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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
魔族の末裔編
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第百二十四話 抗う若者たち



 

 襲撃者たちは逃げ去って。

 代わりに残ったのは、レントと呼ばれた青年を中心とする、若者たち。



 「彼らは…この村にいた若者たち……なんですよね」

 「見たところ、あまり友好的ではなさそうですが………」


 ベアトリクスとエルネストが、続けざまに懸念を口にする。


 

 確かに、ついこの間まで同じ村にいたにしては、ハガルと睨みあうレントの表情に、親しげな色合いはなかった。

 周囲からの迫害に耐えかねて過激思想に染まり村を出た、ということなので、ハガルたちとは意見の相違があったのだろう。多少の衝突もあったのかもしれない。


 対話を模索する側と、報復を是とする側。


 どちらが正しいなどと簡単に言い切れない以上、互いの主張を受け入れることも難しい。だからこそ、彼らは村を出るしかなかった…のか。


 


 「レント……お前たちは、まだこんなことを続けているのか」

 不良息子に頭を悩ませているような、否、それをもっと深刻にしたような表情で、ハガルが問う。

 問われたレントの方も、自分を理解してくれない親に対する反抗心を究極にまで高めたような怒りを露わにし、

 「まだまだこれからだ。アンタらこそ、全滅するまで奴らに好き勝手させとくつもりかよ」

 「だったら相手を全滅させればいい、などと言うつもりか?」

 「よく分かってるじゃないか。そのとおりだよ」


 笑みさえ浮かべて物騒な返事をしたときのレントの顔は、ハガルとは対照的に晴れ晴れとしていた。


 「奴らの方から仕掛けてきたんだ。自業自得じゃないか」

 「そんなことをしても、戦火が広がるばかりだろう」

 「連中がみんないなくなれば、それも終わりさ」


 会話は折り合いがつけられることなく続く。双方とも、自分の主張以外は受け容れるつもりはなさそうだ。



 俺としては、どちらの主張も賛成出来たりする。

 俺の中の桜庭柳人は、憎しみの連鎖は誰かが犠牲になってでも何処かで止めなければならない、復讐に復讐で返しても、終わりのない地獄が待っているだけだ……と、生前(?)の知識から主張している。


 そして俺の中のヴェルギリウス=イーディアは、意に沿わない者なら、全てを滅ぼし尽くしてしまえばいい、反抗する存在がいなくなれば、それで終わりだ……と、封印前の実体験から判断している。


 かたや、外部からの知識に基づく主張。かたや、実体験に裏打ちされた判断。普通に考えれば、後者の判断に近いレントたちに賛成してやりたくもなるが……



 問題は、彼らは魔王おれではない、ということ。


 

 いくら普通の廉族れんぞくよりも頑強な肉体を持っているとは言え、本物の魔族のそれと比べると、彼らはあまりに脆弱。自分たちだけで、周囲全て…国やルーディア聖教を含め…を敵に回すだけの力など持ち合わせていない。



 「連中みんな…って、どこまでの範囲を言うんだ?」

 口を挟んだ俺に、レントは鋭い視線を向けた。俺たちのことは、それまでまるで意識していなかったのだろうか。突如現れた部外者に、あからさまな警戒を見せる。


 「なんだ、お前らは……?」

 彼が怪訝そうに訊ねるのも無理はない。ここは、ディートア共和国の中でもかなりの奥地。国の役人でさえ、滅多に訪れることが…と言うか、まず訪れることがない、外部から隔絶された場所。


