第百十七話 自分を差し置いて仲間内で盛り上がられると、少し寂しい。
担当官から任務の詳細と注意事項を受け取った俺とベアトリクスが、自室に戻ってくると。
「で、そのとき陛下はどうしたと思う?なんと、湖ごとそいつらを蒸発させちゃったのさ!」
「……はー、あいつ、滅茶苦茶っぷりは今も昔も変わんないのねー…」
「そりゃそうさ。陛下は、何事にも徹底しておられるからね」
「あー、それは同感。とことんまでやらないと気が済まない性格っぽいわね」
「確かに、完璧主義であらせられるとは私も感じております。そう言えば、私と兄は小麦の改良と精製についてご命令を受けておりまして」
「小麦?なんでまた…?」
「あー…間違いなく、料理絡みね、それ。…ってそれに部下を動員するって、どんだけ……」
なにやら、ものすごく盛り上がっていた。
え?え?なに?
お前ら、いつの間にそんな仲良くなっちゃってるの?
さっきまで、なんかギスギスした気まずーい空気が流れてたりしなかったっけ?
呆気に取られて扉のところで立ち止まった俺に気付くと、
「あ、陛下!おかえりなさい!!」
満面の笑みで、ディアルディオが迎えてくれた。
……楽しそうなのは、何よりなんだけど。
なんだか、除け者にされてたみたいで寂しい。
「随分と、意気投合しているようだな……?」
エルネストは、まぁ、なくはないと思うのだが、ディアルディオまでアルセリアたちと楽し気におしゃべりしているというのは、どういうことだろう。
「はい。こいつら、廉族の割には話の分かる奴らですね!」
「そうか。それは良かった……」
俺のいない間に、何かあったのだろうか。
もの問いたげな俺の視線に、エルネストが気付いてくれた。
「お茶をいただきながら話をしておりましたら、陛下の話題で盛り上がってしまいました」
「……俺の話題?」
って、本人いない間に、悪口とか言ってないだろうな……いや、エルネストとディアルディオに関して言えば、それはないか。
何を話していたのか、気にはなるのだが……それを問いただすのは、野暮と言うものだろう。
ここは、結果オーライということで…いいのかな。
なにしろ、これからこいつらには、仲良くやってもらわなくては困るのだから。
「よし。じゃあ、注目!」
ぽん、と手を打って、全員の注意を引く。
「俺とベアトリクス、そしてエルネストの三人は、これからオーウ山脈へ調査に行くことになった。あとの三人は、ここで待機だから、くれぐれも揉め事を起こさないように」
俺がそう言った途端、ディアルディオとアルセリアが、ほぼ同時に不満の声を上げた。
ヒルダは声こそ上げなかったが、その表情は充分に不満を表明している。
「なんで、エルネストの奴だけ連れてくんですか!」
ディアルディオの不満も、
「えー、ビビだけって、なんでよ?」
アルセリアの不平も、分からなくもない。
分からなくもないが、理由はしっかりあるのだ。
「ベアトリクスは、七翼の一員として同行することになった。エルネストは魔界との連絡役に不可欠だし。…ディアルディオには、万が一の際の戦力として、ここに残っていてもらいたい」
ベアトリクスに関しては俺の意向ではなくグリードからの指示だし、エルネストを連れていくことは最初からの予定通り。
ディアルディオは…連れていくことも考えたが、今回の件に本当に魔族が絡んでいるとしたらその狙いはほぼ間違いなくここ、ルシア・デ・アルシェ。俺が不在にしている間の護り手として、あてに出来る戦力を残していきたいと思ったわけだ。
「万が一って、具体的にはどういう場合ですか?」
自分が頼りにされていることを察して、まんざらでもなかったのだろう。ディアルディオがギアを一段上げた。
「ここにいる廉族では対処不可能な強敵が現れた場合、だ。その場合は、遠慮はいらないから消し飛ばしてやるといい」
俺の指示に、ディアルディオはこの上なく嬉しそうな顔をする。
彼は、特段戦争好きとか戦闘狂とかいうことはないのだが、自分が主力として扱われることは純粋に嬉しいのだろう。
