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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
魔族の末裔編
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第百二十三話 憤怒



 

 

 「敵部族の襲撃ってのは、しょっちゅうあるものなのか?」

 村への道を急ぎつつ、俺はハガルに訊ねた。


 「かつてはそうでもありませんでしたが…最近、頻度が上がっています。被害も、今のところは最小限に留めていますが、近年はだんだん手口も過激になってきまして……」


 答えるハガルの表情には、焦りが見える。

 いつ大量の犠牲者が出てもおかしくないと、危惧しているのだろう。


 

 今はとにかく、村へ戻るのが先決だ。あまりに衝突が激しくなってしまうと、国が介入するきっかけになりかねない。



 

 渓谷を抜け、村の領域へと戻った俺たちの目に映ったのは、燃え盛り崩れ落ちる建物と、逃げ惑う人々、そしてそれらを襲う者と、それらを守ろうとする者の戦い。



 「貴方がたは、避難してください。集会所は、まだ安全なはずです」

 ハガルは俺たちにそう言うと、村人を襲おうとする敵へと向かっていった。


 その異形の姿に、襲撃者が恐れおののく。連中の目には、ハガルが魔族であるように映るのだろう。



 「私の村から、出て行ってもらおう!」

 そう言うなり、ハガルはその岩石の塊のような腕を、襲撃者の目の前で打ち鳴らしてみせた。問答無用で殴りつけないあたり、彼の本質がよく分かる。


 「ひぃっ……出たな、化け物め!!」

 怯えながらも侮蔑の声で答えた襲撃者の周りに、援護のつもりか仲間たちも集まってきた。どうやら、ハガルが彼らにとっての()()()()扱いのようだ。村長という立場もさることながら、その頑健な姿は彼らに十分すぎる脅威を与えるのだろう。



 「以前にも言ったはずだ。我らは決して争いを好まない。大人しく引き下がると言うなら、お前たちに危害を加えるつもりはない!」

 見た目に反して、おそらくハガルという男は、非常に温厚な性質の持ち主だ。こんな状況になってさえ、襲撃者に対して非情になりきれないでいる。



 「……愚かなものですね。この状況は、既に言葉に頼る段階を超えているというのに」

 そんなハガルを見て、エルネストが呟く。侮蔑というより、同情の響きが強い。


 俺も、エルネストに同感だ。平和が一番…などと言ったところで、相手が同じ考えでいてくれなければそれはただの妄言に終わる。

 最初から話し合うつもりのない相手に通じる言語は、存在しない。


 だが、そんなことはハガルも分かっているに違いない。そうでなければ、ここまで村を守り続けることは出来なかったはず。

 だが、分かっていてなお、割り切ることが出来ない。諦めることが出来ない。



 それを、彼の弱さだと断じてしまうのは簡単だ。だが同時に、それが彼の強さなのだと思う自分もいたりする。



 見ていると、ハガルの攻撃は極力相手に深手を与えないように考えられたものだった。基本的には、防御がほとんど。彼の岩の肉体は、そう簡単に襲撃者の刃を通さない。それを利用して、耐えるだけ耐え、疲れた相手の攻撃の手が緩んだところで、手数を抑えて反撃。敵を蹴散らして、いくら攻撃しても無駄だということを、分からせる。



 とは言え、ハガル自身も決して余裕があるわけではない。岩石に覆われた彼の肉体は、確かに頑丈だ。だが、肌が露出している部分や岩の薄い関節部、そして顔面などの急所に攻撃をくらえば、かなりのダメージを負うことになる。

 それらを避けつつ敵の攻撃を受け続け、隙を見て反撃するという戦い方をするには、ハガルはあまりにも荒事に慣れていない。

 寧ろ、彼はこれまで戦いとは無縁の人間だったのではなかろうか。その戦いぶりを見ていると、どうにも動きがぎこちなく、不自然だ。

 相手に対する攻撃にも、躊躇が見られる。それは、敵であっても傷つけたくないという彼の性格のせいもあるだろうが、単に慣れていなくて力加減が分からない…というようにも見える。


 要するに、素人なのだ。

 