 そんな場所に、柔和で穏やかな表情の若い女神官と、同じように柔和だが特徴のない男神官、旅人風の若造各一人ずつ。


 一体何しに来やがった、と思われるのは当然か。



 「俺らのことはいいんだよ、ただの通りすがりだから。それよりも、お前らは共和国まで敵に回すつもりなのか?」

 第三者に余計な口出しをされ、レントの険悪度が一段階上がる。


 「国は関係ない。これは、俺たちの問題だ」

 ……青臭い考えに、溜息が出る。


 「お前らが関係ないって言っても、このまま戦火が広がれば国も黙ってはいられなくなるんだよ。もしお前らが周りの集落を全滅なんてさせたら、軍が動くぞ」



 共和国の本音としては、極力部族問題には関わりたくないことだろう。だが、内紛がこのまま大きくなれば、国としての体裁と体面を保つためにも、動かざるを得なくなる。



 「そうなったら、ことの発端や背景は関係なく、お前らが悪役だ」


 そして「悪役」にされた彼らは、軍による討伐対象になる。その外見のことも判断基準にされ、国の中枢に反対する者は少ないだろう。



 「ふ、ふざけるな!もとはと言えば、あいつらが先に村を襲ってきたんだ。俺たちは被害者で、自分たちの身を守ろうとして何が悪い!?」

 「だから、国はお前らの事情なんて最初はなから考慮する気はないんだよ。面倒ごとを、出来るだけ自分たちに害が及ばない方法で収めようとするだけで。連中にしてみれば、加害者も被害者も関係ない」


 閉ざされた辺境で、国の干渉を受けずに育ってきたせいなのか、或いはこれがこの世界の若者の標準的思考なのかは分からないが、レントは国家というものがあまり分かっていない。


 全のために個が、多のために少が、国のために民が、机上で事務的に切り捨てられてしまうという世界の在り方は、こちらもあちらも変わりない。

 封印から目覚めてまだそれほどの時間は経っていないが、封印前からしてそういう傾向は、特に地上界で強かった。



 「そんな…それが国のやり方かよ!」

 「そのとおり。それが国のやり方なんだよ。今のままでいけば、お前らは間違いなく国に「面倒な案件」として認識されることになる。下手すれば、ルーディア聖教からもな」


 ルーディア聖教という単語に、レントたちの表情は凍り付く。腰の重い国よりも、異端を容赦しない宗教の方が恐ろしいと分かっているのか。

 


 「でも…だからと言って、俺たちに皆殺しにされろとでも言うのか」

 レントを取り囲む集団の中から、震える声がする。

 「そうなったって、国は何もしてくれないんだろう?」

 「そうだ。どうせみんな敵になるなら、結局は同じことじゃないか」


 ざわめきが大きくなっていく。彼らの中からは、だったらもう一度敵対部族と対話を図ろう、という声は聞こえてこない。



 黙っていても殺される。武力行使しても殺される。だったら、とことん抗ってやろう…と。



 その声に力づけられ、レントは俺ではなくハガルに向き直る。

 「俺たちには、戦うしか道は残されていない。アンタらは大人しく滅びを選ぶつもりかもしれないが、俺たちをそれに巻き込まないでくれ」

 「レント……」

 「それに」


 レントは、俺の方をちらっと見て、

 「そこの余所者はああ言うけどな、俺たちは、連中とは違う」

 それから、自身の屈強な肉体を見る。


 硬い鱗。鋭い爪。隆々と盛り上がる筋肉。

 それは、リエルタ村の元村長にも似た、二足歩行の竜のような姿。


 竜人…と言うよりは、蜥蜴人リザードマンに近い。ハガル以上に、人間離れしていると言えよう。



 「俺たちは、人の姿と引き換えに、強大な力を手に入れた。ただの非力な人間なんかに、負けるはずがない!」



 「愚の骨頂、ですね」

 自信満々に言い切るレントを見て、エルネストがこっそり俺に耳打ちした。相手に聞こえないように配慮するあたり、気配り上手(?)である。

 「非戦闘員相手ならば敵なしでしょうが、正規軍相手にあの程度では……数に押し切られるのは確実ですね」


 エルネストの言うとおりである。

 正規の訓練を受けていない素人や、あるいは訓練された戦士であっても一対一であるならば、彼らに勝算はある。

 が、見たところ彼らの強度は下級魔族にすら届かない。すなわち、地上界の中位魔獣と同程度。勇者クラスの戦士が出てくれば負けるだろう。ましてや、軍との圧倒的兵力差を覆すほどの力はない。

 