「でも、そしたら僕が魔族だって、ここの奴らにバレちゃいますけど…いいんですか?」
地上界に来る前に、魔族であることを知られないようにと命令したことをきちんと覚えていたらしい。
「…そうだな。出来る限り秘匿したまま、が好ましいが……」
俺の連れが魔族であるとバレてしまった場合、当然、俺の正体もそうと疑われるはず。この後、どのように世界に関わっていくかがまだ見えない時点で、下手にルーディア聖教を敵に回すことは、出来れば避けたいものだ。
「進んで正体を明かす必要はない。権能さえ行使しなければ、なんとでも誤魔化せるだろう」
「って、魔導オンリーで…ってことですよね」
ディアルディオの表情が少し曇る。
彼は、その権能こそ最恐に厄介な代物だが、それを除いた純粋な戦闘力で言うと、他の武王たちに見劣りしてしまう。
が、それこそ同じ武王レベルの魔族が相手でもなければ、後れを取ることは考えられない。
「お前ならば、問題ないと思っている。が、仮に自身の存続が危ぶまれると判断した場合は、己が身を最優先に考えろ。その際に権能を行使しても咎めるつもりはない」
俺のお墨付きに、安堵の表情を見せるディアルディオ。
理想は、人族の魔導士のフリをして敵に対応してもらうことだが…それでそれこそ万が一臣下を失うようなことにでもなれば、後悔してもしきれない。
彼を失うくらいなら、何もかも知られてしまう方がずっとマシだ。
そうなったらそうなったで、後のことは後で考えればいい。
「はい!身命を賭して、お望みを叶えてみせます!!」
納得し、快諾してくれたディアルディオはいいとして。
「…ねぇ、ビビまで行く必要はあるの?」
問題は、アルセリアとヒルダ。
今までずっと一緒に行動していたベアトリクスだけが、別行動となる。
しかも…斥候という、危険な任務。
出来ることなら行ってほしくない、或いは自分たちも同行したい…と思うのは、彼女なら考えそうなことだ。
「すみません、アルシー。グリード猊下からのご指示ですので…」
「猊下が?」
意外そうな顔を見せるアルセリア。その気持ちは分からなくもない。グリードは、三人娘のことを大切に思っていると同時に、合理的な考えの持ち主でもある。
“神託の勇者一行”を、魔王討伐以外の任務で危険に晒すことなど、望むところではないはず。
だが、俺(とエルネスト)の動きをある程度は警戒しておく必要を彼は感じていて、事情を知っていて任せられる実力を持っていて、かつ任せる理由を対外的に明示出来るのは、ベアトリクスだけなのだ。
勇者たるアルセリアは問題外。ヒルダもまた、俺に同行させる理由を示しにくい。
七翼の騎士であるベアトリクスだからこそ、教会の上層部も承諾させられたのだ。
「今回は、私がリュートさんのお目付け役…ってことですね」
うう…多分そういうことになるんだろうけど、なんだろうベアトリクスの笑みが怖い。
「なんだか新鮮な感じがします。リュートさんが羽目を外さないよう、しっかりと見張らせていただきましょうか」
……それ、ニュアンス的にグリードが懸念してることと違うような気もするぞ?
「そっか……任せたわよ、ビビ」
アルセリアも、一体何を「任せた」んだよ。てか、何を疑ってるんだよ。
どうにも、こいつらの俺に対する信頼と不信は、両極端すぎるんじゃないだろうか。
と、ヒルダがまた俺にひっついてきた。
不満と心配と寂しさが入り混じった表情。
「ヒルダ、いい子で留守番してるんだぞ?」
彼女の眼を覗き込む。
うん、大丈夫だ。ちゃんと状況は理解してるっぽい。ただ、素直に認めることを拒んでいるだけで。
「……ボクも、行きたい……」
いつもの我儘なら、「行きたい」ではなく「行く」と言っているところだ。そうじゃないあたり、我儘を押し通すつもりはなさそう。
「ゴメンな。向こうの様子を窺って、ある程度状況が分かったら戻ってくることになってるから。そんなに長い時間でもないだろうし……な?」
いやいやながらも頷いてくれたヒルダに一安心したところで、俺とエルネスト、ベアトリクスは準備に取り掛かることにしたのだった。