 肉体的な性能のおかげで、今のところは互角以上に相手と渡り合っている。これまでも、そうして村を守り続けてきたのだろう。

 だが、戦いが続き、いずれ敵が彼の攻略方法を見つけ出すようになれば、形勢は簡単に逆転してしまう。



 「あまり、良い状況ではありませんね」

 戦闘においては専門職ではないはずのエルネストさえ、同じように感じている。

 「どうなさいますか、介入せよとご命令いただければ、即座に」

 「ってお前、介入しろって言ったらどうするつもり?」


 彼の言葉に不穏なものを感じ訊ねる俺に、エルネストは至極当然、といった風に

 「勿論、襲撃者全員を屠ってまいりますが」

 「いやいやいやいやいや」


 なんつー物騒なこと言い出すんだよ、俺の部下は。


 「皆殺しになんてしたら、こいつらの仲間がいきり立って復讐に来るに決まってるだろ」

 「でしたら、その仲間ごと全滅させてしまえばよろしいのでは?」

 「鬼か!」

 「いえ…魔王陛下の、しもべですけど」



 あーーーーーーー。そうだよねー。そうですよねー。

 魔王の配下っつったら、普通は悪逆非道の冷酷無比だったりするよねー。


 そんなことは分かってる。分かってるけど!



 「お望みとあらば、周辺の集落ごと…」

 「却下だっつの」


 即座に遮った俺に対して、無邪気なくらいにきょとんとした表情を見せるエルネスト。悪意とか全くないってのが、余計に怖い。



 「なあベアトリクス。教会としては、この事態にどう対処する?」

 ベアトリクスの意見も聞いてみよう。もしかしたら、ルーディア聖教にはこういう状況におけるルールとかマニュアルとかがあるかもしれない。


 だが、


 「どう…と言われましても、私は別に……」


 ものすっごく冷たい一言が返ってきた!


 「ルーディア聖教として…という話でしたら、こういった民族・部族問題に関しては当事者同士で解決してもらうことになってます」

 「……随分とドライだな、ルーディア聖教」

 「信仰に関わることでしたら別ですけど、そうでもないのに紛争に首を突っ込んでいたら、キリがないじゃないですか」


 ………ご説ごもっとも、である。

 非情にも思える合理的な考えだが、()()グリードの庇護下で、()()ラディ先輩に鍛えられたわけだから、そういう考え方になるのも無理はない。



 「でも、リュートさんは助けたいのでしょう?」

 「え………」


 不意に問いかけられて、戸惑った。


 確かに、俺は魔族の末裔として苦境に立たされている彼らを、救いたいと思っている。だが、それは彼らの歪められた理をどうにかしてやりたい、ということであって、彼らと敵対している他集落との争いに直接介入するのが果たして正解なのかどうなのか、正直言ってよく分からない。


 前世でもお馴染み民族問題ってのは、下手に手を出すと余計に事態がややこしくなってたりしたからなー。


 自分たちに対して攻撃を仕掛けられれば、当然反撃はするわけだけど。

 無関係な俺たちが、勝手に手を出したりしてもいいわけ?



 などなど、色々とぐちゃぐちゃ考え込んでいる俺に業を煮やしたのか、ベアトリクスの表情がだんだん険しくなってきた。


 「リュートさん……」

 「な……何?」


 なんか、イラついている。今まであまり見たことのない表情だ。ちょっと…いや、かなり怖い。


 「慎重なのは良いことですが、優柔不断は良くないことです。そこをはき違えると、何も出来ないまま事態に置いていかれますよ」


 う!し…辛辣だ!だが、反論できない!


 「どのみち首を突っ込むと決めたのでしょう?だったら、腹を括ってください」


 険しい表情のまま、ずずい、と俺に迫ってくるベアトリクス。いつぞやと違って、ドギマギはしない。代わりに、肝が冷える。


 「彼らを救うと決めたのは貴方なのですから、ここも貴方がご自分の意志で決めてください」

 「お……俺が?」

 「魔王なんですから、グダグダ言わずに腹を括れって言ってるんです!」

 「は、はい!!」


 

 ……押し切られてしまった。

 

 つか、こいつといいアルセリアといい、なんで平気で魔王にゴリ押ししてくるわけ?


 「…陛下も、ご苦労なさっているのですね……」


 そこ、エルネスト、しみじみ言わない!



