れるのか、なんて分からないんだからな」
外部からの干渉を受ける前に敵方が降伏(或いは和解)の意を示してくれればいいが、レントたちと連中の間にそこまでの戦力差はないだろう。未だに争いが収まっていないのが証拠だ。
この密林地帯においては、単純な戦闘力の差だけでは勝敗を計ることは出来ない。
「……教会は、俺たちに加担してはくれないのか」
俺たちがここにいることから、多少の期待も与えてしまったのかもしれない。だが、
「残念ながら、その可能性は低いでしょう。辺境の部族間対立であるならば教会が動くことはありませんし、戦火が広がって貴方たちが脅威と見なされれば……」
「俺たちではなく、あいつら側に加担する、ということか」
「と言うより、共和国側に…でしょう」
レントは、馬鹿馬鹿しい、といった風に首を振った。
「……話にならないな。俺たちは、抵抗をやめても見放される、抵抗を続ければ討伐される、どちらに転んでも滅びるしかないとでも?」
彼らはずっと、理不尽な迫害を受けてきたことだろう。抵抗をやめて、そんな敵方に蹂躙されるくらいならば、
「だったら、とことん抗ってやるさ」
当初と変わらぬその結論に落ち着くのは、当然と言えた。
「でしたら、周辺部族が襲撃をやめてくれたら、どうなのでしょう?」
だから、ベアトリクスがそう言い出した時はレントたちだけでなく、俺も少なからず驚いた。
おお?何か策があるのか?
国も教会も当てにならない状況で、周辺部族を引っ込ませることが出来る勢力なんてあるのだろうか。
「言っておくが、連中は余所者の言うことなんか聞き入れないぞ。信仰心は強いが、教会に絶対服従を誓ってるわけでもない。それどころか、俺たちを化け物呼ばわりして正義の味方気取りだからな」
「なるほど、教会の人間では荷が重い…と」
「どうしてもって言うなら、神託の勇者でも連れてくるんだな」
…………あ。
ベアトリクスの狙いは、そこか。
してやったり、というような笑みをひた隠して、ベアトリクスは
「では、そうしましょう」
と、気軽に承諾したのだった。