 その中途半端な強さは、彼らにとって非常に危険な要素であった。

 無力であれば見逃されることがあっても、彼らレベルの脅威を国が放置するとは思えない。



 これは……下手すると、部族問題にすらしてもらえずに、魔獣退治の一環として討伐軍が編成されてしまうかもしれない。



 「リュートさん、どうしますか?」


 う……またもやベアトリクスの視線が痛い。その、お前ならなんとか出来るだろうグズグズすんなや、って感じの表情はやめてほしい。



 「なあ、レント…とか言ったか、少し話がしたいんだけど」

 「あ!?なんでお前なんかと話さなきゃならない」


 案の定、門前払いである。が、彼らを翻意させないことには、ハガルたちを救うこともままならないし…



 「そう言うなって。俺たちは、少なくとも今のところはお前らの敵じゃないよ」

 「余所者の言うことが信じられるか!」


 うーん。話が通じない。と言うか、話を聞いてくれる気がない。困ったな。彼らは、自分たちが憎悪する「敵」と同じことをしているという自覚があるんだろうか?



 「レント兄さん!」

 困り果てた俺を助けてくれたのは、ソニアだった。



 「ソニア、集会所にいなさいと言っただろう!」

 ハガルが娘を叱責する。だが、ソニアはそれを無視して、レントの方へ詰め寄った。

 

 「お願い、この人たちと話をして。彼らは、私たちを助けると言ってくれたの。外の人たちの協力を得られれば、戦わなくてもいい方法が見つかるかもしれないでしょう!」

 「し…しかし、余所者に何が分かる?」

 「余所の人だからこそ分かることもあるわ!」

 「そ、それは……」



 んん?おやおや?


 「どうやら、彼はソニアさんには弱いようですね」

 ベアトリクスの言うとおり、ハガルや俺に対しては強く出ていたレントも、ソニアには押され気味だ。

 

 よーし、いいぞソニア。どうやら若者たちのリーダー格であるらしいレントを説得出来れば、ことを上手く運べるかもしれない。



 「それに……タリアをこのままにしてていいって言うの?」

 俺たちには何のことだか分からないが、その言葉はレントに深く突き刺さったようだ。ぐっと言葉に詰まるレント。



 「………言っておくが、俺はお前らを信用したわけじゃない」

 その言葉は、ソニアではなく俺たちに向けられたもの。

 「話だけは聞いてやる。だが、お前らの言いなりになると思ったら間違いだ。下手な真似をすれば、その場で殺す」


 おそらく普通の廉族れんぞくが受けたとすれば恐怖を感じる視線と言葉。

 だが、それを言うには相手が悪すぎた。



 「おやおや、随分と大きく出ましたね。殺す…とは穏やかではない。この方を一体どなだっ」

 笑顔のままこめかみに青筋をピクつかせてまたもや要らんことを言いかけたエルネストの頭に、俺は無言でチョップをお見舞いした。


 「な、何をするんですかへ…じゃなくてリュート様!舌かんじゃったじゃありませんか」

 「知るか!いっそ噛み切ってろ」


 なんで俺の部下ってこうなんだろう……。俺が正体を隠してるって、知ってるはずなのに。



 「とにかく、すぐに信じてもらおうなんて思ってないよ。ただ、お前らの力になれることがあれば、とは思ってる」

 「……胡散臭いな」

 「そう言われても、仕方ないと思うよ。ま、とりあえず腹を割って話そうぜ?」


 敵意の応酬には応じないよ、ということを示すために、わざと茶化すように言ってみた。こんなとき、深刻になったら死んじゃう病のラディ先輩みたいな人がいたら、案外すんなりといくのかもしれないと思いつつ。


 

 レントは、すぐには答えず、仲間たちと顔を見合わせた。

 誰からも反対意見が出ないことを確認すると、



 「……分かった。ついてこい」


 そう言うと、俺たちを誘って村を出た。



 「あの、リュートさん!」

 村の入口のところで、そこまでついてきていたソニアが俺の袖を引く。

 しばらく言い淀んだあとで、

 「………お願いします」


 ただ一言だけ、強い眼差しで言われてしまっては、

 「任せておけって」

 そう請け負うほかなかった。



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