 でも……まあ、そうだな。俺は魔王なんだし、魔族の末裔の味方をしたって何も不思議じゃない。襲撃者たちにも言い分があるのかもしれないが、それを聞くのは魔王の仕事じゃないしな。


 

 とにかく、ひとまずこの争いを終わらせるとしようか。


 “星霊核アストラルコア”を開くまでもない。

 見たところ、襲撃者たちも素人に毛が生えた程度の装備しか持っていない。魔導士も、まともな剣士もいなさそうだ。

 ここは一つ、大きめの魔導術式を威嚇でぶっ放せば、戦意を喪失させることが出来るだろう。



 森の中だから、炎熱系術式はマズい。エフェクト的にも、やっぱり【天破来戟トゥルスグラディオ】あたりが適任か。


 

 そう思い、術式発動にかかろうとしたところで。


 一際大きな鬨の声が上がった。




 なんだなんだ?お次は何だってんだよ。


 襲撃者たちの援軍でも来たのかと思ったが、どうも違うようだ。ハガルたちだけでなく、彼らもその声に驚いて辺りを見回している。



 村の外れのほうで、悲鳴のようなものが上がった。

 それがどちらの陣営のものなのか考えるよりも早く、十数人の武装した若者たちが、なだれ込んできた。


 全員が、二十代半ばから三十代、といったところ。粗末ではあるが、農具などではなくきちんとした武器を持ち、防具も身に着けている。

 血気盛んな顔を興奮でさらに滾らせ、歯向かう者は斬って捨てる、と言わんばかりに目をギラギラと光らせて。


 そして、その姿は。



 「く、くそ!また化け物が増えやがった!!」

 襲撃者が、焦りと恐怖を交えて叫ぶ。


 

 そう、闖入者は全員、異形の姿をしていたのだ。



 戦い慣れていないハガルと彼の村人たちとは違い、その若者たちには確たる戦意があった。敵を屠ることに対して、一切の躊躇も抱いていないように見える。

 初めから、()()()()()()()でここに立っていることは、明確だった。



 若者の一人が、化け物が増えた…と叫んだ侵入者を無言で斬り付けた。斬られた男は、血しぶきを上げながら倒れる。


 返り血を浴びながら表情一つ変えない若者の姿に、侵入者たちは恐怖を覚えたようだった。



 「に、逃げるぞ!」

 仲間にそう告げ、逃走を図る侵入者。だが、若者たちはそれを許すつもりはないようで、背を向ける敵に対し、問答無用で攻撃を続ける。


 立て続けに、三人の侵入者が死体に変えられた。


 最初に攻撃した若者が、なおも逃げる敵に追いすがる。

 だがそこへ、


 

 「やめないか、レント!!」

 ハガルの、鋭い叱責が飛んだ。


 レントと呼ばれた若者は、追撃を中止してハガルに向き直った。それを見て、彼の仲間であろう他の若者たちも、攻撃の手を止めてレントの周囲に集まる。



 「……殺し合いでは、何も解決しないと言っただろう」

 襲撃者たちの死体に悼ましげに目をやり、ハガルはレントに言う。


 「だったら、アンタの言う話し合いとかで、解決するって言うのか?」

 しかしレントは、ハガルの言葉に従う気はなさそうだった。反抗的…というよりも突き放したような口調で、ハガルに詰め寄る。

 「それでこれまで、何人が死んだ?どれだけの家が焼かれた?話し合いで、何が守れたってんだよ」


 彼の声に込められているのは、怒りと、悔しさ。もどかしい思い。


 「だが、一度殺し合いが起こってしまえば、今までとは比べ物にならないくらいの人が死ぬことになる!」

 「数が少なきゃいいのかよ!?」


 

 二人の言い分は、どちらも分かる。

 一度、復讐合戦が始まってしまえば、もう後戻りは出来ない。戦火はどんどん大きくなり、被害者の数も飛躍的に増えていく。そうなってしまえば、どちらが先に手を出したか…などは関係なく、両者がとことんボロボロになるまで泥沼の戦いが続くことになるだろう。


 だが、一方的に攻撃を仕掛ける相手に対話を求めても、応じてもらえなければ事態は好転しない。被害は最小限に留められたとしても、不幸にもその「最小限」に入ってしまった者は、はいそうですか、と納得など出来ないだろう。



 彼らの遣り取りで何となく分かった。

 この若者たちが、ハガルの言う「村を離れた一部の若者(過激思想に染まった)」ということか。


 なるほど。俺は、ハガルたちを助けるだけでなく、この若者たちにも剣を捨てさせなければならない、というわけね。


 

 ……前途多難だな、こりゃ。


 

 燃え盛る建物の炎と、若者たちの表情の中の燃え盛る憤怒が、まるで同じものであるかのように重なって見えた。

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